「何をしに来たモスカル!」
何の先触れもなく来訪したモスカルをオーロソは憎々しげに睨み付けた。
悪感情を隠しもしない。
何故ならオーロソは善人面したこの男を毛嫌いしているからだ。
「貴様はもうファマスとは関係ない筈だ!」
ファマスほどの金の卵を前にして、教会の財政に何の寄与もしないモスカルを害悪だとさえ思っていた。
だと言うのに、信者や教会の下賎な下働き、取るに足りない助祭のみならず、多くの司祭達がそんな道理さえ分からず目の前の男を聖人だと持て囃す。
全くもって気に入らない。
「無礼者!」
「貴様如き破戒僧が司教様を呼び捨てにするな!」
だが、オーロソの悪態に対しモスカルに付き従う聖職者達がいきり立った。
「なっ、モスカルが司教だと!?」
「そうだ!」
「モスカル様は近く大司教として皆を教導してくださるようになるのだ」
大司教は司教と位階が変わるわけではない。だが、その教会内部での発言力は絶大なものとなる。
「ば、馬鹿な、貴族派でもないモスカルが大司教などありえん!」
「大司教だとか司教だとか……いえ、それが司祭でも助祭でも関係ありません」
予想外の事態に驚愕するオーロソと対照にモスカルは静かな怒りの声を投げ掛けた。
「あなたは神に仕える身でありながら、人々を教え導く司祭でありながら、何の咎もない娘を虐げ、
モスカルは眉を
滅多に怒りを
「何の言い掛かりだ?」
だが、オーロソにとってトーナへの暴挙は正当な行為であり、モスカルが何を指摘しているか理解できない。
「分からないのですか……トーナの事です」
「トーナだと……あの魔女が何だと言うのだ!」
「あなたは己の罪さえ自覚していないのですか」
「黙れ!」
オーロソは目を血走らせ、
「あの女は魔女だ……そうだ魔女なんだ!」
「トーナは魔女ではない……一人のただの
「いや、あいつは魔女だ。その存在だけで罪深く、討ち滅ぼさねばならない悪だ!」
「罪深いのはあなただ!」
トーナを魔女と糾弾するオーロソの暴言にモスカルの叱責が飛んだ。
「あなたが私欲で聖水を売り捌き、贖宥状を濫発した結果はどうです」
「私は何も悪い事はしておらん!」
自分の行いに全く罪の意識がないオーロソの言動にモスカルは呆れを含んだため息を漏らした。
「贖宥状の件で教会の信用は失墜し、ただの水を聖水と偽ったせいで多くの人が魔獣に襲われたのですよ」
「だ、黙れ、私の蓄財が教会の財政を支えているのだ」
「それで信者の心が離れれば何の意味もないと分からないのですか?」
「魔女だ……全てはあの魔女が悪いのだ!」
モスカルは反省を促したかったが、オーロソとは何処までも平行線。
モスカルはもはや無理を悟った。
「何を言っても無駄ですね……あなたを破門します」
「貴様にそんな権限があるはずない!」
しかし、モスカルが
「そ、その印は教皇猊下の……ま、まさか!?」
「あなた宛の破門状です……表にこの国の騎士達が待っています。あなたは更迭され、その罪が国によって裁かれるでしょう」
その宣告にオーロソは真っ青になった。
本来、聖職者は教会内部で教会法に基づき裁かれる。つまり、教会に属する聖職者は教会法の中で守られ、滅多なことでは国法で裁かれたりはしない。
教会裁判ならば神の名において裁定される。だが、神の僕たる聖職者にとって人に裁かれるのは、俗世の者として扱われる最大の不名誉である。
「そのような非道を神がお許しになる筈がない……後悔するぞ……私の後ろには貴族派の……」
ぎりっ、と歯噛みしたオーロソは最後の抵抗を試みた。
「その助けは当てになりませんよ。本山の貴族派はほぼ一掃しましたから……あなたのお陰でね」
しかし、返ってきたのは非情な現実。
オーロソがせっせと教会の信用を落とした事で問題が大きくなり、彼と繋がっていた貴族派の司教達を芋蔓式に失墜させたのである。
「彼を外で待つ騎士の方々に……」
「はっ!」
オーロソは逃げられないよう両脇を固められると、その場から連れ出されたのだった。