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第69話 常闇の魔女―共に生きる―


「トーナさん!」


 牢から出てると、メリルさん走り寄ってきました。


「メリルさん……ハル様に助けを求めてくださったと伺いました」


 メリルさんが騎士舎へ押し掛けて、ハル様に私の窮状を報せてくれたのだそうです。


「本当にありがとうございます」

「いえ、トーナさんがご無事で何よりです」


 明るく笑うメリルさんは、本当に愛嬌の溢れる素敵な女性ひとです。


 暗い牢の中では気がつきませんでしたが、生死の境を彷徨さまよっていたメリルさんはすっかり血色も良くなっています。彼女の本来の快活な可愛いらしさが戻ったようです。本当に良かった。


「俺からも礼を言いたい。メリル殿の勇敢な行動のお陰で、手遅れにならずに済みました」

「そんな、私はただトーナさんから受けた恩をお返ししただけで……」


 ハル様の謝辞を受けたメリルさんの顔がさっと赤くなりました。


 それはそうですよね。ハル様ほどの美男子に声を掛けられれば、女性なら赤面してしまいますよね。


 それにしても、メリルさんの表情はころころと変わって……なんて愛らしい女性なんでしょう。


 メリルさんは同性の私から見てもとても可愛らしい方です。

 男性なら誰もが心を奪われてしまうのではないでしょうか?


 ハル様も私みたいな可愛げのない女より、メリルさんに目移りするのではないでしょうか?


 そんな想像に私の胸がつきりと痛みました。


「うふふ……これはにやにやが止まりません」

「えっ、メリルさん?」


 ところが、そんな不安に押し潰されそうになっている私を他所に、メリルさんは小悪魔みたいにんまりとした笑顔しているではないですか。


「抱っこされて牢から出てくるなんて……」

「あうっ、そ、それは……」

「まるで囚われのお姫様が騎士様に救い出される物語みたい……素敵……」


 そうなのです。

 今の私はハル様の逞しい両腕で横抱きにされています。


「二人とも絵になるくらい綺麗だから、本当に物語から飛び出してきたみたいです」


 私とハル様を交互に見比べて、メリルさんがうっとりとした表情を浮かべました。


 うううっ……

 恥ずかしいです……


 どうして私がハル様に抱き上げられているかと言うと、それは牢を出る時の事が発端なのです。


 牢から出ようとした私は足を少しくじいてしまったのです。


 この時、思わず「痛っ!」と小さな悲鳴を上げてしまったのがいけませんでした。その瞬間、私は急に浮遊感を感じ、あっと声を出す間もなくハル様に抱き上げられたのです。


 地下牢の暗がりで足元が覚束おぼつかなかったのも原因で、そこまで身体が衰弱していたわけではありません。


 何度も自分の足で歩けると訴えたのですが、ハル様はにこりと笑って駄目です、俺が運びますの一点張りで下ろしてくれなかったのです。


 ハル様はどうにも私に対して過保護な気がします。


「これからどうされるのですか?」

「バロッソ伯爵より領内からの退去を命じられています……早晩、私はこの国を出なければなりません」

「そんな!」


 私は領民ではなく外国人としての扱いとなり、伯爵より領内を出るよう言い渡されたとの事でした。


 これに関しては領主に権限があり国の介入が出来ないらしく、私はこの地より出ていかなければなりません。


 他の領へ移っても私を受け入れてくれる筈もありませんから、私はこの国から出て行く必要があるのです。


「それでは死ねと言っているようなものではないですか!」

「大丈夫、俺がしっかり守りますよ……これから……ずっと……生涯をかけて」


 ハル様!

 その言い方は恥ずかしいです。


「まあまあ! それはそれは」


 案の定メリルさんを喜ばせてしまいました。


 その後、ハル様がご自分の馬を引き出す時にやっと解放され、私はメリルさんと向き合うと握手を交わしました。


 彼女は私が差し出した手を躊躇ためらいもなく取ったのです。


「せっかくメリルさんと知己を得たのに名残惜しいですが……」

「私も受けた恩をお返し出来なかったのが心残りです」

「さあ、トーナさん手を」


 馬に跨ったハル様が差し出した手を取ると、私は一気に引き上げられ馬上の人となりました。


「あまりお引止めもできませんね……二人ともお幸せに」

「メリルさんもお元気で」


 私とハル様を乗せた馬がゆっくりと歩を進め、屋敷から離れて行きます。


 ハル様の肩越しに見えるメリルさんが手を振る姿に、やはり私は今までたくさんの間違いを犯してきたのだと後悔ばかり……


 ですが、いつまでも慙愧の念に囚われていてもいけませんね。


 ハル様の腕の中で彼をちらりと見上げました。

 これから、私はこの方と共に生きていきます。


 それは決意とも誓いとも思える私の心の声でした。


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