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第61話 常闇の魔女―魔女と生贄―

「お祖母様……」


 最近よくお祖母様の夢を見ます。


 薄暗い牢の中で目が覚めました。私は身体を起こして冷たい石の寝台に腰掛ける。


 その夢は、かつてお祖母様と森で暮らしていた頃の過ぎ去りし過去の記憶おもいで


「お祖母様……」


 再び呟けば、自然と目から涙が溢れて、頬を伝って流れ落ちていく……


 それは、懐かしさとほろ苦さを伴った、過去の記憶おもいでの詰まったひと雫。当時の私はまだ幼くて、お祖母様の教えを完全には受け止められませんでした。


 いいえ、今でも分かっていませんでした。


「私はなんて愚かだったの……」


 伯爵が、ガラックさんやオーロソ司祭が……街の人達が黒髪と赤眼しか見ず、私を魔女とそしると嘆いてばかりいました。


 ですが、それと同じように私も病気ばかりを診て、本当の意味で患者を全く診ていなかったのです。


 ああ、今この時になってやっと、お祖母様の仰っていたことの意味を理解するなんて……


「伯爵が本当に求めていたものを無視して、ただ自分の正義だけを振り翳した。自分の正当性を認めさせる為に、理屈のみ押し付け全く相手を見ていなかった」


 確かに最初から伯爵は私に対し嫌悪を隠そうともしませんでした。

 ですが、私も伯爵から信頼を得ようとも考えていなかったのです。


 私が始めに伯爵に対して……いいえ、もっと以前から街の人々に歩み寄る努力をしていれば良かった。


 どうせ分かってもらえないからと、最初から諦め、理解を得る為の満足な説明もせずにいました。始めから信じてもらえないと、信用を得る為の努力を怠ってきました。


 その癖、相手に理解ばかり求める言動して……


「だから、私は誰からも拒絶されたのですね…お祖母様……」


 人は病や死という形の無い理不尽に抗えない。その結果、やり場のない思いの丈を、目の前の医師や薬師に矛先を向けざるを得ないのです。


「だから、治癒師は病ではなく、人を診なければならないのですね……お祖母様……」


 お祖母様はいつも仰っていました。

 人は必ず病を負い死に至るのだと。


 私達非力な人間は、病や死という現実に歯向かえる筈もないのです。昨日まで、ついさっきまで元気だった愛する人に突然振り掛かる不幸。


 そんな彼らの寄る辺のない想い受け止めるのが治癒師の役目。

 彼らの抱える不安や恐れ、絶望に寄り添うのが治癒師の本分。


 私達がそうしなければ彼らに救いは訪れない。人は病による苦しみや愛する者の死を受け入れられる程に強くはないのですから。


「だから、それら理不尽を受け入れられるように、彼らの想いを診なければいけなかったのですね……お祖母様……」


 人には必ず最期が訪れます。

 それはとても悲しい事です。


 お祖母様をうしなった私も嘆き悲しんだではないですか。そんな想いと向き合う為には、その最期に納得がいかなければいけないのです。


 患者が自身に降り掛かったふこうと向き合うには、その家族が最愛の者のふこうを受け入れるには、結果ではなく過程こそが重要。


 だから、どう生きるか、どう生きたか、その最期はどうであったのか……その過程が理不尽と患者に、それを見守る人達に向き合わせてくれる。


 その手助けをする為に、病を診て患者に安らぎを与える……それこそが私たち治癒師の全うすべき本分だったのです。


 確かに人に訪れる死は不可避です。

 ですが患者の最期はそれぞれです。


 その最期の在りように平安をもたらす事が、患者やその家族に受け入れ難き理不尽を許容する扶けとなるのです。


 だからこそ、患者の看取りは、それに関わる者達にとって重要な犯すべからざる儀式なのです。


 その神聖なものを穢したガラックさんもグウェンさんも、そして私も治癒師として失格です。当然、死者を弔うべきオーロソ司祭も冒涜者として聖職者失格です。


 だから、神聖な儀式を犯された遺族の怒りを鎮めるのには、相応の生贄が必要だったのでしょう。


 それが私……『魔女』という生け贄……


 『魔女』……それは私にとっても、ファマスの民にとっても理不尽の代名詞なのですから……


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