「私の娘を返して!」
幼い我が子の
「どうしてよぉ!」
ですが、その女性は私の剣呑な雰囲気にも気づいていないようです。或いは気づいても気にも留めず尚も叫んでいるのかもしれません。
もともと、この女性の娘は、街の薬師にも医師にも見放された患者でした。彼女は他に頼るところもなく、お祖母様を頼って森にやってきたのです。
ですが、既に手の施しようもありませんでした――
「あなたになんか頼むんじゃなかった!」
――それでも、お祖母様に治療してくれと懇願してきたのはあなたじゃないですか!
その娘はもう助からないと、お祖母様はきちんと説明しました。
ですが、誰も手を差し伸べてくれない母親の嘆きに心を痛め、お祖母様は願いを聞き入れたのです。
それなのに……
「なんで私の娘は死んだの?」
「だから最初から手遅れ……」
ごねる女性に腹を立て、私は不満を吐き捨てました。
「やめなさいトーナ!」
どうして止めるのですかお祖母様?
最初に助からないと説明し、この方は承知した筈です。
それなのに、こんな理不尽な言動を許されるのですか?
「この人殺しぃ!……返して……私の娘を返してよぉ」
わあっと泣き出し、女性は自分の娘の名を叫びながら支離滅裂な事を喚き散らす。そんな理性の
貴族や裕福な家庭でもない限り、治癒を施しても見込みのない患者を看取る治癒師はいません。
彼女の子供は確かに可哀想ではあります。
しかし、他に診るべき患者がいる中で、診療を断った治癒師達が非情なのではありません。
その思いやりを踏み
「トーナ……真実を伝える事が、いつも正しいとは限らないのよ」
「だけど!」
感謝こそされ非難される謂れはない。そう不満に思っていたのが顔に出ていたのでしょう。お祖母様は寂しげな眼差しを私に向けて諭してきました。
「だけど……私は…間違ってない……」
悲し気な青い瞳に私がいけなかったのかと
「あなたは正しいわ。でもね、正しい事は他人に優しいわけではないわ。正しい事を貫いても患者やその家族を不幸にするのでは意味がないのよ」
そう言って私の頭をひと撫でしてから、お祖母様は娘の
それから、お祖母様は彼女に寄り添い慰め続けたのです。
彼女は泣きながらお祖母様を詰り……それでもお祖母様は彼女の理不尽な態度にも優しく接し……私はその姿をただ黙ってじっと見守るだけでした。
ただ周囲に憎悪を向けていた母親は、お祖母様の優しさに
背に腕を回し慰撫するお祖母様の優しさに、彼女はようやく己の過ちに思い至ったようです。しきりに謝罪の言葉を口にして、やがて頭を何度も下げながら森の薬方店から去っていかれました。
その去り際、母親はまだ涙を流していました。その雫には当初の憎しみの暗い色は無く、ただ娘の死を
「あの方も娘の死と向かいあえたみたいね」
「どうしてお祖母様が責められなければいけなかったの?」
母娘を玄関先で見送りながらポツリと不平を漏らす。すると隣に立つお祖母様は、まだ微かに見える母娘の後ろ姿を見送りながら私を教え諭したのです。
「医療とは理不尽なものなのよ」――と……