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第56話 常闇の魔女―言いがかり―


「きゃっ、――いたっ!」


 領兵は私を荒々しく突き飛ばしました。たたらを踏んだ私は、体勢を崩し床に倒れ伏しました。


 あの後、私は何の抵抗もしていないのに、領兵は乱暴に縛って捕らえました。そして、そのままバロッソ伯爵の前まで引き立てたのです。


 痛いほどに後ろ手に固く縛られて上手く立てず、顔だけ上げれば伯爵が私を見下ろしていました。


 他にガラックさんやオーロソ司祭もおり、私を憤怒の形相で睨み付けています。


「ご命令通り魔女を捕縛してまいりました」

「うむ……」


 尊大に頷いた伯爵でしたが、目は充血し、眼窩は窪み、頬はこけ、全体的にやつれていました。


 初めてお会いした時とはあまりに違いすぎます。


 きっちりと整えていた髪は掻き毟ったのでしょうか乱れており、お洒落に着飾っていたお召し物も皺だらけで草臥くたびれています。


 どこか疲れ切ったご様子ですが血走った目は何処か鬼気迫るものがあります。


「昨夜、エリーナが死んだ……」


 その声音もやり場の無い怒りと、やるせない失意がない交ぜとなっています。


 それは、怒りと失意がないまぜとなって憔悴した姿でした。

 伯爵は最愛の娘を亡くして悲しみに暮れているのでしょう。


「それは……お悔やみ申し上げます」


 ですが、私が口に出来る言葉などそれくらいしかありません。


「何を抜け抜けと!」

「張本人が他人事のように言いおって!」


 ですが、それに対してガラックさんとオーロソ司祭がいきり立ちました。


 どうにも私の言葉は相手の神経を逆撫でしてしまうようです。いいえ、口を閉じていても、それを理由に責められていたでしょう。


 結局、私が何かをしようとしまいと、この方々には関係がないのです。


「貴様がやったのか?」


 地の底から響くような声……地底の暗闇から這い出すそれは怒りか、悲しみか、それとも憎しみなのでしょうか。


 伯爵は眼窩が窪みひときわ大きく見える目で、ぎょろりと私を睨みつけました。


「私が……何を?」


 異様な雰囲気に飲まれて、私は上手く言葉を紡げませんでした。


「貴様だ……貴様のせいだ!」

「そうだ、お前が悪いんだ!」


 すかさずガラックさんとオーロソ司祭が私を責め立ててきました。


 ですが、エリーナ様の死はヴェロムの毒が原因ですし――


「エリーナ様がお亡くなりになられたのは、とても悲しい出来事です。ですが、それと私と何の因果があると言うのですか?」


 ――エリナ様を治療したのは、ガラックさんとオーロソ司祭ではないですか。


 一体全体どんな理由で私の責任になるのでしょうか?


「私はエリーナ様のご尊顔を拝謁した事もないのですよ?」

「貴様が呪いでエリーナ様を害したに違いない!」

「神を冒涜する卑き魔女めっ!」


 何という滅茶苦茶な理屈ですか。


「私は薬師くすしであって、魔女でも呪術師でもありません。人を呪う力なぞ持ち合わせてはいません」


 皆が私を魔女と呼びます。


 ですが、現実として魔法なんて使えません。

 当然、人を呪うなんてできはしないのです。


「お前の呪いが我々の治療を妨げたのだ。そうでなければ聖水が効かぬはずはない!」

「私のヴェロムの胆薬もあったのだしな!」


 オーロソ司祭とガラックさんが掴み掛からんばかりの形相で迫ってきました。私の心臓がどくどくと早鐘を鳴らし、恐怖に身体は震えました。


 私はこの方々が言う魔女ではありません。

 何の力も持たない非力な娘に過ぎません。


 それなのに縄で縛られ身動きを封じられた状態で、目を血走らせた男達に囲まれて罵声を浴びせられています。


 果たして、これで怯えない女性がいるものでしょうか。


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