「…………」
ハル様が帰られた後、私は終始ぼーっとして何も手につかない状態でした。
「……ハル様」
気が付けば頭に浮かぶのはハル様の事ばかり。
そして、その夜……
寝台で横になって目を瞑ると、昼間に見たハル様の綺麗な顔が脳裏にくっきりと浮かび、甘くけれどもはっきりと好きだと
「う~」
――それを思い出す度に、毛布をぐしゃぐしゃに掻き乱しながら
目を瞑ればハル様の優しい笑顔が脳裏に浮かんでしまうので寝ようとしても眠れません。
「ハル様……」
私の小さな呟きが闇の中で異様に大きく響いたように感じられました。
誰かに聞かれるわけでもないのに、その名を声に出してしまったことに私は恥ずかしさに顔が熱くなる。
「ハル様のせいです」
きっと私の今の顔は羞恥心で真っ赤に染まっているでしょう。
ああ、どうして私はこんなにもハル様のことばかり考えてしまうのでしょう?
こうして、ハル様の顔を思い浮かべては悶々として、殆ど睡眠が取れないまま朝を迎えてしまい今に至るのです。
「本当に酷い顔です」
鏡に映る目元が黒ずんで腫れぼったくなった顔に私の気持ちは沈んでいく。
――本当に酷い顔。
「はぁ、ハル様は本当にこんな私を好いてくださっているのでしょうか?」
うつ伏せに机にもたれると漆黒の長い髪が机の上に広がりました。
――本当に闇の様に全てを飲み込んでしまいそうな黒色。
この髪と瞳の色が私は大嫌いでした。
この色のせいで街を追われたのです。
ですが、皆が嫌うこの黒をハル様は好きだと仰いました。
「ハル様……」
ハル様の顔が頭に浮かぶと頬がかぁっと熱くなり、胸が苦しくなるのです。そして、思考がまとまらず、じっとしていられずそわそわとしてしまう。
まるで自分の身体が自分のものではないみたいです。
本当に熱病を患ったのではないかと錯覚しそうです。
「私はいったいどうしてしまったのでしょうか?」
ほんの数日一緒にいただけの男性の事が頭にこびりついて離れません。私のこの身体も、思考も、想いも、自身の自由にならない現状に気が滅入りそうです。
「ああ、もう!」
とにかく、こんな目に隈を盛大に作ったみっともない顔のままで、誰か患者でも来て見られたくはありません。
「それに、もし今日もハル様が来て私のこんな醜い顔を見られたら幻滅されてしまうわ」
それで、ハル様に嫌われたらと思うと……
「――っ!?」
私は何を
ハル様に嫌われたくないなどと。
「私はやっぱりハル様の事を?」
出会って僅か数日の男性にこんな想いを抱くなんて、私はこんなにも軽い女だったのでしょうか?
「とにかく今は身繕いをしないと」
ドンドンドンドン! ドンドンドンドン!
突然、乱暴に扉を叩く音に、私は体をびくりと振るわせました。
「はーい、少々お待ちください」
何事でしょうか?
もしかして、急患でも来たのでしょうか?
「お待たせしま――っ!?」
開けた扉の向こうにいた数名の領兵に私は驚き息を飲みました。
しかも、彼らは出てきた私を憤怒の形相で睨み付けたのです。
「伯爵が貴様をお呼びだ」
「はい?」
今さら何だと言うのでしょうか?
「あの、伯爵は私の診療を拒まれた筈ですが?」
「誰が魔女の手など借りるものか!」
「だいたいエリーナ様は昨晩ご逝去されたのだ!」
やはり、お亡くなりになられたのですね。しかし、それなら私にいったい何の用があるのでしょう?
「おいたわしい」
「苦しみの中で
「それは……ご愁傷様です」
他に言い様もなく、私はお悔やみの言葉を口にしました。
ですが、訃報を告げる彼らの訪問に違和感を拭えません。
だって、私はエリーナ様となんの面識もないのですから。
「何を白々しい!」
「遂に馬脚を現したな!」
「この魔女め!」
ですが、彼らは戸惑う私に怒りをぶつけてきたのです。
「いったい何を?」
しかし、次に彼らから告げられた内容は衝撃的なものでした。
「貴様にはエリーナ様殺害の嫌疑が掛かっている!」