それから私達は黙って歩き続けました。
ああ、もう家に帰り着いてしまいます。
早く我が家へ戻りたいという気持ちと、ハル様と二人だけの時間が終わって欲しくない思い――その矛盾した気持ちがせめぎ合い、どうすれば良いのか分かりません。
お祖母様はこんな事は私に教えてくれませんでした。
理屈で推し量れない自分の中にある不合理な心を……
「これは軽率な発言かもしれません……ご不快でしたら聞き流してください」
突如、ハル様が語り掛けてきました。
「もし……もし、安全に他国へ移動できて、安定した収入が得られるとしたら……移住したいと思われますか?」
「それは……難しい質問ですね」
移住は最初から無理だと諦めていた私にとって、その仮定はあまりに想像外でした。
「……この国は私にとって……確かにとても住みにくい所です」
だから、考えてというよりも、自分の奥にある想いを探すようにポツリポツリと心情を吐露し始めました。
そんな私を急かすでもなく、ハル様は黙って耳を傾けてくださいます。
「ですが、同時に大切な想い出もある場所なのです……」
茂っていた木々が開け、青いラシアに囲まれている見慣れた小さな家が視界に入りました。懐かしいような、ほっとするような、そんな郷愁に胸がじんわりと温かくなってきます。
留守にしていたのはたったの数日だと言うのに……
扉の前で立ち止まると、私とハル様は自然と向き合いました。
「どのような場所であっても、ここには私の帰るべき家があるのです」
私の決意にハル様はふっと微笑むと私を見つめる労わりの青い瞳に優しい光が灯りました。
「困った事があれば俺を頼ってください」
「ハル様?」
ハル様がスッと一歩前に詰めると私達の距離が一気に縮まる。その距離の近さに私の胸はいやがおうにも高鳴りました。
それは驚きからか……それとも……
「俺は貴女の力になりたいのです」
「どうしてですか?」
私は
「知り合ったばかりの女にどうしてそこまでしていただけるのですか?」
それでも、私をじっと見詰めるハル様の瞳の熱情が見えたせいでしょうか。その熱に当てられて、私の全身を血潮が駆け巡って体が火照りました。
勘違いしてはいけないと思いながらも、この心臓の鼓動を抑えきれないのです。
私は期待してしまっているみたいです。
そんな筈はないと、自分の期待と想いを打ち消そうとしました。
ですが、どうしても上手くいかず……
「確かにトーナ殿と過ごしたのは僅かな時間ですが……」
ハル様はこんなにも素敵な男性です。
とても美男子で、優しく、国家騎士と言う有望な若い男の人……
間違いなく街の女性達から人気があるでしょう。多くの若い女性がハル様に想いを寄せている筈です。
「トーナ殿を一目見た時から、俺はあなたに惹かれていました」
「――ッ!?」
ハル様の気持ちが言葉となって私の胸にするっと入り、私の胸の内を歓喜で満たすのです。
ですが、それは同時に恐怖を内包した喜び……
感情が入り乱れ、心がちれぢれになってしまいそう。
「きっと一目惚れなのでしょう――」
「あっ……」
ハル様の大きな右手が私の頬に添えられて、私は一瞬ぴくりと体を震わせました。
「――それは育まれた愛に比べてまだまだ軽いものなのかもしれません」
ですが、その手の温もりがとても心地良く、ハル様の瞳が私を……私だけを映すので……私は
「だけど、今この場であなたとの別れを惜しむ自分に……確信したのです」
頬に感じるハル様の体温に、ハル様がゆっくりと掛けてくださる希望の言葉に、私の胸は狂おしいほどの期待に高鳴り苦しくなりました。
「この想いは本物なんだと」
「ハル様、私は……」
「トーナ殿……いえ、トーナさん」
訳もなく私の目から涙が溢れてきます……
「俺はあなたが好きです……大好きです」