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第50話 常闇の魔女―奥底の光―


「トーナ殿はこの国を出ようとは考えないのですか?」


 ハル様が突然そんな問いを投げ掛けてきました。


 メリルさんの状態も安定し、治療もひと段落つきました。後はソアラさん達に任せ、私は家へ帰ることにしたのですが――


 片付けを済ませた私に音もなくハル様が近いてきたのです。そして、私が気づくよりも早く、さっと鞄を奪ってしまいました。


 私が呆気に取られて目を瞬かせると、にこりと笑ったハル様は「今度こそ送らせていただきます」と私の手をぎゅっと握ってきたのです。


 一人で帰れると固辞したのですが、「ダメです、送ります」とハル様はしっかりと握った手を離してくれませんでした。


 だから、振り解く事も出来ず、諦めてハル様のエスコートを受けざるをえませんでした。


 ――そして、森の中をハル様と二人で、私の家を目指して歩いているところなのです。


 しっかり手を繋いで……屋敷からずっと……街中でも……


 はっきり申しまして、ハル様みたいに素敵な男性から、手を引かれて歩くのに慣れておりません。


 なんだかとてもむず痒いです。


 だからでしょう。あまりの気恥ずかしさに、ハル様のお顔を直視できず、私は下ばかりを向いて歩いていました。


 その道すがら、ハル様が疑問を口にしたのです。


「何故そのような事を?」


 思わず問いに対して問いで返してしまいました。どう対応すればよいのか判断がつかなかったのです。


 しかし、聞くまでもありませんでした。これはハル様が私を心配してくださっての問いなのですから。


 それでも、街の人達が私を嫌悪し忌避するのが当たり前となっているのと同じく、私は期待する事に、希望を抱く事に、諦めに慣れてしまっていたのです。


 だから、自分には他者からの労わりなど掛けられないと否定してしまうのです。


 この様な失礼な対応をしてしまいましたが、ハル様は特に咎めるでもなく、むしろ立ち止まるって私の両手をご自分の手で包み込まれたのでした。


「トーナ殿が心配だからです」

「あっ……」


 真摯な想いの篭められた声に、添えられたハル様の両手の温度、真正面から覗く真剣な眼差しに宿る熱量に当てられてしまいそう。


 とくとくとくとく……


 うるさく響く心臓の鼓動が手を通してハル様に伝わりそうで、恥ずかしさに涙が出そうです。


「私などの事でハル様が御心を煩わせる必要は……」

「心配してはいけませんか?」


 ああ、そんなに私の中に入ってこないでください。


 私は……期待をしてはいけない、希望を抱いては駄目……


 そう今まで心に蓋をしていたのに……


「心配なのです。とても……とてもあなたが心配なのです」


 ハル様のお言葉は私の心が揺さぶられて……


 だけどいけません。


 期待はいつも必ず裏切られるもの。

 これはきっと勘違いなのですから。


 それに、私なんかにこんな勘違いをされたら、ハル様だって困ってしまわれるわ……


 でも……でも、ハル様なら……もしかしたら……


 いけない……期待も、希望も……微かな光も私には届かない、もたらされない……

 だって、私は森の奥の奥……光の届かぬ闇の中に沈む魔女なのだから……


 ですが、ハル様の私に掛けてくださる優しさに、胸の奥の奥、誰も届かぬ暗闇の様な奥底に封じていた小さな光きたいが自然と大きくなって溢れ出てしそうです。


 そんな期待おもい悲観おもいが交錯して、ついに耐え切れなくなって、ハル様のお顔を……その澄んだ青い眼差しを直視できなくなって、だから私は顔を背けてしまったのです。



 逸らした視線の先には私が植えたラシアが……いつもの可憐な青から精彩を欠いていて、どこか元気を失って佇んでいました。


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