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第48話 常闇の魔女―苛立ち―


「エリーナ様の病状が悪化すると、予測していましたから」


 しかし、私の主張にソアラさんの理解は得られないでしょう。何を言ってもせんなきことです。もう自分について弁明するのは無意味です。私は理解してもらうのを諦めました。


 だから、自分の思いとは別の事を口にしました。もっとも、それを聞いたソアラさんは首を傾げましたが。


「ガラックさんの薬で治療されているのにですか?」

「彼らが持ち込んだのは胆薬です。魔狗まく毒の治療薬ではありません」


 それに、胆薬が魔狗毒の解毒薬であったとしても、それだけで毒により消耗した患者の病状を改善できません。


「私の治療を傍で見られていたならご理解いただけると思いますが、中毒の治療はいつ急変するか分かりません。だから患者につきっきりで看病する必要があるのです――」


 薬至上のガラックさんやグェンさんは服薬を重視し、臨床での医療を軽視しています。それに、医療の素人であるオーロソ司祭が、傷の洗浄をきちんと出来る筈もありません。


 推測ですが、ガラックさんとグェンさんはヴェロムの胆薬を処方しただけで、他には何もしていないのではないでしょうか?


 聖職者のオーロソ司祭などはみそぎと称して、傷口に聖水を振り掛けただけで満足していそうです。


 エリーナ様は毒に侵されて弱っていたはずです。そんな状態の患者に、強力な利胆作用を持つヴェロムの胆嚢を使用するなんて自殺行為です。ましてや、傷口をまともに洗浄しないなど……


 臨床的に何も処置されなかったエリーナ様は、治療されずに放置されたのと変わらないでしょう。


「――恐らく、強力な利胆作用で下痢を引き起こし重度の脱水症に陥ったか、未洗浄の傷口が膿んで毒が全身に回ってしまったのではありませんか?」

「それが分かっていてエリーナ様をお見捨てになられたのですか!?」


 私の解説を聞き終えると、ソアラさんが憤慨しました。

 ですが、どうして私が見捨てた事になるのでしょうか?


「側付きの話では、あなたの指摘通りエリーナ様は下痢が酷く衰弱していったそうです。傷口も黒く変色してしまっているとか」


 おいたわしい……ソアラさんが嘆きました。


 傷口が黒変しているなら、組織が既に壊死えししていいます。傷が膿み、毒が全身に回って状態を悪化させてしまっているのだと予想されます。


 エリーナ様の病状は芳しくないようです。やはり、ガラックさん達はまともに傷の手当てをしていなかったのですね。


「見捨てたわけではありません。説明申し上げましたが、伯爵は私の言に聞く耳を持たず退しりぞけられたのです」

「それは……」


 ソアラさんは伯爵とのやり取りを見てはいません。ですが、私が追い出されるところはソアラさんも目撃しています。


「で、ですが、あなたならエリーナ様をお救い出来るのでしょう?」

「どうでしょうか……おそらく難しいのではないかと」


 エリーナ様の病状は、かなり進行しているようです。


 医師の方々の力を借りられれば助けられるかもしれません。ですが、もはや私一人でどうこう出来る段階は、とうに過ぎてしまっているように思われます。


「最初から申し上げておりますが、この治療は医師の領分なのです。伯爵は早急にテナーさん達に頭を下げて助力を請うべきです」

「で、ですが……」


 なおも渋るソアラさんにため息を吐きたくなってきました。


 この方は私にどうしろと言うのでしょうか?


 この治療は医師の領域なのです。

 ですが、伯爵は彼らを締め出しました。

 治療に対する説明をしても受け入れてくれません。


 もう私に出来る事など何もないのです。


「とにかく今はメリルさんの病状を確認しましょう。私はその為にここにいるのですから」

「……」


 ソアラさんは何か言いたそうにしていました。


 しかし、私は強引に話を打ち切ってメリルさんの部屋へと向かったのでした。


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