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第43話 白銀の騎士―脅迫―

「おい、ハル!」


 いったん俺は騎士団の本部に戻った。トーナ殿を援助する許可を、団長から得ようと直談判する為だった……が、どうしたのだろうか、団長のこめかみがピクピクと痙攣している。


「どういうつもりだ?」

「バロッソ伯爵の依頼を達成する為、数日ほど団から離れさせていただきます」


 団長の怒声は一般人なら縮み上がりそうな威圧感がある。しかし、俺はわずかも動じず言って退けた。


 俺にはか弱い女性トーナ殿魔の手伯爵どもから守る使命がある。


 そこに何の負い目があろうか。


 正義は我にあり!


 この大義の前に、団長の怒り如き恐るるに足りず。


「馬鹿野郎!!」


 だが、まったく悪びれる様子がない俺に、団長の山さえ穿うがちそうな大きな雷が落ちた。


 まったく、団長には気をつけて欲しいものだ。

 俺じゃなければショック死しているところだ。


「しかし、バロッソ伯爵の要請を通して俺を送り出したのは団長ではありませんか」


 だが、団長の轟雷よりも迫力のある怒号にも、俺はまったくひるまなかった。


 ふふっ、これもトーナ殿への愛のなせるわざに違いない。彼女を守る使命が、彼女への俺の愛が、一人で万の軍勢にも立ち向かわせる勇気を与えてくれる。


 恐れるものなど何もない。


「ですので、今からバロッソ伯爵の屋敷へ行って参ります」


 早く戻らねば。


 トーナ殿への偏見はかなり酷い。それは、俺の想像を遥かに越えていた。


 主人であるバロッソ伯爵からして、トーナ殿へのあの仕打ち。あの屋敷に彼女の味方はいない。そう思った方がいいだろう。


 今のトーナ殿は敵陣の真っ只中なのだ。


 ソアラとかいう女も、あからさまにトーナ殿を忌避していたじゃないか。トーナ殿に懇願したのは、他に治癒師のあてがなかっただけだ。


 診察を始めると、トーナ殿に食って掛かっていたのが良い証拠である。もしあれが、他の治癒師なら彼女は黙って見ていたのは明白だ。


 何事かあれば、あの女はトーナ殿に危害を加えかねない。急いで戻らないと。


「お、おい…おいおいおいおい!」


 一刻も早く戻ろうと気がく俺を、しかし団長は慌てて呼び止めた。


「待て待て待て待て、ちょっと待ていっ!」

「なんですか、俺は急いでいるのですが」

「お前、自分の仕事はどうするつもりだ?」


 今度は威圧的な態度ではなく、俺の仕事への責任感に訴えに出た。俺が少しも物おじしないので、団長は威圧で抑えつける愚を悟ったらしい。


「団長の方でなんとかしておいてください」


 だが、仕事とトーナ殿どちらの責任感を取るか、そんなの考えるまでもない。


 この程度は即断即答である。

 俺はしれっと言ってのけた。


「だ、だがなハル……」

「そう言えば――」


 なおも団長が説得を試みるので言葉を被せるように遮った。

 にやっ、と俺が不敵に笑うと、団長が冷や汗を流して怯む。


「――今回の件はヴェロム討伐が発端ですよね?」


 つまり全ては団長の所為だと暗にほのめかした。


「お、おい、あれはエリーナ嬢が警告を無視したのであって我らに非はないぞ?」

「ええ、そうかもしれません」


 その言い分に相槌を打てば、そうだろうとほっと胸を撫で下ろす団長だったが……甘い!


「ですが、団長なら強制退去させるのも可能だったのでは?」


 団長はエリーナ様に退避するように警告はした。だが、団長の権限なら彼女らを強制退去させる手段もとれた筈だ。


 では、団長は何故そうしなかったのか?


 それは、相手が領主の娘で心象を悪くしたくなかったからだ。だからと言ってエリーナ様の身に何かあった時には責任問題になる。


 団長はそれら軋轢を避ける為、警告のみでお茶を濁したのだ。


 警告を無視したのはエリーナ様の方だと責任を転嫁できる。

 なかなか姑息な手段ではあるが、上手いやり方とも言える。


 俺も団長の立場だったら同じ事をしたに違いないだろう。


「しかし、あの時は、ああでもしておかなければ……」

「我ら騎士団もお咎め無しとはいかなかった……でしょうね」


 そして、実際にエリーナ様はヴェロムに襲われたのだ。


 もし、団長が警告をしていなければ、騎士団の責任問題を追及されていた可能性は高かっただろう。


 団長は騎士団全体を守ったのだ。


 だが、団長には悪いがそれを利用させてもう。


「ですが、団長がきちんと強制退去させておけば、うら若き美女二人が災難に会わずに済んだのも事実ですよね?」

「ぐっ!」


 俺の指摘に団長は苦虫を噛み潰したような顔で言葉に詰まらせた。


 仕方なかったとは言え、団長は騎士としても男としても負い目を感じていた筈である。


「……分かった行ってこい」


 果たして俺の読みは正しかった。


 団長はがっくりと肩を落として、しっしっと俺を追い払うような仕草をした。


「覚えてろよ……」


 喜び勇んで部屋を出て行く俺の背後から、地の底から響いてくるような団長の恨みがましい声が聞こえてきた。


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