それからのソアラさんは私の施す手技や薬剤に、不満の色が見えなくなりました。寧ろ、積極的に協力してくれています。
きちんと説明し、同意を得たのが良かったのでしょうか。それとも信念を曲げてでも、希望を持たせたのが良かったのでしょうか……
「な、何をしておいでなのです!?」
右手に針を持ち自分の左の掌にそれを向けると、ソアラさんが慌てて止めに入ってきました。
その針の鋭い先からぽたりと薬液が雫となって私の手に落ちました。
メリルさんが筋痙攣を起こしたのです。それは循環量と体温の低下による
人間は体温が低下すると、筋肉を痙攣させて体温を上げようとします。これは生体防御の為なのですが、体力の消耗が著しく弱った状態では危険なのです。
ですので、ヤドクガエルの毒を主成分とする筋弛緩薬で痙攣を止めなければなりません。ですが、メリルさんに投薬するのに針を使用しないといけません。
「……その前にソアラさんに説明をと思ったのですが」
「分かりました、分かりました、分かりましたから、もうご自分に使って見せるのは止めてください!!」
治療について私が実演を混ぜて解説しようとすると、ソアラさんは顔を青くして止めてきたました。彼女が苦情を述べなくなったのは、私の行動にただ怯えてしまっただけなのかもしれません。
一方、ハル様は初めから協力的で、嫌な顔一つせずに私の指示に従ってくれました。
しかも、泊まり込みで看護する必要があるのでお帰りいただいたのですが、ハル様は翌日またひょっこりやって来られたのです。
「騎士団のお仕事は宜しいのですか?」
てっきり騎士団へ戻られると思ったのですが。
「伯爵の依頼はまだ完了していませんから……」
にやっ、と不敵に笑ったハル様は仕事を全て団長に押し付けてきたと事も無げに仰いました。
それで良いのでしょうかと呆れましたが、一方でハル様がお側にいてくれると思っただけで嬉しくて、そしてとても心強くて……
ああ、私はこんなにもハル様を頼りにしてしまっていたのですね。
実際に治療を始める前からハル様には助けられてばかりで、感謝の言葉しかありません。
ですが、どうしましょう……
いつだって私は一人で大丈夫だと強がっていたのに……
このままだと私……ハル様に依存してしまいそうです。
そんな想いが胸中に生じた時――
「これからも俺を頼ってください」
「――ッ!?」
――まるで私の心を見透かしたようなハル様の発言に驚き、心臓が飛び出すのではないかと思いました。
もう、私の心臓がドキドキとうるさく鼓動しています。それなのに、ハル様が接触するのではないかと思うほど迫ってきました。
「どうかされましたか?」
「ぁ…ぁぅ……」
なんだかとても緊張してしまい言葉を詰まらせてしまいました。
ハル様はいつも距離が近くないでしょうか?
「ご迷惑でしたか?」
「はいっ、い、い、いえ、いえ、いえ……あ、あの……ハル様のお傍にいられて……その……とても…嬉しいです……よ、よろしく……お願い……しま…す」
ああ、もう!……私はなんて事を口走っているのですか!
これではまるで告白に答えているみたいじゃないですか!
「ち、ちがっ……私…そんなつもりじゃ……」
私のあたふたする姿を見て、くすっと笑うハル様はやっぱり意地悪です……でも、とても素敵なんです……悔しいくらいに。
「ふっ、お任せください」
「は、はぅ!」
ハル様の器用なウィンクに、私の心臓は射抜かれてしまいました。
うっ、本当に胸が痛いです。
だって仕方がないじゃないですか。ハル様は女性と見紛うほどの美貌なんですよ。そんなハル様のウィンクは色香がとても凄まじいのです。
完全にハル様の色気に当てられてしまったようです。
きっとそうです。
ハル様を見てこんなにドキドキするのは……ハル様がとっても素敵だからで……
ハル様の姿をついつい目で追ってしまうのも、ハル様に笑顔を向けられ顔が熱くなるのも、いつもハル様の顔を思い浮かべてしまうのも……
みんな、みんな、ハル様がとても優しく格好良いのがいけないんです。
だから違うんです……私はハル様に懸想なんてしていません。