きちんと説明したのが良かったのでしょうか?
それとも実演が衝撃的だったからでしょうか?
それから彼女はあまり治療に口出ししたり、不満を見せたりはしませんでした。
それでも、今後はメリルさんへ施す手技や薬剤について、説明を怠らないようにしようと私は決めました。
「メリルさんの体は水分が不足している状態です。このまま毒の排泄を促せば脱水症状を悪化させてしまいます」
生理食塩水と糖液の混合した補水液をメリルさんにゆっくり含ませる。意識は少し混濁気味の様でしたが、それでも彼女は含んだ水をこくりと嚥下しました。
「ですので、毒の排泄と同時にこのように脱水の改善を図ります。それに、補水によって血液の水分量が増せば、毒も希釈されて毒性を低下させる事ができます」
補水液は定期的に与え、メリルさんの状態の変化によって果汁などを加えて組成を変えていきます。
「同時に毒の排泄を促進します。もともと人には体内に入った毒を屎尿によって排泄する能力があります」
次に体内の毒を排泄させなければなりません。その為に必要な薬剤の入った薬瓶を手にしました。
「排泄能を増す薬――利尿剤、下剤、そして薬用炭を使います」
メリルさんの状態に合わせ、慎重に用量を量ったこれら薬剤を彼女に与薬していきました。
これには気を付けないといけません。
体内の水分が抜けて脱水を悪化させる可能性があるのも理由の一つですが、尿や便中には人体に必要なものが含まれていると考えられているからです。
実際、利尿剤の過量投与により筋痙攣、不整脈、呼吸不全、最悪の場合には心停止まで起きた症例もあると聞いております。特に、脱水状態の患者なら尚更そういった症状を呈する可能性が高くなるでしょう。
こうして説明を加えながら治療していくと、ソアラさんの神経質な反発も少なくなりました。それでも真っ黒な薬用炭を見せた時は、さすがに驚いていましたが。
一通りメリルさんの処置が済むと、心なしか彼女の顔に血色が戻り、呼吸も落ち着いてきたように見えました。
「これでメリルは助かるのですか?」
ソアラさんも同じように感じたみたいで、期待の眼差しで私を見詰めてきました。
「最初にもお伝えしましたが、中毒治療に解毒薬など都合の良いものはそうそう存在しません。我々治癒師に出来るのは患者自信が毒に対抗するのを手助けする事だけです」
ですが、当然そんなに早く改善するわけはありません。
「ですので、そんなにすぐには改善しませんし、まだ危篤の状態であるのは変わりありません」
私が告げた内容に、ソアラさんは目に見えて分かるほど落胆してしまいました。
「ですが、何もせず助かる見込みがゼロであるより、こうしてメリルさんの看護をしてその確率を一割でも二割でも上げるのは意味のある事ではありませんか?」
今まで事実だけを述べる事が正しいのだと私は考えていた。ですが、落胆する患者の母の姿を見て、思わず口にしたのは信念を曲げるものでした。
「それに、メリルさんには生きようとする意思が十分あります。大丈夫、このまま治療を続ければ絶対に助かります」
ただ励ます為だけの何の根拠もなく、医療行為にまったく不要な言葉。
「だから一緒に頑張りましょう」
「は、はい!」
だけど、その無駄と思える言葉にソアラさんは顔を上げて力強く頷いたのです。
私は患者へ真実を伝える事が治癒師の本分であると信じています。
その考えは今でも変わりはありません。
ですが、それだけでは不十分なのではないかと私は感じ始めていたのでした。