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第31話 常闇の魔女―薬師の矜持―


「落ち着きなさいソアラ殿」


 掴みかからんばかりにソアラさんが激情して、ハル様が私を庇うように間に入ってきました。


「トーナ殿は医師が適任であると言っているのだ。あなたの娘を見捨てたわけではないだろう」


 興奮して声を荒げるソアラさんに困惑して狼狽する私を見かねたのでしょう。


 ハル様は仲立ちを買ってくださったのです。


「わ、私にはもう他にお縋りできる方はいないのです!」


 ですが、ハル様が場を収めようとした甲斐も虚しく、ソアラさんは平静さを欠いて苛立ちを隠せません。


 ソアラさんはどうして私に固執するのでしょうか?


「何故です?」


 ソアラさんが私を嫌悪されているのは間違いありません。

 伯爵が私を指名した時に顔をしかめられたのですから。


 それほど私が嫌ならば他の治癒師に依頼をすればよいのではないでしょうか?


 薬師くすしには断られたと言っていましたが、もともと魔狗まく毒の治療は医師の領分なのです。


 街へ行って医師に頼まれればよいだけだと思うのですが……


「この街には優秀な医師がたくさんいるではないですか」

「そ、それは……」


 ソアラさんの目が泳ぎ始めました。

 どうにも決まりが悪そうです。


「何か医師を呼べない理由でもあるのですか?」

「その……実は……最初は医師の方々も呼ばれていたのですが……」


 どうやらバロッソ伯爵は薬師に断られたので、招いた医師にエリーナ様の治療を任せようとしたのだそうです。


「ところが、ガラックさんが医師の出る幕はないと仰ったのです」

「もしかして伯爵は医師の面子を潰す真似をなさったのですか!?」

「はい、その意見を伯爵様は全面的に支持なさったのです」


 頭を抱えたくなりました。

 伯爵もガラックさんも何をやっているのでしょう。


「テナーさんもカンカンに怒って、もう今回の件では関わらないと……」


 テナーさんはファマスの医師達の重鎮だと目されている大御所です。

 彼を怒らせたのなら、今回の件で医師の力は借りられないでしょう。


 だから、医師を持ち上げる私の提案や治療法に伯爵は全く聞く耳を持ってくれなかったのですね。


 今さら医師達に頭を下げられないのでしょう。

 ご自分の娘の命がかかっているというのに……


「はぁ……」


 あまりの愚かな行為に、またもやため息が漏れ出てしまいました。

 ファマスに来てから私は何度目ため息を吐いているのでしょうか。


 しかし、こうなっては致し方ありません。


「分かりました。すぐに取りかかりましょう」


 私しか助けられない患者がいるのです。色々と問題をはらんではいますが、治療を拒む理由にはなりません。


 それに、だいぶん時間も浪費してしまいました。

 患者の病状は刻一刻と悪くなっているでしょう。


 もうあまり猶予はありません。


「引き受けてもよろしかったのですか?」


 ソアラさんの後に続く私に眉根を寄せて心配顔のハル様が耳打ちしてきました。


「適任とは申せませんが全くの素人ではありませんので」

「いえ、そう言う事ではなく――」


 ハル様は何か言いにくそうにされておられます。おそらく私の身を案じてくださっているのでしょう。ソアラさんは露骨な嫌悪感を私に見せていましたから。


「私は医療人なのです。患者が求めるのであれば如何なる相手であっても手を差し伸べる……」


 ですが、経緯はともあれバロッソ伯爵と異なりソアラさんは私に助けを求めているのです。


「それが薬師くすしである私の責務であり矜持なのです」


 本来なら医師に回すべき症例ではあります。

 ですが、今回の件は致し方がないでしょう。


 今現在、ソアラさんの娘を救う事ができるのは私だけなのですから。


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