「ふぅ……」
ため息が漏れてしまいました。
思っていた以上に気が張り詰めていたのかもしれません。
部屋を出て扉を閉めると、解放された気分になりました。
先ほどの事が悔しくなかったわけではありません。
ただ、それ以上にほっと安堵してしまったのです。
どんなに蔑まれようと自分は大丈夫だと強がっていました。ですが、思っていた以上に他者からの悪意が堪えていたようです。
もう嫌な事は忘れて帰りましょう。
と思ったのですが、玄関までの案内を頼もうと屋敷の人達に声を掛けると――
「あの、すみません……」
「ひっ!」
――逃げるように去ってしまわれるのです。
誰も私に近づこうとせず遠巻きにされてしまいました。
「困りました……」
後々のトラブルを避ける為にも、貴族の屋敷では家人に案内をしてもらうものなのです。ですが、これでは
ついつい、ため息が漏れ出てしまうというもの。この屋敷に来てからため息が出るのはいったい何度目でしょうか。
「まあ、私もついておりますので大丈夫でしょう」
「仕方がありませんね」
肩を竦めたハル様に相槌を打つと、私はらさりげなく彼の手から鞄を取り戻そうとしました。
しかし、
「あの……ハル様?」
私は困ったといった風に顔を向けたのですが、ハル様は素知らぬふりでにっこりと微笑まれるばかり。
「その……私の鞄……」
「さあ、参りましょう」
「――ッ!?」
最後の抵抗とばかりに、上目遣いで鞄を取り返そうと手を差し出してみました。ですが、ハル様は私の意図に反して、その手をご自分の空いた手で握ってこられました。
お陰で私の心臓は、またもや激しく悲鳴を上げています。
きっと握られた手から私の鼓動は伝わっているでしょう。
私の緊張がハル様に見透かされていると思うだけで更に恥ずかしさが増して、落ち着けたくても私の心臓は言う事を聞いてくれません。
私の羞恥心を知ってか知らずか……いえ、絶対に勘付いているはずです――ハル様は
ハル様は人の良さそうな微笑みを湛えております。ですが、あたふたする私の姿を見て楽しんでいるに違いありません――絶対です。
意外とハル様はいけずだったのですね。
そんな筈はないと……
絶対あり得ないと……
これは勘違いだと……
そう分かっています。
ですが……もう、ここまで優しくされて……ああ、こんなにも甘い微笑みを向けられて……そして、これほど強引に手を引かれたら……
もしかしたらハル様は私を……と、そんな淡い期待を抱いていまいそうになります。
「ほ、本当にハル様は他の女性にこの様な真似をされていないのですか!?」
「ええ、決して……トーナ殿以外にはしていませんよ」
手を強く握られたまま耳元で囁かれ、私の頬は一気に熱くなる。私は二の句が継げず口をぱくぱくと開閉させてしまいました。
きっと私は間の抜けた顔をしているでしょう。
絶対に違うのだと自分に言い聞かせても期待をせずにはいられないのです――もしかしたら、ハル様は私を口説かれているのでは、私に好意を抱いているのでは……と。
私の胸はどうしたってときめきを抑えきれません、隠しきれません。
意識するなと言われても無理です。
ああ、もうダメ……頭の中がハル様でいっぱいになってしまっています。
男性に少しちやほやされただけで、こんなに浮つくなんて……
そして、気が付けば屋敷の玄関に到着してしまっていました。
何処をどう歩いたのか分からないくらい
「ハ、ハル様……あ、あの……もうここまでで……」
ハル様は握った手を離してくれないので、逆の手を差し出して鞄を受け取ろうとしました。
ですが、ハル様はそれに全く応えるつもりがありません。
「家までお送りすると申し上げた筈ですが?」
「いえ、そこまでして頂くわけには……」
これ以上ハル様の傍にいたら私の心臓が持ちそうにありません。
それでなくとも頭が変になりそうなのです。
自分はもっと冷静で理性的だと思っていたのですが、どうやらその考えを改める必要がありそうです。