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第23話 常闇の魔女―中毒治療―


「ふん! こんな小娘に何が出来る」

「ヴェロムの胆嚢にケチを付けたんだ。貴様はさぞかし立派な薬を持っているんだろうな?」


 ガラックさんは鼻を鳴らし、グェンさんが息巻いています。


 どうすれば理解してくれるのでしょうか?


「先程から申し上げていますが、魔狗まく毒に解毒薬はありません。すべき治療は対症療法と毒の排泄を促すだけです」

「薬を使わない治療などあり得ない!」


 解毒薬が無いだけで、誰も投薬しないとは言っていないのですが……それに薬は医療にとって重要ですが、必ずしもそれが全てではありません。


「薬はちゃんと使用します」


 お祖母ばあ様より譲り受けた使い古しの鞄を開け、中から幾つかの薬を取り出しました。


「何だこれは!?」


 私が机の上に並べたそれらを見てバロッソ伯爵が絶句しました。


「この真っ黒な粉はなんだ?」

「それは薬用炭やくようたんと呼ばれる炭を粉にしたものです」

「炭だと!?」


 薬用炭は毒と結びつき糞便として排泄を促進してくれます。


「これを服用すると魔狗毒が糞便中に排出されて……」

「はっ! 薬用炭などまやかしであろう」

「まったく、そんな根拠も無いものを持ち出すとはな」


 私が薬用炭を出すとグウェンさんが遮り、ガラックさんが馬鹿にしました。


 利胆薬による中毒の治療の方がよっぽど根拠が無いのですが?


「こっちの白い粉は普通に薬のようだが?」


 まだ説明の途中なのですが……ガラックさん達に話の腰を折られたせいで、伯爵は最後まで聞こうとはせず別の薬剤に興味が移ってしまいました。


「そちらはセロミドから抽出した薬で、尿中から毒素を排泄するのに……」

「ただの利尿剤ではないか!」


 その後も血圧、脈拍、鎮痛、解熱など他の薬剤を提示して説明しようとしました。


 ですが、一事が万事こんな感じで、解説をしようとしてもグェンさんやガラックさんの横槍が入るのです。


 伯爵もガラックさん達を止めるでもなく、あまり私の説明を真剣に聞いてはくれません。


「だいたい傷の洗浄に塩水を使用するなど正気とは思えん!」

「塩水ではなく生理食塩水です」


 生理食塩水の主成分は確かに食塩です。ですが、特定の濃度では人体に刺激が少なく傷口を洗うのに適しているのです。


「同じだろう」

「生理食塩水は医師の間ではもう常識です。どなたか医師に確認をしていただければ分かります」


 他国では更に技術が進んでいて、直接これを体内に補液して脱水を治療している例もあります。


 ファマスは医と薬の街として有名で、我が国では医療の最先端なのは間違いありません。ですが、近年どうにも薬学に偏重されており、それが医療技術の進歩を妨げているようです。


 私は尚も説明を続けようとしましたが――


「もうよい!」


 ――伯爵がきつい目で私を睨み怒気をはらんだ声を上げて私の説明を遮りました……




――《用語解説》――

【薬用炭】

 現代の急性中毒医療においても使用される活性炭。体内に入ったものは腎臓により尿中に排泄されるか、肝臓でグルクロン酸抱合され胆汁酸として排出されます。

 しかし、グルクロン酸抱合されて排泄された物質は腸管で再吸収(腸肝循環)されてしまいます。薬用炭を服用することで毒素の再吸収を抑えて体内に戻るのを防いでくれます。


【生理食塩水】

 人の体液とほぼ等張に調製された0.9%塩化ナトリウム水溶液。人体に対する侵害性が低く、傷口の他、目や鼻などの粘膜洗浄にも広く使用されています。

 また、脱水時の補液、注射剤投与の基本輸液などなど医療現場にはなくてはならない輸液です。

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