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第22話 常闇の魔女—ファマスの司祭―

「何の問題もない」


 話に割って入って来たのは司祭服に身を包んだ丸々太った男性。その方はガラックさん達の背後から部屋へと入って来ました。


「魔獣によって負った不浄の傷ならば聖水で清めれば良いのだ」

「オーロソ司祭……」


 この領の教会を統括されている司祭様です。


「失礼ですが、聖水はあくまで魔をはらうだけのものなのではありませんか?」

「不信人者の魔女め!」


 以前はファマスの教会で司祭をされていたのはモスカル様でした。


 モスカル様はとても人望の厚い聖職者で、お祖母ばあ様に連れられて教会へ訪れた私を何かと気に掛けてくださった温柔敦厚おんじゅうとんこうな方です。


 声望の高さからモスカル様は司教となり本山に招聘されました。代わりにファマスに司祭として着任されたのが目の前のオーロソ司祭です。


 オーロソ司祭はいつも私を魔女と罵り、何かと責めて教会の出入りを禁じてしまわれました。その頃より、私は長らく教会から遠ざかってしまっています。


 ところが、礼拝から締め出しておきながら、オーロソ司祭は教会を敬わない魔女だと私をそしるのです。


 この方と相容れるのは不可能でしょう。


「我ら教会の聖水を愚弄するか!」

「愚弄するも何も……聖水は傷を癒すものではない筈です」


 聖水とは聖職者が原泉から汲み上げた水を教会で司祭が成聖したものです。

 その水には神の祝福が宿り、魔や穢れを祓う神の恩寵を受けられるのです。


 聖水によって清浄となった地には魔獣が寄りつき難くなりますので、とても重宝されるものではあります。ですが、言い換えればそれだけのものでしかないのです。


 決して傷を癒す効能ちからはありません。


「聖水は邪を祓い、敬虔な信者を護るものだ。魔物による不浄の傷も洗い清めてくれるわ!」

「その様な教えは聞いた事がありません」

「それはお前が神を敬わぬ魔女だからだ」


 全く理屈の通らない困った司祭様です。


 この方は聖水や贖宥状しょくゆうじょうを売り捌いているらしいとは聞いておりましたが、ここまで聖水をごり押ししてくるなんて。


 森の薬方店まで来訪する患者は少ないですし、来ても私と世間話などしません。ですので、街との交流が希薄になっていた私は詳しく知りませんでした。


 どうやら、モスカル様が転任されてから教会はおかしな状態になっているようです。


「私は別に神を軽んじてなどおりません」

「教会にも顔を出さず、寄付もしないくせに」

「私を教会から締め出したのはオーロソ様ではありませんか」

「穢らわしい魔女が教会に入るのを許すわけがなかろう」


 まるで話になりません。


「彼女を貶める発言はよしなさい」


 ハル様も不条理だと感じたらしく、オーロソ司祭から私をかばうように割って入ってくださいました。


「それに、今は言い争いをしている時間はないでしょう?」


 ハル様がちらりと見やるとバロッソ伯爵は渋面を作られました。


「エリーナを救ってくれるならどちらでも構わん」


 論争よりもエリーナ様の治療を優先すべきなのは当然です。ですが、私とガラックさん達とでは方針が全く違います。彼らと治療を協同して行うのは無理でしょう。


 さて、伯爵は私とガラックさんのどちらの治療を選択されるのでしょうか?


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