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第20話 常闇の魔女―ガラック薬方店―


「ハッハッハッ!」


 突然の哄笑に私は驚いて振り返りました。そこには部屋の入り口を塞ぐように60前後くらいの恰幅の良い男性が立っていました。


 その横には神経質そうな痩身の男性が私を鋭く睨みつけています。


「言い訳ばかりだな小娘」


 私をあざける初老の男性。この方はファマスにある薬師協会の会長ガラックさんです。


「出来ないなら出来ないとはっきり言えば良いものを」


 その隣で私を嘲笑する痩せた男性はグェンさんという、ガラックさんが持つ薬方店の薬師くすしだったと記憶しています。


「大方、魔狗まく毒を治療したとの触れ込みも、その猟師に金でも掴ませて喧伝けんでんさせたのだろう」

「バロッソ伯爵。こんな時代遅れの薬師ではなく、我がガラック薬方店に全てをお任せ下されば宜しいのです」


 2人は何の根拠もなく私を見下してきました。


 ファマスは医と薬の都と呼ばれ医師と薬師が多く集まっており、この国における医療の最先端なのです。


 ここでの薬剤の製法は大量の薬材料を一度に製剤化するのが主流になっています。


 ハル様に説明したように生薬には個体差があり、発育環境、採取時期などにより成分にずれが生じてしまいます。それを大量生産する事で差異を小さくしている……とても良く考えられた製法です。


 だから、彼らの手法は多くの患者に安定した製品を安価に提供できる素晴らしいものだと思っています。


 対照的に私はその時その時の生薬の状態を考慮しながら患者の性別、年齢、身長、体重、身体所見などを診て、それぞれ個別に調合します。


 その為、直に私が患者を診なければ調合できませんし、どうしても薬が高価になってしまいます。


 ガラックさんはその不利な点のみをあげつらって、私の薬方を非効率的とそしり、古臭いと嘲笑あざわらうのです。


「そんな小娘の薬なぞ効果はたかが知れております。我が薬方店の高品質な薬を用いて頂ければ、エリーナ様はたちどころに快癒することでしょう」


 私は溜息が漏れそうになるのをぐっと堪えました。


 確かに彼らの方法なら多くの患者が均一で水準の高い医療の恩恵に預かれます。


 しかし、型にはまった医療は例外的な症例には無力な場合もあるのです。私の薬方は少数のそういった患者を救う為にあるのです。


 そして今回の魔狗まく毒に関してはガラックさんよりも私の方がまだまし・・でしょう。


 ですが、それよりも……


「ヴェロム咬傷こうしょうによる中毒なら私たち薬師よりも医師が適任です。どなたか医師を招聘されないのですか?」

「はっ!」


 伯爵への質問でしたが、馬鹿にしたように鼻で笑ったのはガラックさんでした。


「医師の如き薬を満足に理解していない半端な治療師に何ができる」

「彼らからすれば、私たち薬師は診断も施術も満足にできない似非エセ治療師ですが」


 医師と薬師の境界は曖昧で、その所為で患者もどちらへ行けばよいか迷っている節があります。


 創傷など外科的処置を主とするのが医師、薬で治療する内科的疾患に対処するのが薬師と漠然と分類しているのが現状ではないでしょうか。


 ですが実際の現場では、医師も薬師もどの様な疾病しっぺいかの如何いかんに関わらず患者を治療しているのです。


 ですから、薬師は薬を調剤して治療する治療師、医師は診断と施術を主とする治療師と分別される方もいらっしゃいます。


 実際に、医師は患者を診て治療を施し看病します。ですが、薬師は症状を診て薬を処方するだけで、患者が何か訴えない限りそれ以上の医療行為をしない者が殆どです。


 その為、薬師は薬の調合もできない半端者と医師を蔑み、医師は満足に診断も治療もできぬ似非治癒師と薬師を馬鹿にしているのです。


 しかし、こうやってお互いの欠点を詰り合うのではなく、それらを補完し合う方が健全ではないでしょうか。


 私は診断と治療を医師が行い、その情報を元に薬師が見合った薬の調合を行う。そんなお互いを尊重して連携した医療こそが本来のあるべき姿ではないかと考えています。


「お前の様な小娘と我々本物の薬師くすしを一緒にするな!」


 もっとも、ガラックさんは私とは異なる考えの持ち主みたいです。


「魔狗毒などガラック薬方店の解毒薬を飲めば立ち所に完治するわ!」

「あの毒に解毒薬はありません」


 ガラックさんはいったい何を仰っているのでしょうか。

 その事は薬師の間でも広く知られている知識です。


魔狗まく毒に限らず毒の治療には――」

「無知め」


 私の言葉を嘲笑混じりの声が遮りました。

 痩身の薬師くすしグェンさんです。


「俺達にはこれがある」


 そう言うと彼はぐいっと右手を前に掲げました。



 その手に持っていたのは、両拳大の涙型にも見える種の様な形をした真っ黒な物体でした。


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