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第10話 白銀の騎士―魔女の噂―


 さて、くだんの森に住む魔女だが、このファマスに赴任して日が浅い俺でも彼女の噂は耳にしていた。


 曰く、とてもおぞましい黒髪と赤目の魔女である。

 曰く、数多あまたの魔獣を使役する恐ろしい魔女である。

 曰く、他人の足元を見て薬を高額で売る欲深い魔女である。


 他にも、残忍酷薄、冷酷無慚、人の皮を被った悪魔などなど……


 彼女の行ったとされる悪辣な逸話を添えて、様々な誹謗中傷が聞かずとも耳に入ってくるのだ。


 しかし、俺は魔女に対して街の者達と同じようには悪感情を抱けなかった。それらの話に信憑性が欠けており、ただの陰口にしか思えなかったからだ。


 黒い髪と赤い瞳が魔女の象徴として嫌悪の対象らしい。だが、外国から移住してきて偏見のない両親に育てられた俺に忌避感はない。


 魔獣を使役しているとの噂にしてもおかしな話だ。


 以前、くだんの森の近くで魔獣を討伐していたおり、魔女が魔獣を使役している件について同僚と口論になった。


 同僚は最近の魔獣被害の増加が森の魔女のせいだと言うのだ。


「馬鹿馬鹿しい」


 その時、俺は下らないと切って捨てた。だが、他の同僚達も食ってかかった。


「ハルは赴任したばかりだから知らないんだ」

「ああ、最近の魔獣被害の増加は異常だ」


 呆れて溜め息が出そうだ。


「逆だ。この地にやってきたばかりだから分かるんだ」

「どう言う意味だ?」

「ここは魔獣の森に近接していながら被害が少な過ぎる」

「はあ?」


 同僚達は意味が分からないと間の抜けた顔をする。


「他の地域ではここより魔獣被害がもっと甚大なんだ。魔女が魔獣を操っているなら他領より被害が大きくないとおかしいだろう?」


 魔獣の森が近接している都市は他にもある。


 俺が前に赴任していた地域では、魔獣被害はここの倍どころではなかった。今まで魔獣の森付近における被害も目撃件数も皆無だったファマスが異常なのだ。


 だから、魔女が魔獣を操るなど俺には根も葉もない戯言ざれごとにしか聞こえない。


 だいたい魔女が魔獣を使役している姿を誰も見ていないのに、妄想だけで誹謗するとは同じ騎士として情けない。


「お前は魔女を実際に見ていないからそんな意見を言えるのさ」

「確かに魔女なんて生まれてこの方一度も遭遇した経験はないが、それを言うならその女性が魔法や呪いを使った現場を誰も見ていないのだろう?」


 そうなのだ。

 その女性が悪行を働いた証拠など何処にも無い。


「その女性を魔女と言う根拠はなんなんだ?」


 魔獣を使役するという眉唾ものの話もそうなのだが、その女性を魔女と断じる言い分――


「おぞましい黒髪赤目だからだ」


 ――聞く度にこれだから、俺はますます呆れた。


 それは何の根拠にもなっていないだろう。


 他領に居たころに黒い髪と赤い瞳の女性を全く見たことがない。だから気がつかなかったのだが、ファマスに赴任して初めて黒い髪と赤い瞳への偏見を知った。


 だが、他国へ行けば黒髪赤瞳の女性など普通に一般人として暮らしている。それがどうして魔女の根拠となるのかどうにも理解できない。


 もしかしたら、件の女性が噂にある様な酷薄な性質の吝嗇家で、それが原因で魔女と呼ばれているのかもしれない。


 この国では珍しい黒い髪と赤い瞳は目立つので、それは後付けの理由なのだろうか?


 その説明ならまだ納得がいく。


 だが、髪と瞳の色などと言う迷信めいた理由で魔女の嫌疑をかけられているなら、その女性には同情するしかない。


 今になって思い付いたのだが、まさかバロッソ伯爵はこんな信憑性の欠片かけらもない与太話を信じて国家騎士である俺に依頼してきたのだろうか?


 領主ともあろう人物がそんなに愚昧ではないと信じたい。


「とにかく気をつけて行けよ」

「魔女の家は魔獣の棲む森の中には違いないんだからな」


 魔女が魔獣を使役する云々うんぬんは別にしても、俺が向かうのは確かに危険地帯である。だから同僚達のこの心配は的外れでもない。


 それにしても、その魔女は魔獣の棲む森の中で、女一人どうやって生活をしているのだろう?


 そう言った謎もまた、彼女が魔女だと噂される要因になっているのかもしれない。



 色々と疑問は尽きないが考えても埒が明かないので、不安顔の同僚達に見送られながら、俺は森へと出発した。


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