「ハルです」
「騎士様?」
いったい何なのでしょうか?
思いもよらぬ騎士様の突然の発言に、私はその意図を
「ハルです。どうか名前で……ハルと名前で呼んでください」
「――ッ!?」
私は一瞬、言葉に詰まってしまいました。
「そ、それは……私は平民ですので……」
私がどう対応したものか困惑してしまうのも致し方ないのではないでしょうか?
「あなたのような可憐な方に騎士様などと他人行儀に呼ばれるのは寂しいのです」
「その様な口説き文句は、意中の女性にのみ仰ってください!」
この騎士様はとても涼やかな美男子です。こんな惑わす様な言葉をかけられたら、私でなくとも勘違いをしてしまいます。
今だって口では強く拒絶していますが、言葉とは裏腹に心臓が早鐘を打っています。きっと、私の顔は茹で蛸の様に真っ赤になっているでしょう。
ああ、もう……
恥ずかしい……
「俺は本心を述べたつもりなのですが」
ぐっ! この方はどこまでも……
「
「ハルです……こんな事を言うのはあなたが初めてです」
わざと『騎士様』と強調しながら釘を刺してみました。ですが、騎士様は全く堪える様子がありません。
「
「ハルです、
少々胡乱げな物言いをしてしまいましたが、ハル様は構わず
「
「ハルです、目は良いとよく言われています。それと同じくらい耳も――」
騎士様の優し気な青い瞳が私を映し出す。
「――あなたの黒い髪と赤い瞳はとても神秘的で美しく、声は瑞々しく
騎士様の甘い言葉に勘違いしそうになりますが、私に好意を寄せる男性などいる筈ありません。
「この国では黒い髪と赤い眼は忌み嫌われる容姿なのですよ?」
「俺には関係ありませんし、俺の両親の故国では真逆なんです」
騎士様の瞳と口調には何処か熱が篭っていていました。本当に本気で私に恋慕の情を抱いているのではと思い違いをしてしまいそうになります。
「あなたの髪と瞳を見ていると、幼い頃に母から聞いた故国の心優しき夜の帷の女王の物語を思い出します。静かに
あなたの様に磨かれた黒曜の如く
私はずっと街の人達から罵詈雑言を浴びせられてきました。この黒髪と赤眼を誰かに褒められた経験は皆無なのです。
ですので、男性から――それも目の前の騎士様ほど誠実そうな美丈夫から、容姿を賛美される事に慣れてはいません。
今のこの状況は余りに据わりが悪いです。
「騎士様は――」
「ハルです」
私の『騎士様』と呼ぶ声に被せて騎士様は名前を主張する。その余りの頑なさに自然とため息が漏れ出てしまいました。
「――ではハル様」
「はい」
私は根負けして騎士様の名前をお呼びしました。すると、ハル様はそれはもう嬉しそうに破顔されたのです。
少年のように無邪気でとても眩しい笑顔。
それが私に向けられたと思うだけで舞い上がりそうになります。そんな自分を必死に抑えるのに苦心しました。
自分は軽薄ではないと思っていました。ですが、これ程に心が乱れる己を鑑みるに考えを改めねばならないようです。
「少し不用意ではありませんか。そのように
これ以上は私の心臓が持ちません。ハル様に少し釘を刺しておきましょう。
「そうですね。意中にない女性を勘違いさせるのは本望ではありません。女性を喜ばせる発言は控えましょう――」
刺した釘に同意を示したかと油断したところにハル様は甘く囁かれました。
「だから、あなた以外には」
あっと、私は真っ赤になった顔を見せないように俯きました。ですが、きっと耳まで真っ赤になっているでしょうから、ハル様には私の羞恥に染まった顔はバレバレでしょう。
もう、穴があったら入りたい。