「それに、たとえ魔女であったとしても、あなたはきっと良い魔女だ」

「——ッ！？」

　もう！

　この方はどうして口説き文句をさらりと口にするのでしょう？

　騎士様はとても凛々しく声も清々としておられます。そんな彼の甘い台詞に私の心は強く揺さぶられ、顔が熱く火照ほてってきました。

　異性への浮ついた感情など持ち合わせていないと思っておりました。ですが、私も人並みに女だったようです。

「すみません。この国は魔女に余り良い感情が無いのでしたね」

　弛みそうになる顔を引き締めて眉間に皺を寄せると、騎士様は私が不快に感じたのだと勘違いされたようでした。

「騎士様は異国の方でしたか」

「子供の時分に両親がこの国に移住しまして……あなたも同じなのでは？」

　この国には私のような黒髪や赤目はおりません。

「先祖が異国より渡ってきたそうです。私は先祖返りなのです」

「そうでしたか……それにしてもこの街の黒髪、赤瞳に対する忌避感は異常ですね」

　この忌避感は無理からぬ事なのです。

　遥か昔、この街ファマスは黒髪、赤眼の美しい魔女に滅亡寸前まで追い詰められた過去があります。

　その魔女に酷い目に合わされた為、この国では魔女に対して嫌悪感が大きいのです。特に直接その被害を受けたこの街はにとって、それはまだまだ拭い去れない痛みの記憶。

「まあ、あなたのような白銀しろの騎士様を使いにされるくらいですから」

「白銀の騎士？」

　意味が分からず騎士様は首を傾げられました。

　異国の方ではご存知ないのも無理ありません。

　伝説に見目麗しき白銀しろ騎士が黒の魔女を屠ほふったとあります。おそらく依頼主は私が魔女であると勘ぐって、白銀の髪である騎士様を寄越したのでしょう。

　もっとも、魔女ではない私には意味がありません。

　だいたい、私は魔法も呪いも使えませんし、町の人達を害したためしもないのです。それなのに黒髪、赤目という理由だけで誰も彼もが私を魔女と詰り迫害してくる。

　本当に溜め息が出そうになります。

　ですが、それを厭いとうて街を出るのも難しい。

　他領への移動には国の許可が必要ですし、おそらく黒髪、赤目の私を受け入れてくれるところはこの国にはないでしょう。

　また、国を出て外国へと移行にも、若い女が１人では並大抵の事ではありません。旅路で命を落とす者も多く、無事に他国に辿り着けても糊口ここうを凌げる保証もありません。

　そのような訳で私はこの森の中で暮らす現状を甘んじて受け入れなければならなかったのです。

　そんな説明を受けた騎士様は不愉快げに眉を顰ひそめられました。

「だからあなたは街を避け、斯様かような森の中にお住まいなのですか？」

「それもありますが……私は街の中に住む許可を頂けませんので」

「そんな馬鹿な！」

　騎士様は驚きで目を大きく見開かれました。

　落ち着いた精悍な男性が滑稽な表情は意外と可愛いものですね。

「黒い髪、赤い瞳というだけで咎とがの無い女性が街から放逐されているのですか！？」

　騎士様の驚きももっともです。普通に考えて若い女が街を追い出されるのは、死ねと言われているのに等しい仕打ちです。

「どうせ許可を頂けても、私に住居を貸してくれる者もおりませんよ」

「それではトーナ殿は領主の庇護ひごなく、この森で暮らしておられるのですか？」

　私が頷くと騎士様は小さくため息を吐つかれました。

「この森には魔獣が棲息しているはずですが、あなたはどうやってここに？」

「ここら辺一帯にラシアを植栽しているのです」

「ラシア？」

　騎士様は首を傾げました。

　ラシアは遥か昔に私の先祖がこの国に移住してきた際に持ち込んだ花で、この国ではおそらく私が育てているものしかありません。

　だから騎士様がラシアを知らないのも無理はありませんし、この国でこの花の効能を知る者はきっと私だけでしょう。

「ラシアは魔獣が嫌う匂いを出すのです」

「それで魔獣が近寄らないと……もしかして表に咲いていた小さく可憐な青い花？」

　私が頷くと騎士様は口に手を当てて少し考え込む素振りを見せた。

「ここに来るまであの花はあちこちで見ましたが」

「それらは私が世話をしているものです。薬用としても重用しておりますので」

　ラシアの効能は魔獣を祓えるだけではありません。抽出した油分にはあかぎれや切り傷などの薬になる優れものなのです。

「ですから騎士様に心配されずとも大丈夫なのです」

「ハルです」

「騎士様？」

　予想だにしなかった騎士様の突然の台詞せりふに、私は意味が分からず首を傾げてしまいました。