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常闇の魔女は森の中
古芭白あきら
異世界恋愛ロマファン
2024年10月14日
公開日
97,196文字
連載中
「私たち薬師が診るのはね、病ではなくて人なのよ」

亡き祖母の教えを胸に薬師のトーナは街を追われ森の中で薬方店を営んでいた。ある日、彼女の店を銀髪碧眼の美形の騎士ハルが訪れる。彼がもたらした依頼はトーナの人生を大きく変えるものだった。

――この2人の出会いから、いま運命が大きく動き出す。

薬師としての豊富な知識と治癒師としての優れた技術を持つトーナ。しかし、幼少期より黒い髪と赤い瞳を理由に『魔女』と蔑まれ迫害を受けていた。それでも、トーナは師でもある亡き祖母の教えを胸に医療の本質に向き合っていく。

一方、ハルはその美しい容貌が仇となり女性不信となっていた。しかし、トーナの薬師として強く真っ直ぐ生きる姿に惹かれ、虐げられた彼女を救おうとするのだが……

本職によるリアルな医療をテーマにした異世界恋愛ファンタジー!

※最終話まで毎日1話ずつ更新!

第1話 魔女の夢—温もりの残滓―


「トーナは優秀な薬師くすしになれるわ」


 皺だらけだけど温かな手が私の黒髪を優しく撫でる。大好きなお祖母ばあ様の手の温もりは私に無性の喜びを与えてくれた。


「教えた知識はすぐ吸収するし、私があなたに教えてあげられる事はすぐになくなりそうね」


 お祖母様は豊富な薬の知識を授けてくれる私の師匠。それと同時に、早くに両親を亡くした私にとって最後の家族。


 だから、お祖母様の言葉は私にとって絶対でした。


 そんなお祖母様から認めてもらえたのです。どうしたって胸の奥から嬉しさが湧き上がってきます。


 お祖母様の温もりが私の唯一の幸せでした。

 お祖母様との生活が私の世界の全てでした。


「あなたは将来きっと優れた薬師くすしになる。そして、多くの患者を苦しみから救うでしょう」


 お祖母様の微笑んだ柔らかな表情。

 私はそれが何よりも大好きでした。


「でもねトーナ、覚えておいて欲しいの」


 だけど、急にお祖母様の表情が変化しました。柔らかい笑顔なのは変わりません。ですが、どこかかげりを含む表情に私はいぶかしみました。


「あなたは誰よりも優れた才能を持っている。きっと、それは数多あまたの病を癒す力をあなたにもたらすでしょう。だけど、その力が優れていればいる程……あなたが人を治せば治す程……あなたは何よりも病気を診て治してしまうようになる」


 お祖母様の言葉は私にとって絶対でした。それでも、この時に意味するところが分からず、私は首を傾げたのです。


「病気を治して人を救う。病の苦しみを取り除いてあげる。それではいけないの?」


 お祖母様はゆっくりとかぶりを振りました。


「それはとても大切な事よ。人を助ける事は間違いなく尊い行い——」


 お祖母様は両手で私の頬を包み、私の血の如き赤い瞳を覗き込む。私の目に映るお祖母様の優しい青色の瞳は、しかしどこか寂しげでした。


「——だけど、同じように人を救っても、結果は必ずしも同じではないの」


 大好きな大好きなお祖母様。


 お願い、そんなに悲しそうにしないで。


 私は誰よりも愛しているお祖母様を喜ばせたい。


 だけど、この時の私はお祖母様の言葉の真意を理解できませんでした。


 何ともできないもどかしさと、私が理由でお祖母様の顔を曇らせる事への自責の念に、幼かった私の小さな胸はキュウっと締め付けられた。


「幼いあなたには、まだ難しくて理解はできないわね」

「ごめんなさいお祖母様……ごめんなさい」


 自分が不甲斐なくて、許せなくて、悔しくて、私の目に涙が溜まり、今にも溢れ出しそうになってくる。


「泣かないでトーナ」

「でも……でも……うっ…くっ……」

「トーナが私の言葉の意味を理解できる頃には、おそらく私はあなたの側にはいないでしょう」


 この時の私は、お祖母様のこの言葉の意味が何となく理解できるくらいには成長していました。だから、いやいやと私は首を横に振ってお祖母様にすがったのです。


「だからトーナ…覚えておいて欲しいの……」


 頭を振った拍子に溢れ出した悲しみの雫を、お祖母様はそっと拭ってくれました。


「どんなに足掻あがいても人はいつかは死ぬの。だから人を癒すと言うのはね、病そのものを治すかどうかに関わらず患者の心に平安を与える事なのよ」


 お祖母様の説明は何となく分かる様な気がした。だけど、幼い私は何処か反抗する意固地な思いがあったせいで完全には腑に落ちなかった。


 そんな私の心の機微を見抜かれていたのでしょう。

 見ればお祖母様は困った様な笑いを浮かべていた。


「トーナにもいつか分かるわ」


 そして、お祖母様はいつもの様に柔和な微笑みを私に向けて言ったのです。



「私たち薬師くすしが診るのはね、病ではなくて人なのよ」

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