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第二幕 サネミ

「……で、どうしてこんな真夜中?」

 スマホの時計は深夜二時を少し回ったところを指している。

「何寝ぼけた事言ってんだ。異形どもの動き回る時間と言えば、丑三つ時って相場が決まってんだろ。人間の常識では昼間っから奴らは蠢くことになってんのか?」

 眠たい眼を擦りながら意義を唱えた蓮夜を見下ろしながら、呆れたようにロクロウは言う。

 草木も眠る丑三つ時とは言ったもので、あたりには人気どころか街灯の一つも点いていない。そんな真夜中に蓮夜はロクロウと例の更地の近くまで来ていた。学校の裏山の麓に位置する更地の手前には、百段ほどの階段と五十メートルほどの歩道が備えられていて、毎年夏祭りの時期にはこの歩道と階段を登り切った先の更地で中央を囲むように出店が出る。次の夜が来れば祭り本番ということもあって、出店の準備はもう所々されていた。看板の文字は騒がしいのに、恐ろしく静かだ。

「同じような出店ばっかじゃねぇか」

 人気のない出店を覗き込みながらロクロウが言う。

「同じようなお店でも、営業してる人が違うんだよ」

「ってことは味も違うのか?」

「うーん……どうだろ? 僕お祭りって遠目で見るくらいで、実際に来たことないんだよ」

「なんだそりゃ。お前さん友達いねぇのな」

 やれやれと肩をすくめたロクロウは、もう出店には興味が失せたと言わんばかりに歩道を階段に向かって歩きだす。さすがにこの暗がりで取り残されるのは異形が見える者としては勘弁してほしい。慌てて後を追いかける。

 友達がいない、という言葉に関しては当たっているなぁと後ろを歩きながら思う。昔から普通の人に見えないモノが見えたせいで、自然と周囲に人は寄り付いてこなくなったし、自分から歩み寄ることもなかった。きっと自分はみんなとは違う生き物なんだと言い聞かせて。

「お祭りって、誰かと来たら楽しいんだろうね。一度くらい経験しておけばよかったかな」

 なんとなく無言の空間を回避したくてそんなことを口に出せば、ロクロウが背中を向け歩きながら言う。

「これから先友達でも作って行けばいいじゃねぇか。祭りなんか毎年いろんな場所でやるだろ」

 その言葉に、喉まで出かかった返事が音にならなかった。うん、そうだねといつもながらに笑って返事をしようと思ったのに、心の奥に巣くっている現実がそれを抑え込んだ。

 今年は七獄の年であり、夏越蓮夜はそれを回避するために生きている。小さい頃から言われていた言葉が浮かんでは消える。十六歳より大人にはなれないかもしれない……。

 返事をしない蓮夜を不審に思ったロクロウが足を止めて振り返る。何も言わず下を向いている蓮夜を彼がじっと見ているのが視線でわかる。空気を悪くした、何か言わなければと思うが言葉が浮かんでこない。

「……蓮夜、俺様はお前さんにひとつ聞きてぇことがある」ロクロウが低い声で言う。

「お前さん、箱之蟲の時に俺様に言ったよな? 『人には何か絶対その人の役目がある、だから人の命を軽んじてはいけない』って。じゃあ聞くが、お前さんの言うその括りに……自分自身は含まれてるのか?」

「……え?」

 ロクロウの口から思いもよらない言葉が出てきて、完全に言葉に詰まる。何も言わずただ固まっている蓮夜に、苛立ちを含んだ声でロクロウが追撃する。

「……軽く見てはいけない命の中に、自分をちゃんと含んでるのかって聞いてんだ!」

 ロクロウの怒鳴り声に何も言えない。何か言わなければと思えば思うほど、口が震えて声が出せない。どうすればいいかと思案しているうちに、ロクロウがため息をつくのが聞こえた。

 その時、ちょうどロクロウの真後ろで何か蠢いたのが見えた気がした。蓮夜が叫ぶ前に、気配を察知したロクロウが振り向きざまに抜刀してバンッという発泡音と同時に横に刀を薙ぐ。ガツンと刀身が何かを切った音がした。

「……やっぱりな、更地ここにいると思ったぜ。てめぇだな? 箱之蟲の時、狙撃してきたのはよ」

 暗闇に向かってロクロウが言えば、近くの木から「ご名答」という声が聞こえ、ひらりと木の上から男性が降りてきて着地した。少しだけ長めの黒髪に、教科書で見たことのあるような昔の日本軍の制服と、マントのような形の外套に軍帽を着用している。腰には日本刀のようなものまで携えてあり、手には今しがた使ったであろう猟銃のようなものが握られている。ゆえに彼が生きている人間ではないということはすぐにわかった。

 言われてみればあの時、アケビの存在があったゆえに流してしまっていたが、確かに屋上で銃声を二度耳にした気がする。その発信源が彼だったということなのか。いずれにせよロクロウがずっと更地を気にしていたのは目の前の彼と関係がありそうだ。

「……何者だ、六怪異のひとつか? 返答によっては即刻抹殺する」

 刀を一度鞘に納めて体勢を低く取り、抜刀術の構えを取る。しかしそんなロクロウとは裏腹に、相手の方は全く戦闘態勢に入る素振りを見せない。それどころか困ったように笑って言う。

「貴方達は怨代地蔵付きのロクロウとその憑代の夏越蓮夜さんですな。お初にお目にかかります、私はサネミと申します。見ての通り、歴の長い幽霊です」

 猟銃を一度消し、両手を挙げてアピールする。死んでいるのはわかるが、気配のそれは幽霊よりも強力な気がする。言ってしまえば妖にも劣らない気配だ。

「幽霊だぁ? 幽霊にしちゃ知性も気配の濃さも妖怪並みだな、おい。お前さん、俺様達のことを知っているようだが何が目的で接触してきた? この前の一件といい、まったく用なしなんてことはないだろ」

「箱之蟲……でしたかな、あの怪異は。風の噂で七獄の年をどうにかしようとしている人間がいると耳にしましてな。風を読んで貴方達を知りました。あの時は苦戦しているようでしたので、遠くながら助太刀した次第ですな」

 私は軍人あがりゆえ耳と目が良いので、とサネミは言う。霊体なのに、どこか生きている人間の様に優しい顔をする。古風な話し方だが、年は恐らく二十代半ばといったところか。

「単刀直入に言ってしまえば、この先の古戦場に貴方達が探している六怪異のひとつがいます。しかしながらかなり強敵……私ひとりでは敵いませんでした」

「その言い方だと、お前さんその怪異をどうにかしようとしたって風に聞こえるが……ただの幽霊であるお前さんがわざわざ七獄の年に関わろうとする理由を教えろ」

「……この先にいる怪異は、ガシャと呼ばれるものです。中国地方で言うがしゃ髑髏と同じようなモノだと思って貰えればいいかと」

「……ガシャ?」蓮夜が繰り返すと、サネミが頷いて続ける。

「ここ一帯はその昔、戦没者の共同墓地として一時使用されていました。ゆえに戦で亡くなった霊が多く彷徨っている。それがこの度の七獄の年に六怪異として収集され、ひとつの大きな髑髏の亡霊と化したのです」

「その亡霊に、お前さんが執着するのはなんでだ」

「……私も生きている時、自ら戦に赴いていた。しかし病によって戦地から離脱し、戦地で友と死ぬことは出来ませんでした。私は裏切り者です。だからなのでしょうか、せめて彼らの魂をこの七獄の年から解放したいと思ってしまう」

 真夜中の山々を冷えた風が抜けた。それを感じるようにサネミは目を閉じる。霊体である彼の髪も軍服も揺れることはないが、それでも確かに風の存在を感じているようだった。ロクロウと同じ人外の存在でも、サネミはどこか儚く、まるで生きている人間のようだとさえ思う。

「サネミは僕たちを当てにしてくれたんだね。六怪異以前に彼らを解放してあげたくて……」

「はい。虫のいい話ですが……どうか、力を貸していただけないでしょうか」

 軍帽を取り、深々と頭を下げるサネミの姿を蓮夜は黙って見つめる。軍服を着たまま幽霊としてこの世に残り続けている彼はきっと、自らの人生と最期に後悔があるのだろう。それはさっき自分の事をだと言った彼の言動に全てが現れている気がした。

「助太刀が必要なレベルってことか、ガシャの野郎は。……時にサネミ、一人では太刀打ち出来なかったって言ったが、お前さん一応戦闘は出来るんだろうな?」

「これでも霊体歴長いですから、そこそこ戦える方だと自負しています。しかし、相手は結構厄介ですぞ。何と言っても集合体ですからな」

 サネミがそう言ったのと同時に、突然更地の方から耳を劈くような大きな咆哮が轟いた。さらにはゲラゲラと笑う大きな声まで聞こえてくる。

「ええ、何⁉」

「どうやら、ロクロウ達の気配に気が付いたガシャが戦闘態勢に入ったようですな。今日まで幾度かあの更地で暴れましたが、こんなに活発化したのは恐らく初めてでしょう」

 帽子を深く被り直し、サネミが細めた目で更地を見遣る。空気が変わった気がして、サネミが緊張しているのだというのが伝わってきた。それ程の相手がこの先にいるのかと蓮夜は心配になる。

 生温い夜風が、牙をむいた気がした。

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