遠くでヒグラシがなく畦道を、祖母に手を引かれてゆっくり歩く。
夕立が去った後の道は少しばかりぬかるんでいて、足元に目を落とすと買ってもらったばかりのスニーカーの先に泥が染みていた。
「……どうかしたかい、
「おくつ、よごれちゃった」
祖母の視線がスニーカーに移動する。藤色の着物の裾が地面に付かないように慎重にしゃがみ込み、繋いだ手とは反対の手で二度ほど汚れを払うも、染み込んだ泥は消えてはくれない。
「妖みたいに除けてはくれないか……家に帰って洗おうかね」
「うん!」
汚れを綺麗にしてもらえることが嬉しくて、つい笑顔になる。すると、しゃがんでいるおかげで同じ高さにある祖母の瞳が悲しそうに揺れた。
「ばあちゃん、どうしたの?」
何か悲しいことがあったの?
そう続けようとした瞬間、祖母が蓮夜の肩と頭を引き寄せて力強く抱きしめた。耳元で祖母の声と息遣いが聞こえる。頬にあたる髪の毛が微かに温かい。
「蓮夜……よく聞いておくれ、」
震える声で、祖母が言う。
「蓮夜が十六歳になる頃、大きな妖の年が来る。それは百五十年に一度の大きな年……ひょっとしたら、夏越の血を継ぐ蓮夜は十六歳より……大きくなれないかもしれない」
「ぼく……しんじゃう?」
祖母はハッキリと死という言葉を使わなかった。だけど、大きくなれないという言葉が何を指すのかが、なぜだかハッキリとわかった。
「……そうならないように、おばあちゃん、頑張りたいのよ」
だけど、ごめんね。蓮夜。辛い思いをさせるね。
ごめんよ……。
体に触れている祖母の手は震えていて、顔を見なくても泣いているのがわかる。
そうか。自分は、大人になれないかもしれないんだ。
ただ祖母の言葉だけを頭の中で転がす。不思議なくらいにストンとその言葉は心臓に落ちる。
「だいじょうぶだよ、ばあちゃん。いいんだよ……なかないで」
……遠くのヒグラシが、鳴き止んだ。