信じられるだろうか、この私が全くゲームに集中できん。
瞬殺され、ワーストランキングに堂々とランクインできるレベルの最低スコアが表示された画面に対し、ぐしゃりと顔を歪めた。
手にしていたコントローラーを自身のベッドへ投げ捨て、まるで屍さながらに私も続けてマットレスに沈む。それからくるりと寝返って仰向けになった。
切り替わった視界に映るのは天井と照明。実に殺風景極まりないが、余りにも混沌としている今の己には丁度これ位の景色の方が情報量が少なくてありがたいとすら思う。
口から零れたのは大きな溜め息。パチパチと瞬きを繰り返すだけの時間が数分過ぎる。ゲーム画面と共に流れている私の人生の曲と言っても差し支えのないBGMが鼓膜を突くが、いつもならテンションが上がるそれにもイマイチときめかない。
これは運命的な恋煩いってか?
平野が風邪からの復帰を遂げて早いもので二週間以上が経過しようとしている。いつの間にか鬱陶しかった梅雨も終わりを告げて、陽射しが日に日に強くなり夏の匂いを感じる様になった。
終わりの見えなかった…何ならもう終わりなんて一生こないから全てを放棄してそのまま日本から消息不明になってしまおうかという安易で阿呆な思考も過ったsucréの夏休み特別仕様号の仕事もいよいよ終盤。
どういうわけか、漫画家の先生方の原稿の仕上がりがほぼ計画通りに進み納期日までに入稿されそうな雰囲気が漂い始めたおかげで、漸くsucré編集部にも希望の兆しが見え始めた。
…と言っても、私と平野と滅茶苦茶戦力になってくれている中島ちゃんにしかその兆しは感じられなかったに違いない。
高橋編集長は一生優雅にコーヒーを啜ってた。あの人のあの精神力はある意味最強である。そんな高橋編集長の囲いの如くいつも会社内の噂話でキャッキャウフフと盛り上がっている他のsucré編集部メンバーも、日を追うごとに高橋編集長っぽくなっている。一体どんなウイルスを持ち込んでんだあの人。
メニュー画面に自動的に戻っているゲームを一瞥して、再び視線を天井へと滑らせた私の口からは相変わらずの深い溜め息。本日何度目か分からないが、世で言う「溜め息吐いたら幸せが逃げる説」が本当であれば、私にはこの先不幸しか待ち受けていないと思う程には溜め息をついた。
もう一生分溜め息を吐き出している気がする。sucré編集部に所属して数々の課題に直面した時よりも溜め息が零れてしまう。
原因なんて一つしかない。それもこれもあれも全部平野のせいである。平野なんかに恋してしまったからである。天と地が引っ繰り返ってもあり得なかったはずの現実が己の身に降りかかっている。
「何で風俗してんのよ…」
目元を腕で覆い隠しながら、つい口を突いてしまった言葉。それこそが、私がここ最近ずっと頭を悩ませ、心ここにあらず状態で溜め息製造機になっている理由だった。
平野への恋心を自覚し、日を追うごとにそれが大きく膨らんでいく最中で、どうしても脳裏に浮かぶのは結芽に頼まれて替わりに女性用風俗を利用することになったあの夜だ。
やけに目が痛くなる装飾に包まれたラブホの一室で、色気が駄々洩れの平野に組み敷かれた際の記憶がどうしても胸に引っ掛かって仕事以外何も手についてくれない。
あの男が副業で何をしようと関係なかったはずなのに、風俗をやっていた平野を思い出しては、形容し難い大きなモヤモヤとした感情に吞み込まれてしまいそうな感覚になる。
どうして風俗スタッフをやっているのだろうか。副業の選択肢なんて山ほどあるってのに、どうしてよりにもよって風俗なのだろうか。
別に風俗が悪いと言っている訳ではないし、軽蔑している訳でも勿論ない。じゃあ何が嫌なのか。それは、他の女を裸にして仮初めと言えど恋人の様に時間を過ごして男女の仲になる事だ。
甘く口許を緩めて、熱い体温で身体を撫で、糖度の高い台詞を指名した女全員に吐いているのかと考えると、悶々として仕方がない。同時に、表情がぐしゃりと崩れる程の強烈な嫉妬心まで覚えてしまう。
こんなの、私らしくないだろう。
こんなの、私の柄じゃないだろう。
気を紛らわせたくてゲームを手に取ってみても結局無理で、どれだけ思考を巡らせたとてこの悩みが晴れる事などないというのに、ずっとずっと囚われてしまっている。
「あー苦しい、しんどい」
自分で思っているよりもずっとずっと、私は平野が好きらしい。その事実が、何よりも自らの胸を締め付けた。
ep.47 End