しかもご覧の通り、かなりの過激派っぷりである。
「大丈夫ですよ菅田先輩、先輩方の交際はsucré編集部の秘密ですもんね。それは守ります」
「……」
使命感に満ち満ちた真剣な面持ちで敬礼している所悪いんだけど、誤解が誤解を生んでとんでもねぇ事になってんなおい。
もう何から訂正すれば良いのか分からなくて額に手を当てながら深く溜め息を吐く。余りにも頭の痛い状況にそろそろ発熱するかもしれん。
「菅田先輩と平野先輩の美男美女カップルをこんな近くで拝めるなんて、sucré編集部配属になった甲斐がありました」
「中島ちゃんお願いだから至急、その悍ましい洗脳から目を覚ましてくれる?」
どうしてこうなったんだ。私が教育係になるまでに平野が新卒三人に業務の流れを教えていた時期があったけど、もしかしなくてもその時にあいつが幼気な三人に変な入れ知恵したんじゃないの?
役に立つべき場面では全く顔を見せない平野の胡散臭いカリスマ性が、髙橋編集長をはじめとした上司や先輩だけでなく、新卒三人をもあっという間に冒してしまった。中島ちゃんが極めて重症だが、他の新卒二人も漏れなく平野ウイルスに感染しているのが更に由々しき問題だ。
sucré創刊以来の未曾有の危機に瀕しているのに、危機感を募らせているのは私のみである。平野というストレスが次から次へと新しいストレスを招いてくれたお陰で、こちとら胃潰瘍一歩手前なんだが!?!?
「平野先輩ってビジュアルも完璧なのに、人柄もパーフェクトですよね」
「ビジュアルだけの間違いでは?」
「だって恋人のお弁当を毎日手作りして、しかもそれを自分は出社しないでも良い日に届けるって…もう…もう…どんなヒーローよりもヒーローじゃないですか」
私も平野先輩みたいな恋人が欲しいです。そう続けた彼女は両頬に自らの手をあてがってとろりと目を細めた。その仕草は乙女そのものだった。
だけど何度でも私は言うぞ、平野は私の恋人じゃあない。良く言ってクソ生意気な後輩!悪く言って垢の他人!以上!
声を大にして叫び散らしたい気持ちは山々だが、あの男に弱味を握られているという背筋の凍る事実が邪魔をする。
おのれ平野、テメェ覚えとけよ。沸々と込み上げる怒りを制しながら紙袋を開いたら、デイジー柄がプリントされているの使い捨てのお弁当箱に美味しそうなタコライスが詰められていた。
わざわざこれを届ける為にここに来たって…面倒臭くないわけ?いつもいつも朝何時に起きて弁当作ってんだあいつ。自分は取材の同伴で外で食べるんだから作る必要なんてどう考えてもないだろ。
「中島ちゃん、業務始めよっか。今日は昨日伝えた通りのスケジュールで変更はなし。分からない事あったら私に訊いてね」
「了解しました。取り敢えず打ち合わせに必要な資料はコピーして冊子作ってます。人数分と予備で二部です」
「助かる、ありがとう」
「それじゃあ私は、打ち合わせに使う会議室の準備してきますね」
「うん、宜しく」
「失礼します」
ぺこりと頭を下げて大量の資料を抱えて去って行く中島ちゃんの背中を眺めながら、平野に洗脳されている点を除けば最高の後輩なのになとつくづく思う。それと同時に平野への憤りが爆発しそうになる。
業務を始める前にあいつへの苛立ちを宥める為に読経でもした方が良いかもしれんな。そんな事を考えつつ椅子に腰掛けてパソコンの電源を点ける。
食材にも弁当にも罪はないからしっかりと平野が持って来たらしいタコライスは食べるつもりだから、今日は一日中不在らしいあいつのデスクに紙袋を一旦移動させた。
あーあ、長い一日が始まるな~。家のベッドで寝転がってゲームしてぇ。そんな欲に塗れた心持ちで、溜まっているタスクを片付けるべくPC画面を視界に映した私は、画面に貼り付けられている身に覚えのない付箋紙に気が付いた。
『永琉先輩とお昼一緒にできなくてぴえんぴえん。愛情込めて作った永琉先輩の好きなタコライス食べて俺に想いを馳せて下さいね♡ 平野』
綺麗な字で綴られた内容を読み終えた私の表情が、起動途中の暗い画面に反射する。
「なんちゅー顔してんだよ私、これじゃあ完全に……」
完全に、平野からの手書きのメッセージと弁当を喜んでいる奴じゃん。出掛かったその言葉をゴクリと喉の奥へと押し戻して、付箋紙を剥がしてマウスパッドの横に貼り直した。
スマホにメッセージしろよな馬鹿平野。
「手書きだと捨てられないじゃんか」
口を突いた独り言は、画面に表示されたけたたましい量のメールの中に埋もれる様に溶けて消えてしまった。
ep.25 End