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ep.24狡い男②


 山田が勤務している規模の大きい広報部とは違い、sucré編集部のオフィスは可愛く言うとミニマムである。だけどもうすっかりここがホームに感じる自分がいる。



「おはようございます菅田先輩」



 既に出社している先輩に挨拶しながらデスクに向かっていると、ひょっこりと登場した人物が私の前で破顔した。うちの会社のファッション誌に配属希望だったらしい彼女の顔にはトレンドを押さえたメイクが施されていて、オフィスカジュアルな装いも大変にお洒落だ。ヘアアレンジもアクセサリーも毎日変わっている。


 コーディネートを考えるのが怠くていつもクローゼットの中で一番最初に目に入った服を着ている私との熱量の差は、火を見るよりも明らかである。



 そんな彼女から「菅田先輩」と呼ばれる事にも、漸く耳が慣れて来た。



「おはよう、中島なかじまちゃん」



 私が平均よりも背が高いせいなのだろうか、私が教育係を務めることになった中島ちゃんが可愛らしくて仕方がない。顔は可愛いけど毎回私をブンブン振り回している草間 結芽を彷彿とさせるけれど、中島ちゃんは結芽なんかよりもずっと礼儀正しくてしっかりしている。


 ついでに言うと、どっかの生意気で飄々としている後輩とも比べ物にならない程に一緒にいて心地が良い。


 これだよこれ!!!入社して二年目以来、私がずっとひたすらに求めていたのはこういう可愛さに満ちている後輩なのよ!!!



 ここだけの話、顔にこそ出さないが、中島ちゃんの愛らしい声で「菅田先輩」と呼ばれる度に心がときめいている。気を抜いたらだらしなく頬を緩めてしまいそうになる。



「ふふっ」

「中島ちゃんいつも元気だけどいつになく楽しそうだね」

「はい。私、ファッション誌編集に配属されなくて最初こそは憂鬱になってたんですけど、sucréの編集部になれてとっても毎日が楽しいです」

「珍しい」

「教育係が美人で有名な菅田先輩に決まった時も最高に嬉しかったです」

「え?どの辺で有名なの?それ誤報じゃない?」

「えー!?菅田先輩本当にご自身がどれだけ有名か知らないんですか?ファッション誌編集部に行った同期が、菅田先輩をファッション誌に異動させようっていう話が何度も出てるらしいって言ってましたよ」

「初耳」

「……菅田先輩がいなくなるとsucréが屍になると毎年髙橋編集長が上層部に泣きついているそうです」

「中島ちゃんもしかして副業で情報屋でもしてる?」



 親指を立てて「流石sucréの大黒柱!恰好良いです菅田先輩」と瞳を煌めかせている中島ちゃんが、日に日に親分を立てる子分みたいになっている気がする。


 「そんな大袈裟だよ」って謙遜したいところだが、平野から逃れる為に必死こいた結果sucréの廃刊を救うという謎の功績を残した自覚があるから言葉を呑み込んだ。後、髙橋編集長が泣きついている姿も容易く想像できた。



 そして私は本来の「平野との先輩後輩という関係を断ち切る」という目標は未だに達成できていない。


 私の横に並んで歩く中島ちゃんは文句なしに良い後輩なのだが、たった一つだけ気掛かりな事がある。



「中島ちゃん、今日本当にいつも以上にルンルンしてるね」

「ふふっ、どうしてだと思いますか?」



 頭の動きに合わせて右へ左へ揺れているのは、ラベンダーピンクに染められた彼女の髪。顔が小さいからショートボブが似合い過ぎている程に似合っている。


 ラメの入った桃色のリップが乗せられた唇が妖しく弧を描いて、私が中島ちゃんのその笑みから不穏な予感を察知した刹那、自分のデスクに到着した。椅子を引こうと背凭れに手を掛けた自分の視線がデスクに置かれた見慣れない紙袋を捕らえたせいで、私の手の動きが止まった。



「これ…」

「平野先輩からです!!!」



 正体不明の紙袋にこっちが怪訝な表情を浮かべるよりも先に、横から弾んだ声であっさりと紙袋を置いた犯人が明かされる。嗚呼、やっぱりか。そう思って苦笑した。


 中島ちゃんという人物の唯一の気掛かりな点。それは……。



「平野先輩、担当している漫画家先生の取材に同行する為今日はオフィス出勤なしだったんですけど、菅田先輩のお弁当を届ける為についさっき顔を出してたんです!菅田先輩、平野先輩に愛されてて羨ましいです~!お二人は結婚のご予定はまだないんですか?」

「いや中島ちゃん、私達そもそも付き合ってすらないんだわ」



 それは、滅茶苦茶平野 翔の右翼という点だ。




ep.24 End




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