罠に掛かっているというのは自分でも痛いまでに理解している。だがしかし、目の前に美味い餌をぶら下げられて指を咥えて静かにステイできる程の質の良い教育を私は両親から施されていなかった。
にやり…いや、にまり。真剣な面持ちの私を双眸で射貫いている悪党が、怪しい笑みをそっと湛える。え、ていうか一旦タイム。何でいつの間にか形勢逆転してるだよ。
「さて永琉、ファイナルアンサーをどうぞ。私の持ち掛けた話に乗りますか?乗りませんか?」
「チッ…」
課金五万円は当然ながらでかい。だけどそれよりも結芽がチーム戦に協力してくれるというのが魅力的ったらありゃしない。何を隠そうこの女、ゲームをやり込んだりなんて滅多にしない癖に、かなりゲームが上手いのだ。
簡単にランキングに入っちゃう位に、ゲームにおいてだけは天才的な能力を発揮するのだ。
そして私はつい先日出た大会で苦い汁を啜ったばっかりである。優勝を逃したのは結芽が大切な用事があるからとチーム戦に参加してくれなかったからだ。…って、ん?そういえばあの時確か日曜日だったな。
この女、ついさっきノラ君の出勤がある土日と祝祭日は全部ノラ君に貢いでるって言ってなかったっけか?それってつまり、もしかしなくても、結芽がゲーム戦を断った原因はそのノラって奴にあるのでは?
おいおいおいおいふざけんなよノラ。顔も見た事はないし名前も今知ったばかりだけどふざけんなよノラ。私の愛する結芽とのゲームを邪魔したのはお前だったんだな!?!?
こうなると話は変わってくるぞ。eスポーツ大会優勝という私の憧れの目標をぶち壊したそのノラって奴の顔を拝んでやろうじゃないのよ。私よりもeスポーツよりも風俗を優先させる様になってしまった親友を、ノラとやらから取り返してやろうじゃないの。
「結芽」
「なーぁにっ♡私の大好きなえーる♡」
「その話乗った」
「ファイナルなアンサー?」
「ん、ファイナルなアンサー」
「可決。成立。日曜日夜の七時から十時までの三時間コース。場所はホテル
「ん、了解。その代わり!!!絶対に絶ッッッ対に!!!私のチームに参加しなさいよ?」
「もち!!!本当にありがとう永琉愛してるー!!!」
「うわっ、ちょっ…急に勢いよく抱き着くな」
戻せるのならばこの時に時間を戻して自分の弱き心に喝を入れ、結芽の誘いを断りたいところだが、時間は皆平等に進んでいるというのがこの世の残酷な定めなので無理な話である。
簡単に心を動かして結芽のお願いを聴いた私がこの時ばかりは、風俗のボーイに月に15人の福沢諭吉を投じている結芽よりも、その場で酔って盛大に下ネタを披露している疲弊したサラリーマンよりも愚かであった。
二日後の日曜日。午後七時。私は人生で最大の後悔と屈辱を味わう事になる。
「こんばんは、初めましてーじゃないですけど自己紹介しますね?ノラと言いまーす」
中世ヨーロッパのロココ様式をコンセプトにしているらしいラブホテルの一室。ベッドに寝そべってゲームをやり込んでいた私の手を止めたのは、聞き覚えしかない間延びした口調とやけに腹立たしく感じる声。
「今夜はご指名ありがとうございます。結芽ちゃんからはお話聞いてるので大丈夫ですよ?今夜は俺がいっぱいご奉仕しますね?」
「……」
「えーる先輩♬…あ、間違えた。永琉さんっ♬」
ノックされた扉の向こう側から現れて私の視界を独占したその人物は、よーーーーく眼を凝らしても、何回瞬きをしても、どんだけ頑張って現実逃避しようとしても、私がこの世で最も嫌いなホモサピエンス、平野 翔にそっくりだった。
というか、平野 翔本人だった。
思考が停止して五秒後。じわりじわりと現実を把握していく脳味噌に今すぐ隕石でもぶつかって私の肉体諸共散り散りになって消え失せたりしないかななんて、有り得ない祈りを捧げてしまう程に、私の顔面及び全身からサーッと血の気が失せた。
どなたか今すぐ私を殺して下さい。もう死にたいです。それか深い穴を掘って下さいませんか。喜んで飛び込みます。
ep.15 End