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ep.9違和感のある男①



「美味しい~身体に染み渡る~」

「それは良かった。てか菅田、普段どんだけ不摂生してんの」



 来る水曜日の昼休み。いつも私が昼休みを謳歌している人気のないピロティにて、私は念願叶って山田飯にありつけていた。



 明瞭な栄養素に胃が喜んでいるのが自分でもよく分かる。南瓜の煮物もきんぴらごぼうも葱入り卵焼きも、全部私が何気なく好物だと発した料理ばかりでそれを覚えてくれて尚且つ作ってくれた山田の人間性には恐れ入る。


 箸を持つ手が止まらなくて、次から次へと山田特製無添加栄養弁当の品物を口に運んでいく。



 こんな手料理を食すのは実に何年振りだろうか。母親と祖母の料理が無性に恋しくなった。仕事が多忙だという理由に暫く実家に帰ってないからな…有給はゲームに費やしてしまって碌に連絡すらしていないから、定期的に「あんた生きてる?」という生存確認のメッセージが母親から届く。


 冷静に考えると相当な親不孝者だな私。



「ご飯作ってる暇があるならゲームのレベル上げ!みたいな生活を積み重ねている内に冷蔵庫が水と野菜ジュースだけの人間になってしまった」

「ハハッ、その生活スタイル高校時代からほぼ変わってねぇじゃん」

「ぐうの音も出ない。山田は偉いよね、ちゃんとご飯も作ってさスーツもシャツも皺なんてないし。もしかしなくても『#丁寧な生活』ってタグ付けてSNSで絶大な人気を誇ってたりする?」

「そんな暇ねーよ」

「勿体無い…山田の料理って本当に栄養バランスも取れてて美味しいから需要あるよ」

「そう?でも、俺は菅田にそう言って貰えるだけで充分」



 モグモグと咀嚼する私を、頬杖を突いてじーっと見つめている相手が微かに口角を上昇させる。こんながさつ女が昼飯にがっついてる姿を見て飽きないのかは素朴な疑問である。


 窓ガラスから射し込む陽の光が、私達の影を地面に伸ばす。日光の温度は丁度良い温かさだけど、外に出ると空気はまだまだ肌寒い。


 すっかり初夏だなぁ…なんて、自然を愛でる感性が大幅に欠落しているはずの私が、訪れている季節に妙な感慨深さを覚えて目を細める。そんな風情を愛でるだなんて普段なら絶対にしない事をしてしまったからだろう。



「山田ってどうなの?恋人とか作る気ないの?」



 夏=青春と恋の季節という実に陳腐な思考を巡らせた私は、割と踏み込んだ疑問を山田にぶつけていた。



 あ、やべ…そう思っても時すでに遅し。前言撤回なんてできるはずもなく、唐突に質問をぶん投げられた相手が微かに動揺を見せた。そりゃあそうだよな、なんかごめん山田。


 「なーんてね!今のは忘れて」って言うべきか?そうなのか?でも何かそれはそれで変に思われないか?わざとらしさが浮き彫りにならないか?いやそもそも何で私こんなに焦ってんだ?



 激しい自問自答を繰り返している最中でも、しっかりと美味しい山田弁当。陽だまりに晒されている山田の頬には、彼の長い睫毛の影が伸びている。


 クソッ、どいつもこいつもイケメンは皆睫毛まで長いのかよ。どっかの月刊女性マンガ誌の編集部で余裕風ばっか吹かせてる誰かさんも、お人形みたいに睫毛が長かったよな確か。



 そして二人揃って長い睫毛に恵まれているだけでなく、その睫毛がちゃんとくるんと上を向いている。私なんてビューラーとマスカラ下地とマスカラという三種の神器を駆使してやっとこさ認識できるレベルの睫毛だってのに、この世は全く不平等だ。知ってたけど。



「菅田がそんな質問してくるなんて珍しいな」

「正直自分でも意外だと思う」

「アハハ、何だよそれ」



 私の手元にあるお弁当の残りは約三割といったところだろう。ここで漸く自分の弁当を広げた山田は、お箸を持ちながら「いただきます」と小さく声を漏らして卵焼きを摘まんだ。


 どれだけ低く見積もっても山田ってモテるよな。絶対に異性が放って置かないと思う。だってハイスペックだし、私の知る人間の中で一番気配りができて優しいし、実際学生の頃は告白ばっかりされてた様な記憶が薄っすらある。



「別にあるけど?」

「……へ?」

「恋人を作る気だろ?全然あるよ。好きな人いるし」

「え、マジ?初めて聞くんだけど」

「だろうな、初めて言うし。まぁ、中々険しい恋路だから実るか分かんないけど」

「そっか」

「でも、ちゃんと振り向いて貰えるように頑張ってるつもり」



 窓から射す陽の光と同じくらい柔らかな笑みを湛えた相手が、おもむろに利き手の左手を伸ばして私の口の端を指で撫でた。



「米粒付いてんぞ、食べ盛りの子供かよ」

「…っっ…ちょっと、早く言ってよね、自分で取ったのに」



 山田の人差し指にちょこんと乗っている米粒を見て若干全身が火照る。いくら面倒見の良いお母さんみたいな山田といえど、ここまでされると流石にこっちも恥ずかしくなる。


 それなのに山田は、唇に描いた弧を崩さないまま私を映す眼を細めた。



 一方の私は、眉間に皺を刻んで頬を引き攣らせていた。


 通りがかった人間に「世話焼きお母さんと反抗期の子供」の図に見られても可笑しくはない。私と山田を知っている同級生に目撃されたら、「相変わらずだなお前等」そう野次を飛ばされる自信がある。


 高校の時も大学の時もよく同級生から冷やかされていたし、私のマブダチの草間くさま 結芽ゆめに至っては所憚らず至って真面目な顔で「二人って交際何年目?」などとほざいていた。


 決して山田とそういう関係にあると思われるのが嫌という訳ではない。ただ純粋に、山田にとっては迷惑でしかないだろうなと考えると私の中で申し訳なさが圧勝するのだ。




「いつ気付いてくれんの?」

「……」

「って、思ってる」



 ほんの僅か。本当にほんの僅かだけれど、私の知っている山田とは違う一面が垣間見えた様な気がした。どんな表情と返答をすれば良いのか全く分からず、ただ山田の黒髪って本当に綺麗だよなーなんてぼんやりと呑気な思考を巡らせた私を現実に引き摺り戻したのは…。



「俺の永琉先輩にナニしてるんですか~?」


“山田さん”



 私の顔面のすぐ近くにあった山田の手を容赦なく払って、私達の間を割くかの如く図々しくも整ったイケメンフェイスをテーブルに乗せてにっこりと口角を上げた平野だった。




ep.9 End



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