「よっ、やっぱここに居た」
我が愛しの昼休み。平野と唯一物理的に離れられる昼休み。コンビニで買ったわかめおにぎりと担々麵風春雨スープを十分で食べ終えゲームに熱中していたら、爆撃と銃撃の音が鳴り響くイヤホンが何者かに取られ、代わりに知っている声が鼓膜を突いた。
キル系のゲームにおいて邪魔をするという万死に値する罪を犯した人物を視界に捉えれば、その男は私の隣にある空席に座って戦場が広がっている私のスマホ画面を覗き込んだ。
「相変わらずやってんな。しかも装備最強過ぎだろ、どんだけ課金してんの菅田」
「いや、これゲーム配信でリスナーから貢いで貰った金で賄ってる」
「激務なのによくゲーム配信する時間あるよな。この間のゲーム大会にチーム組んで出場したんだろ?結果どうだったん?」
「……嫌な事思い出させんな、準優勝だったわ」
「普通にすげぇじゃん」
「優勝したら賞金一千万だった」
「あーそれは悔しいわな」
悔しいなんて可愛い感情じゃない。準優勝の絶望は一週間引き摺ったし、あの一週間はゲームの結果が仕事の進捗具合にも悪影響を及ぼしていた。
昼休みにやるべきノルマをクリアしたところで漸くゲームを終了させた私は、隣で黙々と昼飯を食っている男の弁当へ視線を落とした。
「
「ん、食べる?」
「卵焼き食べたい」
「どうぞ」
「…うっま」
「だろ?」
実家に帰る時以外手作り料理とは無縁な生活をしている私の舌が、口腔内に広がる優しい味に歓喜している。包み込む様な卵焼きの温かさに目をキラキラさせていたく感動していると、箸を止めた男が嬉しそうに破顔した。
オフィスカジュアルな服さえ着てれば問題ないsucré編集部とは違い、お堅い部署に属している相手は本日もキッチリ皺の無いスーツを身に纏っている。
毎日スーツとか想像するだけでしんどい。これで電車に乗って出勤して夜まで働いてまた電車に揺られて帰るんでしょう?そんで毎日かは分からないけどワイシャツにもハンカチにもアイロンあてるんでしょう?めっちゃ嫌だな。
すっかり氷が溶けて分離しているコーヒーをストローでかき混ぜて吸い込みながら、広報部に配属されなくて良かったとつくづく思う。
「そういや今年度、sucréに新卒三人も入ったんだってな。やっとじゃん」
「それな」
「あいつとは仲良くやってんの?」
「あいつって?」
「平野に決まってんだろ」
「げっ、昼休みにまであいつの名前聞きたくないんだけど」
「その様子だと、お変わりなく超仲良しって感じだな」
「何処がだよ」
こっちが嫌悪感に満ち満ちた表情を浮かべれば、ケテケテと腹を抱えて大笑いしている男。毎度顔を合わせる度に、私と平野の関係性をコンテンツとして面白がっているこいつの名前は
高校生の時から一緒の腐れ縁で、私が唯一喋る同期でもある。山田とは何かと縁があり、大学に至っては学部まで一緒だった。きっかけはあんまり覚えてないけど、山田とはいつの間にか仲良くなっていた。
「てか、何でそんなに菅田は平野が嫌いなの?」
「具体的に述べられる理由はない」
「ひっでぇな」
「何ていうか平野の全身から漏れている人生イージーモードですっていう空気感が一々癪に障る」
「あー、それは何となく分かる気がする」
「マジ生理的に無理」
「でも平野って、実際仕事すげぇできるだろ?平野が担当している漫画がドラマ化された時、広報部で俺も担当に入ってたから何度か顔合わせたけどめっちゃそつなくこなしてたし」
「あいつ、仕事だけはできるから」
「俺の上司が平野を褒めてたんだけどさ、平野は永琉先輩のご指導のおかげですってあのイケメンフェイスに満面の笑み咲かせてたぜ?普通に良い後輩に恵まれてんじゃん」
「いや騙されてるな。私のビターチョコレートを堂々と窃盗して、その包み紙という名のゴミを部長のデスクに平然と捨てる奴が良い後輩な訳がない」
「え、マジ?平野ってそういう事すんの?意外~」
目を丸くしてるとこ悪いけどこっちからしたら微塵も意外じゃない。寧ろあれが平野の本性だとすら私は思っている。
前に髙橋編集長が「平野君って本当に掴みどころがなくてミステリアスよねぇ」と不意に漏らした事があった。それに賛同したのは私を除くsucré編集部の人間で、そこから平野の話題で大盛り上がり。
丁度その時、締め切りギリギリの先生の原稿の手伝いをしてくると平野は席を外していて、私は外野でさっさと平野の話題終わらないかなーって心の中で呟いてたら「永琉ちゃんから見た平野君ってどういう子なの?」と突然急カーブを切った剛速球が私に向かって投げられた。
忍びの如く存在感を消して息を殺していたのにまさか自分に話を振られるとは想像もしていなくて、平野以外の前ではとてもお利口さんな後輩を繕っている私は素直に「いけ好かない奴ですね」とも言えず、大困惑。
そのせいで微妙な間を作ってしまい、かと言って話に合わせて平野を褒めちぎるなんて行為は例え嘘でもしたくなくて頭を抱えていると、実にナイスタイミングで担当漫画家から電話が掛かってきてくれたおかげで、あの時は事なきを得た。
どうして私がこの出来事を思い起こしたかというと…。
「平野って不思議な所があるよなー」
隣にいる山田が突然そんな発言をしたからだ。
飄々とはしてるけど不思議な一面なんてなくないか?山田の言葉に首を捻った。髙橋編集長やsucré編集部メンバーも平野を「ミステリアス」だと形容していたけれど、それも私にはよく理解できない。
「何で?」
だから純粋にどうして平野に関わった人間が口を揃えてあいつを不思議に思うのかが気になって、折角の昼休みなのに平野の話を続行させる様な質問を山田に投げてしまった。
ep.5 End