「新入社員の皆さん、ようこそsucré編集部へ。私がここの編集長をしている髙橋です宜しくね。編集長とは名ばかりでうちの稼ぎ頭はあっちのデスクにいる二人です!基本はあの二人をお手本にする事をオススメします」
相変わらず適当で大雑把な人だな。私と平野を指差して新人三人の視線を誘導している髙橋編集長に対し苦笑を漏らす。ちらりと隣人を一瞥したら、背凭れに大胆に凭れかかって無駄に長い脚を組んでいる平野が分かり易い愛想笑いを浮かべてお手振りをしていた。
「菅田 永琉ちゃんは累計販売数500万部突破の作品を担当してた子で、その作品は映画化にもなったの。今は他の作家さんを担当しているけれど、その作品もまだ連載始まって一年なのに既に単行本が100万部以上売れていて最早永琉ちゃんはsucréの生命線なの!だから是非とも新人の皆さんも永琉ちゃんから沢山学んでね」
「「「はい」」」
「それから永琉ちゃんの隣のデスクにいる彼の名前は平野 翔君で、一年目の時から永琉ちゃんの元で育ってくれたおかげでドラマ化にもなった大ヒット作品を担当してくれています。平野君からも学ぶ事がいっぱいあると思うし、この中では平野君が一番皆さんと歳が近いから仲良くしてくれると編集長としては嬉しいな」
「あはは、俺で良ければいつでも相談に乗るから、皆気軽にお話してねー」
はいはい、まーた調子良い事言ってんぞこいつ。
指先でペンを回しながら口角を上げる男にすっかり毒されてしまっている髙橋編集長は、目を輝かせて「流石平野君!頼もしいわ!」なんて言って拍手している。それにつられる様にしてその場にいる私以外の人間が平野に向けて手を叩いた。
「あーあ、いつかは入って来るかなーって思ってはいたけど本当に新入社員入ってきちゃった。しかも三人。正直なところ、sucréの末っ子ポジションにもうちょっといたかったな~」
隣からダイレクトに耳に入る馬鹿でかい相手の独り言を無視してキーボードを打つ。たった今しっかり先輩風吹かせてた癖によく言うわ。いい加減な奴だとは知っているけど、こいつの平然と誰にでも良い顔できるところが癪に障る。
「えーる先輩」
「何、忙しいんだけど」
「俺が新人さんに構うの寂しいですか?」
「全ッッ然。せいせいする」
ふわり。この五年、恐らく誰よりも嗅いできたであろう平野の甘い香水の香りが濃くなった。いっつもヘラヘラしてる平野にぴったりな糖度100%って感じの香りが鼻孔を擦り抜ける。
思わず顔を顰めた次の瞬間、キーボードの上に置いていた自分の手首が横から伸びた手に囚われていた。
強く掴んで離さない熱い体温を辿って視線を滑らせれば、吸い込まれそうになる三白眼と視線が絡む。口許に浮かぶ三日月の形は、こいつの作り笑顔の時のそれではない。作り笑顔か否か。その判別ができてしまう位の時間をこいつと過ごしている現実に悲しくなる。
「俺は寂しいですけどね。」
「…は?」
「永琉先輩との時間が減っちゃうの、寂しくて堪らないです。だって、今までは俺だけの永琉先輩だったじゃん」
“俺、うさぎ並みに寂しがり屋なんで、寂しさの余り死んじゃうかも”
細められた眼がマジで余計な程に扇情的なせいで、油断していた心が操られて危うく見惚れそうになってしまった自分に喝を入れて我に返る。
何でこいつ仕事しに来てるのにこんなに色っぽいんだよ、その色気いらないだろ。せめて業務中は封印しろ。あと心底理解できない台詞を落とすのやめてくれる?反応にも返事にも困るわ。
「へぇ、それじゃあくたばれば?平野の担当している仕事は私が引き継いであげる。これで私の給与もアップ間違いなしだしウィンウィンじゃん」
「はぁ…相変わらず容赦ないですね。その暴言、パワハラに抵触すると思いまーす。ハラスメントはんたーい」
「あんたにだけは抗議されたくないわ」
「でもまぁ…」
“そういう永琉先輩が、俺は大好きです♡”
クスクスと肩を揺らして声を零した平野は、悪寒の走る言葉を囁く様に吐いてさっきまでペンを回していた人差し指で、私の頬をぷにっと突いた。
やっぱりどう考えても、
ep.4 End