第四の砦、陥落。

　勇者パーティはまたしても、アーサー一人しか出て来なかった。しかし、その被害は甚大である。

　まるで雷神が乗り移ったか如く、鬼気迫る闘志を見せつけ、彼一人の為にラシェッド軍は数百体の魔物を犠牲を出した。その中には幹部候補とされた者も数体含まれており、数字以上の損害を受けていた。

　結局は大量の魔物をぶつけて疲弊させてからアッシュ、アードラー、タコパの三幹部で止めを刺すという戦い方をするしかなかった。

　アーサーの戦いぶりを見て、砦の兵達の士気が上がるのも厄介な点であった。

　戦って死ぬ事に美学を見出す。一体でも多く殺せば進軍が鈍る。そうと信じる狂戦士の集団となっていた。何とかアーサーを討ち取り、砦を落とした頃には軍そのものが満身創痍であった。

　被害甚大であり、生き残った魔物達にも怯えと疲労が蔓延した。アッシュは魔力の回復が思う様にいかず、タコパの再生能力も鈍ってきた。アードラーの翼も治りきってはいない様で、痛みに顔を顰める事が何度かあった。

　こうなると、ラシェッドとしては褒美を大盤振る舞いするしかなく、魔物にとって一番の褒美とは人間の肉であった。こうして砦周辺の街や村は占領という概念もなく、ただ貪り食われる事となった。

　破壊と流血の悪循環である。

　距離の問題からラシェッド達は城へは戻らず、砦を改修して拠点として使う事にした。

　仮の会議室にラシェッドとアードラー、タコパが集まる。アッシュはアーサーを討ち取った後で過労で倒れてしまった為、不参加である。

「一年程進軍を停止し、兵力の回復に努めてはどうか」

　そう進言したのは、本来好戦的である筈のタコパであった。

　ラシェッドは額に手を当てて暫し考えた後、静かに首を横に振った。

「サラマンが兵を集めている」

　魔王軍四天王の一人が王都の横取りを企んでいるのだろう、という事だ。

　王都を盗られてしまえば、今までの戦いも犠牲も全てが無駄だ。周囲の砦はラシェッド軍の物だが、やはり一番肝心な土地を取れないというのは軍事的にも、周囲に与える影響も大きく違う。

「なんと、炎の魔人とは火事場泥棒の事であったか」

　タコパは吐き捨てる様に言った。

　卑劣である、恥ずべき行為である。しかし、最後に立っていた者こそ勝者であるという魔族の価値観からは外れておらず、全てが肯定される。魔王からの仲裁など期待するだけ無駄だろう。

　場合によってはサラマン軍との戦いも覚悟せねばならないかもしれない。

「それと、向こうから攻めてくる危険も考えねぇとな」

　と、アードラーが困った顔で言った。

「何を言っている。奴らから攻める余裕など……、ああ、勇者が単騎で襲ってくる場合か」

「そうだ。あの人間爆弾野郎がいきなり襲ってきて、暴れ回ってくたばって、また十日後に襲ってくる。それを繰り返されたら溜まったもんじゃないぜ」

「敵の本拠地に近いというのも考えものだな」

　アードラーとタコパが唸る。話が落ち着いた所で、ラシェッドが口を開いた。

「ここで足踏みしているのは危険だ。ある程度の損害は覚悟の上で、強引に攻めるべきだろう。勇者族復活のシステムさえ破壊すれば、人間に対抗手段はなくなるのだ。王都を押さえてしまえば、サラマンも悪さはすまい。済まぬが、もう少しだけ無理をしてくれ」

　と、言って頭を下げた。タコパが慌てて首を振る。

「なんと恐れ多い。我らはラシェッド様の家臣にございます。どうぞ手足のご如くお使い下さい」

「随分と多い手足で絡まりそうだ」

「茶化しとる場合か！」

　アードラーの冗談で軽く場が和んだ。

　やるべき事は決まったのだ。これ以上、頭を下げあう必要もあるまい。

「目の前には手負いの虎、後ろには横取りを狙う狼。これでのんびり休憩って訳にはいかないよな。誰だって止めを刺して獲物を確保してから休むわな」

　アードラーの例え話に、二人は静かに頷いた。

　王都を守る最後の砦も落ちた。やはり参戦した勇者パーティはアーサーのみであった。繰り返し見る悪夢の様に、彼一人によって数百体の魔物が肉塊と化した。

　心臓を貫かれたアーサーがニヤりと笑い、レイピアを突き立てたアードラーの顔が焦りと不快感で歪んだ。追い詰められる者と追い詰める者が、本来とは逆の表情を浮かべていた。

　レイピアを抜くと、血を吹き出しながらアーサーの身体が崩れ落ち、半透明になって消えた。

　実に忌々しい存在である。多大な犠牲を払い、必死に戦って勝利したというのに、十日も経てば何食わぬ顔でまた現れる。

「勇者族復活のシステムなど、命を弄ぶ様な真似をしやがって……」

　アードラーはその場に唾を吐き棄てた。死体が残れば蹴り飛ばす事も出来たであろうが、これでは苛立ちが募るばかりであった。

　ラシェッド城を出た時に比べ、兵力は半分以下にまで落ち込んでいた。戦う為に生まれてきたと豪語する魔族達にも、いつしか満身創痍な気分が広がり、もう少しだ、あと少しで終わる、と言って強引に動かすしかなかった。

　半壊した城壁の上から、アッシュは王都のある方角を眺めている。

　家族が処刑され、塔に幽閉され、アードラーに助け出されたのが遠い昔の様であり、つい昨日の事の様にも思えた。

　人類の守護者である勇者族として生まれながら、王都の歴史に幕を下ろす為に自分は今ここに立っていた。

「望まぬままに、何もかもが変わっていくな……」

　人が憎い訳ではない、かつての仲間たちが憎い訳でもない。それでも、もう二度と彼らと手を取る事は出来ないのだ。

　夜明けの光が復讐者の横顔を照らす。

　そこに哀しみはあるが、迷いなどはない。