城の会議室に、四人の幹部が集まった。

　鳥人アードラー。八足吸盤タコパ。木邪フォレス。

　そして氷魔帝グラシアールこと、アッシュ。

　この中で誰が一番偉いのか、という話になると少々複雑である。

　勇者パーティの襲撃時、アードラーは外出中。偵察や裏工作を主な任務としている彼は城を空ける事が多く、襲撃があった日にも留守にしていた。

　とは言え、城主の危機に外をほっつき歩いていたというのは外聞が悪い。アードラーも後になって、

「この日に襲います、って予約しておいてくれよ」

　などと理不尽な怒り方をしていたものだ。

　八足吸盤という派閥のリーダーである、タコ魔族のタコパは、勇者パーティと必死に戦ったが敗北した。驚異的な再生力によってタコパは生き延びたのだが、多くの仲間を死なせ、自分だけ残ったのはやはり気まずいものがあった。

　木邪フォレスは、直接勇者らと戦う事はしなかった。彼は後方から魔物を指揮するタイプであり、その身を晒して戦う事はしない。事実、戦わなかった事を後日ラシェッドに責められる事はなかった。

　しかし武力に価値を置く魔族にとって、やはり彼は主君の危機でも奥に引っ込んでいた奴、という扱いで肩身の狭い思いをしていた。

　アッシュに至っては、ラシェッド城を荒らした張本人である。実力は確かであり、彼のもたらした情報は有益なものばかりだが、人望や信用といったものは無きに等しい。

　誰もが後ろ暗さを抱えており、権力争いなどしている場合ではなかった。

　そんな微妙な空気のなか、タコパは困惑していた。何故か円卓の対面に座るアッシュから、鋭く睨み付けられているのだ。

　タコパは八本足それぞれに武器を握り、変幻自在の攻撃を繰り出す戦い方を得意としていたが、襲撃の際はアッシュの氷により動きを封じられ、勇者アーサーと戦士ロイによってバラバラに切り裂かれたのだった。

　実力を発揮出来ずにに終わったのは己の未熟さ故である。タコパはアッシュを恨んではいなかった。いや、恨む気持ちが無い訳ではないが、これが戦いであると己を戒めていた。

　逆にアッシュから敵対視されるような覚えはない。

「アッシュ氏、吾が輩に何か思うところでも……」

　重い空気の中、聞いてみる。

「タコパ、君に負けるつもりはないからな」

　やはり意味がわからない。既に勝負はついているし、一対一で戦った所で相性も最悪。

　何か事情を知らないかとアードラーを見ると、彼は薄ら笑いを浮かべていた。

「アードラー氏……」

　またコイツが何かやらかしたのか。問い詰めようとしたところでタイミング悪くヴェロニカがやって来た。

「若、お成りにございます」

　アードラー達が同時に立ち上がり、アッシュもそれに倣う。奥から城主ラシェッドが現れ、着席。大きく頑丈な筈の椅子がギシッと唸りを上げた。

「楽にせよ」

　ラシェッドの許しを得て四幹部が着席する。

「一週間後に出撃だ、落とすぞ」

　主語を省いた発言だが、その意味が分からぬ者はこの場にはいない。砦の攻略、人類の防衛戦を崩し、王都への道を拓くのは魔族の悲願。

「さて、アッシュに幾つか聞きたい事がある。古巣を売る事になるが構わないかね？」

「買っていただけるならば、幾らでも」

　迷いのない、軽い冗談も含めた返事にラシェッドは満足気に頷いた。

「この度の戦い、勇者共は出てくるだろうか？」

「その可能性は高いかと」

「個人的な予測で構わん。どれ程だ」

「ほぼ確信しております」

　勇者パーティが出てくれば、それはこちらの危険が高まるという事だ。彼らの存在によって戦い方も覚悟も大きく変わってくる。

　フードを目深に被った老人、フォレスが顔を上げた。皺の様に見えたのは木肌であった。樹齢五千年を越える木に意志が宿り、人の形を成した木邪である。

「何故今回に限りそう言える。奴らは村の守りには来ず、奪還しようともしておらぬぞ」

　不信感を滲ませたフォレス。アッシュは視線を向けると、ラシェッドは無言で首肯した。話を続けて良いとの許可だ。

「あの村は国王にとってどうでもよかった。だが砦は違う。王都を守る為の壁だ」

「ふん、身の安全の為なら戦力は惜しまぬか。勇者パーティも哀れよな、駒か」

「世界を救う奴隷さ」

「奴らも愚王に不満を抱いておろう。引き込む事は出来ぬか？」

　アッシュは一瞬、悲しげに目を伏せてから答えた。

「彼らは勇者族としての使命に忠実で、誇りを持っている。ずっとそうして生きてきた。先祖何十代、ずっとだ。僕の様に全否定でもされない限り、不満はただの不満のまま。寝返りなんて以ての外だ」

「国王がまた家族に手を出すかもしれぬぞ」

「戦士ロイの両親は既に亡くなっている。母は彼を産んで直ぐに病で亡くなり、父は修行の最終試練の際、ロイに斬り殺されている。そうやって技を継いでいくそうだ」

「……凄まじいのう」

「それだけの事をして力と使命を受け継いだんだ。彼が人類側から外れるという事は絶対にない」

「残酷な使命よな。末裔に呪いをかけたようなものではないか」

　タコパの言葉にアッシュは反論出来なかった。愛や使命といった言葉で糊塗しようとも、その本質が呪いである事に変わりはない。

　適当で不真面目な言動の裏で、ロイは何を想っていたのだろうか。アッシュの知る限り、ロイが夜中に宿を抜け出した事は何度もあるが、戦いで手を抜いた事は一度もない。

　そんな男とこれから殺し合いをしなければならないのだ。自ら選んだ結果として。

「僧侶ミリアナのバックには教会が付いている。ここに手を出す程、国王は馬鹿じゃないだろう。仮に馬鹿だとしても、側近のバビヨンがそれを許さない筈だ」

　教会という言葉に、アードラーが露骨に嫌そうな顔をした。

「勇者パーティで一番厄介な相手だな。そいつはパス。はい次！」

　スパイなどを使って王都で暗躍するアードラーも、教会だけは苦手な様子。

　無理もない、教会は独自の権力と価値観で動いている。アッシュもミリアナ個人に対して思う所は何もないが、教会に深く関わりたくはなかった。

「勇者アーサーには母がいるが、あそこは勇者筆頭の家系という事で、使命には最も忠実だ。息子の足枷になると感じたら、お母さんは人類に尽くせと言い残して自害しすぐらいだろう」

「狂っておるの」

　フォレスが嘲笑した。覚悟を持った人間を笑われてアッシュは不快であったが、頭の片隅の冷静な部分では、

（端から見たらそうなのかもな……）

　と、認めざるを得なかった。

　その時、パンパン、とアードラーが軽快に手を叩く。

「結果勇者パーティは出てくる、引き抜きも出来ない。そういう事で次いこうぜ次。で、いいよな若」

　視線がラシェッドに集まり、次の言葉を待った。

「後は城門を如何にして突破するか、だな。アッシュ、あの門の強度はどれ程だ？」

「門には強力な防御魔法が施されています。見た目以上に強固かと」

「正面突破は難しいか」

　ラシェッドは腕を組み唸った。数秒の沈黙の後、タコパが触手を一本ニョロっと挙げた。挙手のつもりだとアッシュが気付いたのは数秒経ってからである。

「ならば飛兵を使い内部に侵入、内から門を開けるのがよかろう」

「あぁん？　俺の兵を使い潰そうってか！？」

　アードラーが叫んだ。空を飛べる、人類には不可能であり、魔族側の絶対有利な点であった。それだけに飛兵は貴重である。ラシェッド城では空を飛べるというだけで評価が一段階上がるくらいだ。

　ガーゴイルやハーピーなどの飛兵はアードラーの兵であり、彼の権力基盤でもあった。

「人間がどいつもこいつも王様っていうなら兎も角よ、飛兵対策くらいしてんだろうが。そこらどうなのアッシュちゃん」

「籠城戦を前提に造られた砦だからね、兵を城壁に並べて一斉に射ってくるよ。矢の備蓄も相当数だ」

　飛兵といえども空中で軌道を変えるのは難しい。弓兵は天敵であった。矢の雨を掻い潜って城門を内から開けるなど、どれほど犠牲が出るか考えるだけで恐ろしい。下手をすれば壊滅して戦果なし、という事にもなり兼ねない。

「戦に犠牲は当たり前であろう。まさかアードラー氏は無傷で占領するつもりだったのか？」

「その犠牲とやらを俺だけに押し付けて、テメェは高みの見物か？　まぁ陸のカッパが役立たずなのは知っているけどよ」

　アードラーとタコパが睨み合う。危険な雰囲気になってきた所でアッシュが手を挙げた。

「この一件、僕に任せてくれないだろうか」

「なんだよアッシュ、秘策でもあるってのかい」

「門を開けずに城壁を越える方法がある――」

　アッシュが秘策について説明すると、皆が目を丸くして黙っていた。本当にそんな事が可能なのか。だが、出来れば損害を大きく減らせるだろう。

　ラシェッドが微笑みを見せる。これはほぼ決まった様なものだ。

「先陣はアッシュ、後詰めに巨人族を配置する」

　アッシュが失敗した場合は巨人族による力攻めを。門を叩いている間は無防備な頭上を弓兵に晒す事になり、犠牲も大きくなるだろう。戦いは激しく凄惨なものになる。

　アッシュの責任は重大であるが、彼は怯む事なく堂々としていた。

「お任せ下さい」

　立場は変われど、英雄と呼ばれた男の姿がそこにあった。