アッシュが王都に辿り着く一週間程前――。
三人でも問題ない、手頃な魔物討伐に出たアーサー、ロイ、ミリアナの元に、急ぎの用を意味する早馬で伝令が届けられた。それが意味するのは、国王からの呼び出しである。
「またか……」
使者の言葉を聞いたアーサーは深い溜息を吐いた。もう何度繰り返されたか分からない。話の内容も毎度同じだ。
アッシュはどうした。
いつになったら魔王討伐の旅を再開するのか。
勇者族としての自覚が足りない。
などといった内容の説教を何時間も食らう。そんな下らない事で、急ぎの用件として早馬を使ってまで呼び出す。
「全く……何と言えばいいのか」
「簡単だろ、頭が可笑しいんだよ」
ロイの投げやりな物言いにアーサーは苦笑するが、特に否定しようとも思わなかった。
「どうする? 無視する?」
ミリアナの言い方は是非ともそうして欲しいという願いがこもっていたが、三人は顔を見合わせるや否や、静かに首を横に振った。
それが出来れば苦労はしない。国王と勇者一行の決別など、個人の問題では済まない。人類全体の危機問題だ。
偏に神の祝福を受けられる勇者族といえど、その復活の蘇生術には莫大な費用が掛かるのが現実。しかもそれらの費用全てが王族が負担しているのだから無理もない。
「勇者族だの、選ばれし者だのもてはやされても、結局俺らは雇われ者ってことか」
「国王に枷を嵌められた英雄なんて、恥ずかしいったらないわね」
文句を言いながら、三人はとぼとぼと歩き出した。
アッシュはどうした、と何度同じ事を聞かれても、答えようがない。魔人の城で一人だけ死にきれず、捕まったのだろう。それからどうなったかは分からない。
彼を責めるのは筋違いだと理解はしていても、苛立ちと不満が積もれば、どうしても憎しみの矛先が彼に向いてしまう。
こうなったのは、アイツのせいだ――。
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王都に戻ると、一休みすら許されずに玉座の間へと呼びつけられた。
嫌味ったらしくネチネチと、同じ話を永遠繰り返される。その話はもう聞きましたよ、と口答えでもすれば、国王は余計に激昂して説教の時間が長くなるだけだと分かっている。アーサー達は出来るだけ言葉を発しないようにしていた。
「黙っていれば済むと思っているのか、愚か者共!」
と怒鳴られもするが、まともに話が通じないのだからそうするしかなかった。
結局の所、問題は「アッシュが帰還しない」という一点に尽きた。強力な範囲魔法が使える魔術師がいなければ、戦いの効率は著しく落ちる事になる。
これはパーティの中でアッシュが特別優れているという訳ではない。剣術と魔術に優れ、全体を見通し臨機応変に戦うアーサー。物理攻撃最強のロイ。回復やバフ、敵のデバフを担うミリアナ。全員それぞれに役割があり、誰が欠けても上手く機能しなくなるのだ。
四人揃っていても苦戦したラシェッド城に、三人で乗り込みアッシュの救出が出来るかと言えば、それは現実的ではないだろう。生かして捕らえることが有効だと学んだ魔王軍に、次また誰かが捕らえられれば完全に詰みである。
今、アーサー達に出来る事は、魔王軍かアッシュが何らかの行動を起こすのを待ちながら、修行を怠らない事ぐらいだ。ただそれすらも国王に邪魔をされる。更に本人はアーサー達に発破をかけているつもりなのが始末が悪い。
パーティの中で一番短気のロイは、茶番に付き合っていられないと自暴自棄になってきた。寧ろ、彼にしては今までよく我慢した方だ。
「もしかしたら旅が嫌になって、向こうで魔族と仲良く暮らしてたりして」
適当でいい加減な発言した事により、また王の機嫌が損ねるのではと身構えていたが、以外にも王の反応は違うものであった。
「それは奴が裏切った……と?」
「え? いや、そうとは言っていませんが……」
今のロイの発言に、勿論深い考えがなどない。アッシュのせいでこんな目に遭っているとはいえ、彼が裏切るなどとは全く思っていなかった。ただの軽はずみ発現である。仲間内でならば、「そんな事ある訳ないだろ」と一言で済まされる話。
冗談ですよ、アッシュに限ってそんな事は絶対にありません。そう言おうとした瞬間、脇に控えていた宮廷魔術師のバビヨンが、まるで狙っていたかの如く会話に割って入った。
「恐れながら国王様、私に発言を」
「大事な話をしているぞ。それを止めてもの事か?」
「誤りであれば私の命をお好きに」
バビヨンの冷徹な視線がアーサー達に向けられる。それは英雄に対する敬意などまるで無い、足元のゴミを見下すような目であった。
王はつまらなさそうにフンと鼻を鳴らし、追い払うように手を振った。
「良いだろう。もう行け。余の言葉を胸に刻み、精進せよ」
話が急に方向転換した。不安を覚えながらも、アーサー達三人は一礼し、玉座の間を後にした。護衛の兵士達も追い出し、間には国王とバビヨンのみ。周囲を静かに見回してから、バビヨンはゆっくりと口を開いた。
「国王様、王都に住んでおります、アッシュの家族を処刑致しましょう――」
王の眉がピクリと動く。
「……奴の裏切りがまだ確定した訳ではないだろう?」
「国王様と国に疑いを抱かせた、それ自体がもう罪かと」
バビヨンは抑揚の無い声で話す。およそ禍々しい進言をしているにもかかわらず、まるで朝の挨拶を交わしているぐらいの物言いだ。
「忠誠心とは、自ら進んで己の誠心を主に示すものです。力を持ち、遠く離れて動くならば尚更の事。しかしアッシュのみならず、彼ら勇者族の者共はどうも自分達の立場をはき違えて見えます。王、民、そして英雄が一丸となって魔族に立ち向かわねばならぬ時に、足並みを揃えられない損害がいるのは由々しき事態です」
成程、と国王が一つ頷きを見せる。
「確かに奴らには英雄としての自覚が足りぬ。余がどれだけ言い聞かせても、毎度その場しのぎの態度。実に嘆かわしい事よのう」
肺の空気を全て絞り出す様な溜息を吐いて、顔を上げた。辛い立場を理解してくれるのはバビヨンだけだと、王の表情に絶対的な信頼感が現れていた。
「ここは一つ、アッシュの忠誠心を試すとしましょう」
「それはつまり?」
「奴に本当の忠誠心があれば、帰国し家族が処刑されたと知った時、その原因が己の不甲斐なさにあると分かるでしょう。そして自らの過ちを国王様の前で膝をつき謝罪。逆に己の非を認めず、他者を責めるようであれば、奴は国王様や国に対して忠誠心がない、という証明になるでしょう」
「このまま帰って来なければどうする?」
「それはつまり敵に寝返ったという事。その場合は最早、問答無用かと」
国王は黙って考え込んでいる。やがて立ち上がり、この件は「預かる」と言って玉座の間を出て行った。その背を見送るバビヨンの目は、今しがたアーサー達に向けたものと同じであった。
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私室に戻っても、バビヨンは身に纏っていたローブを脱がなかった。
従者に何故かと問われると、
「すぐに呼び出される事になろう――」
と応え椅子に座り、蝋燭の揺れる火をじっと眺めていた。
その数分後、コンコンと扉のノック音が聞こえ、彼――バビヨンの予言は現実のものとなった。