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第43話 逃げないと決めたから

♢♦♢


 古代都市イェルメスを出発したエレン達。


 ファストホースを勢いよく走らせる一行は、イェルメスから少し離れた北部の“ベローガ拠点”へと向かっていた。


「後数時間で着くわよ」


 椅子に腰掛けたローゼン総帥がエレン達に言った。


(戦争がまた始まる――)


 イェルメスの最深部で赤い扉を開いた翌日、ローゼン総帥の元へ「ユナダス王国が進撃を始めた」という一報が入った。


 レイモンド国王からの緊急指令によってローゼン総帥は一旦王都へ戻る事が決まり、今回の任務を終えて晴れて戦線部隊へと異動が決まっていたアッシュは早速ベローガ拠点へ向かうよう指示を受けたのだ。


 勿論エレンとエドもアッシュと行動を共にするとレイモンド国王に告げ、一行を乗せた馬車はベローガ拠点へと向かっている。


 このベローガ拠点はリューティス王国とユナダス王国の国境線に最も近い場所。そして戦争時には進撃、防衛等の拠点となる重要な場所でもある。


 それ故、王都から遠く離れたベローガ拠点には多くの騎士団員も駐屯されており、ベローガ拠点に下された第一指令はユナダス軍の進撃阻止であった。


**


<緊急伝令、敵国のユナダス王国が進撃を開始した模様! レイモンド国王の命令により、ローゼン総帥は直ちに王都へとご帰還ください!>


**


 エレン達がイェルメスにてその伝令を受けてからもう2日が経つ。


 ずっとファストホースを走らせたエレン達はもうベローガ拠点の近くまで来ていた。


(遂にまた戦争が……)


 椅子に腰掛けたエレンはグッと強く拳を握り締めている。


 いつかこの日が来るだろう。


 そう頭では分かっていたのに、実際に起こった現実を前にした途端、エレンは恐怖で体の震えが止まらない。


(嫌だ……怖いよ……)


 勢いとは言え、アッシュとエドと一緒にベローガ拠点に行くと言ってしまったのは自分。


 正式な戦線部隊ではないが、ベローガ拠点に行くという事はエレンもそこに加わって最前線で武器を取る事を意味している。


(どうしよう……怖過ぎるよもう! 今すぐ逃げたい。家に帰りたい。でも……)


 “もう逃げたくない”。


 自分の命を……そしてアッシュの命も失いたくないエレンはそう固く決意をした。


 大丈夫だと何度も何度も自分に言い聞かせるエレン。

 震える体を抑え、ガタガタ鳴る歯をこれでもかと噛み締め止める。


(アッシュを絶対に死なせたくない。今度は僕が守らないと)


 エレンの脳裏を過る明るい夜。

 焦げ臭い煙の中を、無我夢中で祖父と共に走った。


 肌を焼かれる熱波に晒され、転がる死体を、殺される人々を沢山見た。


 両親と楽しく過ごした記憶ごと燃やそうとする業火をエレンは一生忘れる事は出来ないだろう。


 思い出したくない記憶が走馬灯の如く頭を駆け巡ると、勢いよく走っていた馬車が動きを止めた。


 ベローガ拠点に到着したのだ。


「これを持って行くといいわ」


 馬車から降りたエレン達に、ローゼン総帥は何かを渡した。


「これは?」

「妾のマナで作った勾玉よ。緊急の時はそれを投げなさい。そうすれば妾に伝わるわ」

「分かりました。ありがとうございます」

「3人共、生きて戻るのよ」


 最後に真剣な顔でそう告げたローゼン総帥。


 エレン達が力強く頷くと、ローゼン総帥は1人王都へと向かって馬車を走らせたのだった。


**


~ベローガ拠点~


 戦争時の要となるここベローガ拠点は、多くの騎士団員が派遣されているという事もあり、それなりに大きな宿舎が建てられていた。


「護衛隊の宿舎と雰囲気が似てるね」

「本当ですね。なんだかもう懐かしい気がしますよ」


 ベローガ拠点の宿舎は王都の護衛隊の宿舎と似ていた。

 それをより強く思わせたのは、外観の造りだけでなく、内装や部屋のレイアウトもほぼ一緒であったからだろう。


 宿舎を見たエレンは少し心が和んだ。


(まだ数日しか過ごしていないのに、なんか家に帰って来た気分だな。ダッジ団長や他の護衛隊の皆も動き始めているんだよねきっと……)


 そんな事を考えながら宿舎へ入ると、早速騎士団員の1人がエレン達が使う部屋へと案内してくれた。


 偶然部屋の割り振りも同じ。

 エドが隣の部屋で別の団員と相部屋となり、エレンとアッシュが同じ部屋となっている。


 それから数時間が経った日が沈む頃、他の区域からも騎士団員がこのベローガ拠点に応援で派遣されて来た。


「おう。ローゼン総帥との任務は無事に終えたみたいだな!」

「ダッジ団長!」


 派遣されてきた多くの団員の中にダッジ団長の姿が。

 ダッジ団長は明るい笑顔をエレン達に向けて馬から降りた。


「3人共元気そうで何よりだ」

「ダッジ団長もです」


 陽気なテンションで会話を始めたダッジ団長であったが、直後に表情が強張った。


「いよいよこの日が来たな。誰も好んで戦争なんかしたくねぇっていうのによ。

まぁそんな愚痴を言ったところで何も変わらないが、兎に角全員無事で帰れる事を祈ろうぜ」

「そうですね……」


 最低限のやり取りを終えたダッジ団長は「また後でな」と馬を連れて馬小屋に行き、派遣団員を出迎えたエレン達も部屋へと戻った。


「何でついて来たんだよ」


 部屋に戻った瞬間、アッシュが唐突にエレンに言った。

 その表情はどことなく不機嫌だ。


「怖ぇんだろ? わざわざベローガに来なくても、ローゼン総帥と一緒に王都に戻れば良かったじゃねぇか」

「怖くないよ。僕だって戦える」


 精一杯の強がり。エレンの声は少しの震えを感じる。


「そんなビビった面してよく言うぜ。馬車の中でもずっと震えてただろ」

「そりゃ馬車が走ってるんだから“振動で”震えるさ。ビビッてる訳じゃない」

「言い訳だけは実力者だな」

「君も自己中の実力者だね」

「……なんで逃げなかったんだよ」


 アッシュの声が1トーン低くなる。


 それもいつもの馬鹿にする感じではなく、まるで心配するかの如く真剣な眼差しをエレンに向けていた。


「今ならまだ間に合うぞ。俺は別に報告したりしねぇからよ……今の内に逃げろ。お前が行きたい所へ自由にさ。戦争が終わるまで隠れてろ。

その緑の目は難しいかもしれねぇが、髪なら簡単に染めて誤魔化せるだろ?」


 アッシュなりの最大限の気遣い。

 彼はエレンの事を思って言ったに過ぎない。


 だが、エレンはアッシュの発言に強い憤りを感じた。


「……なにそれ、どういう意味? 自分勝手な事ばっかり言うなよッ!」


 抑えきれない感情が勢いよく声に出た。


「ビビってる? 黙ってるから逃げろ? 行きたい所へ? ……ふざけるな! 僕はもう逃げないって決めたんだ! 僕の生きる道を君が勝手に決めるなよ! 僕はッ――! (決めたんだ。絶対に君を死なせないって)」


 1番伝えたかった言葉が声に出ない。


 決死の覚悟を嘲笑された気がしたエレンは悔しかった。


 言葉が出ない代わりなのか、エレンは腰の短剣を引き抜いてアッシュのへと切っ先を向ける。


「もう僕を舐めるな。今度何か言ったらまず君から斬ってやる」

「……」


 エレンがアッシュにそう啖呵を切ると、アッシュは小さく息を吐いて部屋から出て行ってしまった。

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