またしても静まり返った広場。だが今回はさっきの様に一瞬ではない。青髪の青年が大男の一刀を躱し、流れる動きで大男の鳩尾に拳を放った結果、大男は悶絶の表情と共に地面に沈んだのだ。
一連の動きを目の当たりにした野次馬達は青年の強さに言葉を失っている。エレンもまた今の一瞬の出来事に言葉を失っている1人だが、戦いというものの経験値が未熟な彼女は“なんとなく”青髪の青年が強い人物である事は理解した。いや、エレンはそんな彼の実力以上に、青髪の青年の整った顔立ちに視線が奪われていた。
無骨なイメージのあった傭兵部隊とはまるでそぐわない端正な顔。しかし、青年の鋭い眼光は確かに獲物を捉えた魔物のような強さと危険さを感じられた。
倒れ込んだ大男に見向きもせずに歩き出した青年はスタスタとその場を去り、エレンとすれ違い様、彼は小さく独り言を呟いていた。
「余計な体力使ったな。ってか、そもそもこんな所に女がいるのも可笑しいだろ」
青年は決してエレンに向かって言った訳ではない。たまたま吐き捨てた独り言が、たまたますれ違ったタイミングで、たまたまエレンと目が合ってしまったっだけ――。
偶然もここまで重なると故意になるのだろうか。全て本当の事だが、改めて何度も何度も「女」と言われるエレンは懲りずに腹を立てた。
「だ、だから、女じゃないって言ってるだろ! 僕は正真正銘男だ! 疑うならここで“証明”してやろうか!」
エレンは感情に任せて先走ってしまった事を後悔した。彼女は今しがた大男との駆け引きに失敗して痛い目に遭ったにもかかわらず、また同じ過ちを繰り返そうとしている。感情的になったエレンは青髪の青年に啖呵を切った挙句、自分が男だと証明しようと、「ここでズボンを脱ぐぞ!」と言わんばかりに両手でベルトを掴んでいた。青髪の青年はエレンの言葉に歩みを止める。
そして、青年は一瞬振り向きそうな素振りを見せたが、結局振り向かないままその場を去って行った。
(今度は成功……した?)
去って行く青年の背中を見ながら、エレンはゆっくりと安堵の溜息を吐いた。
「なぁ。アイツの顔どっかで見た事ないか?」
「ああ、俺も思った」
「馬鹿野郎! あの青髪は“王国騎士団のアッシュ”だろ!」
アッシュ。
彼のその名が出た途端、そこにいた志願者の数人が彼を知っているような反応を示した。
「何で王国騎士団がこんな田舎の傭兵部隊にいるんだよ」
「そんな事知らねぇよ。でもあの人がいるって事は、ひょっとして今回の討伐は危ないのかも……」
「おいおい、縁起でもない事言うなよな」
志願者達がそんな会話をし終えると、そこからは何事も起きぬまま時間だけが過ぎていった。
**
「全員集まれ!」
突如広場に轟いた1つの声。
エレンを含めた志願者達も一斉に声のした方向を向く。
「待たせたな、勇敢なる志願者達よ。本日はよくぞ集まってくれた」
馬に乗り、甲冑を身に纏った家来達の護衛を受けながら皆の前に姿を現したのは南部の領地の領主、ブリンガー伯爵。
「既に知っている者も多いだろうが、今回傭兵部隊を編成した理由は、ここ数ヶ月でフォレスト森林で大量発生している“ビッグオーク”の討伐である!」
ビッグオーク――通常のオークよりも一回り大きく、大の大人でも数人がかりで相手にしなければ倒せない危険な魔物だ。エレンが暮らすガーデン地区でめっきり仕事がなくなったのは他でもないこのビッグオークが原因である。
「命が惜しい者は直ぐに立ち去れ! だが討伐に参加した場合は募集通り全員に報酬を与える!」
「「うおぉぉぉぉ!」」
ブリンガー伯爵の一言で志願者達の士気が一瞬で高まりを見せた。
「早速だがビッグオークの討伐に向かう。隊はこちらで編成する。今回の君達全員の隊長となるオックス隊長の指示の元、速やかに分かれてくれ!」
「「うおぉぉぉぉ!」」
一気に場に歓喜と緊張感が生まれる。エレンは期待と不安、その他の感情が幾つも複雑に混ざり合って鼓動が高鳴っていた。
集まった志願者達はざっと100名程度だろうか。そこに更にブリンガー伯爵に仕える、オックス隊長率いる騎士団員が総勢50名程度。傭兵志願者達もそれなりの武器と装備を施した者がちらほらいるが、流石は格上の騎士団とでも言うべきか。騎士団員達は全員王国の紋章が刻まれた高価そうな甲冑を身に纏っていた。
オックス隊長の指示により志願者達はそれぞれ7つの隊に分かれる。志願者達の隊にはそれぞれ騎士団員が1人小隊長、指揮官役として付くようだ。編成された150名以上の部隊は、ブリンガー伯爵の号令によって次々に広場から進み出した。騎士団を先頭に1番隊2番隊、と順に並んで行く。エレンは部隊の最後尾となる7番隊に配列。
(最後尾の7番隊だ。これなら前より絶対安全だろう。……って、ゲッ。僕のとこの隊長さっきの青髪の人じゃん)
エレンのいる7番隊の先頭。
そこには、アッシュと呼ばれた先程の青髪の青年の姿があった。