~リューティス王国南部・リバー地区~
エレンが暮らすガーデン地区の隣。此処、リバー地区のとある広場に大勢の者達が一堂に会していた。
(わぁ、皆思った以上に“男”らしい)
挙動不審に辺りを見渡すエレン。彼女は早くも自分が場違いであると認識した。
広場に集まった者達は他ならない傭兵志願者達。当然の如く、その風貌は皆屈強な肉体に強面な顔を持ち合わせた如何にも戦う男と言った外見である。
努力して男装したエレンは早くも異様な存在として注目を浴び始めていた。
(だ、だ、大丈夫ッ……! ちょっと周りからの視線を感じるけど問題ない。だって私は男! そう。男なんだから男らしく堂々としていなくちゃ)
そう思ったエレンは胸を張って腕組みをし、その場に堂々と仁王立ちをする。自分が周りの視線を気にするから気になるもの。何食わぬ顔で小慣れた雰囲気を醸し出しておけば、案外大丈夫なものである。
と、エレンは浅はかな自分の考えを直後に後悔した。
「おい、邪魔だよどけ!」
「え? わたッ……ぼ、僕?」
次の瞬間、突如背後から男にそう言われたエレンは反射的に後ろを振り返る。すると、そこには昨晩自分を襲ったガタイのいい男よりも更に屈強な大男の姿が聳えていた。
「当たり前だろ! お前以外に一体誰が……って、おいおい。ここは女が来る所じゃねぇぞお嬢ちゃん! ガハハハ、どうした、迷子か」
大男が本気で言っているのか冗談なのかは紙一重。だがここでバレる訳にはいかないエレンは強気に対抗する。
「な、何言ってるの……んだよ! 僕が女の訳ないじゃないか」
ぎこちない言葉遣い。傍から見れば別にエレンなど相手にする必要がないだろう。だがこの時のエレンは少々タイミングが悪かったのかもしれない。虫の居所が悪いのか、大男は反抗的なエレンの態度が癇に障った。
「何だと? 俺様に向かって随分偉そうな奴だな。そんな貧弱な体で魔物が倒せるとでも思っているのか。おい! ここに場違いな女野郎が紛れ込んでいるぞ!」
大男は周りの志願者達に聞こえる程の大声でエレンを煽り、その一言で一気に志願者達の視線がエレンに注がれてしまった。
「嘘ッ、ちょ……ちょっと静かにしてよ!」
「本当に女みてぇな野郎だな。もしかしてお前、野郎用の肉便器か! ガハハハ! それなら納得だぜ。魔物が狩れねぇからホモの性欲狩って金を得る気だな!」
「何を騒いでるんだアンタ」
「うっひょー、クソ美人! って、え? 女がここにいる訳ないよな」
志願者達の視線を集めたエレンは瞬く間に野次馬となった志願者達に囲まれる。目立たない事を第一優先に考えていたエレンにとっては踏んだり蹴ったりの展開。
大男だけでなく野次馬からも「女みたいだ」と罵られたエレンは遂に怒りが爆発。腰に提げていた短剣を引き抜き、大男に向けて啖呵を切った。
「おい。いい加減しなよ、野蛮な野郎共。痛い目に遭いたいか?」
言った事のない、どこで覚えたかも分からない言葉を精一杯男らしく言い放つエレン。そして、彼女のその行動によって場は一瞬にして静まり返る。
無論、エレンに争う気などない。大男に勝てる術もなければそもそも争いは嫌いだからだ。でも同時にこれ以上舐められる訳にもいかない。これが今の彼女に出来る最大限の対抗。
(よし。作戦成功だ)
騒ぎ声が消え、エレンは心の中でガッツポーズをした。
だが。
「ガーハッハッハッハッ!」
静寂を打ち破った大男の笑い声。エレンの背筋に嫌な汗が流れた。
「そうかそうか、この俺様と“殺る気”か! ガハハハ、いいだろう! 男ならやはり力で相手をねじ伏せないとなぁ!」
「おお、決闘か!?」
「いいぞー、やれやれッ!」
「負けんなよお嬢ちゃん!」
大男の笑い声を口火となり、再び野次馬達も騒ぎ出してしまった。
入り乱れる煽りや野次。騒ぎに気付いた他の志願者達も「何が起こっているんだ?」とどんどん人だかりが多くなっていく。
最悪な状況。
エレンとって最も質の悪い展開となってしまった。
(やばい、嘘でしょ!? こんなつもりじゃなかったのに……)
焦るエレンとは裏腹に場は益々盛り上がり、目の前の大男も既にやる気満々状態。
そして。
「こうなればヤケクソだ!」
最早引っ込みが効かなくなったエレンは持っていた短剣を構え、勢いよく大男に斬りかかる。対する大男も剣を抜き、突撃して来るエレンに向かって思い切り剣を振るった。
――ガキィィン。
「ッ……!?」
「ガハハハハ! 軽過ぎだろ! もっと食え!」
手にしていた短剣で大男の強烈な一振りを見事防いだエレンであったが、攻撃と防御に差があり過ぎた。防御した筈のエレンは大男の攻撃によって体ごと勢いよく吹っ飛ばされてしまい、背中から地面に叩きつけられたエレンは一瞬呼吸が止まる程の強い衝撃を受けた。
「ゴホッ、ゴホッ……! 痛たた、凄い力だッ……て、えぇ!?」
「戦いの最中に休みなんてねぇぞ貧弱女!」
エレンが立ち上がろうとした瞬間、いつの間にか距離を詰めていた大男がエレンの首根っこを掴んで持ち上げると、大男はそのままゴミを捨てるかの如くエレンをぶん投げる。投げられたエレンは周りを囲っていた野次馬達へと勢いよく突っ込んでいった。
(危ぶなかったー。野次馬のお兄さん達が丁度クッション代わりになってくれたお陰で怪我せずに済んだ。良かったぁ)
不幸中の幸い。
飛ばされたエレンは辛うじて無事であった。だが状況は相変わらず最悪。
「どんどんやれよ可愛い顔の兄ちゃん!」
「もっとやれもっとやれ!」
「アンタもちっと手加減してやらんか!」
周りの者達はエレンの心配をするどころか更に盛り上がりを見せる。まぁ無理もないだろう。最早誰もエレンが女であるかどうこうより目の前の喧嘩に白熱しているのだから。
(どうしよう……このままじゃヤバいって……)
エレンがそう思ってもやはり何も変わらない。
野次馬に背中を押され、再び円の中心で大男と対峙するエレンはもうどうすればいいのか分からなかった。
「ガハハハ、次で終わりにしてやる! 俺様に逆らった事を後悔しながら死にやッ……「どけよ、クソデブ――」
刹那、どこからともなく姿を現した青髪の青年。
「あぁ? なんだテメェ。つか、今何て言った?」
「この距離で聞こえねぇのか。耳まで脂肪で塞がってのかよ、クソデブ」
「な、何だと貴様ッ! 誰がクソデブだコラぁぁ!」
青年の態度に怒り狂った大男はエレンの時とは比べものにならない速さで青年に剣を振り下ろす。しかもその攻撃は今までのお遊びではなく、本気で相手を“殺す”一振り。
しかし次の瞬間、場に倒れていたのは斬られた青年ではなく大男。
一瞬の出来事だった。呆然と立ち尽くしていたエレンは、何気なく目を奪われたその青髪の青年と静かに目が合った。