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第34話 鍛冶スキルのデメリット


 刻哉が困り顔で腕を組んだのが珍しかったのだろう。フィステラとリコッタが側にやってきた。


「どうしたんですか。トキヤさん」

「ああ。それがね」


 刻哉は事情を説明する。

 手にした武器の攻撃力を極限まで高める代わりに、耐久力を極限まで下げてしまう刻哉のスキル。

 その効果が鍛冶に使う道具にも適用されてしまい、作業にならない――と話した。


 刻哉の説明をリコッタに翻訳して聞かせるフィステラ。昨日今日とで、彼女らの距離感は少しだけ縮まっていた。


 柄がわずかに残っただけの金槌を刻哉は眺める。


「こういう道具は貴重なのに、このままじゃあ一生作業が進まない。困ったよ」

「金槌を武器ではなく、道具として扱うというのは?」

「元からそのつもり。だけど上手くいかない」


 天を仰ぐ。


「おそらくだけど、俺の悪い癖が影響してるんだと思う」

「悪い癖?」

「一度集中力のスイッチが入ると、完全に没頭してしまう癖。思い返せば、あのスキルを使っているときってだいたい集中状態なんだよね」

「それはつまり」


 フィステラが指先を自らの頬に当てる。


「いくら頭では金槌を道具だと考えていても、作業が始まったら勝手に集中してしまって、スキルの発動を抑えられない――ということですか?」

「上手く言語化してくれてありがとう。その通りだと思う」


 刻哉はうなずいた。

 自分に最適だと思っていた鍛冶スキルに、まさかこのようなデメリットがあったとは。

 刻哉は金槌の柄をそっと地面に置く。


「使えそうな金槌はあと二本。この二本が残っているうちに何としてでもスキル制御を身に付けたい」


 真剣で、強い決意を感じさせる横顔。フィステラはその顔に何度か見覚えがあった。

 アダマントドラゴンに立ち向かったとき。

 そして『この力は自分のために使う』と宣言したとき。


 刻哉が精霊少女を振り返る。フィステラは不意にどきりとした。


「フィステラさん。スキルを制御する方法に何か心当たりはないかな」

「うーん……」

「俺ひとりじゃ、このまま行き詰まりそうだ。


 フィステラも天を仰いだ。

 まさか刻哉から頼られるときが来るとは、思ってもなかったからだ。

 是が非でも協力したい。

 だが――。


「フィステラさん?」

「ごめんなさい、ぼーっとして」


 言いにくそうに続ける。


「ですが、すみません。私にもどうしたらいいかは……」

「そうか。まあ確かに、覚醒してスキルを覚えるのは外界人だけみたいだしね。精霊でも、そのへんの知識やノウハウはないんだろうな」


 刻哉は小さくため息をついた。

 あっさり納得されて、フィステラは「そ、そうですね」と応えた。少し落ち込む。


 すると、隣に座ったリコッタが刻哉の袖を引いてくる。

 両手に握りこぶしを作って、しきりに何かを語りかけてきた。頑張れ、ファイト!――と言っているようにも見える。


「『頑張れ、トキヤならきっと大丈夫!』とリコッタさんは言ってます。信頼されていますね」

「ありがとう」


 そう言って刻哉はリコッタの頭を撫でた。獣人少女は満足そうに目を細める。

 だが、いっこうに刻哉が作業を再開できないでいるのを見て、彼女は不思議そうに耳を下げた。

 彼の視線を追い、金槌だったものを見つめる。

 不意に、リコッタは耳と尻尾をピンと立てた。再び、刻哉の裾を引く。


「――、――!」

「なに? どうしたの、リコッタ」

「――!」


 刻哉はフィステラを見る。精霊少女は怪訝そうな表情を浮かべながら、リコッタの言葉を訳す。


「『集中するのが駄目なら、意識を散らせばいい』と、リコッタさんはおっしゃっていますが……」


 刻哉は目を瞬かせた。

 集中状態とは、何かひとつの物事に意識が向かっている状態だ。

 ならば、複数の物事を同時に考えるようにすれば、過度な集中は防げるかもしれない。


「なるほど。逆転の発想だね。それは気がつかなかった」

「あの、そう上手くいくものでしょうか」

「やってみなきゃわからないかな」

「トキヤさんの集中力を乱すことが私たちに可能だと?」


 まるで『これから素手でドラゴンを倒そう』と提案されたように渋い顔をするフィステラ。


 すると、唐突にリコッタが大声を上げ始めた。

 悲鳴――とは違う。手拍子を入れながら、抑揚を付けた声。

 歌だ。リコッタは張りのある声量で歌い始めたのだ。

 異世界語だから歌詞はわからない。

 だがその力強くも美しい歌声は、不思議と耳に心地良かった。


「歌、上手だね」


 そう褒めながら刻哉がまたリコッタを撫でる。

 獣人少女は一瞬笑顔になったが、『そうじゃない』とばかりに尻尾を振った。

 隣に立つフィステラの肩を揺する。


「――ッ、――ッ!」

「ええっ!? あの、でも私は歌なんて」

「――ッッ!!」

「わ、わかりましたよ。トキヤさんのためですからね」


 泣き言をリコッタに聞かれたくないためか、刻哉にわかる方の言語でぼやく精霊少女。

 それから、ふたりは息を合わせて歌い始めた。


 第一声から、刻哉は驚いた。

 涼やかな声が絶妙に響き合っている。

「歌なんて」と言っていた割には、精霊少女の歌声は美しかった。

 音楽に疎い刻哉でも、これは金を払ってでも聞きたいと思うほど。

 これだけ歌声に惹かれる状況なら――。


「いけるかもしれない」


 刻哉は金槌を握った。

 手のひらに冷たい感触。頭の中で、集中力のスイッチが勝手に入っていく。

 刻哉は歌声に意識を向けた。

 歌声から感じるイメージ――爽やかな草原地帯を想像しながら、金槌を振り上げる。

 平らな面が石を打つ。

 刻哉は目を瞠った。


 鉱石に見立てた石は、わずかに角が欠けただけで変わらずそこにある。

 金槌は無事だった。


「いける」


 刻哉は俄然がぜん、楽しくなってきた。

 夢中で金槌を振るう。

 ――が、それがあだとなった。


 二分ほど歌い続けていたフィステラとリコッタが、恐る恐る後ろから刻哉をのぞき込む。


「あの、いかがでした?」

「……」


 振り返った刻哉は、持っていた金槌をふたりに見せた。

 正確には、金属部分が崩壊して使い物にならなくなった元・金槌である。


「ふたりとも、歌声綺麗だった」


 そして頭を下げる。


「でも、ごめん。駄目だった。俺のせいだ」


 喜怒哀楽が乏しい刻哉らしい、言い繕いなしの率直な報告。

 少女たちはがっくりと肩を落とす。


 金槌は残り一本だ。


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