とりあえず、穴の修復は後回し。まずは作業空間を確保する。引き続きフィステラの力を借りつつ、刻哉たちは拠点小屋の整理を続けた。
太陽が中天を大きく過ぎたところで、ようやく一段落する。
刻哉は綺麗になった室内を満足げに眺めた。その隣で、フィステラがしょんぼりしている。蝶が今にも墜落しそうだ。
「ごめんなさい。トキヤさん……」
「何を言ってるんだ。フィステラさんの力がなかったら、今頃半分も終わってないよ。いや、そもそも終わらなかった可能性もある」
チーターたちが放置した素材の中には、持ち運びに重機が必要なほど重いものもあった。フィステラが地粘材化したからこそ、簡単に、しかも場所を取らずに整理できたのだ。
屋内どころか屋外の壁沿いにもずらりと地粘材の塊が並ぶ。色が不統一で、全体的にくすんでいた。マナの含有量がまちまちなせいだろう。アダマントドラゴンと比べて地粘材の性能が劣るのは間違いない。
だがこれだけ大量にあれば今後の作業にはじゅうぶんプラスになるはずだ。
地粘材化した素材以外にも、小屋の中にはまだ使えそうな道具がいくつかあった。金槌やら
チーターたちにとっては地味な小物類でも、刻哉にとっては宝そのもの。『道具を作るための道具』は不可欠である。
さしあたりの目標もできた。炉の修理だ。
フィステラが抉り取ってしまった炉。その状態を改めて観察する。ジェイツー歴史資料館に勤務していたときの知識を引っ張り出して、目指すべき完成形をイメージする。
刻哉の『超集中スイッチ』が入った。
展示品が、細かな説明パネルが、地下書庫の資料が、図版が、説明文の一語まで色鮮やかに脳裏へ蘇る。まるで今、目の前に広げているようだ。
瞬きすら忘れて炉を見つめながら、刻哉は尋ねた。
「フィステラさん。リコッタに聞いてもらっていいかな。この辺りで、鉱石や粘土が採れるところはどこ? 元々この炉を作るために必要だったと思うんだけど」
「は、はい。えっと――」
フィステラが通訳する。
すると、リコッタは森の北側、クィンクノーチに隣接する岩壁にそうした鉱石の層があると教えてくれた。
さらに、その岩山は、リコッタたち獣人にとっての聖地でもあるらしい。
通訳の途中、フィステラが意を決して刻哉に告げた。
「リコッタさんは、仲間の皆さんや妹さんの遺品を持ち歩いているそうです。いつか聖地で弔いたいとずっと考えていらっしゃって。トキヤさんが目指していることとは違うかもしれませんが、どうかここは」
「いいよ」
「聖地へ――って、はい? いま、何と?」
「だから、いいよって言った。目的地が同じなら問題ないさ。行こう、その聖地へ」
「ずいぶんあっさりと……。私から提案しておいてですけど、トキヤさんならもっと渋ると思っていました」
「大事なことなんだろう。リコッタにはずいぶんと助けられているし、それくらいはしないと
口からそんな台詞がさらりと出る。
そのまま作業に戻る。視線を感じた。
集中を解いて振り返る。
まるで珍獣でも見るようなフィステラの目つきに、刻哉は眉をひそめた。
「なに、その表情」
「……まさかトキヤさんから、そのような言葉が聞けるなんて」
「そんなにおかしなことを言った?」
「はい。少なくとも、トキヤさんの口から聞けるとは予想できませんでした」
天井を仰いで考える。自分の言動を思い返してみて、そこではたと気づく。
「確かにおかしいね。俺が仲間の意義について口にするなんて」
「ご理解頂けて何よりですが、その台詞も普通は言わないと思います。私」
「なるほど。これが仲間を持った人間の感覚か。なるほど……ふぅん、そっか」
「トキヤさんが独特の感性をお持ちなことは充分理解した上で念のため申し添えますが――さっきの私の台詞、それなりに失礼ですからね?」
「失礼? そうなの?」
「少しは怒っていい場面ですよ」
「よくわからないけど、フィステラさんは真面目だね。相変わらず」
うなずく刻哉に、フィステラは曖昧な笑みを浮かべた。
ひとり蚊帳の外のリコッタが、不満そうに頬を膨らませる。刻哉とフィステラが仲良さそうに話しているのが気になるらしい。
作業に没頭しつつ、時々ピント外れな会話をする刻哉。
彼にひっつきながら興味深そうに作業を見守るリコッタ。
出会って数日ながらすっかり馴染んだやり取りに、マナの蝶が穏やかな光を放っているフィステラ。
落ち着ける『拠点』があるというのは、これほど気持ちを変えるものなのかと刻哉は思った。
帰る場所ができたなら、次は外だ。
炉の修理のため、必要な素材を確保する。
それと合わせて、リコッタの仲間や家族を弔いに行く。
やることが見えてくる。決まってくる。
異世界に放り投げられたときとは雲泥の差だ。
出発の前に、武器を補充しておこう。そう考えた刻哉は、地粘材を前にあぐらをかく。
小屋で入手した金槌を早速試そうと振りかぶったところで、ふと、手を止める。
「トキヤさん? どうしましたか」
「気になることができた」
金槌を見る。作業を前にして無意識に集中モードに入ったためか、金槌は薄らと光をまとっていた。
刻哉のスキル――彼は自分自身の力にまだ名前も付けられずにいた――は、『武器』に凄まじい攻撃力を持たせる代わりに、耐久力を極限まで下げるものである。
それは、たとえトレントの枝一本であろうとも岩を穿つ威力を持たせるほど。
金槌は武器じゃない。道具だ。
しかし――。
小屋の中で見つけた金槌は大小合わせて三本。
刻哉は、その中から一番小さな金槌を改めて手にした。
外に出る。
適当に拾い上げた拳大の石を、岩場の上に置く。鉱石に見立てて、金槌を振り下ろした。
――懸念は当たってしまった。
土台にした岩場もろとも石は木っ端微塵に砕け、貴重な金槌も光粒を残して消滅してしまったのだ。
「まいったな」
珍しく表情に困惑を滲ませながら、彼は嘆く。
「どうやってスキルを制御したらいいか、わからない」