樹くんとの未来をつかむために、ゲドーブラックを倒したい。
だけど、今のままでは幸せな未来がつかめないかもしれない。
これまでの、幸福だった日々が遠く感じてしまうんだ。
樹くんと一緒に、楽しい時間を過ごしていた瞬間が。
全部全部、ゲドーユニオンのせい。だから、絶対に倒してみせるよ。どんな手段を使ったとしても。
恨みと怒りを込めた力で、わたしの全てを注ぎ込んで。
樹くんとの幸せな時間がやってくるのなら、手を汚すことにためらいなんてないよ。
だって、わたしの全ては樹くんなんだから。他の何より優先するのは当たり前だよね。
大好きな人のための犠牲なんて、小さなものだよね。
ただ、大勢を巻き込んじゃうと、樹くんに嫌われるかもしれない。それだけが怖いんだ。
わたしは、樹くんに遠ざけられることだけは耐えられない。他のどんな試練だって、怖くはないけれど。
だって、わたしにとっては、樹くんは初恋の人で最後の恋の人。
絶対に、樹くんより好きになる人なんて現れない。そもそも、樹くん以外を好きになったりしない。
だから、樹くんだけが居てくれれば良いんだ。それだけで、ずっと幸せだから。
そのために、何があってもゲドーユニオンを滅ぼさなくちゃいけない。
だって、樹くんと過ごす時間にとって邪魔だから。
ゲドーユニオンのせいで、樹くんは戦うことになった。傷つくことになった。
だから、居なくなってくれた方が良いんだよ。わたし達が、穏やかに生活するために。
ゲドーユニオンさえ居なければ、樹くんと、これまでのような日々が過ごせた。
その恨みと怒りを全力で力に変えて、ゲドーブラックを打ち破ってみせるよ。
樹くんを想う気持ちは無限大なんだから。どんな敵だって、倒せるはずだよ。
わたしは、樹くんとの未来を汚したゲドーユニオンを許さない。
その思いだけで、心がふつふつと煮えたぎってくるようだもん。
だからきっと、とても強い力になってくれると思う。感情が、力になるっていうんだから。
わたしが樹くんへ向ける気持ちが力になって、誰かに負けるなんてありえない。
他の誰より樹くんが好きだし、どんな恋よりも、どんな愛よりも深い想いなんだから。
私の人生をすべて樹くんに捧げていいって思っているし、樹くんのすべてが欲しいって思う。
絶対に、わたしの想いがこの世で一番なんだから。
そんな感情が力になって、誰にも負ける訳なんてないよね。
いろいろと、最後の戦いに向けて気持ちを高めていると、樹くんがやってきた。
腕が折れてからは、初めてで。そもそも、魔法少女だって明かしてから全然なかった機会だから。とても嬉しかった。
つい、笑顔になっちゃうくらいには。胸が暖かくなるくらいには。
何度でも感じることだけど、やっぱりわたしは樹くんが大好きなんだ。
「樹くん、いらっしゃい。わたしに会いにきてくれたの? 嬉しいな」
樹くんなら、どんな時でも会いにきてほしい。それがわたしの気持ちかな。
だって、わたしはとても幸せになれるから。樹くんがそばに居る。それだけのことで。
これまでずっと、何度でも助けてくれた。その時間が紡いだ想いは、とてもとても強いものだから。
「そうだな。お前の顔を見たら、何か気持ちが落ち着く気がするんだ」
そんなことを言われて、つい胸が高鳴っちゃったんだ。
わたしは樹くんに好きって思われている。そう感じられたから。
直接言葉にされたことは無いけれど、ほのかな好意が伝わる気がしたから。
樹くんは、もしかしたら恋愛感情を持ってくれていないのかもしれない。
そう疑った時もあったからこそ、余計に素敵な気持ちだと思えたんだ。
「ねえ、それって……ううん、なんでもない。いつでも、会いにきてくれていいからね」
わたしがほのめかしてみても、樹くんはよく分かっていなさそうだった。
つまり、ハッキリと恋愛感情を意識している訳ではないんだろうな。
同時に、わたしに何か伝えたくての言葉じゃないともわかる。
つまり、きっと本音として、わたしとの時間を大事に感じてくれているんだ。そう感じられたんだ。
「このかが歓迎してくれる限り、こまめに会いに来るよ」
わたしに会いにきてくれるのなら、いつでも歓迎できるよ。それは絶対。
もうひとつ、樹くんはわたしに会いたいって思っているはず。
そうじゃなかったら、歓迎している程度でやってこないはずだから。つまり、きっと。
樹くんは自覚している訳じゃないけど、わたしのことが好きなはず。それも、恋愛として。
恋愛じゃなくても大好きだってのは、これまでの行動で分かり切っているけどね。
「ありがとう。樹くんが会いにきてくれるなら、わたしも元気をもらえるんだ」
「なら、何度でも会いにこないとな。このかが元気になってくれるのなら、生きている価値がある」
樹くんは、やっぱり自信を失っているのかな。でも、素敵な人だって気持ちは変わらないよ。
これまでに、何度も助けてくれた。幸せにしてくれた。これから先だって、きっと同じだから。
そもそも、樹くんが同じ空間にいるだけで、わたしの気持ちは高まっていくんだから。
自分を見失わないでほしいな。そうしたら、もっと素敵なんだよ。
まあ、わたしのせいでもあるんだけどね。傷つくのを止められなかったわたしの。
「樹くんは、ただ樹くんでいるだけで価値があるんだよ。少なくとも、わたしにとってはね」
「このかだって、ただ生きているだけで、それだけで最高なんだ。忘れないでくれよ」
樹くんの想いが言葉になったようで、じんわりと胸が暖かくなる。
そんなセリフが出てくるってことは、間違いなくわたしを大好きでいてくれるから。
もちろん、頭では分かっているんだけどね。証があるとぜんぜん違うよ。
やっぱり、樹くんの感情を感じられると、とても幸せになれるよね。
「樹くんには、ずっと助けられるだけだったのにね」
「そんなことはない。このかが居ることで、俺だって元気をもらっていたんだ」
だったら、わたしにも生きている理由がある。いや、樹くんと一緒に居るだけでも十分だけどね。
とはいえ、違うんだ。樹くんのためになる。それがとても素晴らしいことなんだよ。
わたしはわたしの幸せを守れてはいるよ。でも、樹くんの幸せも作りたいから。
「ありがとう。だけどね。わたしは樹くんに恩返しがしたいんだ。だから、頑張るよ」
「絶対に無事で居てくれよ。このかが居ない未来には、何の価値もないんだから」
それは、気持ちよくなっちゃうかもしれない言葉だ。
だって、それだけわたしが樹くんの心を侵食しているってこと。樹くんの心が、わたしで一杯だっていう証拠の言葉。
つまり、もっと樹くんが大好きになれるんだ。今までより、わたしを幸せにしてくれるんだから。
「お互い様だね。わたしだって、樹くんの居ない未来に意味はないって思っているよ」
樹くんが死んだのなら、わたしだって死んでもいい。というか、死にたい。死ぬよ。
それくらいには、樹くんが私の人生なんだ。だから、絶対に死なないでほしいよ。
わたしは、樹くんと過ごすためだけに生きているんだから。直接は、口にできないけれど。
「なら、お互いに頑張って生きないとな」
うん。とても大事なことだよ。わたし達は、ふたりでひとつなんだよ。
だって、樹くんがいない私には意味がない。それって、とても歪んでいて、でも同時に幸福なんだ。
流石に、自分でもおかしいって分かっているよ。でも、これがわたしだから。
「そうだね。ふたり一緒なら、どんな未来でだって幸せなはずだから」
「ゲドーユニオンが倒されたら、ふたりでゆっくりしたいよな」
樹くんと穏やかな日常を過ごすこと。そのためだけに戦っているんだから。
絶対に、達成したい約束だよね。まあ、約束と言うには、願望に近すぎるけれど。
でも、叶ったならば最高の幸福を手に入れられるよ。それは間違いないんだ。
「わたしは、樹くんに言いたいことがあるんだ。まだ、伝えられないけれど」
大好きだって言いたい。恋してるって言いたい。愛してるって言いたい。
わたしの気持ちは、たった一言では伝えられないよ。だから、想いの一端ではあるけれど。
それでも、樹くんには、きっと十分に伝わるはずだよ。それだけの関係なんだから。
だからこそ、絶対にゲドーユニオンを葬り去ってみせるよ。この想いを届けるために。
「なら、俺だって言いたいことがある。ただひとり、このかだけに」
それって。わたしの気持ちに返してくれるってことだろうか。
あるいは、樹くんがわたしに恋してくれているってことだろうか。
どちらにせよ、今の流れなら。話は決まったようなものだよね。
わたしと樹くんは両思いだってこと。それなら、もう後は勝つだけなんだ。それだけで、私はすべてを手に入れられるんだよ。
「ふふ、楽しみだね。だから、全力で頑張るね。わたしにとっては、待ち遠しい瞬間だから」
「俺だって、楽しみにしている。これから先に続くであろう未来をな」
きっと、樹くんとは結ばれることができる。それを想像しただけで、力が湧いてくる気がしたんだ。
わたしのしたいことは、きっと全部できるから。手をつなぐことも、キスすることも、その先も全部。
この想いが届いているのなら、後は通じ合うだけなんだ。簡単なこと。
「そうだね。わたし達が、当たり前に手に入れられるはずだった未来を」
ゲドーユニオンが居なければ、なんの障害もなかった未来。
だから、いま結ばれていないもやもやを、ぜんぶ叩きつけてあげるね。
そうすれば、樹くんと幸せに過ごせるんだから。
「だから、このか。ゲドーユニオンなんかに、苦戦しないでくれよ」
「当たり前だよ。樹くんとの未来のために、絶対に負けないんだから」
私が誓いを固めていると、地面の揺れが伝わった。
そして、リーベから思念が届く。ゲドーユニオンの首領、ゲドーブラックが現れたって。
だから、最後の戦いなんだよ。樹くんと結ばれる道の、最後の障害。
全力を尽くして、何が何でも勝ってみせるからね。待っていてね。
「この胸にある、幸せと笑顔を守るため。未来を紡いで! チェンジ・ブロッサムドロップ!」
樹くんとの幸せ、樹くんの笑顔。それが、守りたいもの。だから、この呪文はわたしの想いなんだ。
だから、わたしの心が具現化していくのを感じるよ。やっぱり、わたしの力の根源は樹くんへの想いだから。
「このか、頑張れよ」
「もちろんだよ。待っていてね。すぐに帰ってくるから」
樹くんに応援されて、飛び出していって、黒い怪人と対峙する。
四天王と同じように、マントもくっつけている。もう、完全に使い回しに見えるよ。
だけど、気を抜かないようにしないと。勝たなきゃ未来はつかめないんだから。
「ブロッサムドロップよ。よくぞ四天王共を倒した。だが、俺ひとりで四天王全てを上回る。簡単に勝てると思うな」
問答をする気はなくて、まずはセイントサンクチュアリを溜めていく。
敵は様子を見ていたままで、だから簡単に放つことができた。
だけど、当たっても相手は微動だにしない。その上、こちらに反撃までしてきたんだ。
右の拳で殴られて、強く吹き飛んでいってしまう。
これまで感じたことがないくらいの痛みで、とてもビックリした。
同時に、ゲドーブラックはここで絶対に倒さなきゃいけないという想いが浮かぶ。
だって、放っておいたら樹くんまで危険になりそうだから。
そのために、全力で敵の方へと向かっていく。リボンを構えて。
だけど、全然通じない。何度攻撃をぶつけても、その度に反撃されていく。
焼かれるような痛みと苦しみに耐えながら、全力でぶつかっていくんだ。
だけど、効果はない。このままじゃ、わたしは負けて樹くんだって死んでしまう。
その映像が思い浮かんで、だから怒りで頭が支配されていって。
浮かび上がる感情のままに、黒いリボンをぶつけていったんだ。
だけど、全く効果はなくて。諦める訳にはいかないけれど、手段も思いつかなくて。
そんな時、とつぜん光に包まれて、力が湧き出てくる感覚があった。
光から感じる暖かさが、強い安心感を与えてくれて。
だから、この光に身を委ねたら、どんな事でもできるんじゃないかって思えたんだ。
実際に光に身を任せると、体の中から力があふれてきた。
そのまま、ゲドーブラックを追い詰めていく。強い幸福感と全能感に包まれて、高揚しながら。
「なぜだ! 先程まで、死に体だったというのに! おのれ、ブロッサムドロップ!」
自分でも分からないよ。でも、絶対に勝てる。その確信があったんだ。
セイントサンクチュアリも進化したって感じがして、実際に溜める必要すらなかった。
「これで、終わりです! ホーリーサンクチュアリ!」
右手から、輝くリボンが放たれる。そして、ゲドーブラックは貫かれていった。
「ここまでか……俺の野望は、潰えたのだな……世界を我が手に、収めるはずだった……が……」
ゲドーブラックが何か言っていたけれど、どうでもよくて。
とにかく、わたしは樹くんの顔を見たくなった。そして、待ってくれている家へと向かう。
すると、倒れている樹くんを見つけてしまう。そして、全てを理解したんだ。
わたしの力が急に増幅したのは、樹くんが命を捧げたから。
安心感と幸福感と全能感に包まれていたのは、樹くんの力だったから。
さっきまで感じていた幸せは全て消え去って、凍えそうな悲しみだけがやってきたよ。
同時に、リーベの姿が目に入る。リーベのせいって分かっているのに、怒りすら浮かんでこなかった。
わたしの中にあるのは空白だけで、樹くんを失った実感だけだったんだ。
「リーベ、どうして……」
恨みやつらみがあるはずなのに。どうしても言葉が出てこない。
ただ空虚なだけで、たとえリーベを殺したとしても何にもならないんだろうな。そう思えた。
「樹は、このかだけでも生きてほしかったみたいだね」
そんなの、なんの意味もないのに。樹くんがいてくれたから、私は喜怒哀楽を味わえたのに。
どうしようもない無力感だけがあって、言葉を発する気もなかった。
「このか、まだ樹を取り戻す手段があると言ったら、どうする?」
そう聞かれて、すぐに答えは決まった。わたしの命を捧げるのだとしても、それで良かったから。
「何でもする。だから、聞かせて」
「簡単なことだよ。樹とこのかで、命を共有するんだ。当然、これから先にどちらかが死ねば、相手も死ぬよ」
なら、悩むまでもないこと。すぐに、リーベに意思を伝えたんだ。
「じゃあ、やって。それで樹くんが助かるのなら、安いものだよ」
「だったら、今からキミと樹の心をつなげる。樹の命をキミに、キミの命を樹に受け入れさせるんだ」
失敗したらどうなるか。そんなことを聞く気はなかった。
樹くんを取り戻せるのなら、全てを賭けるだけだから。
そのままリーベは動き出して、樹くんの命に触れる感覚があった。言葉に出来ないけれど、とにかく命どうしが触れ合っているって分かったんだ。
だから、わたしは樹くんとつながるために、想いを込めていく。それが正解だって、何も言われなくても分かったんだ。
これまでの思い出を振り返っていきながら、その想いも伝わるように。
樹くんが、わたしをからかう男の子たちを、先生に止めさせたこと。
プールで足がつったわたしを、すぐに助け出してくれたこと。
ナンパから助けてくれて、樹くんが殴られた時のこと。
樹くんを追いかけて転んだ時に、助け起こして寄り添ってくれていたこと。
どれもどれも大切な思い出で、幸福の象徴だったんだよ。
樹くんが大好きだって想いを作っていった、素晴らしい過去。
どうしても忘れられない、強い強い幸せだから。
それらの思い出を注ぎ込んでいくと、樹くんの反応があったんだ。だから、全力で声をかけていく。
わたしのところに戻ってきてほしいって。わたしと繋がり合ってほしいって。
「樹くん、起きて! 死んじゃ嫌だよ!」
樹くんが死ぬのなら、わたしも死ぬよ。もう、決めたよ。
死んだって感じただけで、何もかもが無意味に思えたんだから。
なら、生きていたって仕方がないよ。当たり前の考えだよね。
「頑張って! わたしもずっと傍に居るから! 諦めないで!」
全力で想いを込めた言葉を伝えると、樹くんの目が開いていった。
つまり、成功したってこと。喜びにあふれそうで、冷静さを失いそうだった。
これまで感じていなかった、樹くんの生を感じて。
すべての感情がよみがえってくるかのように思えたんだ。
なんというか、輝いて世界が見えるような。つまり、さっきまでは真っ暗だったんだろうな。
まあ、当たり前だよね。わたしのすべてを失うところだったんだから。
感情がなくなるなんて、小さいというか、最低限のこと。
わたしの生きる理由も、楽しみも、何もかもが樹くんでできているんだから。
完全に樹くんが目覚めた瞬間、わたしは頭の中で何かが弾けたような気がした。
なんだろう。嬉しさの仲間なんだろうけど、今まで感じたことがないくらいのものだった。
まあ、最高の気分なのは当然。だって、さっきまで絶望のふちに居たんだから。それが消えたら、嬉しいに決まっているよね。
「樹くん! 良かった。命を捧げたって聞いて、ビックリしたんだよ」
ビックリしたなんてものじゃなかったよ。死ぬことすら思い浮かばないくらい、頭が真っ白になったんだから。
もう二度と、味わいたくない感情だよ。まあ、物理的にありえないんだけどね。
だって、樹くんが死んだら、わたしも一緒に死ぬんだから。命を分け合うって、そういうこと。
幸せなことだよね。樹くんがいない世界を生きなくていいなんて。
「そのはずだったのにな。なぜ生きているのやら」
のんきな風に言っていて、ちょっとどころじゃなく怒っちゃった。
わたしが、どんなに苦しかったのか。全く理解されていないんだなって。
「なぜ生きているのやら、じゃないよ! 樹くんが死んだのなら、生きる意味なんて無いって言ったのに!」
思わず声を荒らげてしまったけれど、反省なんてする気はない。
だって、そうでもしないと分かってもらえそうになかったから。
わたしが感じた苦しみも、悲しさも、無力感も、虚無感も。
ぜんぶ伝わらないにしろ、それでも少しは理解してほしかったんだ。
樹くんをどれほど大事に思っているのか。その想いを。
「悪い。でも、お前が死ぬ未来に、耐えられそうになかったんだ」
樹くんだって、わたしを大切に思ってくれている。それは嬉しいけれど。
だからといって代わりに死なれることが、どれほどつらかったか。
達成感も喜びも全て消え去ったあの感覚は、きっと届かないんだろうな。
でも、仕方のないことかもしれないね。好きだって想いを、ハッキリ伝えてこなかったから。
「分かるよ。分かるけど! でも、もっと他にあったかもしれないよね!」
「すまない。俺には、何も思い浮かばなかった」
そう言われて、私も代案がないことは分かった。
だけど、それでも納得できることではないよ。樹くんが死んで、納得することなんて絶対に無理だけど。
理由がなんであったって、同じだよね。事故でも、事件でも、病気でも。
「それは……わたしもそうだけど……」
「ところで、どうして俺は生きているんだ? 何か知っているのか?」
せっかくだから、教えてあげるね。わたしがどれくらい、樹くんのために捧げたのか。
つまり、どれくらい樹くんを大切に思っていたのかってことを。
命を分け合えるくらいの関係が、ただの幼馴染なわけないよね?
「簡単だよ。わたしと樹くんで命を共有したから。これで、一心同体だね」
「つまり、俺が死ねば……」
そうだよ。だから、自分の命を大切にしてよね。
もしかしたら、樹くんが傷ついたらわたしも傷つくかもしれないんだからね。
命を捧げるくらい、わたしを大事に思っているんだもん。
だったら、わたしに危険が及ぶことはできないよね? 信じてるよ、樹くん。
「そういうことだよ。だから、樹くんは、もう無茶しないよね?」
無茶したら、絶対に許さないんだからね。
べつに、わたしの命がどうこうじゃない。樹くんが死ぬなんてこと、ダメだから。
樹くんが傷ついたら、私も悲しいんだよ。大好きなんて言葉じゃ足りないくらい、好きなんだから。
「当たり前だ。このかを死なせる訳にはいかないからな」
そのために、命まで捧げるくらいだもんね。でも、わたしも同じ気持ちなんだよ。
樹くんを死なせないためなら、死んだって良い。お互い様ではあるけれど。でも、もうふたりは繋がっているんだから。
「なら、初めから言っておけば良かったかもね。樹くんが死ねばわたしも死ぬって。樹くんのいない人生なんて、生きる価値はないって」
わたしの、心からの本音だよ。もともと分かっていたけれど。樹くんが倒れていた時、より強く感じたんだ。
だから、今の状況はとても嬉しいんだ。樹くんが死んだ後、生きなくて良い事実は。
「ごめんな、このか。俺がいなくても、幸せになってくれたら良いと思っていたんだよ」
樹くんは、わたしと命を共有したことに、罪悪感を持っているみたい。見れば分かる。
でも、何も心配しなくて良いんだよ。樹くんとわたしの命が繋がっていること、とても幸せなんだ。
樹くんがわたしの一部で、わたしが樹くんの一部。どんな恋人や夫婦より、深く混ざり合っているんだから。
「樹くんがいなくちゃ、わたしは幸せになれない。ねえ、今だから言えるけど。大好きだよ」
ゲドーユニオンが倒れた今だからこそ、だね。
わたしは、樹くんと結ばれて満足する訳にはいかなかった。その幸せが、闘志を奪ってしまう気がしたから。
だけど、今はどれだけ弱くなったって良い。ただの人になんて、わたしは負けないから。
「俺だって、大好きだ。恋しているし、愛している。お前の幸せだけが、俺の幸せなんだ」
樹くんの言葉を聞いて、何か上り詰めたような感覚があった。
わたしの望みが叶ったんだから、当たり前ではあるけれど。
でも、これまで感じたことがないくらいの幸福かもね。ちょっと、おかしくなっちゃいそうなくらい。
「嬉しい……! わたしも、同じ気持ちだよ。樹くんが居てくれる時間だけが、わたしの幸せなんだ」
「なら、俺達はずっと幸福で居られるだろうな。お互いに、ずっと一緒にいられるんだから」
つまり、樹くんもわたしと一緒なら幸せって言ってくれているんだ。
両思いだから、当然のことではあるけれど。でも、嬉しいよ。心の奥がポカポカするくらい。
「そうだね。どんな未来でも、絶対に幸せだよ。樹くんは、わたしから離れないからね」
そう言って、樹くんに抱きついた。相手の方からも抱き返してくれて、頭がボーッとしちゃった。
樹くんのたくましさ、力強さ、そして優しさ。いろいろと伝わってくる抱きしめ方で、幸せでいっぱいだよ。
やっぱり、樹くんの何を感じても、わたしは良い気分になれるんだ。それがよく分かったよ。
「これから、大変なこともあるだろうな。命の共有なんて、何が起こるか分からないのだし」
「そうかもね。でも、きっと大丈夫だよ。わたしと樹くんなら、どんな試練だって乗り越えられるはずだよ」
絶対に、間違いのないことだよ。ふたりなら、何だってできるんだ。樹くんが、そばに居てくれるなら。
命で繋がっているふたりなんだから。いや、そうじゃなくても最高のふたりなんだから。
「このか、これから先も、よろしくな」
「もちろんだよ。これから先も、ずっと、永遠に、よろしくね」
「ああ、そうだな。どんな未来でだって、ずっと一緒だ」
最高の言葉だよ。これから先ずっと、樹くんと一緒。それだけで、絶対に幸せだから。
樹くんが、わたしに恋してくれた。愛してくれた。その喜びは、永遠に消えないから。
「ふふっ。嬉しいな。樹くんとずっと一緒なのは。昔から、樹くんとは結ばれたかったから。いずれ結婚して、子供も作って、孫にも囲まれようね」
きっと、わたし達の子供は可愛いんだろうな。樹くんに似ていたら、絶対に優しいよ。
わたしに似ていたら、どうなんだろう。でも、樹くんが可愛がるに決まっているよね。なにせ、樹くんはわたしが好きなんだから。
「ああ、そんな未来が訪れたら良いな」
わたしも、待ち望んでいる未来だよ。樹くんと同じ未来を夢見る幸せも良いけれど、おなじ幸福を共有するのもきっと最高だから。
どっちにせよ、わたし達ふたりなら、無限に幸せになれるよね。それは決まりきったことだよ。
「違うよ。わたし達の手で、望む未来を作るんだよ。樹くんとなら、どんなことだってできるから」
「ふたりで、いい人生を過ごそうな。俺達なら、できるはずだ」
うん。樹くんがいてくれる限り、わたしは無敵だから。つながっている命を感じる限り、世界で一番だから。
いい人生になるなんてこと、確定した未来なんだよ。樹くんがいるのなら。
「そうだね。絶対に、離れない。そんなふたりになろうね」
絶対に、壊れない。何があっても、達成される。そんな約束をしたんだ。
ねえ、樹くん。これまでの戦いで、苦しいことも悲しいこともあったよ。
だけど、それらの不幸を塗りつぶすくらい、大きな幸せを作ろうね。
わたし達ふたりなら、お互いに幸福を分け与えられるから。悲しみもふたつにできるから。
出会ってくれてありがとう。一緒に居てくれてありがとう。わたし、いま、幸せだよ。