目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報
第10話 つながる未来

 樹くんとの未来をつかむために、ゲドーブラックを倒したい。

 だけど、今のままでは幸せな未来がつかめないかもしれない。

 これまでの、幸福だった日々が遠く感じてしまうんだ。

 樹くんと一緒に、楽しい時間を過ごしていた瞬間が。


 全部全部、ゲドーユニオンのせい。だから、絶対に倒してみせるよ。どんな手段を使ったとしても。

 恨みと怒りを込めた力で、わたしの全てを注ぎ込んで。

 樹くんとの幸せな時間がやってくるのなら、手を汚すことにためらいなんてないよ。


 だって、わたしの全ては樹くんなんだから。他の何より優先するのは当たり前だよね。

 大好きな人のための犠牲なんて、小さなものだよね。

 ただ、大勢を巻き込んじゃうと、樹くんに嫌われるかもしれない。それだけが怖いんだ。

 わたしは、樹くんに遠ざけられることだけは耐えられない。他のどんな試練だって、怖くはないけれど。


 だって、わたしにとっては、樹くんは初恋の人で最後の恋の人。

 絶対に、樹くんより好きになる人なんて現れない。そもそも、樹くん以外を好きになったりしない。

 だから、樹くんだけが居てくれれば良いんだ。それだけで、ずっと幸せだから。


 そのために、何があってもゲドーユニオンを滅ぼさなくちゃいけない。

 だって、樹くんと過ごす時間にとって邪魔だから。

 ゲドーユニオンのせいで、樹くんは戦うことになった。傷つくことになった。

 だから、居なくなってくれた方が良いんだよ。わたし達が、穏やかに生活するために。


 ゲドーユニオンさえ居なければ、樹くんと、これまでのような日々が過ごせた。

 その恨みと怒りを全力で力に変えて、ゲドーブラックを打ち破ってみせるよ。

 樹くんを想う気持ちは無限大なんだから。どんな敵だって、倒せるはずだよ。


 わたしは、樹くんとの未来を汚したゲドーユニオンを許さない。

 その思いだけで、心がふつふつと煮えたぎってくるようだもん。

 だからきっと、とても強い力になってくれると思う。感情が、力になるっていうんだから。


 わたしが樹くんへ向ける気持ちが力になって、誰かに負けるなんてありえない。

 他の誰より樹くんが好きだし、どんな恋よりも、どんな愛よりも深い想いなんだから。

 私の人生をすべて樹くんに捧げていいって思っているし、樹くんのすべてが欲しいって思う。


 絶対に、わたしの想いがこの世で一番なんだから。

 そんな感情が力になって、誰にも負ける訳なんてないよね。


 いろいろと、最後の戦いに向けて気持ちを高めていると、樹くんがやってきた。

 腕が折れてからは、初めてで。そもそも、魔法少女だって明かしてから全然なかった機会だから。とても嬉しかった。

 つい、笑顔になっちゃうくらいには。胸が暖かくなるくらいには。

 何度でも感じることだけど、やっぱりわたしは樹くんが大好きなんだ。


「樹くん、いらっしゃい。わたしに会いにきてくれたの? 嬉しいな」


 樹くんなら、どんな時でも会いにきてほしい。それがわたしの気持ちかな。

 だって、わたしはとても幸せになれるから。樹くんがそばに居る。それだけのことで。

 これまでずっと、何度でも助けてくれた。その時間が紡いだ想いは、とてもとても強いものだから。


「そうだな。お前の顔を見たら、何か気持ちが落ち着く気がするんだ」


 そんなことを言われて、つい胸が高鳴っちゃったんだ。

 わたしは樹くんに好きって思われている。そう感じられたから。

 直接言葉にされたことは無いけれど、ほのかな好意が伝わる気がしたから。

 樹くんは、もしかしたら恋愛感情を持ってくれていないのかもしれない。

 そう疑った時もあったからこそ、余計に素敵な気持ちだと思えたんだ。


「ねえ、それって……ううん、なんでもない。いつでも、会いにきてくれていいからね」


 わたしがほのめかしてみても、樹くんはよく分かっていなさそうだった。

 つまり、ハッキリと恋愛感情を意識している訳ではないんだろうな。

 同時に、わたしに何か伝えたくての言葉じゃないともわかる。

 つまり、きっと本音として、わたしとの時間を大事に感じてくれているんだ。そう感じられたんだ。


「このかが歓迎してくれる限り、こまめに会いに来るよ」


 わたしに会いにきてくれるのなら、いつでも歓迎できるよ。それは絶対。

 もうひとつ、樹くんはわたしに会いたいって思っているはず。

 そうじゃなかったら、歓迎している程度でやってこないはずだから。つまり、きっと。

 樹くんは自覚している訳じゃないけど、わたしのことが好きなはず。それも、恋愛として。

 恋愛じゃなくても大好きだってのは、これまでの行動で分かり切っているけどね。


「ありがとう。樹くんが会いにきてくれるなら、わたしも元気をもらえるんだ」


「なら、何度でも会いにこないとな。このかが元気になってくれるのなら、生きている価値がある」


 樹くんは、やっぱり自信を失っているのかな。でも、素敵な人だって気持ちは変わらないよ。

 これまでに、何度も助けてくれた。幸せにしてくれた。これから先だって、きっと同じだから。

 そもそも、樹くんが同じ空間にいるだけで、わたしの気持ちは高まっていくんだから。

 自分を見失わないでほしいな。そうしたら、もっと素敵なんだよ。

 まあ、わたしのせいでもあるんだけどね。傷つくのを止められなかったわたしの。


「樹くんは、ただ樹くんでいるだけで価値があるんだよ。少なくとも、わたしにとってはね」


「このかだって、ただ生きているだけで、それだけで最高なんだ。忘れないでくれよ」


 樹くんの想いが言葉になったようで、じんわりと胸が暖かくなる。

 そんなセリフが出てくるってことは、間違いなくわたしを大好きでいてくれるから。

 もちろん、頭では分かっているんだけどね。証があるとぜんぜん違うよ。

 やっぱり、樹くんの感情を感じられると、とても幸せになれるよね。


「樹くんには、ずっと助けられるだけだったのにね」


「そんなことはない。このかが居ることで、俺だって元気をもらっていたんだ」


 だったら、わたしにも生きている理由がある。いや、樹くんと一緒に居るだけでも十分だけどね。

 とはいえ、違うんだ。樹くんのためになる。それがとても素晴らしいことなんだよ。

 わたしはわたしの幸せを守れてはいるよ。でも、樹くんの幸せも作りたいから。


「ありがとう。だけどね。わたしは樹くんに恩返しがしたいんだ。だから、頑張るよ」


「絶対に無事で居てくれよ。このかが居ない未来には、何の価値もないんだから」


 それは、気持ちよくなっちゃうかもしれない言葉だ。

 だって、それだけわたしが樹くんの心を侵食しているってこと。樹くんの心が、わたしで一杯だっていう証拠の言葉。

 つまり、もっと樹くんが大好きになれるんだ。今までより、わたしを幸せにしてくれるんだから。


「お互い様だね。わたしだって、樹くんの居ない未来に意味はないって思っているよ」


 樹くんが死んだのなら、わたしだって死んでもいい。というか、死にたい。死ぬよ。

 それくらいには、樹くんが私の人生なんだ。だから、絶対に死なないでほしいよ。

 わたしは、樹くんと過ごすためだけに生きているんだから。直接は、口にできないけれど。


「なら、お互いに頑張って生きないとな」


 うん。とても大事なことだよ。わたし達は、ふたりでひとつなんだよ。

 だって、樹くんがいない私には意味がない。それって、とても歪んでいて、でも同時に幸福なんだ。

 流石に、自分でもおかしいって分かっているよ。でも、これがわたしだから。


「そうだね。ふたり一緒なら、どんな未来でだって幸せなはずだから」


「ゲドーユニオンが倒されたら、ふたりでゆっくりしたいよな」


 樹くんと穏やかな日常を過ごすこと。そのためだけに戦っているんだから。

 絶対に、達成したい約束だよね。まあ、約束と言うには、願望に近すぎるけれど。

 でも、叶ったならば最高の幸福を手に入れられるよ。それは間違いないんだ。


「わたしは、樹くんに言いたいことがあるんだ。まだ、伝えられないけれど」


 大好きだって言いたい。恋してるって言いたい。愛してるって言いたい。

 わたしの気持ちは、たった一言では伝えられないよ。だから、想いの一端ではあるけれど。

 それでも、樹くんには、きっと十分に伝わるはずだよ。それだけの関係なんだから。

 だからこそ、絶対にゲドーユニオンを葬り去ってみせるよ。この想いを届けるために。


「なら、俺だって言いたいことがある。ただひとり、このかだけに」


 それって。わたしの気持ちに返してくれるってことだろうか。

 あるいは、樹くんがわたしに恋してくれているってことだろうか。

 どちらにせよ、今の流れなら。話は決まったようなものだよね。

 わたしと樹くんは両思いだってこと。それなら、もう後は勝つだけなんだ。それだけで、私はすべてを手に入れられるんだよ。


「ふふ、楽しみだね。だから、全力で頑張るね。わたしにとっては、待ち遠しい瞬間だから」


「俺だって、楽しみにしている。これから先に続くであろう未来をな」


 きっと、樹くんとは結ばれることができる。それを想像しただけで、力が湧いてくる気がしたんだ。

 わたしのしたいことは、きっと全部できるから。手をつなぐことも、キスすることも、その先も全部。

 この想いが届いているのなら、後は通じ合うだけなんだ。簡単なこと。


「そうだね。わたし達が、当たり前に手に入れられるはずだった未来を」


 ゲドーユニオンが居なければ、なんの障害もなかった未来。

 だから、いま結ばれていないもやもやを、ぜんぶ叩きつけてあげるね。

 そうすれば、樹くんと幸せに過ごせるんだから。


「だから、このか。ゲドーユニオンなんかに、苦戦しないでくれよ」


「当たり前だよ。樹くんとの未来のために、絶対に負けないんだから」


 私が誓いを固めていると、地面の揺れが伝わった。

 そして、リーベから思念が届く。ゲドーユニオンの首領、ゲドーブラックが現れたって。

 だから、最後の戦いなんだよ。樹くんと結ばれる道の、最後の障害。

 全力を尽くして、何が何でも勝ってみせるからね。待っていてね。


「この胸にある、幸せと笑顔を守るため。未来を紡いで! チェンジ・ブロッサムドロップ!」


 樹くんとの幸せ、樹くんの笑顔。それが、守りたいもの。だから、この呪文はわたしの想いなんだ。

 だから、わたしの心が具現化していくのを感じるよ。やっぱり、わたしの力の根源は樹くんへの想いだから。


「このか、頑張れよ」


「もちろんだよ。待っていてね。すぐに帰ってくるから」


 樹くんに応援されて、飛び出していって、黒い怪人と対峙する。

 四天王と同じように、マントもくっつけている。もう、完全に使い回しに見えるよ。

 だけど、気を抜かないようにしないと。勝たなきゃ未来はつかめないんだから。


「ブロッサムドロップよ。よくぞ四天王共を倒した。だが、俺ひとりで四天王全てを上回る。簡単に勝てると思うな」


 問答をする気はなくて、まずはセイントサンクチュアリを溜めていく。

 敵は様子を見ていたままで、だから簡単に放つことができた。

 だけど、当たっても相手は微動だにしない。その上、こちらに反撃までしてきたんだ。


 右の拳で殴られて、強く吹き飛んでいってしまう。

 これまで感じたことがないくらいの痛みで、とてもビックリした。

 同時に、ゲドーブラックはここで絶対に倒さなきゃいけないという想いが浮かぶ。

 だって、放っておいたら樹くんまで危険になりそうだから。


 そのために、全力で敵の方へと向かっていく。リボンを構えて。

 だけど、全然通じない。何度攻撃をぶつけても、その度に反撃されていく。

 焼かれるような痛みと苦しみに耐えながら、全力でぶつかっていくんだ。


 だけど、効果はない。このままじゃ、わたしは負けて樹くんだって死んでしまう。

 その映像が思い浮かんで、だから怒りで頭が支配されていって。

 浮かび上がる感情のままに、黒いリボンをぶつけていったんだ。

 だけど、全く効果はなくて。諦める訳にはいかないけれど、手段も思いつかなくて。


 そんな時、とつぜん光に包まれて、力が湧き出てくる感覚があった。

 光から感じる暖かさが、強い安心感を与えてくれて。

 だから、この光に身を委ねたら、どんな事でもできるんじゃないかって思えたんだ。


 実際に光に身を任せると、体の中から力があふれてきた。

 そのまま、ゲドーブラックを追い詰めていく。強い幸福感と全能感に包まれて、高揚しながら。


「なぜだ! 先程まで、死に体だったというのに! おのれ、ブロッサムドロップ!」


 自分でも分からないよ。でも、絶対に勝てる。その確信があったんだ。

 セイントサンクチュアリも進化したって感じがして、実際に溜める必要すらなかった。


「これで、終わりです! ホーリーサンクチュアリ!」


 右手から、輝くリボンが放たれる。そして、ゲドーブラックは貫かれていった。


「ここまでか……俺の野望は、潰えたのだな……世界を我が手に、収めるはずだった……が……」


 ゲドーブラックが何か言っていたけれど、どうでもよくて。

 とにかく、わたしは樹くんの顔を見たくなった。そして、待ってくれている家へと向かう。

 すると、倒れている樹くんを見つけてしまう。そして、全てを理解したんだ。


 わたしの力が急に増幅したのは、樹くんが命を捧げたから。

 安心感と幸福感と全能感に包まれていたのは、樹くんの力だったから。

 さっきまで感じていた幸せは全て消え去って、凍えそうな悲しみだけがやってきたよ。


 同時に、リーベの姿が目に入る。リーベのせいって分かっているのに、怒りすら浮かんでこなかった。

 わたしの中にあるのは空白だけで、樹くんを失った実感だけだったんだ。


「リーベ、どうして……」


 恨みやつらみがあるはずなのに。どうしても言葉が出てこない。

 ただ空虚なだけで、たとえリーベを殺したとしても何にもならないんだろうな。そう思えた。


「樹は、このかだけでも生きてほしかったみたいだね」


 そんなの、なんの意味もないのに。樹くんがいてくれたから、私は喜怒哀楽を味わえたのに。

 どうしようもない無力感だけがあって、言葉を発する気もなかった。


「このか、まだ樹を取り戻す手段があると言ったら、どうする?」


 そう聞かれて、すぐに答えは決まった。わたしの命を捧げるのだとしても、それで良かったから。


「何でもする。だから、聞かせて」


「簡単なことだよ。樹とこのかで、命を共有するんだ。当然、これから先にどちらかが死ねば、相手も死ぬよ」


 なら、悩むまでもないこと。すぐに、リーベに意思を伝えたんだ。


「じゃあ、やって。それで樹くんが助かるのなら、安いものだよ」


「だったら、今からキミと樹の心をつなげる。樹の命をキミに、キミの命を樹に受け入れさせるんだ」


 失敗したらどうなるか。そんなことを聞く気はなかった。

 樹くんを取り戻せるのなら、全てを賭けるだけだから。

 そのままリーベは動き出して、樹くんの命に触れる感覚があった。言葉に出来ないけれど、とにかく命どうしが触れ合っているって分かったんだ。


 だから、わたしは樹くんとつながるために、想いを込めていく。それが正解だって、何も言われなくても分かったんだ。

 これまでの思い出を振り返っていきながら、その想いも伝わるように。


 樹くんが、わたしをからかう男の子たちを、先生に止めさせたこと。

 プールで足がつったわたしを、すぐに助け出してくれたこと。

 ナンパから助けてくれて、樹くんが殴られた時のこと。

 樹くんを追いかけて転んだ時に、助け起こして寄り添ってくれていたこと。


 どれもどれも大切な思い出で、幸福の象徴だったんだよ。

 樹くんが大好きだって想いを作っていった、素晴らしい過去。

 どうしても忘れられない、強い強い幸せだから。


 それらの思い出を注ぎ込んでいくと、樹くんの反応があったんだ。だから、全力で声をかけていく。

 わたしのところに戻ってきてほしいって。わたしと繋がり合ってほしいって。


「樹くん、起きて! 死んじゃ嫌だよ!」


 樹くんが死ぬのなら、わたしも死ぬよ。もう、決めたよ。

 死んだって感じただけで、何もかもが無意味に思えたんだから。

 なら、生きていたって仕方がないよ。当たり前の考えだよね。


「頑張って! わたしもずっと傍に居るから! 諦めないで!」


 全力で想いを込めた言葉を伝えると、樹くんの目が開いていった。

 つまり、成功したってこと。喜びにあふれそうで、冷静さを失いそうだった。

 これまで感じていなかった、樹くんの生を感じて。

 すべての感情がよみがえってくるかのように思えたんだ。

 なんというか、輝いて世界が見えるような。つまり、さっきまでは真っ暗だったんだろうな。


 まあ、当たり前だよね。わたしのすべてを失うところだったんだから。

 感情がなくなるなんて、小さいというか、最低限のこと。

 わたしの生きる理由も、楽しみも、何もかもが樹くんでできているんだから。


 完全に樹くんが目覚めた瞬間、わたしは頭の中で何かが弾けたような気がした。

 なんだろう。嬉しさの仲間なんだろうけど、今まで感じたことがないくらいのものだった。

 まあ、最高の気分なのは当然。だって、さっきまで絶望のふちに居たんだから。それが消えたら、嬉しいに決まっているよね。


「樹くん! 良かった。命を捧げたって聞いて、ビックリしたんだよ」


 ビックリしたなんてものじゃなかったよ。死ぬことすら思い浮かばないくらい、頭が真っ白になったんだから。

 もう二度と、味わいたくない感情だよ。まあ、物理的にありえないんだけどね。

 だって、樹くんが死んだら、わたしも一緒に死ぬんだから。命を分け合うって、そういうこと。

 幸せなことだよね。樹くんがいない世界を生きなくていいなんて。


「そのはずだったのにな。なぜ生きているのやら」


 のんきな風に言っていて、ちょっとどころじゃなく怒っちゃった。

 わたしが、どんなに苦しかったのか。全く理解されていないんだなって。


「なぜ生きているのやら、じゃないよ! 樹くんが死んだのなら、生きる意味なんて無いって言ったのに!」


 思わず声を荒らげてしまったけれど、反省なんてする気はない。

 だって、そうでもしないと分かってもらえそうになかったから。

 わたしが感じた苦しみも、悲しさも、無力感も、虚無感も。

 ぜんぶ伝わらないにしろ、それでも少しは理解してほしかったんだ。

 樹くんをどれほど大事に思っているのか。その想いを。


「悪い。でも、お前が死ぬ未来に、耐えられそうになかったんだ」


 樹くんだって、わたしを大切に思ってくれている。それは嬉しいけれど。

 だからといって代わりに死なれることが、どれほどつらかったか。

 達成感も喜びも全て消え去ったあの感覚は、きっと届かないんだろうな。

 でも、仕方のないことかもしれないね。好きだって想いを、ハッキリ伝えてこなかったから。


「分かるよ。分かるけど! でも、もっと他にあったかもしれないよね!」


「すまない。俺には、何も思い浮かばなかった」


 そう言われて、私も代案がないことは分かった。

 だけど、それでも納得できることではないよ。樹くんが死んで、納得することなんて絶対に無理だけど。

 理由がなんであったって、同じだよね。事故でも、事件でも、病気でも。


「それは……わたしもそうだけど……」


「ところで、どうして俺は生きているんだ? 何か知っているのか?」


 せっかくだから、教えてあげるね。わたしがどれくらい、樹くんのために捧げたのか。

 つまり、どれくらい樹くんを大切に思っていたのかってことを。

 命を分け合えるくらいの関係が、ただの幼馴染なわけないよね?


「簡単だよ。わたしと樹くんで命を共有したから。これで、一心同体だね」


「つまり、俺が死ねば……」


 そうだよ。だから、自分の命を大切にしてよね。

 もしかしたら、樹くんが傷ついたらわたしも傷つくかもしれないんだからね。

 命を捧げるくらい、わたしを大事に思っているんだもん。

 だったら、わたしに危険が及ぶことはできないよね? 信じてるよ、樹くん。


「そういうことだよ。だから、樹くんは、もう無茶しないよね?」


 無茶したら、絶対に許さないんだからね。

 べつに、わたしの命がどうこうじゃない。樹くんが死ぬなんてこと、ダメだから。

 樹くんが傷ついたら、私も悲しいんだよ。大好きなんて言葉じゃ足りないくらい、好きなんだから。


「当たり前だ。このかを死なせる訳にはいかないからな」


 そのために、命まで捧げるくらいだもんね。でも、わたしも同じ気持ちなんだよ。

 樹くんを死なせないためなら、死んだって良い。お互い様ではあるけれど。でも、もうふたりは繋がっているんだから。


「なら、初めから言っておけば良かったかもね。樹くんが死ねばわたしも死ぬって。樹くんのいない人生なんて、生きる価値はないって」


 わたしの、心からの本音だよ。もともと分かっていたけれど。樹くんが倒れていた時、より強く感じたんだ。

 だから、今の状況はとても嬉しいんだ。樹くんが死んだ後、生きなくて良い事実は。


「ごめんな、このか。俺がいなくても、幸せになってくれたら良いと思っていたんだよ」


 樹くんは、わたしと命を共有したことに、罪悪感を持っているみたい。見れば分かる。

 でも、何も心配しなくて良いんだよ。樹くんとわたしの命が繋がっていること、とても幸せなんだ。

 樹くんがわたしの一部で、わたしが樹くんの一部。どんな恋人や夫婦より、深く混ざり合っているんだから。


「樹くんがいなくちゃ、わたしは幸せになれない。ねえ、今だから言えるけど。大好きだよ」


 ゲドーユニオンが倒れた今だからこそ、だね。

 わたしは、樹くんと結ばれて満足する訳にはいかなかった。その幸せが、闘志を奪ってしまう気がしたから。

 だけど、今はどれだけ弱くなったって良い。ただの人になんて、わたしは負けないから。


「俺だって、大好きだ。恋しているし、愛している。お前の幸せだけが、俺の幸せなんだ」


 樹くんの言葉を聞いて、何か上り詰めたような感覚があった。

 わたしの望みが叶ったんだから、当たり前ではあるけれど。

 でも、これまで感じたことがないくらいの幸福かもね。ちょっと、おかしくなっちゃいそうなくらい。


「嬉しい……! わたしも、同じ気持ちだよ。樹くんが居てくれる時間だけが、わたしの幸せなんだ」


「なら、俺達はずっと幸福で居られるだろうな。お互いに、ずっと一緒にいられるんだから」


 つまり、樹くんもわたしと一緒なら幸せって言ってくれているんだ。

 両思いだから、当然のことではあるけれど。でも、嬉しいよ。心の奥がポカポカするくらい。


「そうだね。どんな未来でも、絶対に幸せだよ。樹くんは、わたしから離れないからね」


 そう言って、樹くんに抱きついた。相手の方からも抱き返してくれて、頭がボーッとしちゃった。

 樹くんのたくましさ、力強さ、そして優しさ。いろいろと伝わってくる抱きしめ方で、幸せでいっぱいだよ。

 やっぱり、樹くんの何を感じても、わたしは良い気分になれるんだ。それがよく分かったよ。


「これから、大変なこともあるだろうな。命の共有なんて、何が起こるか分からないのだし」


「そうかもね。でも、きっと大丈夫だよ。わたしと樹くんなら、どんな試練だって乗り越えられるはずだよ」


 絶対に、間違いのないことだよ。ふたりなら、何だってできるんだ。樹くんが、そばに居てくれるなら。

 命で繋がっているふたりなんだから。いや、そうじゃなくても最高のふたりなんだから。


「このか、これから先も、よろしくな」


「もちろんだよ。これから先も、ずっと、永遠に、よろしくね」


「ああ、そうだな。どんな未来でだって、ずっと一緒だ」


 最高の言葉だよ。これから先ずっと、樹くんと一緒。それだけで、絶対に幸せだから。

 樹くんが、わたしに恋してくれた。愛してくれた。その喜びは、永遠に消えないから。


「ふふっ。嬉しいな。樹くんとずっと一緒なのは。昔から、樹くんとは結ばれたかったから。いずれ結婚して、子供も作って、孫にも囲まれようね」


 きっと、わたし達の子供は可愛いんだろうな。樹くんに似ていたら、絶対に優しいよ。

 わたしに似ていたら、どうなんだろう。でも、樹くんが可愛がるに決まっているよね。なにせ、樹くんはわたしが好きなんだから。


「ああ、そんな未来が訪れたら良いな」


 わたしも、待ち望んでいる未来だよ。樹くんと同じ未来を夢見る幸せも良いけれど、おなじ幸福を共有するのもきっと最高だから。

 どっちにせよ、わたし達ふたりなら、無限に幸せになれるよね。それは決まりきったことだよ。


「違うよ。わたし達の手で、望む未来を作るんだよ。樹くんとなら、どんなことだってできるから」


「ふたりで、いい人生を過ごそうな。俺達なら、できるはずだ」


 うん。樹くんがいてくれる限り、わたしは無敵だから。つながっている命を感じる限り、世界で一番だから。

 いい人生になるなんてこと、確定した未来なんだよ。樹くんがいるのなら。


「そうだね。絶対に、離れない。そんなふたりになろうね」


 絶対に、壊れない。何があっても、達成される。そんな約束をしたんだ。

 ねえ、樹くん。これまでの戦いで、苦しいことも悲しいこともあったよ。

 だけど、それらの不幸を塗りつぶすくらい、大きな幸せを作ろうね。

 わたし達ふたりなら、お互いに幸福を分け与えられるから。悲しみもふたつにできるから。


 出会ってくれてありがとう。一緒に居てくれてありがとう。わたし、いま、幸せだよ。

コメント(0)
この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?