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第9話 戦いの果て

 このかの最後の戦いが近づく足音が聞こえるような気がする。

 だが、俺にできることはなにも無いだろう。本当に、腹立たしい。胃の奥に、ドロドロとしたものがたまるような感覚がある。

 このかは強くなった。知ってはいるが、何もできないのは苦しい。変わりのない事実だ。


 そもそも、このかの力の根源は負の感情。つまり、それだけ傷ついているという証なんだ。

 もしかしたら、いずれ憎悪に飲み込まれてしまうかもしれない。そんな不安すらある。

 諦めると約束したが、手段があるのなら、俺は手を伸ばすだろうな。


 まあ、現実には何も手がない。それは変わらないだろう。

 だから、なんとかして、このかには楽に勝ってほしい。

 そうであるのならば、俺は安心して見守ることができるのだから。

 ゲドーブラックも、グリーンのように簡単に倒されてくれればな。そう思う。


 相手はゲドーユニオンの首領だろうと思える。相応に強いのだろうという気はするが。

 だからこそ、役に立つ手段など無いのだろうな。ゲドーイエローは、四天王でしかなかった。それでも、何も通じなかったのだから。

 つまり、このかが勝てない場合、ただ見ていることしかできない。

 どうすれば良いのだろうな。いや、何もできないが正解なのだが。我慢するしか無いのだが。


 悔しくて仕方がない。力を手に入れる手段があるのなら、手を汚してしまいそうなほどに。

 だが、手段を選ばなければ、俺はこのかの隣にいられない。人々を真剣に案じる人なのだから。

 つまり、八方塞がりということだ。どうしようもないな。


 最後の手段として、命を捧げるという方法はある。

 だけど、このかはきっと泣くだろう。それを思えば、簡単に取れる選択ではない。

 俺の望みは、このかが笑っている未来なのだから。


 いくらなんでも、このかが俺を大切に思ってくれていることくらいわかる。

 だから、自己犠牲は避けるべき選択のはずだ。もっと早く、理解できていれば良かったのだがな。

 このかのためと言いながら、結局は自己満足で行動していたころの俺が。

 そうすれば、俺のせいでこのかが傷つくなんていう、最低の状況を味わわなくて済んだのに。


 なんだかんだと言いながら、俺は何も満足できていないし、納得もできていないのだろう。

 このかに任せるしかないと、理屈では分かっているはずなのだが。

 だって、俺にできることは、足を引っ張ることだけなのだから。

 どうしようもないと分かっていても、何かがしたい。だけど、無理なんだ。


 ゲドーブラックが倒されるまで我慢すれば、それでいい話のはず。

 なのに、どうしても耐えきれる気がしない。

 俺は、このかの助けになりたかった。力になりたかった。それだけだったのに。叶うことはない。


 ひとりで考えはまとまらなくて、次の日はこのかの家にいた。

 なにか、話していたら気がまぎれるんじゃないかと考えた結果だ。

 俺が向かうと、このかは笑顔で出迎えてくれた。相変わらず可愛らしくて、いつまでも見たくなる顔だ。

 もしかしたら、この先見られなくなるかもしれない顔でもある。だから、しっかりと目に焼き付けた。


「樹くん、いらっしゃい。わたしに会いにきてくれたの? 嬉しいな」


 なんて言いながら微笑む姿は、とても心を落ち着かせてくれる。

 同時に、今みたいな顔が似合っているのにという考えも浮かんだ。

 戦っている時の厳しそうな表情も、俺が傷ついた時の悲しい顔も、もう見たくはない。


「そうだな。お前の顔を見たら、何か気持ちが落ち着く気がするんだ」


「ねえ、それって……ううん、なんでもない。いつでも、会いにきてくれていいからね」


 なにか、引っかかる所でもあっただろうか。このかは、俺にとっては日常の象徴。

 だから、顔を見たら嬉しくなるのは当然のことだと思う。

 それに、このかのことは大好きだからな。むしろ、良い気分にならない方がおかしい。


「このかが歓迎してくれる限り、こまめに会いに来るよ」


「ありがとう。樹くんが会いにきてくれるなら、わたしも元気をもらえるんだ」


 単純な言葉ではあるが、胸が高鳴る様な気がする。

 やはり、このかに少しでも良い影響を与えられているのなら、それは嬉しいよな。

 俺は、このかの力になりたい。なりたかった。それは、確かな事実なのだから。


 せめて、ゲドーユニオンの事件が終わった先で、このかを支えていけたのなら。それ以上はないよな。

 もう、俺が戦いに関わることは、無意味だと知っている。それでも、このかの笑顔を作りたいんだ。


「なら、何度でも会いにこないとな。このかが元気になってくれるのなら、生きている価値がある」


「樹くんは、ただ樹くんでいるだけで価値があるんだよ。少なくとも、わたしにとってはね」


 このかの表情は柔らかくて温かいものだから、きっと本音のはずだ。

 だからこそ、ただ生きるだけの人生ではダメなんだ。

 俺を大切に感じてくれるこのかが、もっと良い人生だと思えるように。それこそが、俺の人生の意味なのだから。


「このかだって、ただ生きているだけで、それだけで最高なんだ。忘れないでくれよ」


「樹くんには、ずっと助けられるだけだったのにね」


 そうだとしても、このかの存在が俺の幸せだった。

 間違いなく、このか自身が魅力的だったから、助けたいと思ったはずなんだ。

 だから、今のこのかの暗い顔は、見ていたくない。幸せな顔だけ、見ていたいんだ。

 それでも、俺がこのかを笑顔にする手段が思いつかない。これまでなら、すぐに分かったのにな。

 ゲドーユニオンが現れてから、歯車が狂い続けている気がする。悔しいな。目の前の望みに手が届かないのは。


「そんなことはない。このかが居ることで、俺だって元気をもらっていたんだ」


「ありがとう。だけどね。わたしは樹くんに恩返しがしたいんだ。だから、頑張るよ」


 両手の拳を胸の前で握るこのかは、とてもやる気にあふれて見える。

 おそらくは、ゲドーユニオンとの戦いなのだろうな。恩返しなんかで命をかけさせて、情けない限りだ。

 俺は、このかが幸せでいてくれれば、それだけで良かったのにな。


「絶対に無事で居てくれよ。このかが居ない未来には、何の価値もないんだから」


「お互い様だね。わたしだって、樹くんの居ない未来に意味はないって思っているよ」


 強い目をしているから、本気なのかもしれない。

 お互いに同じことを思っているのなら、どちらかしか助からない時に、どうすれば良いのだろう。

 間違いなく、俺はこのかが無事でいられる方を選ぶだろうが。

 だって、このかが死んだ先でまで、生きていたくないのだから。


「なら、お互いに頑張って生きないとな」


「そうだね。ふたり一緒なら、どんな未来でだって幸せなはずだから」


 俺だって、同じことを考えている。

 だからこそ、このかの力になれないことが悔しくて仕方がない。

 どちらかひとりが、ただ助けるだけの関係。そんなものは理想から程遠いのだから。

 俺は、このかに守られるだけの存在だ。その事実が、震えそうなくらいに絶望的なんだ。


「ゲドーユニオンが倒されたら、ふたりでゆっくりしたいよな」


「わたしは、樹くんに言いたいことがあるんだ。まだ、伝えられないけれど」


 このかは頬を染めている。つまりは。

 いつかの勘違いが、現実になる日が来たのかもしれない。それは、楽しみどころじゃないな。にやけてしまいそうなくらいだ。

 俺だって、このかと付き合えるのなら、嬉しいどころじゃない。間違いなく、幸福の絶頂に至れるだろう。


「なら、俺だって言いたいことがある。ただひとり、このかだけに」


「ふふ、楽しみだね。だから、全力で頑張るね。わたしにとっては、待ち遠しい瞬間だから」


 そのためには、ゲドーブラックを倒さなければならない。

 このかの力は、通じるのだろうか。分からない。だが、俺には何もできないんだよな。

 力になれる手段があるのなら、なんだって実行してしまいそうだ。

 だが、このかは誰かを犠牲にすることなんて望まないはず。

 つまりは、俺に取れる手段なんてない。ただ見ているだけなんだろうな。


「俺だって、楽しみにしている。これから先に続くであろう未来をな」


「そうだね。わたし達が、当たり前に手に入れられるはずだった未来を」


 確かに、ゲドーユニオンなんてものが居なければ、収まるところに収まっていただろう。

 今だって、俺の方から好意を伝えても良かったはずだ。

 魔法少女としての力に、どんな影響があるか。それが怖くて言えないだけなのだから。


「だから、このか。ゲドーユニオンなんかに、苦戦しないでくれよ」


「当たり前だよ。樹くんとの未来のために、絶対に負けないんだから」


 俺も、全力でこのかを応援しよう。そう決意を固めたときだった。

 目の前で、このかが動き始める。急に構えに入って、そして決意を込めた瞳で言葉を紡ぐ。


「この胸にある、幸せと笑顔を守るため。未来を紡いで! チェンジ・ブロッサムドロップ!」


 そのまま、いわゆる魔法少女の変身シーンが始まった。

 衣装がこのかの普段着から、ブロッサムドロップのものへと切り替わる。

 何度も見ていた、セーラー服を改造したような青い衣装に、目元を隠す穴の空いたリボン。

 変身を終えたこのかの顔は、見たことがないくらい真剣なものだった。

 つまり、きっと最後の戦いが始まるのだろう。そう感じた。


「このか、頑張れよ」


「もちろんだよ。待っていてね。すぐに帰ってくるから」


 そう言って、このかは飛び出していく。

 祈りとともに待っていると、しばらくしてから地面がゆれだす。

 そして、近くで戦いが起こっているかのような音が聞こえた。

 なんというか、ものが吹き飛んでどこかに当たったかのような。


 思わず家を飛び出すと、すぐ近くでブロッサムドロップは戦っていた。

 衣装をボロボロにしながら、悠々と立つ黒い怪人に対して。

 つまり、このかは追い詰められている。だけど、何もできることはない。

 魔法少女の力を持ってして、追い詰められる敵。そんな相手との戦いに混ざっても、足を引っ張るだけだ。


 ブロッサムドロップは、怪人を睨みつけながら飛びかかっていく。リボンを右手に。

 だが、ゲドーブラックらしき存在には通じない。リボンを受けたとしても、平気な顔で反撃する。

 殴り飛ばされたブロッサムドロップは、すごい勢いで吹き飛んでいく。

 それでも、また立ち上がって挑みかかる。今度は、黒いリボンを放ちながら。


 だが、それも通用しない。攻撃が当たっているのに、また拳で反撃しているのだ。

 このかの痛みがこちらに伝わってくるような気がして、思わず顔をしかめてしまう。

 やめろ。やめてくれ。逃げ出して良いんだ、このか。

 そう口にしたいけれど、言葉が届いたところで、集中を削ぐだけにしか思えない。

 というか、根本的に逃げられる実力差に思えない。


 だからなのか、ブロッサムドロップは何度も反撃を受けながら、何度も立ち上がる。

 そして、震える足で駆け出していくのだ。

 見ていられなくて、思わず手を伸ばす。自分の無力感を嘆きながら。


 ブロッサムドロップは、きっと勝てない。それでも、諦めようとしていない。

 伸ばした手の先で、またブロッサムドロップは敵に突き進んでいく。泥と血にまみれた姿で。

 手は届くはずもないのに、もっともっとと伸ばしてしまう。

 俺はおそらく、見ているだけなのが悔しいのかもしれない。だからといって、できることなんて……。


 いや、ある。リーベさえいれば。このままだと、このかは死ぬ。

 なら、せめて俺にできることは。たったひとつだけある。

 ここでブロッサムドロップが負けるのならば、この戦いを見ている俺だって死ぬだろう。

 だったらせめて、俺の命を有効活用して、少しでも有利になってくれたのなら。


「リーベ、いないのか! いるのなら返事をしてくれ!」


 俺が叫ぶと、すぐにリーベは隣に現れた。

 いつものように、猫のぬいぐるみの姿。いわゆるマスコットだ。

 だから、このかが戦っている状況でも、直接は戦闘に関わっていない。そう感じたが、正解だったようだ。


「なんの用だい、樹」


「分かっているだろう。俺の命を使え」


「キミが死ねば、このかは悲しむ。分かっているんじゃないのかい?」


「それどころじゃないだろう。俺とこのかが一緒に死ぬか、このかだけが生きるかだ。なら、答えなんて決まっている」


「そうか。キミの覚悟は伝わったよ。なら、ボクに手を差し出すと良い」


 言われた通りに、リーベに向けて手を差し出す。すると、光が右手から体を包み込み、そして、ブロッサムドロップが輝き出した。

 同時に、心臓のあたりが痛みだす。これは、おそらく死ぬ前の痛みなのだろうな。


 だが、まだ目は見える。声も聞こえる。だからせめて、最後にこのかの姿を目に焼き付けたかった。

 ブロッサムドロップとゲドーブラックの戦いを見ると、このかの攻撃が通用するようになっていた。


「なぜだ! 先程まで、死に体だったというのに! おのれ、ブロッサムドロップ!」


「これで、終わりです! ホーリーサンクチュアリ!」


 セイントサンクチュアリから、名前が変わっているな。

 そんなどうでもいいことを考えながら、ブロッサムドロップから放たれた輝く白いリボンを見ていた。

 ゲドーブラックを貫いて、そのままブロッサムドロップのもとに帰っていくリボンを。


「ここまでか……俺の野望は、潰えたのだな……世界を我が手に、収めるはずだった……が……」


 そんな事を言いながら、ゲドーブラックは消え去っていく。

 同時に、俺も地面に倒れ込んだ。そして、視界が薄れていく。

 これで終わりだと思うと、せめてこのかの方を見ていたかった。

 だけど、顔の向きを変えることすらできない。


 ああ、悲しいな。最後に見る景色が、ただの地面だなんて。

 だけど、これで魔法少女の使命は終わったんだ。

 俺が死んだことで悲しむかもしれないが、きっとこのかなら立ち上がれるはずだ。

 だから、しあわせに、なって、くれよ……。



――――――



 何も見えない真っ暗闇の中、このかの声が聞こえるような気がする。


「樹くん、わたしを助けてくれたんだね。先生から聞いたよ」


 これは、いつの話だったか。幼稚園だったような。

 つまり、走馬灯だろうか。さっき、意識を失った気がしたんだが。

 確か、このかが男子にからかわれて泣いていて、だから先生に対処してもらったんだよな。

 それでも、このかには黙っているつもりだった。なんというか、自分の功績を誇るのが恥ずかしかったからだと思う。


 懐かしいな。やはり、俺が死ぬという事実は変わらないのだろう。

 それとも、もう死んでしまったのかもしれない。なにも見えないからな。

 死後の世界とは、こんなところなのだろうか。

 まあ、何でも良い。できることなんて、何もないのだから。

 俺は命を捧げた。だから、死ぬしかない。


「ありがとう、樹くん。いつも助けてくれるね。樹くんがそばにいれば、安心だね」


 次に聞こえたセリフにも、聞き覚えがある。

 なんだったか。ああ、そうだ。プールで足をつったこのかを、助けた時の話だな。

 あの時は、心臓が止まりそうになったんだよな。このかが溺れたらどうしよう。そう考えた瞬間、つい体が動いたんだ。


 ハッキリ言ってしまえば、当時からこのかのことは好きだったよな。絶対に失いたくないと思う程度には。

 そんな相手なんて、恋人でも珍しいんじゃないだろうか。そう考えると、恋していたとしてもおかしくない。

 というか、実際に恋愛感情を抱いていたのだろう。気付かなかっただけで。


 いま思えば、恋や愛を抱いているか分からないなど、バカげた考えだった。

 絶対に、どちらの感情もこのかに向けていたはずだ。

 ああ、悔しいな。俺が死んでしまえば、いずれ他の誰かと結ばれるのかもしれない。

 そんな光景を見ないで済んだことは、せめてもの幸運だったのだろう。


「樹くん、大丈夫?」


 よくあるセリフのはずなのに、すぐに思い出せる。

 このかをナンパから助けようとして、殴られた時の話だ。

 当時の俺は、このかの守護者を気取っていたのかもしれない。あまり、いい考えではなかった。

 だが、このかはとても感謝してくれていたんだよな。やはり、優しい人だ。好きになるのも当然だよな。


 どう考えても、好きな相手を奪おうとするやつが許せなかっただけ。

 そんな単純な考えからの行動でも、このかは優しい人だと言ってくれた。

 むしろ、俺の方が感謝するべきなくらいなのにな。


「ありがとう。樹くんは、いつもわたしを待っていてくれるね」


 このセリフだって覚えている。

 あれは、このかが俺に追いつこうとして転んで、それで泣いていた時の話だ。

 直前に置き去りにしたにも関わらず、俺の優しさだと感じる。

 このかは、本当に心のキレイな人間だよな。


 だからこそ、何度でも助けたいと思ったんだ。

 これから先は、俺はこのかを助けることができない。覚悟していたはずなのだが、悲しいな。

 俺は、このかの未来に俺自身が居ない状態を、受け入れられる気がしない。

 まあ、今さら何を考えたところで、状況は変わったりしないのだが。

 やっぱり、俺はこのかのことが好きだったんだな。恋愛としても。今さら気づいても遅いが。


 そろそろ眠くなってきたな。そんな考えが浮かんでくると、また声が聞こえる。


「樹くん、起きて! 死んじゃ嫌だよ!」


 こんな記憶は、あっただろうか。思い当たらない。少し考えて、振り返って。

 いや、違う! いま、このかが悲しんでいる声だ! そう直感した。

 だったら、せめて声だけでも届けたい。そう念じると、光が見えた。

 そこに向けて手を伸ばすような意識をする。すると、このかの声が近づいているような気がした。


「頑張って! わたしもずっと傍に居るから! 諦めないで!」


 もう一度このかに会いたい。その思いだけで心を研ぎ澄ませると、このかに触れたような感覚があった。

 同時に、眠気が一気に消え去っていく。そして、俺は目を開いた。


 目の前には、涙ぐんだこのかがいた。結局、俺はこのかを泣かせてしまったんだな。

 いや、このかの顔が見えるということは、俺は生きているのか? 命を捧げたはずなのに、なぜ。

 というか、リーベも見当たらないな。別にどうでもいいが。


「樹くん! 良かった。命を捧げたって聞いて、ビックリしたんだよ」


 涙は流れたままだが、このかは微笑んでくれる。なんというか、状況も考えずに見とれそうになってしまった。

 自分の感情を自覚して、よりキレイに見えているのはあるだろう。だけど、実際に美しいのだとも思う。


「そのはずだったのにな。なぜ生きているのやら」


「なぜ生きているのやら、じゃないよ! 樹くんが死んだのなら、生きる意味なんて無いって言ったのに!」


 確かに、似たようなことは言われた気がする。

 だが、両方死ぬよりマシじゃないか。それに、このかの死ぬところは見たくなかった。

 いや、お互い様なのだろうな。このかだって、俺が死ぬ姿は見たくなかったのだろう。

 それでも、同じ状況なら同じ選択をすると思う。それはきっと変わらない。

 このかの事を考えていないと言われても否定できないが、仕方ないじゃないか。


「悪い。でも、お前が死ぬ未来に、耐えられそうになかったんだ」


「分かるよ。分かるけど! でも、もっと他にあったかもしれないよね!」


 少なくとも、俺には思いつかなかった。だから、俺にはどうしようもなかったんだ。

 もしかしたら、他の誰かなら良い手段を思いついたのかもしれないが。そんなもしもを考えても仕方がない。


「すまない。俺には、何も思い浮かばなかった」


「それは……わたしもそうだけど……」


 きっと、俺が命を捧げずにこのかが勝つとするならば。きっと奇跡が何度も起こる必要があったはずだ。

 だから、そんな薄い可能性に、このかの命を乗せられない。

 俺の気持ちは、このかに嫌われたとしても変わらないだろうな。

 許してくれとは言わないよ。だが、他に道はなかったんだ。


「ところで、どうして俺は生きているんだ? 何か知っているのか?」


「簡単だよ。わたしと樹くんで命を共有したから。これで、一心同体だね」


 そう言って、このかはとても幸せそうに笑う。

 一心同体という響きは確かにいい感じではあるが。

 それでも、このかに命を共有させたという責任がのしかかってくる。

 つまり、俺が死ねばこのかも死ぬって認識で良いのだろうか。


「つまり、俺が死ねば……」


「そういうことだよ。だから、樹くんは、もう無茶しないよね?」


 できるはずがない。このかも地獄に引きずり込むと分かって、死ねるはずがない。

 何が何でも、どんな犠牲を払っても、絶対に生き延びてみせる。

 俺の望みは、このかが幸せに生きることだけなのだから。

 だから、本当に無茶はできないな。このかの命を背負っているのだから。


「当たり前だ。このかを死なせる訳にはいかないからな」


「なら、初めから言っておけば良かったかもね。樹くんが死ねばわたしも死ぬって。樹くんのいない人生なんて、生きる価値はないって」


 そんなつもりだったのか。なら、俺の選択は。

 今は、命の共有という手段があったからお互いに生きている。

 だが、それがなければ。このかは死んでいたってことなのか?

 そうだとすると、俺の行動は間違っていた。他の誰かに命を捧げさせる可能性だって、検討するべきだった。


 だが、俺もこのかも生きている。それだけは、喜ぶべきことだよな。

 このかと離れ離れになる覚悟をしていたはずだが、心が折れそうになっていたから。

 まあ、あの暗闇にいた時間は、このかとの命の共有の過程なのだろうが。


「ごめんな、このか。俺がいなくても、幸せになってくれたら良いと思っていたんだよ」


「樹くんがいなくちゃ、わたしは幸せになれない。ねえ、今だから言えるけど。大好きだよ」


 このかの好きだという言葉は、きっと恋愛感情としてのものだ。

 もちろん、俺の答えは決まっている。これだけは、どんな未来でも変わらないだろう。


「俺だって、大好きだ。恋しているし、愛している。お前の幸せだけが、俺の幸せなんだ」


「嬉しい……! わたしも、同じ気持ちだよ。樹くんが居てくれる時間だけが、わたしの幸せなんだ」


 胸の奥から、暖かいものが込み上げてくる。頭がふわふわしそうだ。

 これが、きっと幸福と呼べるものなのだろう。これまでの人生で、一度も感じたことのないほどの。

 やはり、俺はこのかが大好きなんだ。改めて、心の底から理解できたよ。


「なら、俺達はずっと幸福で居られるだろうな。お互いに、ずっと一緒にいられるんだから」


「そうだね。どんな未来でも、絶対に幸せだよ。樹くんは、わたしから離れないからね」


 このかの方から、俺を抱きしめてくる。そして、俺の方からも抱き返す。

 その時に気づいたが、俺の左手も治っていたらしい。痛みを感じることもなく、自由に動かせるようになっていた。


「これから、大変なこともあるだろうな。命の共有なんて、何が起こるか分からないのだし」


「そうかもね。でも、きっと大丈夫だよ。わたしと樹くんなら、どんな試練だって乗り越えられるはずだよ」


 このかの体温と、息づかいと、柔らかさを感じる。

 俺とこのかが、お互いに生きている証。そして、想いが通じ合った証。

 ゲドーユニオンが現れて、このかが魔法少女になって。

 それからの日々は、大変だったし苦しかった。

 だけど、それに見合うだけのものを手に入れられるはずだと、強く信じることができた。


「このか、これから先も、よろしくな」


 そう言うと、このかはこちらの方を見ながら笑った。

 なんというか、おかしくて仕方がないという感じだ。

 まあ、楽しいよな。心配していた問題は消えて、これから平和に過ごすことができる。

 命の共有という問題こそあれ、俺達が望んでいた平和な日々だ。


 だからこそ、これから先も幸せな生活を送れると確信できる。

 俺がいて、このかがいる。それだけで、間違いなく幸福なのだから。

 紆余曲折があったが、収まるところに収まったんじゃないだろうか。


「もちろんだよ。これから先も、ずっと、永遠に、よろしくね」


 このかが望む限りは、絶対に離れない。

 まあ、命の共有があるのだから、うかつに離れられないのだが。

 いま思えば、とんでもない事をさせてしまったな。

 だからといって、過去には戻れないのだが。しっかりと、恩を返さないとな。


「ああ、そうだな。どんな未来でだって、ずっと一緒だ」


「ふふっ。嬉しいな。樹くんとずっと一緒なのは。昔から、樹くんとは結ばれたかったから。いずれ結婚して、子供も作って、孫にも囲まれようね」


 まあ、子供はともかく、孫は子供次第であるが。

 それでも、良い未来図だと思える。このかと結婚して、家族になるのならな。

 本当に、出会えて良かった。同じ時間を過ごせて良かった。

 これから先も、このかと生活することができる。それだけで、十分に満足できる。


「ああ、そんな未来が訪れたら良いな」


「違うよ。わたし達の手で、望む未来を作るんだよ。樹くんとなら、どんなことだってできるから」


 このかは花開くように笑う。そうだな。このかと一緒なら、なんだってできるさ。

 俺の望みは、このかと一緒にいること。このかの望みも、俺と一緒にいること。

 ふたりの願いが繋がっているのだから、未来を切り開くことだってできるだろう。


「ふたりで、いい人生を過ごそうな。俺達なら、できるはずだ」


「そうだね。絶対に、離れない。そんなふたりになろうね」


 このかと俺は、これからも生きていく。ゲドーユニオンの居ない未来で。

 どんな試練が待ち受けていても、ふたりで乗り越えていこうな。このか。

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