俺は失意の中にいた。本当の強敵相手には、俺の策なんて何も通じない。それを思い知らされて。
このかを守りたかったのに、ただ泣かせてしまっただけだった。
それどころか、足を引っ張ったと言っても良いだろう。そんな俺に、何の価値があるのだろうか。
ゲドーイエローとの戦いが終わって、病院へ向かった後。暁先生に見舞いに来てもらった。
先生はとても悲しそうで、この人まで傷つけてしまったのだと、心から理解できた。
本当に、俺には何も残せなかった。ただ周りを傷つけただけで、得たものは何もない。
「東条、無理はするなと言ったじゃないか……!」
切実そうな声が聞こえる。本気で悲しんでいるのだと、強く伝わるような。
瞳が涙でうるんでいるようにすら見えて、とても大切にされていたのだと感じられた。
ただの教師と生徒なのに、骨折程度で涙を流すなんて。そう言う人もいるかもしれない。
だが、俺にとっては真剣に案じてくれている証なんだ。
「すみません、暁先生。忠告してくださっていたのに、無視してしまって。俺がバカだったんです」
「本当だぞ、この大バカ者……! 一歩間違えていれば、お前は死んでいたんだぞ!」
全くだ。このかにも言われたことだが、俺は自惚れていた。ゲドーユニオン相手でも、何かができるんじゃないかと。
完全に、勘違いでしかなかったな。もはや、笑えてきそうだ。
その結果が、このかも先生も泣かせるという事態。愚か極まりない。
俺は、周りの人よりも自分のプライドを優先していただけなのだろうな。
このかだって、結局は自力で敵を倒していた。それなのに、わざわざ手伝いに向かうのだからな。
俺が死んでいたのなら、きっとこのかも先生も、もっと傷ついていたんだ。
それを思えば、俺の罪を理解できるだろう。そもそも、このかの足を引っ張っているのだから。このかを危険にさらしたようなものだ。
俺の無謀に付き合わせて、それで巻き込んだわけだ。バカげているよな。
「返す言葉もありません。もう、同じ過ちを繰り返したりはしません」
「今度こそ、頼むぞ。生徒が死んでしまうなんて、私は嫌だからな」
「もちろんです。暁先生を、悲しませたりはしません」
「棗のこともだぞ。お前に懐いているのは、よく分かるんだからな」
このかが俺に親しみを感じてくれているのは、流石に分かる。心配してくれているのも。
だからこそ、俺に傷ついてほしくなかったんだろう。今更気づいても、遅くはあるが。
「はい。しっかりやります。もう、無理はしません」
したところで、何の意味もない事はよく分かったからな。
拳を握りそうになるが、痛みで手が止まる。今の俺は、悔しがる事すらできないんだな。
何か策が思い浮かんだところで、この体では無理がある。腕が折れているんだからな。
消火器を使うこともできない。ハッタリも難しい。ゲドーレッドやゲドーブルーであったとしても、同じ対応はできないんだ。
だから、今の俺は完全に無力。ただ、このかの動きを見ていることしかできない。あるいは、見ることすらできない。
どちらにせよ、何もできないに等しい。本当は、初めからそうだったのだろうが。
「じゃあ、私は帰るぞ。東条、しっかり休むことだ」
そのまま暁先生は帰っていく。ひとりになると、急に力が抜けてしまった。そして、涙がこぼれてくる。
先生の前では、我慢していたのだろうか。それとも、緊張の糸が切れたのだろうか。
よく分からないが、とにかく涙は止まらなかった。不自由な腕では、拭うことすらままならない。その事実が、余計に涙を増やしたような気がした。
結局、一日中無気力に過ごして、次の日。
このかが家にやってきていた。俺は、大事を取って休んでいたのだが。
それで、このかの成績が落ちたりしたら、俺の責任だな。もともと、俺が余計なことをしたせいなのだから。
「樹くん、大丈夫? いや、聞くまでもないよね。ごめんね。わたしが弱かったせいで」
このかに、自分を責めさせている。なんと情けないことか。俺の勝手な行動で、傷つけて、余計な責任を負わせて。
俺のことを、このかがどれほど大事にしているかなんて、分かり切っていたはずだ。
にもかかわらず、自分の納得を優先した結果がこれだ。俺よ、満足したか?
「お前のせいじゃない。俺が無謀なことをしたからだ。自業自得だよ」
「もっとわたしが強かったら、心配しなくて済んだよね。だから、わたしのせいなんだ」
「自分を責めないでくれ。お前を泣かせたくなかっただけなのにな。俺は間違えてばかりだ」
「そんなことないよ。樹くんは、何度もわたしを助けてくれた。それだけは、本当のことだから」
だから、今回だって助けられると誤解した。罪深いことだ。
このかを助けるのは当たり前で、俺の方が上だと勘違いしていたのだろうな。
ハッキリ言ってしまえば、傲慢がすぎる。失敗してから、気づくなんてな。
生きていたのは、単なる幸運だった。現実が見えていなかった。
「だからこそ、余計な世話を焼いてしまったんだ。反省すべきだよな」
「わたしは、樹くんが元気でいてくれれば、それだけでいいんだ。一緒に居てくれれば、それが幸せなんだ」
このかの思いを、ずっと無視し続けて。それで傷つけるのならば、俺の行動は何だったんだ。
いや、分かり切っている。ただのつまらない自己満足。それだけだよな。
悔しくはあるが、この感情を表に出すことはできない。このかの方が、苦しんでいるだろうから。
俺の感じている苦痛なんて、小さなものだろう。このかは、俺に信用されていない感情だって、受け取ってきたのだろうから。
「ありがとう。お前の幸せを尊重しなかった俺は、バカなことだ」
「気にしなくて良いよ。これまで、ずっと幸せにしてくれたから」
気にしなくて良い。つまり、同感ではあるのだろうな。
自分で言っておいて、反応を気にする。バカバカしいことではあるが。
どうしても、苦しさを感じてしまう。情けない限りだよな。でも、感情を抑えられない。
「だからといって、いま苦しめていたら何の意味もない。よく分かっているんだ」
「でも、これからは安全なところに居てくれるでしょ? それだけで十分だよ」
まったく、ままならないものだ。俺はこのかを助けたいが、その思いは迷惑なのだろう。
すべては、俺が弱いから。戦えないから。どうして力がないんだろうな。
魔法少女の力が俺にあれば、それだけでこのかを守れるのに。
だが、夢見ているだけでは何にもならない。結局、ただ見ているだけか。
「分かった。お前に全部任せるよ。情けないけどな」
「そんなことないよ。樹くんがそばに居てくれるから、わたしは頑張れるんだ」
なら、良いのだろうか。このかに戦いを押し付けているだけではないのだろうか。
だからといって、俺にできることはなにもない。考えたって、仕方のないことではあるのだが。
魔法少女として戦うこのかを支えることすらできない。応援だけなんて、何もしていないのと同じ。
それでも、言葉だけでもかけるべきなのだろうか。頑張ってくれって。
俺としては、できれば避けたい。
だが、今の感情だって、つまらないプライドなのだろうな。自分がよく分かってしまう。
このかに任せて、ただ待っているだけでは無いという言い訳がほしいだけ。
悲しいことだ。ゲドーユニオンさえ居なければ、以前のままでいられたのに。
なんて、醜いのだろうか。自分の弱さを思い知らされることを、強く嫌う。
結局のところ、俺は小さい男なのだろう。このかには、ふさわしくないのかもしれない。
俺がこのかを引っ張っていたのは、過去の話。今では、ただ守られるだけなのだから。
「ありがとう。絶対に、ケガなんかしないでくれよ。多分、今のお前と同じような気持ちになるから」
「うん、分かっているよ。絶対に、負けたりなんかしない。どんな敵が相手でもね」
このかは自信満々だ。俺という重荷が無くなったせいだろうか。そんな考えが浮かんでしまった。
女々しいことだ。このかを助けることが、俺の存在価値だった。それを奪われたと感じているのだろう。
だから、ちょっとしたことすら疑ってしまう。俺を信じていないのではないかと。
分かっているはずなんだ。このかは俺を大事に思ってくれているはずなんだって。
だけど、心の奥底では納得できない。足手まといにしかなれないという思いが、俺の足まで引っ張っている。
このかのためを思うのなら、素直に応援しているべきなんだ。だって、力になれないんだから。
それでも、声が震えそうになる。本音が言葉に出そうになる。
もう、戦うのをやめてくれないかと。無理難題だと分かっていても。
このかは、ただ笑顔でいるだけなのが似合っているんだ。戦場なんて似合わない。
理解している。俺のほうが弱いのだから。考えるだけ無駄なのだと。
俺は、このかとただ平和に過ごしていられたら、それで良かったのにな。
ゲドーユニオンさえ居なければ、叶っていたはずの願いなのだが。
「このかなら、勝てるのだろうな。俺と違って」
「当たり前だよ。樹くんを思うだけで、力が湧いてくるんだ」
このかは嬉しそうに笑う。俺にも、同じだけの力があったのなら。このかへの思いが、力になったのならば。
荒唐無稽な考えだと分かっていても、どうしても追い求めてしまう。
「そういえば、リーベはどうしているんだ?」
「一応、呼べば来るとは思うけど。なんで?」
「いや、気になったからな。仮にも、魔法少女の力については中心だろう?」
「分かった。じゃあ、呼んでみるよ」
このかは目をつぶって、念じている様子に見える。
なんというか、テレパシーみたいな能力があるのだろうか。
俺にも使えるのなら、とっくに使っているだろうし。リーベにしか使えないんだろうな。
あまり時間はかからずに、すぐにリーベはやってきた。
ふよふよと猫のぬいぐるみが浮かぶ姿は、とても面白い。
まあ、このかを巻き込んだ張本人だと思うと、あまり好きにはなれないのだが。
以前はそこまで気にしていなかったのにな。状況が悪くなっただけでこれか。
「樹、何の用だい?」
「いや、特に用と言うほどではないのだがな。このかが危険そうなら、どうにか逃がしてもらえないか」
「ダメだよ! わたしが負けるような状況なら、この街にいる樹くんも危ないんだから!」
「実際のところ、特別な力で逃がすことはできないよ。このか自身の力でどうにかするしかない」
なら、結局このかは危険な戦いを続けるわけか。どうにか、最低限の安全を確保できればと思ったのだが。難しいな。
だが、ないものねだりをしても仕方がない。何か、このかの力になれるような。そうだ、魔法少女の力は、何かで増やせないのか?
「例えば、魔法少女の力が増える条件があったりしないのか?」
「命を捧げるのは、絶対にダメだからね! 樹くんが生きてくれなきゃ、何のために戦っているのか分からないよ!」
もちろん、俺だって命を捨てる気はない。このかと一緒に生きていきたいからな。
それに、ただ腕を折っただけで、とても悲しんでいたのだから。俺が死んだら、もっと嘆くだろう。容易に想像がつく。
「当たり前だ。俺だって死にたいわけじゃない。ゲドーユニオンと戦ったのだって、死ぬと思ってなかったからだからな。バカなことだが」
「樹くんが無事なのは、奇跡なんだからね。絶対、もう危ないことはしないでね」
「同感だね。ゲドーユニオンの脅威は、思い知っただろう? 無茶な真似はしないことだよ」
「ああ、分かっている。自分の限界は、もうわきまえたつもりだ」
実際のところ、ゲドーイエローより強い相手ならば、俺は何もできないだろう。
それなのに協力しようとすれば、ただ邪魔をしているだけなのだから。
このかの安全が、最も大切なことなのだから。それを優先するべきだよな。
そもそも、このか以外がブロッサムドロップだったのなら、気にもしていなかっただろうが。
どうして、このかだったのだろうな。そうじゃなければ、お互い傷つくこともなかっただろうに。
今さらではあるが、改めて考えてしまう。過去に戻れない以上、どうにもならないのだが。
「本当に、樹くんが無事で良かった。ゲドーイエローに攻撃された時は、頭が真っ白になったから」
それほど、このかを傷つけていたということ。今の段階でも、しっかりと理解できていなかったのだな。
何度でも何度でも、俺の愚かさを思い知らされる。このかを守っているつもりで、傷つける。それが愚かでないはず無いのだが。
「話を戻すけれど、魔法少女の力を増すために必要なのは、感情だ。樹。キミは、どうやってこのかの感情に触れる?」
感情。それは、怒りでもなのだろうな。ゲドーイエローの時の、黒いリボンも。
あの攻撃によって、敵はボロボロになっていた。それほどに、強い怒りだったのだろう。
つまり、このかは俺をよほど大事に考えてくれていた。今の状況で不謹慎ではあるが、嬉しさもあるな。
とはいえ、どうすれば良いのだろう。このかの感情に触れる言葉や行動。
このかは俺に好意を持ってくれているだろう。だからといって、良いものが思い浮かばない。
流石に、キスは論外だろうからな。いくら好かれていても、いきなりだとおかしい。
単純な言葉だと、効果が薄そうな気がするからな。大きな感情がほしいのだから。
そうなると、本当に難しい。告白でもすれば、意味はあるか?
いくらなんでも、打算で告白するのは問題な気がする。このかにも、きっと気付かれるだろう。
それでも、何か言いたい。行動でも良い。せめて、ほんの少しでも力になれたのなら。
俺の心の中に、どんなものがある? このかが好きなのは間違いない。それだけで、足りるだろうか。恋かも愛かも分からない、今の感情を伝えるだけで。
そもそも、どんな行動をすれば良いのだろうか。何を言えば良いのだろうか。思い浮かばない。
俺のこのかへの感情は、とにかく好きだというだけ。守りたいというのもあったが、今では無理だ。
そうなると、好きと伝える? でも、どんな好きかまで表現しなくて良いのか?
悩ましいが、何もしないよりマシだと信じたい。いや、ゲドーユニオンに挑むくらいなら、何もしないほうが正解だった。
今のまま、このかのことを信じていれば良いのか。なにか、思いを伝える行動をすれば良いのか。
言葉が思い浮かばないのなら、なにか行動。例えば、手をつなぐとかどうだ? これまで、あまり経験がない気がする。
効果の程がどれなのかは分からない。それでも、少しでも、思いが伝わったのなら。
「このか、手をつながないか?」
「うん、嬉しいよ。だけど、どうして? なんてね。話は聞こえているんだから」
正直に言って、すごく恥ずかしい。この持ちかけ方で良かったのか? もうちょっと、うまい流れがあったんじゃないか?
そんな考えもあるけれど、行動してしまったからには仕方ない。もう、戻れない。
いや、そんな大げさな話でもないんだがな。手をつなぐだけだ。
このかに右手を差し出すと、相手の方からつないできた。
小さくて、柔らかくて、暖かい手。いかにも女の子という感じで、この手に色々なものが乗っかっているのだと思うと、悲しくなった。
本当なら、もっと学生生活を楽しんでいられただろうに。
このかの方を見ると、こちらに向けて微笑んだ。そして、俺の手を頬の方へと持っていく。
とても幸せそうにしていて、思わず見とれそうになった。吸い込まれそうな感覚があったんだ。
やはり、このかは可愛いよな。まあ、身内びいきみたいな気持ちはあるかもしれないが。
とにかく、いつでもどこでも一緒に居たからな。相応の情はある。
「樹くんの手、あったかいね。また、こんな時間を作りたいな」
「いつでも、何度でも、構わない。お前が望む限りは、絶対に」
「約束だよ。ウソだったら、わたしはおかしくなっちゃうかも」
「それは嫌だな。このかが苦しむ姿は、もう見たくない」
実際、2回も泣かせているからな。
ゲドーレッドの時、ガベージにボコボコにされて。
次は、ゲドーイエローの技でボロボロになって。
どちらも、俺を心配して泣いていたんだ。もっと早く、理解できていたのならな。
いや、無理か。俺は、得体のしれない自信を持っていたからな。自分でも、何かができるという。
「わたしだって、樹くんがケガする姿なんて、二度と見たくないよ」
「ああ、気をつけるよ。これから、ちゃんと身の程をわきまえるから」
手痛い出費ではあったが、命があるし後遺症もない。問題はあるが、最悪ではない。取り戻せる範囲だ。
それでも、苦しさはあるのだがな。仕方のないことだ。無力で愚かだったのが悪い。
結局のところ、今の行為だって、大した意味はないのだろう。このかの力になるという意味では。
俺としては、このかとの日常の大切さを感じる機会ではあった。死んでいたら、もう過ごせなかった時間の。
「樹くんが無事なら、何でも良いんだけどね」
「ボクとしては、このかは分かりやすいね。樹の安全が、何より大切らしい」
それなら、俺の行動は。このかの何より大切なものを傷つける行為。
だとしたら、俺はどれほどこのかの感情を軽んじていたのだろう。
結局のところ、自分の感性がすべてだと思っていたのだろうな。バカバカしい。
「それなら、ちゃんと安全なところにいる。それで、いいだろう?」
「うん。樹くん、ずっと一緒にいようね」
このかの感情に、何か影響を与えることができただろうか。
いずれにせよ、いま以上の行動は難しい。自分の発想の貧困さが嫌になるな。
だが、どうしようもないことだ。休んでいる間、何か考えることはできるが。
以前はゲドーユニオンに対抗する手段を探っていた。今度は、このかの感情により良い影響を与える手段を探すだけだ。
それから、このか達は去っていき、俺はひとり残された。
ひとりになると、改めて悔しさが湧き上がってくる。歯を食いしばりながら、我慢していたが。
当然のことだが、俺は戦えない。それだけのことが、重くのしかかってくる。
このかが好きだからこそ、危ない戦いからは離れてほしかったのに。むしろ送り出したような形になっている。
今の体では、なにかに八つ当たりすることすらできない。
だから、頑張って考えをそらそうとした。このかの感情を、どうにかする手段なんかに。
このかは、俺を大事に考えてくれている。それは確かだ。
だからといって、全く頼られていない。そんな考えが浮かんだ。
俺はネガティブばかりだな。自覚して、思わず笑ってしまう。
結局、もやもやした思考ばかりを思い浮かべて、その日は終わった。
そして次の日。今度は検査の結果を聞くために病院へ向かった。
一応、最低限の治療はされたが、結果次第では通院の回数が増えそうだ。
とりあえず、即座に入院が必要なほどではないそうだが。実際、家に帰れている訳だからな。
受付を済ませて、待合室で待機する。そうしていると、ガベージが現れた。
念のために距離を取りながら様子をうかがっていると、すぐブロッサムドロップがやってくる。
「前を向いて生きようとする人々の邪魔をすることは、このブロッサムドロップが許しません!」
そう言って、ピンク色のリボンを放つ。即座にガベージ達は倒れていく。
もはや、ガベージでは時間稼ぎもできないようだな。このかの強さが、よく分かる。そして、俺の弱さも。
以前、ゲドーレッドと戦った時には、俺はたった一体のガベージすらも倒せなかった。
それが、今のこのかは、ガベージなど問題にもしていない。このかとの距離が遠くなったようで、つい右手を伸ばしかけた。
このかは全てのガベージを倒し終え、同じ頃に緑の怪人が現れる。またマントをまとっている。
見た目からして、ゲドーグリーンと言った感じ。ゲドーブラックは、まだ出てこないようだ。
そうなると、ゲドーユニオンのリーダー的存在がブラックなのだろうか。
まあ、答えはすぐに分かるだろう。目の前のグリーンが四天王かどうかで。
「オイラはゲドーグリーン。この病院は、ゲドーユニオンが破壊するよー!」
「そんな事、許しません!」
このかから、黒いリボンがあふれ出る。もしかして、強い怒りを感じているのだろうか。
声を聞く感じでは、冷静さを保っているように見えていたのだが。
このかは、もしかして憎悪で染まってしまったのだろうか。一度、怒りに身を焦がしたから。
それなら、俺のせいじゃないか。俺が、このかの感情に影響を与えていた。それも、悪い方に。
結局、昨日の行動は無意味だったのだろうか。それとも、あまりにも怒りが大きいのだろうか。
どちらにせよ、俺が悪い。このかの心を癒やせなかった、俺の問題だ。
なぜなんだろうな。俺は、何をした所でこのかの役に立てない。
戦おうとすれば足を引っ張り、このかは怒りで戦うほどに歪んでしまった。
かつては、誰かを守るために戦うと言っていたのに。見る影もない。
このかの黒いリボンは、あっという間にゲドーグリーンを包み込む。
そしてしばらくして、相手が解放されたら、そいつは全身の関節が逆に曲がっていた。
野次馬らしき人からも悲鳴が上がり、ブロッサムドロップに恐れの目を向けているのが分かる。
「ブラック様、ごめん。ブロッサムドロップには、勝てなかったよ……」
そのままゲドーグリーンは消えていく。このかの黒いリボンは、圧倒的な力を誇っている。
だが、俺には不吉の象徴にしか見えなかった。このかが歪んでいる証にしか。
原因は何かと考えれば、俺が傷ついた恨みなのだろう。つまり、俺のせいだ。
優しい性格だったこのかを、ここまで変えてしまった。どれほど罪深いのだろうな。
同時に、強い無力感も襲いかかる。このかの力は圧倒的だ。だからこそ、俺には何もできない。
うっかり、このかの怒りを沈めてしまえば、それで弱くなってしまうかもしれない。
このかの安全は、何よりも大事だ。だからこそ、今の変化してしまったこのかを受け入れるしかない。
だが、本音では嫌でしかなかった。少し気弱だけど、確かな優しさを持っていた、そんなこのかが好きだったから。
俺は無力だ。このかを傷つけて、守れないで、歪めてしまって。
何か役に立とうとして、悪い方向にしか進めていないじゃないか。
どうしてなんだろうな。ただ、このかに笑顔で居てほしかっただけなのに。
いや、答えなど分かり切っている。俺が弱いからだ。心も、体も。
「ゲドーユニオンの悪逆は、私が打ち砕きます」
ブロッサムドロップの言葉に、周囲は怯えている様子。
あまりにも過激な正義にでも見えているのだろうか。
いずれにせよ、俺がこのかの心を黒く染め上げなければ、怯えられることもなかっただろうに。
俺の罪が、また増えてしまった。このかだって、きっと恐れられるのは嫌だろうに。
結局は、足を引っ張り続けるだけ。もう、どうしたら良いのだろうな。
死んでしまいたいぐらいだが、このかを傷つける選択でしかない。
どんな道を選んでも無駄でしかないと思えて、胸が引き裂かれそうな心地だ。
だが、このかだって苦しんでいるはず。現に、いま人々に怯えられているのだから。傷ついているはずだ。
分かっているから、自分だけが不幸なつもりにもなれない。どこまでも、中途半端なだけなんだ。
いっそのこと、投げやりにでもなってしまえば、楽なのだろうが。
それでも、このかを支えたいんだ。せめて、心だけでも。隣に居ることで、何かできればと。
ブロッサムドロップは、周りを見回した後、すぐに去っていく。空気を感じたのか、何なのか。
これから先は、このかが怯えられなくて済むといいが。
何もかもが、ゲドーイエローの時の失敗と繋がっている。せめて、何か取り戻せたら。そう思うが、俺にできることなど思いつかない。
本当に、何もできないんだな。前に進むことも、後ろに戻ることも、逃げ出すことも。
いっそのこと、やけになるほどバカになれたらな。なんて、このかに迷惑をかけるだけか。
ゲドーユニオンもブロッサムドロップも居なくなって、とりあえず検査の結果をもらって。
家に帰ってから、ずっとひとりで考えていた。せめて何かができないかと。
このかの心を慰められるのなら良いが、まだゲドーブラックが残っている。うかつなことはできない。
今のこのかの負の感情。それを失わせるのは、正しい判断なのかどうか。ひとりで判断できることじゃない。
せめてリーベが居たのなら、相談することもできたのだが。
考えは袋小路に入ったまま、ベッドの中でゴロゴロすることを繰り返すばかり。
これまでだって、俺自身の手でこのかの役に立てたわけではない。少なくともゲドーユニオンに関しては。
今のこのかの強さを考えると、そもそも俺の手は必要なかった可能性が高い。
結局のところ、わざわざ余計なことをして、それを成果だと誇っていただけ。どこまでもくだらない限りだ。
俺はゲドーユニオンと関わってから、少しでもこのかの力になれたのだろうか。そんな疑問が浮かぶが、答えは分かり切っていた。
このかの助けになれないのなら、何のために生きているのだろうな。分からないのに、死ぬことすらできない。
今の俺には、このかの顔を思い出すたびに、無力な自分が映り込んでいるような心があった。