わたしは、樹くんに助けられたことが何度もある。だけど、嬉しいことばかりではなかったんだ。
例えば、わたしが質の悪いナンパをされている時、樹くんがかばってくれて、でも彼は殴られてしまった。
「樹くん、大丈夫?」
なんて言うわたしに、樹くんは笑いかけてきたんだ。
「お前を守れたんだから、痛みなんて無いようなものだよ」
そう返されたけれど、わたしの胸は締め付けられるようだった。
だって、わたしのせいで、樹くんは傷ついていたから。二度と、こんなことが無いように。そう祈るくらいには、嫌な思い出のひとつだったんだ。
結局、その願いは叶うことがなかった。樹くんが、ゲドーユニオンに挑んだばっかりに。
ゲドーレッドとの戦いで、ガベージに傷つけられていた。だから、前に一発殴られたときよりも、もっと樹くんは痛かったはずだよ。
その感覚を想像するだけで、わたしまで苦しくなりそうで。
だから、全力で樹くんを止めたかったんだ。もう二度と、同じことが起きないように。
そのために、樹くんと話し合いたかった。そこで、家に呼ぶことにしたんだ。
ゲドーユニオンと戦うのをやめてもらう話に、誘導できればいいなって。
もちろん、樹くんと会話がしたいって思いもあったんだけどね。樹くんと過ごす時間は、いつだって楽しいから。
「樹くん、こうしてゆっくりできるのは久しぶりだね。魔法少女になってからは、どうしても難しかったから」
樹くんに、不良だって誤解されていたかもしれないし。授業から飛び出したり、急に予定をすっぽかしたり。
いま思えば、よく許してくれていたよね。まあ、私は不安に負けちゃったんだけどね。疑われることが怖くて。
それで、樹くんを戦いに巻き込むことになった。本当なら、我慢するべきだったんだ。嫌われたとしても。
だけど、嫌だよ。樹くんに嫌われちゃう未来なんて。
じゃあ、どうすれば良かったのかな。魔法少女だって教えずに、樹くんをごまかす手段があったのかな。
結局のところ、どちらを選んでも後悔していたのかもしれないな。でも、樹くんが傷つくより、私が嫌われたほうが良かったはずだよ。
だって、下手したら死んじゃうんだから。生きてくれていたら、未来に仲直りできるんだから。
「そうだな。ゲドーユニオンはいつでもどこでも現れるからな。このかも大変だったよな」
「でも、樹くんとの時間があるなら、また頑張れるよ!」
とはいえ、樹くんが死ぬって恐怖に怯える瞬間もあるんだ。
今この瞬間が、樹くんと過ごせる最後の時間じゃないかって。
じゃあ、今を大事にするのが良いのかな。もっと強くなれば良いのかな。
色々な選択肢が頭に浮かんで、どうすれば良いのかが悩ましいよ。
「ありがとう。俺を活力にしてくれるのなら、そばに居る甲斐があるよ」
「樹くんなら、いつでもどこでも一緒に居てくれて良いからね!」
だけど、ブロッサムドロップの時は例外だよ。
近くに居ないほうが、むしろ安心できるくらい。
ゲドーユニオンと関わってる樹くんを見ていると、ハラハラしてこっちがどうにかなっちゃいそう。
「それは嬉しいな。俺も、お前が一緒に居ると楽しいよ」
樹くんがわたしを好きで居てくれるような気がして、とても嬉しい。
いや、これまでの行動を考えたら、好意はない訳がないんだけどね。
だとしても、わたしで幸せを感じるってことはね。大事なことだよね。
「わたしの方が、もっと楽しいって感じているよ。絶対にね」
「ありがたいことだ。このかを楽しませられているのなら、俺の人生にも価値がある」
ひどい言葉だよ。わたしがどれだけ樹くんを大事に思っているのか、全然分かってくれてない。
わたしにとっては、絶対に欠かせない存在なんだから。そんな小さな人じゃないよ。
でも、樹くんの気持ちをわたしが分かってないって証なのかもしれない。
だとしたら、もうちょっと考えるべきこともあるのかもね。どうすればいいのか、分からないけれど。
「大げさだよ。樹くんは樹くんでいるだけで、とっても素敵なんだからね」
樹くんは肩をすくめてしまう。なんというか、信じられてないのかな。
わたしにとって、樹くんは人生の全てなんだよ。ちゃんと、分かってほしいよ。
悲しいよ。この想いが、樹くんに伝わっていないんだと思うと。
わたしは樹くんになら、全部を捧げられるのに。それくらい好きなのに。
「あーっ! ウソだって思ってるんでしょ! ひどいよ!」
「このかの事はいつだって信じているよ。いまさら疑ったりしない」
嬉しいよ。わたしを信じてくれるのは。だけど、ブロッサムドロップは信じてくれていないよね?
やっぱり、わたしを弱い生き物だって思ってるんじゃないかな?
もう、違うんだよ。樹くんに助けられていたばかりの、わたしじゃないんだ。ちゃんと、ひとりで戦えるんだからね。
でも、ひとりじゃ生きられないけどね。樹くんがいないと、わたしはダメなんだ。
「ふふっ、嬉しいな。わたしも、樹くんの事は何があっても信じるよ」
「ありがとう。このかと、これからも平和に過ごしたいものだな」
そうだよね。ゲドーユニオンなんて、早く居なくなってほしいよ。
樹くんとのんびり過ごせる時間が、わたしにとっては最高なんだから。
わたしが望んでいるのは、樹くんの存在だけだからね。他のものは、別にいらないんだ。
「わたしも同じ気持ちだよ。樹くん、ありがとう。わたしとの時間を大事に思ってくれて」
「当たり前のことだ。このかは、大事な幼馴染なんだからな」
樹くんの感情は、わたしに向いているはず。そう信じたいのに、幼馴染って言葉が邪魔をするんだ。
照れているだけなら良いよ。でも、恋や愛とは関係のない感情だからなら。わたしはどうにかなっちゃうよ。
樹くんと結ばれない人生なんて、何の意味もないんだからね。わたしが恋しているのも愛しているのも、永遠にひとりだけだから。
「……そうだね。わたしにとっても、樹くんは大事な幼馴染だよ。これからも、ずっと一緒だからね」
「ああ、約束だ。前にも言った気がするけどな」
ずっと一緒であることは、何回でも強調していきたいよ。わたしの存在が、絶対に忘れられないように。
樹くんと過ごす時間だけが、わたしの幸せなんだから。絶対に失いたくないよ。
わたしを変えたのは、樹くんなんだから。責任を取ってもらわないとね。
「何度でも、約束しようよ。わたしたちは、ずっと隣同士なんだって」
「ああ、そうだな。この約束は、何度したって大事なものから変わらないからな」
嬉しいよ。樹くんが、わたしとの関係を大切にしてくれているって分かるんだ。
どんな未来だって、絶対に離さない。この関係は、何があっても失わないよ。
例え正しくない手段を使ったって、樹くんの隣は渡さない。
わたしの幸せは誰にも譲らない。どんな運命にだって負けたりしない。
「うん。わたし達の関係だって、何度でもつなぎ直したいんだ」
「俺達なら、きっとできるはずだ。最高の関係だって、言っていいだろう」
わたし達の関係が最高だなんて、当たり前だよね。
ずっと先まで、おじいちゃんとおばあちゃんになっても。永遠に途切れないんだから。途切れさせないんだから。
「なら、嬉しいな。樹くんとの関係が最高なんて、当たり前だけどね」
「だから、さっさとゲドーユニオンには消えてもらいたいな。そうすれば、平和に過ごせるんだから」
わたしと樹くんの目的は同じ。だけど、手段が違うんだよね。
樹くんはわたしに戦ってほしくない。わたしは樹くんに戦ってほしくない。同じように見えて、ぜんぜん違う。
兵士に戦わないでって言うのと、ただの一般人に戦わないでって言うのは、とても遠いんだよ。分かってほしい。
「そうだね。樹くんと、平和に過ごしたい。それは、わたしだって同じだから。そのために、全力で頑張るんだ」
「俺だって、どうにかしてみせる。このかが傷つくなんて、絶対に嫌だからな」
樹くんは大好きだけど、無理をしようとする所はどうにかしてほしい。
だって、樹くんがケガしたら、わたしも苦しいんだもん。
わたしは樹くんと幸せになりたいだけ。ヒーローになってほしい訳じゃない。
「やめて。前にも言ったけど、ゲドーユニオンは危険なんだよ。ただの人じゃ、勝てないんだよ」
「それでも、このかだって危ないじゃないか。それが嫌なんだよ」
わたしの危険性と、樹くんの危険性では釣り合わない。
ハッキリ言って私ならどうでもいい攻撃でも、樹くんなら死んじゃう可能性があるんだよ。
それって、わたしと樹くんの関係性が同じじゃないってこと。おとなしく、守られていてよ。
男のプライドなんてもの、何の役にも立たないんだよ。だって、戦いなんだから。
「わたしには、ブロッサムドロップの力がある。樹くんには、何もないんだよ!」
「だとしても、何かできるはずだ。ゲドーレッドにも、ゲドーブルーにも、何も手が打てなかった訳じゃない」
余計なお世話なんだよ。樹くんが傷ついたら、わたしの戦いの意味がなくなっちゃうんだよ。
樹くんを守りたいからこそ、魔法少女として頑張っているのに。
そんなわたしの気持ちは、無駄でしかないとでもいうのかな?
「そんなの、奇跡でしかないよ! 樹くんは弱いんだから、引っ込んでてよ!」
「それでも、このかを一人にしたくないんだ」
樹くんが死んだら、本当にわたしは一人になっちゃう。それは分かってくれないのかな。
絶対に、樹くんだけは失いたくないんだよ。他の誰が死んだって構わない。だけど、樹くんだけは。
「わたしは一人でいいよ! 樹くんを巻き込むくらいなら! どうして分かってくれないの!」
「俺だって、お前が戦うのは嫌なんだ。せめて、少しでも楽をしてほしいんだ」
楽をするくらいのことと、樹くんの危険は全然価値が違うのに。
そんな駄菓子と霜降り肉を比べるよりもっと差があること、なんで釣り合うと思うの。
樹くんが居なくなったら、わたしだって死ぬんだよ。生きている意味なんて無いんだから。
「それで樹くんがケガしたら、何の意味もないんだよ!」
「大丈夫だ。俺は死なない。絶対に。約束するから」
なんで軽く見ているんだろう。初めの戦いで、ガベージにすら勝てないって分かったはずなのに。
命がけの戦いだって、本当に分かっているのかな。魔法少女としての力を持っていても、危ないみたいなのに。
実際、樹くんは大怪我をする一歩手前くらいには進んでいたのに。
「信じられないよ! ゲドーユニオンのことを甘く見ているだけの言葉なんて!」
思わず口から出てしまった言葉は、すぐに後悔したんだ。
樹くんの顔を見た途端に。この世の終わりみたいな顔をしていたから。なにも信じられなさそうだったから。
傷ついてるなんてものじゃない。もう、何か大切なものを失ったような表情だったから。
でも、間違ったことは言っていない。そんな感情もあって。私は迷子になりそうだった。
樹くんが諦めてくれれば、それで全部解決するのに。どうしてなんだろうね。
「お、俺は……このか……」
声に力がなくて、顔にも生気がなくて。青ざめている様子。言葉も浮かんでこないみたい。
そこまで傷つけてしまったのだと思うと、私まで苦しくなりそう。だけど、必要なセリフだと信じたかった。
でも、樹くんが消え去ってしまいそうに思えて、怖くて。思わず慰めようとしていたんだ。
「ち、違うよ。樹くんが信じられない訳じゃなくて! いつでも信頼しているからね?」
「そうだな……」
わたしの言葉は、樹くんには届いていない。そう確信できたよ。だから、樹くんの顔を見ていたくなかった。わたしは泣いちゃうかもしれないから。
樹くんと、ただ平和に過ごす。それだけの願いが遠い。ビックリするくらい。空よりも離れているように思えて。どうすれば良いのかなんて、分からなかった。
わたし達は、ゲドーユニオンなんて居なければ、普通に結ばれていたはずなのに。
どうして、想いがすれ違っちゃうのかな。願いは同じはずなのに。一緒に平和に過ごせれば、それだけで良いはずなのに。
「樹くん、今日は帰った方が良いよ。ゆっくり、また話をしよう?」
「ああ……」
樹くんは、とりあえず言葉は理解できているみたいで、すぐに帰っていった。
わたしは、それからひとりで泣いていた。悲しいのは樹くんだって、分かってはいたんだけどね。
でも、樹くんをわたしが傷つけてしまった悲しみは、きっとわたしにしか理解できないよ。
本当は、樹くんを守りたかったはずなのに。全く逆の行いをしてしまった。そんな苦しさは。
わたしは樹くんを助けられる力を手に入れたはずなのに。
だけど、現実では全く逆なんだ。樹くんは私を守ろうとして、危なくなるばかり。
結局、わたしは信じてもらえていないのかな。お互い様だね。相手の強さが信じられないのは。
ねえ、嫌だよ。わたしは、樹くんと信じあっていたいよ。どうすれば、この気持ちは届くのかな。
全部、ゲドーユニオンのせいではあるんだ。だから、居なくなってくれたら。そう心から感じたよ。
わたしの邪魔をする、くだらない怪人たち。目的になんて興味はない。お願いだから、消えてほしいよ。
だって、そうすれば樹くんとゆっくり過ごせるんだもん。それだけが、私の望みなんだもん。
そして次の日。わたしは樹くんとどう仲直りをすれば良いのかを考えていた。
謝ることだって、必要ならやる。でも、樹くんが無理をする未来が見える限りは、謝れないよ。
わたしは、樹くんが無事で居てくれれば、それだけでいいのに。わたしがケガをするくらいのことなら、別に耐えられるのに。
だけど、樹くんは戦おうとしてしまう。わたしより、よっぽど危険なのに。
樹くんがケガをしたら、わたしは苦しいなんてものじゃないのに。どうして分かってくれないんだろう。
きっと、わたしが弱かったからなんだろうな。ブロッサムドロップになる前は、ずっと守られていただけだから。
結局、これまでのわたしが悪いんだ。樹くんに、頼れる姿を見せてこなかったから。
わたしだって、魔法少女として戦えるのに。それを認めてもらえないんだ。
今のわたしの方が、樹くんよりずっと強いのにね。ただの人間なんて、比べ物にならないくらい。
しばらく考え事に浸っていると、急にリーベから反応があった。
つまり、ゲドーユニオンが現れたってこと。どこかと思えば、この学校だった。
ということは、樹くんも巻き込まれる可能性があるってこと。
わたしは急いで、ブロッサムドロップに変身しようと隠れる場所を探した。
更衣室で変身して、すぐに駆けつけていく。ガベージは校庭に集まっていて、だからすぐに攻撃するんだ。
「神聖な学び舎を狙うなんて、許せません! このブロッサムドロップが、あなた達を倒します!」
ピンク色のリボンを放って、ガベージ達を倒していく。もう、ガベージなんかじゃ相手にならないね。
だけど、気を抜いちゃダメだよね。樹くんが巻き込まれないように、しっかりと始末しないと。
わたしは、できるだけ気づかれないように、樹くんを探すことを優先していた。
ブロッサムドロップの大切な人が樹くんってバレたら、人質にされるかもしれないから。それは避けないといけないんだ。
わたしは、樹くんを気にしていないフリをしなくちゃいけない。
でも、とても難しいことなんだよね。どうしても、視線で追ってしまいそうになる。当たり前だよね。大好きな人だもん。
だけど、その感情で樹くんを傷つける訳にはいかないから。全力で演技しないと。
ガベージを片付けていくと、また敵の幹部っぽい存在がやってきた。
今度は黄色くて、まあイエローなんだろうなって。その辺、単純なネーミングみたいだから。
なんだか、物語じみているよね。まあ、魔法少女の存在自体が漫画やアニメの世界か。
それよりも、今度こそしっかりと倒さないと。苦戦しないように。
今ここに樹くんがいるのは間違いない。だからこそ、楽勝なんだって知らせてあげないと。
前みたいに、わたしを助けようと思われたらおしまいなんだ。その覚悟で。
「俺はゲドーイエロー! ブロッサムドロップ! レッドとブルーを倒した見事な戦士よ! 俺と競い合おうじゃないか!」
ゲドーイエローとやらは大見得を切っているけれど。
競い合いたいとか、どうでもいいよ。わたしは敵の目的になんて興味はないんだ。
できるだけ、さっさと倒れてほしい。私の中にあるのは、それだけだよ。
「あなたが何を考えていようと、悪しきゲドーユニオンは打ち破ります!」
すぐにリボンを撃っていくけど、敵が土をまとって防がれる。まあ、分かってはいたよ。とりあえず、小手調べだというだけ。
セイントサンクチュアリをどのタイミングで放つのか、それが大事になってくるよね。
とにかく、大技を当てれば倒れてくれるはず。それは、これまでの敵と同じだと思うから。
「大した力だ。だが、その程度ではあるまい!」
なんて言われるけど、本気を見せる時は死んでもらう時だよ。
そうじゃないと、対策を取られちゃうからね。その程度のことには考えが及ぶくらいには、戦いには慣れているから。
ゲドーイエローは土を剣の姿に変えて、こちらに切りかかってくる。
リボンをそこに当てると、剣もリボンも壊れていった。なら、威力の限界は分かったかな。
それなら、一撃や二撃を受けても問題ないかな。ちょうど良いタイミングで、セイントサンクチュアリをチャージしよう。
そう決まったら、後は簡単だね。とりあえずは、攻撃を受けたらまずいふりをして、状況を見計らってから溜める。それで良いかな。
流石に、初手から溜めに入ったら、もうちょっと強い攻撃を選ばれかねないよね。
だから、焦りから大技を選んだフリをするんだ。でも、できるだけ早く。
万が一だけど、樹くんが助けに入ってこない程度には、すぐに。
実際、何度かリボンと剣をぶつけ合っていると、敵はリボンを突破しようとしてきたよ。
そこで、セイントサンクチュアリのチャージに入る。案の定、敵は切りかかってくるけれど。特に問題はない。どの程度の威力かは分かっている。じゃあ、耐えるだけだから。
それで、大技の発動準備を整えて、放っていく。
「この一撃で! セイントサンクチュアリ!」
間違いなく直撃して、敵はボロボロになっていた。もう一撃与えれば、倒せるって程度には。
「この程度で倒れるものかよ! この戦いは、まだ終わらせぬぞ!」
ゲドーイエローは吠えるけれど、もう形成は傾いているかなって感じだった。
何か、敵は大技を溜めていくみたいだった。けれど、どうとでもなるかなって。
だけど、樹くんには違う見え方だったみたいだ。
ゲドーイエローが固めた土の塊に、消火器の中身をぶつけていたから。ピンチかもって思われたのだろう。
それで、わたしの計画は狂っちゃったんだ。適当にあしらっていれば、勝てたはずだったのに。
樹くんが邪魔だって思ったのは、初めてだったかもしれない。
でも、仕方ないよね。実際、邪魔だったんだから。でも、すぐにどうでも良くなっちゃったんだ。
「俺とブロッサムドロップの間に入るとは、無粋な奴め。その報いを受けよ!」
わたしが何かをする前に、樹くんは敵の土に囲まれた。つまり、攻撃されているってこと。
その状況では、うかつにゲドーイエローに攻撃できない。だって、樹くんの命がかかっているから。
変なことをして樹くんが死んでしまったら、もう終わりだもん。何もかもが。
だから、見ているだけしかできなくて。必死に涙をこらえながら。
結局、樹くんは解放された。大怪我をしていたけれど。左腕なんか変な方向に曲がっていて、私の心は黒く染まっていった。
殺してやる。絶対に殺してやる。それだけを考えていると、急に力が湧いてきた。
今なら、どんな相手だって殺せそう。そう感じるくらいの。
だから、いま目の前にいる敵に、戦力でぶつけようって。それだけだった。
「これが、俺の戦いを邪魔した罰だ。ただの人が、怪人に勝てると思った罪を思い知ったか?」
心のままに、全ての力を込める。冷静な判断じゃなくて、ただ感情だけで。
殺す。とにかく殺す。考えているのは、それだけだった。
敵は樹くんに近寄っていたから、すぐにでも死んでもらう。その思いだけで、力を放つ。
「死んでよおおおっ!」
樹くんに聞かれちゃったかな。幻滅されちゃうかもな。そんな事を考えていた。
戦いからすれば、どうでもいいこと。でも、わたしにとっては目の前の敵よりも、よほど大事なことだったんだよ。
新しい感情で目覚めたリボンは、真っ黒だった。わたしの心みたいに。
何も考えず、ぶつけられるだけの物をぶつける。それだけで、敵は苦しんでいるようだった。
そして、技を出し終わったころ、ゲドーイエローは倒れていく。
だけど、全く心はスッキリしなくて、ただ虚しいだけだったんだ。
当たり前だよね。樹くんのケガは消えないんだもん。苦しんだ事実は、無くならないんだもん。
「ゲドーブラック様、ブロッサムドロップは危険です……」
敵は何かを言い残していたけど、そんな事はどうでも良かった。
もう、樹くんには二度と戦わないでほしい。そんな心でいっぱいだったから。
だって、嫌だよ。樹くんが傷つくのを目の前で見ているだけなんて。
そんな思いは、うまく形にできなかったけれど。
「……自惚れは解消されましたか? 身の程をわきまえず、勝てない敵に挑むからそうなるのです。もう、怪人と関わるのはやめてください」
樹くんに投げかけた言葉の棘が、自分にも突き刺さるような気がした。
どうしてわたしは、樹くんを否定しているのだろう。そんなの嫌だったのに。
実際、樹くんはとても傷ついている。わたしは、喜んでほしかっただけなのに。
ぜんぶぜんぶ、ゲドーユニオンのせいだ。だから、もう許さない。それで良いんだよね。
「……分かった。もう、余計なことはしない。お前の足は引っ張らないよ」
望んでいた言葉のはずなのに、全然うれしくなかった。
わたしは、結局は樹くんを傷つけてしまうだけ。心も、体も。
魔法少女になんてなってしまったのが、間違いだったのかな。
でも、わたしが居なくちゃ、ゲドーユニオンはもっと暴れていたはず。
まあ、何でも良いか。ゲドーユニオンは全滅させれば。
「そうですか。ありがとうございます。忘れていました。あなたの治療をしないと」
樹くんに、リボンの力で治療を施していく。
だけど、結果はあんまり良くない。折れてしまった腕は、元に戻っていないようで。
樹くんは痛々しい姿のまま、何も変わっていないようだった。
いや、少しは傷が治っているのだけれど。アザはなくなっているし。
「リーベ。どうして傷は治りきっていないんですか?」
本当に大事なことだ。理由は分かる気もするけれど。力が足りないんだよね。
いったい、何のための力なんだろう。樹くんが傷ついていて、助けられないなんて。
そうだね。ゲドーユニオンを討ち滅ぼすための力だよね。それだけだよ。
もう、樹くんは傷つけさせないから。すべてを殺してでも。
「ブロッサムドロップの癒やしの力にも、限度があるということだね。仕方のないことだ」
他人事みたいにいうリーベには腹が立つけれど、諦めるしかない。
リーベと樹くんは、親しいわけでもないのだから。だけど、それ以上は許さないよ。
「仕方なくなんて、ありません! わたしのせいで傷ついたのに、ちゃんと治すこともできないなんて……」
「気にするな。俺の愚かな行動の、その戒めになる。しばらくは、この痛みと一緒に生きていくよ」
そんな戒めなんて、必要ないのに。戦いは止めてほしかったけれど、だからといってケガしてほしい訳じゃなかった。
というか、樹くんが傷つかないために、戦いから遠ざけたかったのに。
今のわたしは、何も叶えられていないよ。どうしてなんだろうね。
「分かりました。ちゃんと、静養してくださいね」
「賢明な判断だね。ゲドーユニオンとは、もう戦わないことだ。二度と、傷つかないためにね」
リーベの言葉には物申したかったけど。わたしの樹くんに知ったような口を利いて。
でも、戦わないでほしいのは、わたしも同じだったから。特に反論はしなかった。
それからわたしは家に帰って、ひとりで泣いていた。
樹くんにだけは、傷ついてほしくなかったのに。わたしのために、あんなケガまでして。
わたしが魔法少女だって知られていなければ、何も問題はなかったのに。
ゲドーレッドとの戦いでだって、樹くんはガベージに痛めつけられていた。
だから、もう戦わないでほしいって、そう思っていたのに。もっと強く、止めていれば良かったのかな。
それとも、そもそもわたしが魔法少女だって伝えなければよかったのかな。
どっちだったところで、過去には戻れないんだけどね。これから先も、きっと思い出すたびに傷つくんだろうな。
樹くんが、わたしを守るために傷つくリスクを背負う。そういう人だってことは、ずっと前から知っていたのに。
だけど、それでもわたしを知ってほしいって思っちゃった。それが、わたしの罪なんだよね。
そして、胸が引き裂かれそうな思いこそが、わたしへの罰なんだ。
わたしは、今感じている心の痛みを胸に刻んでいた。
もう二度と、味わわなくて済むように。そのための燃料になるように。
絶対に、樹くんは傷つけさせないよ。これから、どんな手段を使ってもね。