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第6話 悲しみと怒り

 わたしは、樹くんに助けられたことが何度もある。だけど、嬉しいことばかりではなかったんだ。

 例えば、わたしが質の悪いナンパをされている時、樹くんがかばってくれて、でも彼は殴られてしまった。


「樹くん、大丈夫?」


 なんて言うわたしに、樹くんは笑いかけてきたんだ。


「お前を守れたんだから、痛みなんて無いようなものだよ」


 そう返されたけれど、わたしの胸は締め付けられるようだった。

 だって、わたしのせいで、樹くんは傷ついていたから。二度と、こんなことが無いように。そう祈るくらいには、嫌な思い出のひとつだったんだ。

 結局、その願いは叶うことがなかった。樹くんが、ゲドーユニオンに挑んだばっかりに。


 ゲドーレッドとの戦いで、ガベージに傷つけられていた。だから、前に一発殴られたときよりも、もっと樹くんは痛かったはずだよ。

 その感覚を想像するだけで、わたしまで苦しくなりそうで。

 だから、全力で樹くんを止めたかったんだ。もう二度と、同じことが起きないように。


 そのために、樹くんと話し合いたかった。そこで、家に呼ぶことにしたんだ。

 ゲドーユニオンと戦うのをやめてもらう話に、誘導できればいいなって。

 もちろん、樹くんと会話がしたいって思いもあったんだけどね。樹くんと過ごす時間は、いつだって楽しいから。


「樹くん、こうしてゆっくりできるのは久しぶりだね。魔法少女になってからは、どうしても難しかったから」


 樹くんに、不良だって誤解されていたかもしれないし。授業から飛び出したり、急に予定をすっぽかしたり。

 いま思えば、よく許してくれていたよね。まあ、私は不安に負けちゃったんだけどね。疑われることが怖くて。

 それで、樹くんを戦いに巻き込むことになった。本当なら、我慢するべきだったんだ。嫌われたとしても。


 だけど、嫌だよ。樹くんに嫌われちゃう未来なんて。

 じゃあ、どうすれば良かったのかな。魔法少女だって教えずに、樹くんをごまかす手段があったのかな。

 結局のところ、どちらを選んでも後悔していたのかもしれないな。でも、樹くんが傷つくより、私が嫌われたほうが良かったはずだよ。

 だって、下手したら死んじゃうんだから。生きてくれていたら、未来に仲直りできるんだから。


「そうだな。ゲドーユニオンはいつでもどこでも現れるからな。このかも大変だったよな」


「でも、樹くんとの時間があるなら、また頑張れるよ!」


 とはいえ、樹くんが死ぬって恐怖に怯える瞬間もあるんだ。

 今この瞬間が、樹くんと過ごせる最後の時間じゃないかって。

 じゃあ、今を大事にするのが良いのかな。もっと強くなれば良いのかな。

 色々な選択肢が頭に浮かんで、どうすれば良いのかが悩ましいよ。


「ありがとう。俺を活力にしてくれるのなら、そばに居る甲斐があるよ」


「樹くんなら、いつでもどこでも一緒に居てくれて良いからね!」


 だけど、ブロッサムドロップの時は例外だよ。

 近くに居ないほうが、むしろ安心できるくらい。

 ゲドーユニオンと関わってる樹くんを見ていると、ハラハラしてこっちがどうにかなっちゃいそう。


「それは嬉しいな。俺も、お前が一緒に居ると楽しいよ」


 樹くんがわたしを好きで居てくれるような気がして、とても嬉しい。

 いや、これまでの行動を考えたら、好意はない訳がないんだけどね。

 だとしても、わたしで幸せを感じるってことはね。大事なことだよね。


「わたしの方が、もっと楽しいって感じているよ。絶対にね」


「ありがたいことだ。このかを楽しませられているのなら、俺の人生にも価値がある」


 ひどい言葉だよ。わたしがどれだけ樹くんを大事に思っているのか、全然分かってくれてない。

 わたしにとっては、絶対に欠かせない存在なんだから。そんな小さな人じゃないよ。

 でも、樹くんの気持ちをわたしが分かってないって証なのかもしれない。

 だとしたら、もうちょっと考えるべきこともあるのかもね。どうすればいいのか、分からないけれど。


「大げさだよ。樹くんは樹くんでいるだけで、とっても素敵なんだからね」


 樹くんは肩をすくめてしまう。なんというか、信じられてないのかな。

 わたしにとって、樹くんは人生の全てなんだよ。ちゃんと、分かってほしいよ。

 悲しいよ。この想いが、樹くんに伝わっていないんだと思うと。

 わたしは樹くんになら、全部を捧げられるのに。それくらい好きなのに。


「あーっ! ウソだって思ってるんでしょ! ひどいよ!」


「このかの事はいつだって信じているよ。いまさら疑ったりしない」


 嬉しいよ。わたしを信じてくれるのは。だけど、ブロッサムドロップは信じてくれていないよね?

 やっぱり、わたしを弱い生き物だって思ってるんじゃないかな?

 もう、違うんだよ。樹くんに助けられていたばかりの、わたしじゃないんだ。ちゃんと、ひとりで戦えるんだからね。

 でも、ひとりじゃ生きられないけどね。樹くんがいないと、わたしはダメなんだ。


「ふふっ、嬉しいな。わたしも、樹くんの事は何があっても信じるよ」


「ありがとう。このかと、これからも平和に過ごしたいものだな」


 そうだよね。ゲドーユニオンなんて、早く居なくなってほしいよ。

 樹くんとのんびり過ごせる時間が、わたしにとっては最高なんだから。

 わたしが望んでいるのは、樹くんの存在だけだからね。他のものは、別にいらないんだ。


「わたしも同じ気持ちだよ。樹くん、ありがとう。わたしとの時間を大事に思ってくれて」


「当たり前のことだ。このかは、大事な幼馴染なんだからな」


 樹くんの感情は、わたしに向いているはず。そう信じたいのに、幼馴染って言葉が邪魔をするんだ。

 照れているだけなら良いよ。でも、恋や愛とは関係のない感情だからなら。わたしはどうにかなっちゃうよ。

 樹くんと結ばれない人生なんて、何の意味もないんだからね。わたしが恋しているのも愛しているのも、永遠にひとりだけだから。


「……そうだね。わたしにとっても、樹くんは大事な幼馴染だよ。これからも、ずっと一緒だからね」


「ああ、約束だ。前にも言った気がするけどな」


 ずっと一緒であることは、何回でも強調していきたいよ。わたしの存在が、絶対に忘れられないように。

 樹くんと過ごす時間だけが、わたしの幸せなんだから。絶対に失いたくないよ。

 わたしを変えたのは、樹くんなんだから。責任を取ってもらわないとね。


「何度でも、約束しようよ。わたしたちは、ずっと隣同士なんだって」


「ああ、そうだな。この約束は、何度したって大事なものから変わらないからな」


 嬉しいよ。樹くんが、わたしとの関係を大切にしてくれているって分かるんだ。

 どんな未来だって、絶対に離さない。この関係は、何があっても失わないよ。

 例え正しくない手段を使ったって、樹くんの隣は渡さない。

 わたしの幸せは誰にも譲らない。どんな運命にだって負けたりしない。


「うん。わたし達の関係だって、何度でもつなぎ直したいんだ」


「俺達なら、きっとできるはずだ。最高の関係だって、言っていいだろう」


 わたし達の関係が最高だなんて、当たり前だよね。

 ずっと先まで、おじいちゃんとおばあちゃんになっても。永遠に途切れないんだから。途切れさせないんだから。


「なら、嬉しいな。樹くんとの関係が最高なんて、当たり前だけどね」


「だから、さっさとゲドーユニオンには消えてもらいたいな。そうすれば、平和に過ごせるんだから」


 わたしと樹くんの目的は同じ。だけど、手段が違うんだよね。

 樹くんはわたしに戦ってほしくない。わたしは樹くんに戦ってほしくない。同じように見えて、ぜんぜん違う。

 兵士に戦わないでって言うのと、ただの一般人に戦わないでって言うのは、とても遠いんだよ。分かってほしい。


「そうだね。樹くんと、平和に過ごしたい。それは、わたしだって同じだから。そのために、全力で頑張るんだ」


「俺だって、どうにかしてみせる。このかが傷つくなんて、絶対に嫌だからな」


 樹くんは大好きだけど、無理をしようとする所はどうにかしてほしい。

 だって、樹くんがケガしたら、わたしも苦しいんだもん。

 わたしは樹くんと幸せになりたいだけ。ヒーローになってほしい訳じゃない。


「やめて。前にも言ったけど、ゲドーユニオンは危険なんだよ。ただの人じゃ、勝てないんだよ」


「それでも、このかだって危ないじゃないか。それが嫌なんだよ」


 わたしの危険性と、樹くんの危険性では釣り合わない。

 ハッキリ言って私ならどうでもいい攻撃でも、樹くんなら死んじゃう可能性があるんだよ。

 それって、わたしと樹くんの関係性が同じじゃないってこと。おとなしく、守られていてよ。

 男のプライドなんてもの、何の役にも立たないんだよ。だって、戦いなんだから。


「わたしには、ブロッサムドロップの力がある。樹くんには、何もないんだよ!」


「だとしても、何かできるはずだ。ゲドーレッドにも、ゲドーブルーにも、何も手が打てなかった訳じゃない」


 余計なお世話なんだよ。樹くんが傷ついたら、わたしの戦いの意味がなくなっちゃうんだよ。

 樹くんを守りたいからこそ、魔法少女として頑張っているのに。

 そんなわたしの気持ちは、無駄でしかないとでもいうのかな?


「そんなの、奇跡でしかないよ! 樹くんは弱いんだから、引っ込んでてよ!」


「それでも、このかを一人にしたくないんだ」


 樹くんが死んだら、本当にわたしは一人になっちゃう。それは分かってくれないのかな。

 絶対に、樹くんだけは失いたくないんだよ。他の誰が死んだって構わない。だけど、樹くんだけは。


「わたしは一人でいいよ! 樹くんを巻き込むくらいなら! どうして分かってくれないの!」


「俺だって、お前が戦うのは嫌なんだ。せめて、少しでも楽をしてほしいんだ」


 楽をするくらいのことと、樹くんの危険は全然価値が違うのに。

 そんな駄菓子と霜降り肉を比べるよりもっと差があること、なんで釣り合うと思うの。

 樹くんが居なくなったら、わたしだって死ぬんだよ。生きている意味なんて無いんだから。


「それで樹くんがケガしたら、何の意味もないんだよ!」


「大丈夫だ。俺は死なない。絶対に。約束するから」


 なんで軽く見ているんだろう。初めの戦いで、ガベージにすら勝てないって分かったはずなのに。

 命がけの戦いだって、本当に分かっているのかな。魔法少女としての力を持っていても、危ないみたいなのに。

 実際、樹くんは大怪我をする一歩手前くらいには進んでいたのに。


「信じられないよ! ゲドーユニオンのことを甘く見ているだけの言葉なんて!」


 思わず口から出てしまった言葉は、すぐに後悔したんだ。

 樹くんの顔を見た途端に。この世の終わりみたいな顔をしていたから。なにも信じられなさそうだったから。

 傷ついてるなんてものじゃない。もう、何か大切なものを失ったような表情だったから。


 でも、間違ったことは言っていない。そんな感情もあって。私は迷子になりそうだった。

 樹くんが諦めてくれれば、それで全部解決するのに。どうしてなんだろうね。


「お、俺は……このか……」


 声に力がなくて、顔にも生気がなくて。青ざめている様子。言葉も浮かんでこないみたい。

 そこまで傷つけてしまったのだと思うと、私まで苦しくなりそう。だけど、必要なセリフだと信じたかった。

 でも、樹くんが消え去ってしまいそうに思えて、怖くて。思わず慰めようとしていたんだ。


「ち、違うよ。樹くんが信じられない訳じゃなくて! いつでも信頼しているからね?」


「そうだな……」


 わたしの言葉は、樹くんには届いていない。そう確信できたよ。だから、樹くんの顔を見ていたくなかった。わたしは泣いちゃうかもしれないから。

 樹くんと、ただ平和に過ごす。それだけの願いが遠い。ビックリするくらい。空よりも離れているように思えて。どうすれば良いのかなんて、分からなかった。


 わたし達は、ゲドーユニオンなんて居なければ、普通に結ばれていたはずなのに。

 どうして、想いがすれ違っちゃうのかな。願いは同じはずなのに。一緒に平和に過ごせれば、それだけで良いはずなのに。


「樹くん、今日は帰った方が良いよ。ゆっくり、また話をしよう?」


「ああ……」


 樹くんは、とりあえず言葉は理解できているみたいで、すぐに帰っていった。

 わたしは、それからひとりで泣いていた。悲しいのは樹くんだって、分かってはいたんだけどね。

 でも、樹くんをわたしが傷つけてしまった悲しみは、きっとわたしにしか理解できないよ。

 本当は、樹くんを守りたかったはずなのに。全く逆の行いをしてしまった。そんな苦しさは。


 わたしは樹くんを助けられる力を手に入れたはずなのに。

 だけど、現実では全く逆なんだ。樹くんは私を守ろうとして、危なくなるばかり。

 結局、わたしは信じてもらえていないのかな。お互い様だね。相手の強さが信じられないのは。

 ねえ、嫌だよ。わたしは、樹くんと信じあっていたいよ。どうすれば、この気持ちは届くのかな。


 全部、ゲドーユニオンのせいではあるんだ。だから、居なくなってくれたら。そう心から感じたよ。

 わたしの邪魔をする、くだらない怪人たち。目的になんて興味はない。お願いだから、消えてほしいよ。

 だって、そうすれば樹くんとゆっくり過ごせるんだもん。それだけが、私の望みなんだもん。


 そして次の日。わたしは樹くんとどう仲直りをすれば良いのかを考えていた。

 謝ることだって、必要ならやる。でも、樹くんが無理をする未来が見える限りは、謝れないよ。

 わたしは、樹くんが無事で居てくれれば、それだけでいいのに。わたしがケガをするくらいのことなら、別に耐えられるのに。


 だけど、樹くんは戦おうとしてしまう。わたしより、よっぽど危険なのに。

 樹くんがケガをしたら、わたしは苦しいなんてものじゃないのに。どうして分かってくれないんだろう。

 きっと、わたしが弱かったからなんだろうな。ブロッサムドロップになる前は、ずっと守られていただけだから。


 結局、これまでのわたしが悪いんだ。樹くんに、頼れる姿を見せてこなかったから。

 わたしだって、魔法少女として戦えるのに。それを認めてもらえないんだ。

 今のわたしの方が、樹くんよりずっと強いのにね。ただの人間なんて、比べ物にならないくらい。


 しばらく考え事に浸っていると、急にリーベから反応があった。

 つまり、ゲドーユニオンが現れたってこと。どこかと思えば、この学校だった。

 ということは、樹くんも巻き込まれる可能性があるってこと。

 わたしは急いで、ブロッサムドロップに変身しようと隠れる場所を探した。

 更衣室で変身して、すぐに駆けつけていく。ガベージは校庭に集まっていて、だからすぐに攻撃するんだ。


「神聖な学び舎を狙うなんて、許せません! このブロッサムドロップが、あなた達を倒します!」


 ピンク色のリボンを放って、ガベージ達を倒していく。もう、ガベージなんかじゃ相手にならないね。

 だけど、気を抜いちゃダメだよね。樹くんが巻き込まれないように、しっかりと始末しないと。

 わたしは、できるだけ気づかれないように、樹くんを探すことを優先していた。

 ブロッサムドロップの大切な人が樹くんってバレたら、人質にされるかもしれないから。それは避けないといけないんだ。


 わたしは、樹くんを気にしていないフリをしなくちゃいけない。

 でも、とても難しいことなんだよね。どうしても、視線で追ってしまいそうになる。当たり前だよね。大好きな人だもん。

 だけど、その感情で樹くんを傷つける訳にはいかないから。全力で演技しないと。


 ガベージを片付けていくと、また敵の幹部っぽい存在がやってきた。

 今度は黄色くて、まあイエローなんだろうなって。その辺、単純なネーミングみたいだから。

 なんだか、物語じみているよね。まあ、魔法少女の存在自体が漫画やアニメの世界か。


 それよりも、今度こそしっかりと倒さないと。苦戦しないように。

 今ここに樹くんがいるのは間違いない。だからこそ、楽勝なんだって知らせてあげないと。

 前みたいに、わたしを助けようと思われたらおしまいなんだ。その覚悟で。


「俺はゲドーイエロー! ブロッサムドロップ! レッドとブルーを倒した見事な戦士よ! 俺と競い合おうじゃないか!」


 ゲドーイエローとやらは大見得を切っているけれど。

 競い合いたいとか、どうでもいいよ。わたしは敵の目的になんて興味はないんだ。

 できるだけ、さっさと倒れてほしい。私の中にあるのは、それだけだよ。


「あなたが何を考えていようと、悪しきゲドーユニオンは打ち破ります!」


 すぐにリボンを撃っていくけど、敵が土をまとって防がれる。まあ、分かってはいたよ。とりあえず、小手調べだというだけ。

 セイントサンクチュアリをどのタイミングで放つのか、それが大事になってくるよね。

 とにかく、大技を当てれば倒れてくれるはず。それは、これまでの敵と同じだと思うから。


「大した力だ。だが、その程度ではあるまい!」


 なんて言われるけど、本気を見せる時は死んでもらう時だよ。

 そうじゃないと、対策を取られちゃうからね。その程度のことには考えが及ぶくらいには、戦いには慣れているから。


 ゲドーイエローは土を剣の姿に変えて、こちらに切りかかってくる。

 リボンをそこに当てると、剣もリボンも壊れていった。なら、威力の限界は分かったかな。

 それなら、一撃や二撃を受けても問題ないかな。ちょうど良いタイミングで、セイントサンクチュアリをチャージしよう。


 そう決まったら、後は簡単だね。とりあえずは、攻撃を受けたらまずいふりをして、状況を見計らってから溜める。それで良いかな。

 流石に、初手から溜めに入ったら、もうちょっと強い攻撃を選ばれかねないよね。

 だから、焦りから大技を選んだフリをするんだ。でも、できるだけ早く。

 万が一だけど、樹くんが助けに入ってこない程度には、すぐに。


 実際、何度かリボンと剣をぶつけ合っていると、敵はリボンを突破しようとしてきたよ。

 そこで、セイントサンクチュアリのチャージに入る。案の定、敵は切りかかってくるけれど。特に問題はない。どの程度の威力かは分かっている。じゃあ、耐えるだけだから。


 それで、大技の発動準備を整えて、放っていく。


「この一撃で! セイントサンクチュアリ!」


 間違いなく直撃して、敵はボロボロになっていた。もう一撃与えれば、倒せるって程度には。


「この程度で倒れるものかよ! この戦いは、まだ終わらせぬぞ!」


 ゲドーイエローは吠えるけれど、もう形成は傾いているかなって感じだった。

 何か、敵は大技を溜めていくみたいだった。けれど、どうとでもなるかなって。


 だけど、樹くんには違う見え方だったみたいだ。

 ゲドーイエローが固めた土の塊に、消火器の中身をぶつけていたから。ピンチかもって思われたのだろう。

 それで、わたしの計画は狂っちゃったんだ。適当にあしらっていれば、勝てたはずだったのに。


 樹くんが邪魔だって思ったのは、初めてだったかもしれない。

 でも、仕方ないよね。実際、邪魔だったんだから。でも、すぐにどうでも良くなっちゃったんだ。


「俺とブロッサムドロップの間に入るとは、無粋な奴め。その報いを受けよ!」


 わたしが何かをする前に、樹くんは敵の土に囲まれた。つまり、攻撃されているってこと。

 その状況では、うかつにゲドーイエローに攻撃できない。だって、樹くんの命がかかっているから。

 変なことをして樹くんが死んでしまったら、もう終わりだもん。何もかもが。

 だから、見ているだけしかできなくて。必死に涙をこらえながら。


 結局、樹くんは解放された。大怪我をしていたけれど。左腕なんか変な方向に曲がっていて、私の心は黒く染まっていった。

 殺してやる。絶対に殺してやる。それだけを考えていると、急に力が湧いてきた。

 今なら、どんな相手だって殺せそう。そう感じるくらいの。

 だから、いま目の前にいる敵に、戦力でぶつけようって。それだけだった。


「これが、俺の戦いを邪魔した罰だ。ただの人が、怪人に勝てると思った罪を思い知ったか?」


 心のままに、全ての力を込める。冷静な判断じゃなくて、ただ感情だけで。

 殺す。とにかく殺す。考えているのは、それだけだった。


 敵は樹くんに近寄っていたから、すぐにでも死んでもらう。その思いだけで、力を放つ。


「死んでよおおおっ!」


 樹くんに聞かれちゃったかな。幻滅されちゃうかもな。そんな事を考えていた。

 戦いからすれば、どうでもいいこと。でも、わたしにとっては目の前の敵よりも、よほど大事なことだったんだよ。


 新しい感情で目覚めたリボンは、真っ黒だった。わたしの心みたいに。

 何も考えず、ぶつけられるだけの物をぶつける。それだけで、敵は苦しんでいるようだった。


 そして、技を出し終わったころ、ゲドーイエローは倒れていく。

 だけど、全く心はスッキリしなくて、ただ虚しいだけだったんだ。

 当たり前だよね。樹くんのケガは消えないんだもん。苦しんだ事実は、無くならないんだもん。


「ゲドーブラック様、ブロッサムドロップは危険です……」


 敵は何かを言い残していたけど、そんな事はどうでも良かった。

 もう、樹くんには二度と戦わないでほしい。そんな心でいっぱいだったから。

 だって、嫌だよ。樹くんが傷つくのを目の前で見ているだけなんて。

 そんな思いは、うまく形にできなかったけれど。


「……自惚れは解消されましたか? 身の程をわきまえず、勝てない敵に挑むからそうなるのです。もう、怪人と関わるのはやめてください」


 樹くんに投げかけた言葉の棘が、自分にも突き刺さるような気がした。

 どうしてわたしは、樹くんを否定しているのだろう。そんなの嫌だったのに。

 実際、樹くんはとても傷ついている。わたしは、喜んでほしかっただけなのに。

 ぜんぶぜんぶ、ゲドーユニオンのせいだ。だから、もう許さない。それで良いんだよね。


「……分かった。もう、余計なことはしない。お前の足は引っ張らないよ」


 望んでいた言葉のはずなのに、全然うれしくなかった。

 わたしは、結局は樹くんを傷つけてしまうだけ。心も、体も。

 魔法少女になんてなってしまったのが、間違いだったのかな。

 でも、わたしが居なくちゃ、ゲドーユニオンはもっと暴れていたはず。

 まあ、何でも良いか。ゲドーユニオンは全滅させれば。


「そうですか。ありがとうございます。忘れていました。あなたの治療をしないと」


 樹くんに、リボンの力で治療を施していく。

 だけど、結果はあんまり良くない。折れてしまった腕は、元に戻っていないようで。

 樹くんは痛々しい姿のまま、何も変わっていないようだった。

 いや、少しは傷が治っているのだけれど。アザはなくなっているし。


「リーベ。どうして傷は治りきっていないんですか?」


 本当に大事なことだ。理由は分かる気もするけれど。力が足りないんだよね。

 いったい、何のための力なんだろう。樹くんが傷ついていて、助けられないなんて。

 そうだね。ゲドーユニオンを討ち滅ぼすための力だよね。それだけだよ。

 もう、樹くんは傷つけさせないから。すべてを殺してでも。


「ブロッサムドロップの癒やしの力にも、限度があるということだね。仕方のないことだ」


 他人事みたいにいうリーベには腹が立つけれど、諦めるしかない。

 リーベと樹くんは、親しいわけでもないのだから。だけど、それ以上は許さないよ。


「仕方なくなんて、ありません! わたしのせいで傷ついたのに、ちゃんと治すこともできないなんて……」


「気にするな。俺の愚かな行動の、その戒めになる。しばらくは、この痛みと一緒に生きていくよ」


 そんな戒めなんて、必要ないのに。戦いは止めてほしかったけれど、だからといってケガしてほしい訳じゃなかった。

 というか、樹くんが傷つかないために、戦いから遠ざけたかったのに。

 今のわたしは、何も叶えられていないよ。どうしてなんだろうね。


「分かりました。ちゃんと、静養してくださいね」


「賢明な判断だね。ゲドーユニオンとは、もう戦わないことだ。二度と、傷つかないためにね」


 リーベの言葉には物申したかったけど。わたしの樹くんに知ったような口を利いて。

 でも、戦わないでほしいのは、わたしも同じだったから。特に反論はしなかった。


 それからわたしは家に帰って、ひとりで泣いていた。

 樹くんにだけは、傷ついてほしくなかったのに。わたしのために、あんなケガまでして。

 わたしが魔法少女だって知られていなければ、何も問題はなかったのに。


 ゲドーレッドとの戦いでだって、樹くんはガベージに痛めつけられていた。

 だから、もう戦わないでほしいって、そう思っていたのに。もっと強く、止めていれば良かったのかな。

 それとも、そもそもわたしが魔法少女だって伝えなければよかったのかな。

 どっちだったところで、過去には戻れないんだけどね。これから先も、きっと思い出すたびに傷つくんだろうな。


 樹くんが、わたしを守るために傷つくリスクを背負う。そういう人だってことは、ずっと前から知っていたのに。

 だけど、それでもわたしを知ってほしいって思っちゃった。それが、わたしの罪なんだよね。

 そして、胸が引き裂かれそうな思いこそが、わたしへの罰なんだ。


 わたしは、今感じている心の痛みを胸に刻んでいた。

 もう二度と、味わわなくて済むように。そのための燃料になるように。

 絶対に、樹くんは傷つけさせないよ。これから、どんな手段を使ってもね。

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