ゲドーブルーが倒された後のホームセンター。
そこには俺と先生が残されて、しばらくはお互いに向き合ったまま無言だった。
だが、先生の方からゆっくりと話し始める。
「ありがとう、東条。お前は私を守ろうとしてくれたんだな」
先生は、とても柔らかい笑顔で。心から俺に感謝してくれているのだと、強く伝わった。
今の顔が見られただけでも、分の悪い賭けに挑んだ価値はある。それくらいには、きれいな顔だった。
「なぜ、そう思ったんですか?」
「お前は私の方を見てから、ゲドーブルーとやらの方に向かっていったからな。あからさまだったよ」
苦笑しているように見えて、少し困ってしまう。だが、悪い気分ではない。
尊敬する先生に褒めてもらえたのだから、それで十分だよな。
「それは恥ずかしいですね」
「いや、格好良かったと、そう言って良いと思う。だが、もう二度としないでくれ。生徒に守られる教師なんて、悪夢じゃないか」
「それは……」
俺は暁先生だからこそ、守りたいと思った。だが、今の先生の顔は、相当傷ついているように見える。
なら、俺の行動は無駄だったのだろうか。そうは思いたくないな。
「そうか。お前はこれからも無理をするつもりなんだな。だが、約束してくれ。私より、自分を優先すると」
先生の瞳からは、とても強い意志を感じる。本当に、俺のことを大切に感じてくれているのだろう。
だけど、嫌だ。俺は、先生に死んでほしくない。このかと先生の二択なら、このかを選ぶ。それくらいではある。
そうだとしても、本当に尊敬している人なんだ。生きていてくれるだけで、嬉しい人だから。
「ですが……」
言葉に詰まっていると、先生は俺の方に両手を置く。
そのまま、俺と目を合わせてきた。説得の構えだろうか。
「お前の気持ちは嬉しい。尊敬してくれていることも、案じてくれていることも。だが、その尊敬を持っているのなら、私の気持ちを大事にしてくれ」
「絶対に、とは言えません。ですが、努力はします」
「それで良い。頭の片隅にでも、お前の命を私より優先するという考えを残してくれれば」
さっきまで、ゲドーブルーの脅威を見ていただろうに。それでも今の言葉が出てくる。
どれほど素晴らしい先生かなんて、もはや言葉にならないな。少なくとも、俺が今まで出会ってきた大人の中で最高だ。それは疑いようがない。
だからこそ、死んでほしくないのだが。それでも、俺が死ぬよりマシだと思ってくれている。
俺がこのかに先立たれたとして。その気持ちのようなものを味わわせる事になるのだろうか。
だったら、余計に死ねないな。大切に思ってくれている人のために生きる。幸せなことだ。
このかだって俺を大事にしてくれている。暁先生だって。素晴らしいよな。
俺が死んだら悲しんでくれる人が、ふたりもいる。それだけで、勇気が湧いてくるようだ。
「分かりました。頑張ってみますね」
「ああ、頼む。お前の命は、お前だけのものじゃない。棗だって、私だって、自分のことのように感じているんだ」
大げさな気もするが、嬉しい言葉ではある。いま感じている気持ちがあれば、きっともっと強くなれるはずだ。
俺は自分自身のために、ゲドーユニオンを片付けたい。
平和な日常を、このかや先生と過ごすために。だからこそ、策を練らないといけない。
ゲドーレッドは炎、ゲドーブルーは水だった。なら、残りの四天王だって、いわゆる属性じみた能力を持っているはずだ。
そうなると、どんな可能性があるだろうか。土と風とか分かりやすいが。
根本的には、俺は戦うことができない。だから、能力を弱めるための何かを探るべきだよな。
俺の手で倒せないというのは、以前リーベにも言われているのだから。
このかがトドメを刺すしかない。そこは割り切るべきだ。つまり、敵のスキを作ることに注力すべきなんだよな。
どうするべきかというと、時間稼ぎだ。敵の邪魔をして、セイントサンクチュアリを撃つためのスキを生み出す。
それができれば、このかが敵を倒してくれる。セイントサンクチュアリが通じなければ、きっと終わりだ。
もう、このかに託すしかないのは、諦めている。
本音のところでは、嫌で嫌で仕方がないとはいえ。
それでも、無茶無謀をしてこのかの足を引っ張るのは論外だ。ちゃんと、捨てるべきところは捨てないと。
俺ができることは限られている。それを理解する。つまり、身の程をわきまえること。
だから、いま感じている悔しさは耐えるべきものなんだ。体が震えようとも。
仕方のないことだ。俺には特別な力なんてないんだから。納得しろ。
俺は無力な人間だということは、しっかり理解して、次に進むべきなんだ。
「ありがとうございます。先生やこのかを悲しませないように、気をつけますね」
「説教はここまでにしておこうか。じゃあ、東条。またな」
暁先生は去っていき、俺も家に帰っていった。
その日は、何かを手に入れたような感覚を得られたんだよな。
真っ暗だった道に、光が差したかのような。
次の日、このかとふたりで過ごしていた。このかの家で。
魔法少女としての力があるとはいえ、ふたりきりなんて、よほど信頼されているのだろうな。あらためて感じた。
俺はこのかを傷つけたりしない。そう思われている。だから、期待には応えたい。
「樹くん、こうしてゆっくりできるのは久しぶりだね。魔法少女になってからは、どうしても難しかったから」
このかはくつろいでいる様子だ。完全に安心しきっている。ありがたいな。このかの好意を感じて、胸が暖かくなる。
やはり、俺はこのかが大好きみたいだ。恋なのか愛なのか、それ以外の感情なのか、そんな事はどうでもいいほどに。
このかが死んでしまえば、俺が生きる理由はなくなるかもしれない。それくらいには、大事な人なんだ。
「そうだな。ゲドーユニオンはいつでもどこでも現れるからな。このかも大変だったよな」
「でも、樹くんとの時間があるなら、また頑張れるよ!」
元気いっぱいに拳を握っている。気合十分って感じだな。
だから、俺も元気をもらえそうだ。このかの笑顔も仕草も、とても見ていて癒やされる。
やはり、俺の守りたい者は今ここにある。このかの笑顔こそが、何よりも大事なんだ。
「ありがとう。俺を活力にしてくれるのなら、そばに居る甲斐があるよ」
「樹くんなら、いつでもどこでも一緒に居てくれて良いからね!」
このかから恋愛的な好意を持たれているのではないかと思ってしまう。
そういえば、魔法少女だって告白された時も、愛の告白だと勘違いしていたんだよな。
実際のところ、どちらなのだろうな。人間的に好かれていることは、間違いないが。
魔法少女だと伝えてもいいし、部屋でふたりきりになっても良い。その程度の好意はある。
まあ、このかが俺にどんな感情を持っていようが、守るという決意に変わりない。
流石に、ゴミくらいに思われていたら揺らぐかもしれないが。ありえないことだからな。
「それは嬉しいな。俺も、お前が一緒に居ると楽しいよ」
「わたしの方が、もっと楽しいって感じているよ。絶対にね」
胸を張っているこのかも、なんというか可愛らしい。
俺と出会ってから、ずっと傍にいたこのかだが。なんとなく、新しい一面を知った気がした。
いや、気づいたと言うべきか。同じような表情は、何度も見たことがあるはずだ。
「ありがたいことだ。このかを楽しませられているのなら、俺の人生にも価値がある」
「大げさだよ。樹くんは樹くんでいるだけで、とっても素敵なんだからね」
このかの方こそ、とても大げさな気がするが。思わず肩をすくめてしまう。
「あーっ! ウソだって思ってるんでしょ! ひどいよ!」
こうして元気いっぱいなこのかを見ていると、嬉しくなるな。
どうしても、最近は悲しい顔ばかりを見ていたような気がするから。
ブロッサムドロップとして、ゲドーユニオンと戦っている。その影響だろうが。
やはり、すぐにでもゲドーユニオンは倒してしまいたい。
そうすれば、またこのかの輝くような笑顔が見られるはずだから。その瞬間が楽しみだ。
「このかの事はいつだって信じているよ。いまさら疑ったりしない」
「ふふっ、嬉しいな。わたしも、樹くんの事は何があっても信じるよ」
まあ、精神的にはといった所か。俺がゲドーユニオンを倒せると言っても、絶対にこのかは信じない。それが悔しいんだ。このかが目の前にいるのに、拳を握りそうになるくらいには。歯を食いしばっているくらいには。
俺だって、このかの代わりに戦えたのならな。それなら、もっと良かったのに。
そもそも、このかが戦わなくて済んだのなら、最高だったのだがな。
「ありがとう。このかと、これからも平和に過ごしたいものだな」
「わたしも同じ気持ちだよ。樹くん、ありがとう。わたしとの時間を大事に思ってくれて」
「当たり前のことだ。このかは、大事な幼馴染なんだからな」
「……そうだね。わたしにとっても、樹くんは大事な幼馴染だよ。これからも、ずっと一緒だからね」
「ああ、約束だ。前にも言った気がするけどな」
「何度でも、約束しようよ。わたしたちは、ずっと隣同士なんだって」
このかと隣同士になる未来なら、最高だな。
俺としても、全力でその未来に進んでいきたいところだ。絶対に、守りたい誓いだ。
やはり、このかとの時間は落ち着く。どれだけ時が過ぎても、この気持ちは変わらないだろう。
「ああ、そうだな。この約束は、何度したって大事なものから変わらないからな」
「うん。わたし達の関係だって、何度でもつなぎ直したいんだ」
まあ、距離ができることだってあるかもしれない。それでも、また結びつけるのなら最高だよな。
これまでの俺達は、幸いなことに、あまりケンカもしてこなかった。
だけど、これから先にケンカをする未来だってあるかもしれない。
それでも、この関係を続けることができるのなら、理想的だ。
「俺達なら、きっとできるはずだ。最高の関係だって、言っていいだろう」
「なら、嬉しいな。樹くんとの関係が最高なんて、当たり前だけどね」
本当に当たり前のことなら、これ以上はないよな。
やはり、俺はこのかでいっぱいなんだよな。分かり切っていたことだが。
いずれ何があったとしても、このかとの関係だけは壊したくない。それだけは、確かな感情だ。
俺が他の誰かに恋をしたとしても、きっとこのかは忘れないよな。
「だから、さっさとゲドーユニオンには消えてもらいたいな。そうすれば、平和に過ごせるんだから」
「そうだね。樹くんと、平和に過ごしたい。それは、わたしだって同じだから。そのために、全力で頑張るんだ」
このかは穏やかな表情だ。俺との時間を大事に感じてくれている証だよな。
だからこそ、どんな手段を使ってでもこのかを助ける。俺の望みは、それだけだ。
これから先も、このかと一緒に笑っていられるように。知恵と力を尽くして戦うだけ。
そうすれば、ゲドーユニオンのいない未来で楽しい日常を過ごせるだろう。
「俺だって、どうにかしてみせる。このかが傷つくなんて、絶対に嫌だからな」
「やめて。前にも言ったけど、ゲドーユニオンは危険なんだよ。ただの人じゃ、勝てないんだよ」
必死に訴えかけられている。それは分かる。でも、そんな危険な相手にこのかは挑むんだ。だから、何をしてでも力になりたい。
俺は、このかのいない未来になんて価値を感じていない。だから、無事でいてほしいんだ。
「それでも、このかだって危ないじゃないか。それが嫌なんだよ」
「わたしには、ブロッサムドロップの力がある。樹くんには、何もないんだよ!」
確かに、現実だ。俺には何の力もない。それが悔しくて苦しくて、でも何かがしたかった。
それが、ゲドーレッドの時の消火器で、ゲドーブルーの時のハッタリなんだ。
俺だって、このかの力になりたい。そうして、できるだけ楽に勝ってほしいんだ。
「だとしても、何かできるはずだ。ゲドーレッドにも、ゲドーブルーにも、何も手が打てなかった訳じゃない」
「そんなの、奇跡でしかないよ! 樹くんは弱いんだから、引っ込んでてよ!」
俺を心配しての言葉なのは分かる。それでも、胃から何かが零れそうな感覚があった。
このかに弱いものだと扱われるのが、とても嫌だ。俺が守られるだけの存在だと思われているのが、悲しくて仕方がない。
ちょっと、冷静さを失ってしまいそうな感覚すらあった。
それでも、このかは俺のために言葉を発してくれている。それを忘れる訳にはいかない。
努めて心を落ち着けようとして、軽く深呼吸した。そうでもしないと、強い言葉を投げかけてしまいそうで。
俺は弱い。確かに事実だ。それでも、頼られる存在でいたかったのに。
このかに守られるという事実を、受け入れたくない。それだけなんだろうな。
結局のところ、戦いたいというのは俺のエゴだ。このかを傷つけているのは事実なんだから。
それでも、どうしても何かがしたい。ただ見ていたくない。それは罪なのだろうか。
だって、このかは戦っているのに。たったひとりででも。俺は見ているだけ。
「それでも、このかを一人にしたくないんだ」
「わたしは一人でいいよ! 樹くんを巻き込むくらいなら! どうして分かってくれないの!」
「俺だって、お前が戦うのは嫌なんだ。せめて、少しでも楽をしてほしいんだ」
「それで樹くんがケガしたら、何の意味もないんだよ!」
「大丈夫だ。俺は死なない。絶対に。約束するから」
「信じられないよ! ゲドーユニオンのことを甘く見ているだけの言葉なんて!」
信じられないと言われた時、息が止まったような気がした。何か、頭の中で爆発したかのような感覚まであった。
俺は弱いと思われているのは知っていた。強さも活躍も信用されていないことも。
それでも、直接言葉にされることがこんなに響くなんて。全く想像していなかった。
「お、俺は……このか……」
何も言葉が浮かんでこなかった。このかの表情も見ることができない。
俺はどうにかしてしまったのだろうか。なにも分からない。頭がまとまらない。
「ち、違うよ。樹くんが信じられない訳じゃなくて! いつでも信頼しているからね?」
「そうだな……」
俺は傷ついているのだろうか。苦しんでいるのだろうか。このかはどんな顔をしているのだろうか。
全然なにも分からなくて、言葉も思いつかない。
このかが傷ついているのなら、元気づけてやるべきなのに。どうなのかも判断できない。
「樹くん、今日は帰った方が良いよ。ゆっくり、また話をしよう?」
「ああ……」
このかの言葉に従って、そのまま帰っていった。家でもボーッとして、ずっと過ごしていた。
そうか。俺は信じられていなかったんだな。改めて、言葉が体に入ってきた。
このかのために頑張ってきたつもりだったが、間違いだったのだろうか。
よく分からない。それでも、せめて何かをしたいという気持ちがある。でも、何もできない。
そのまま眠りにつくまで、無為な時間をただ消費するだけだった。
そして次の日、学校で過ごしていると、ゲドーユニオンの襲撃があった。
学生たちは慌てふためいていて、このかの姿が見当たらない。おそらくは、ブロッサムドロップに変身しているのだろうが。
そのまま、ガベージ達が暴れ回っていた。
だが、今のところは怪我人らしき存在は見えない。どういうことだろうか。
いや、どうでもいい。とにかく、なんとかしないと。暁先生だって居るのだから。
このかも、暁先生も、どちらも無事でいないと何の意味もない。
暁先生は、どこかに逃げてくれているだろうか。責任感の強い人に見えるから、避難誘導をしているかもしれない。
とにかく、状況をはっきりさせないと。ガベージだけなのか、四天王も居るのか。学校のどこが安全なのか。あるいは、すべて占拠されているのか。
校庭に出ていくと、暁先生の姿を見つけた。
「集団で動け! 一人一人で行動すれば、その分敵が雑に暴れるぞ!」
先生の言っていることが正しいかどうかはともかく、個人個人が勝手に動けば、ガベージなど関係なく大惨事になりかねない。
例えば、逃げようとして押し合いになれば、将棋倒しの可能性だってあるだろう。
そう考えると、初手で動きをまとめようとした先生の発言は合理的だ。
だが、状況はよろしくないな。生徒たちは勝手に動いている様子。先生の言葉は届いていない。
このままだと、ガベージに良いようにされて終わりだろう。そう考えていると、ブロッサムドロップが現れた。
校内に敵が出現したのだから、すぐにやってくるのは当然か。なら、ガベージも倒されるだろう。
「神聖な学び舎を狙うなんて、許せません! このブロッサムドロップが、あなた達を倒します!」
すぐさまブロッサムドロップはリボンを放っていく。そしてガベージ達は倒れていく。いつもの流れだ。
学生たちも、ある程度落ち着きを取り戻している。おそらくは、希望が見えたからだろう。
ブロッサムドロップは、これまで何度もゲドーユニオンを退けてきた。その成果があるからだろう。そして同時に、目の前でガベージが倒されているからだろう。
だが、最近は四天王も現れているんだよな。なんて思考が悪かったのか、すぐに黄色い男がやってきた。
同じようなマントを着ていて、ゲドーレッドやゲドーブルーの色変えに近い印象。
おそらくは、ゲドーイエローという名前だろうな。
「俺はゲドーイエロー! ブロッサムドロップ! レッドとブルーを倒した見事な戦士よ! 俺と競い合おうじゃないか!」
本当に当たっていた。というか、勝負を望む敵とか、大概ふざけているな。
このかは戦いたくて戦っている訳ではない。それくらい、俺には分かる。
人々を助けるために必要だから、あるいは力を手に入れたから仕方なく戦っているだけ。そのはずだ。
そんなこのかに、戦いを楽しむ人間というか怪人が挑みかかる。腹立たしい事実だ。
だが、俺の感情なんてどうでもいい。問題は、このかが勝てるかどうか。
優勢に進むのならば、見ているだけでも十分だろう。邪魔だと言われたことだしな。
まあ、様子を見ながらだな。一応、消火器の場所だけは抑えている。それくらいしか、使えるかもしれないものは見当たらなかった。
ゲドーレッドに対して使ったものと同じ手段が通じるかは怪しいが、他にはない。
とりあえず、目くらまし代わりになれば、それで良いだろう。
何も手段が持てないよりはマシ。そう考えておくか。
「あなたが何を考えていようと、悪しきゲドーユニオンは打ち破ります!」
ブロッサムドロップはピンクのリボンを放ち、ゲドーイエローは土を体にまとう。
そのまま土とリボンがぶつかり、土煙が舞ったと思えばまた集まっていく。
やはり、ただのリボンは四天王には通用しないようだ。厄介だな。
「大した力だ。だが、その程度ではあるまい!」
敵は土を剣の形に変え、ブロッサムドロップに切りかかっていく。
そして、リボンと剣がぶつかり合う。お互いに、武器を使い捨てつつ何度もぶつけ合っていく。
リボンを生み出し続けるブロッサムドロップと、壊れても土の剣を修復するゲドーイエロー。
それぞれが、相手に攻撃を仕掛けつつスキを伺っていく。
一応、土であるから濡らせば良いかもしれない。消火器の勢いなら、何か役に立つかもしれない。
単純に、不純物を混ぜれば操りにくくなる可能性だってある。だから、発射できるところまで用意しておく。このかの動きを見ながら、スキがあれば撃てるように。
水は、ホースを用意している時間がないな。とりあえず、ペットボトルに詰め込みはしたが。
そういえば、ブロッサムドロップが戦っている間に、生徒や先生は居なくなっているな。
避難誘導がうまく行っているのだろうか。このかに集中しすぎていたな。
まあいい。邪魔者がいないのならば、こっちの動きに集中できる。それでいい。
ブロッサムドロップはセイントサンクチュアリを撃つだけのスキを作れないようだ。そう考えていると、チャージに入った。右手にリボンが集まっていく。
そこに、ゲドーイエローが一撃を加える。思わず駆け出しそうになるが、ブロッサムドロップは何もどうしている様子はない。
そのまま、大技を溜め続けている。ダメージは問題ないのだろうか。心配だが、割って入るスキもない。
「この一撃で! セイントサンクチュアリ!」
リボンの雨が、ゲドーイエローに向けて降り注いでいく。敵は土を集めて防御をしているようだが、貫いて本体に直撃している。
このまま倒れてくれるか。そう考えていると、ゲドーイエローは吠えた。
「この程度で倒れるものかよ! この戦いは、まだ終わらせぬぞ!」
ゲドーイエローは、そこから土を本人の目の前に集めていき、大きな塊を作っていく。
何か、まずいような気がする。そこで、溜めている最中の土に向かって消火器を放つ。
白い液体のような、粉のような何かが土に向かっていき、染め上げていく。
すると、土の塊はボロボロになっていった。やったか!?
俺が状況を確認していると、ゲドーイエローがこちらを向いた。
「俺とブロッサムドロップの間に入るとは、無粋な奴め。その報いを受けよ!」
その言葉と同時に、俺の足元の土が隆起して壁になって、逃げられなくなった。そして、その壁がこちらに向けて襲いかかってくる。
何もできないまま、俺は何度も攻撃を受けていく。
あちらこちらから土が飛んできて、その度に痛みにあえいでいた。
そして、これまでと比べて一際大きな塊が飛んでくる。腕で防御すると、激痛とともに、変な方向へ曲げられたかのような感覚があった。せっかく用意したペットボトルは、何の役にも立たない。
すべての攻撃を終えたのか、土の塊は崩れていく。
そして、ボロボロになった俺の前へと、ゆっくりとゲドーイエローが歩いてきた。
「これが、俺の戦いを邪魔した罰だ。ただの人が、怪人に勝てると思った罪を思い知ったか?」
ゲドーイエローは、そのまま剣を構えていく。腕が折れたのか、全く動かせない。
このままではまずい。だけど、何も対抗できる手段はない。それでも、なんとか逃げようとする。
その前に、狂気の混ざったかのような叫び声が聞こえた。
「死んでよおおおっ!」
ブロッサムドロップの声だと、一瞬わからないくらいのドスが入った声だ。なんてどうでもいいことを考えていた。
黒く染まったリボンに敵は包まれ、うめき声が聞こえてくる。
そしてリボンが消えると、全身の関節が逆になったゲドーイエローが現れた。
「ゲドーブラック様、ブロッサムドロップは危険です……」
そう言い残して、消えていった。
ゲドーブラックというのは、最後の四天王だろうか。それとも、他にリーダーのようなものが居るのだろうか。
敵が倒されたのを確認すると、俺は立っていられなくなった。そのまま倒れ込もうとした時、ブロッサムドロップに抱えられる。
「……自惚れは解消されましたか? 身の程をわきまえず、勝てない敵に挑むからそうなるのです。もう、怪人と関わるのはやめてください」
ブロッサムドロップは涙声だった。だから、俺を心配しての言葉なのだろう。
それでも、俺の心には、何本も何本も、次々と棘が刺さっていくかのような感覚があった。
結局、このかの足を引っ張るだけ。何もできずに、ただやられただけ。そんな悔しさと、このかの責め立てるような言葉が、心を黒いもので染めていくかのようだった。
俺は、弱い。戦うことなんて、できはしない。分かっていた。理解していた。
それでも、このかを助けたかった。だけど、結局のところはつまらないエゴだった。それも、ちゃんと知っていたはずだったのに。
正念場で、何かができるのではないかという思いに支配されていた。バカだよな、俺は。
涙が俺の顔に振ってくる感覚がある。つまり、このかを泣かせた。
俺は、このかを泣かせるやつは許さないって誓ったばかりなのに。俺が、泣かせている。
やはり、誰よりも許せないのは俺自身だ。このかの言葉通りに、自惚れて、身の程をわきまえなくて、その結果がこのかの涙。
ゲドーレッドとゲドーブルーに何かができて、活躍できるのではないかと勘違いした。愚かにもほどがある。
「……分かった。もう、余計なことはしない。お前の足は引っ張らないよ」
「そうですか。ありがとうございます。忘れていました。あなたの治療をしないと」
俺はリボンで包まれていき、若干とはいえ痛みが収まる。
流石に、折れるほどのケガは完治できない様子だな。今でも、腕は痛いし動かせない。
だが、この痛みは罰にちょうどいい。俺のバカな行動の、その対価にふさわしい。そうだよな。
リボンが体から離れて、治療が終わった。
「リーベ。どうして傷は治りきっていないんですか?」
「ブロッサムドロップの癒やしの力にも、限度があるということだね。仕方のないことだ」
「仕方なくなんて、ありません! わたしのせいで傷ついたのに、ちゃんと治すこともできないなんて……」
ブロッサムドロップの声は、とても沈んでいる。だから、せめて慰めなければという思いがあった。
「気にするな。俺の愚かな行動の、その戒めになる。しばらくは、この痛みと一緒に生きていくよ」
「分かりました。ちゃんと、静養してくださいね」
「賢明な判断だね。ゲドーユニオンとは、もう戦わないことだ。二度と、傷つかないためにね」
リーベの言葉に、何の反論もできないだけで。
俺はなにか、底の見えない暗闇に居るかのように思えた。