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第4話 固い誓い

 わたしは、これまでの人生で何度も樹くんに助けられてきた。

 初めての時から、今に至るまでずっと。

 その中でも、印象に残っていることがいくつかあるんだ。


 学校のプールで、足がつって溺れかけていたわたしを、すぐに助けてくれたことだってあったよ。

 ちょっと、もがいていたくらいなのにね。すぐに気づいてくれたんだ。

 きっと、わたしのことを好きでいてくれるはず。そう信じていいって思えるようになったのも、その頃かな。確か、小学校の真ん中くらい。


 助けられたこと自体も大事だけど、その後の話も強く心に残っているんだ。


「ありがとう、樹くん。いつも助けてくれるね。樹くんがそばにいれば、安心だね」


「俺がいない時には、危ないことには変わりないよ。でも、一緒なら、このかは助けるよ」


 わたしは助ける。それって、わたしを特別だって思ってくれている証でいいんだよね。そう思っていたんだ。

 実際、わたしのことを特別扱いしているというのは、それからの日々でも分かったのだけれど。

 どんな時でも助けてくれる樹くんは、ずっと信じられる。なんて考えていた。そして、樹くんと一緒なら、何があっても大丈夫だって。


 だけど、そんなわたしの弱さが、ゲドーユニオンとの戦いに樹くんを巻き込むことになった。

 その事実がある限り、わたしは過去を後悔し続けるんだろうな。そんな気がするんだ。

 だって、樹くんは何度も傷つき続けるから。わたしを守ろうとして。これまで、ずっと頼ってきたせいで。

 何もかも、わたしが頼りないせい。きっと、わたし一人でもどうにかなるって思われていたら。そんなもしもを考えてしまうよ。


 かつて守ってもらった時の思い出は、今でもキラキラと輝いている。

 だけど、今では呪いでもあるんだ。樹くんが頼りになるって事実は、わたしの罪だから。ずっと寄りかかり続けてきた、わたしの。

 そうでしょ? わたしが弱かったから、樹くんは支えようとしてくれた。間違いないよ。


 溺れかけた時だって、実際に溺れていたわけじゃない。混乱していただけなんだ。

 きっと、自分でどうにかする手段だってあったはずだよ。だけど、樹くんが居るからって思ってしまったんだ。

 それは、わたしをいつでも助けなきゃって思うはずだよね。一人じゃだめだって思うよね。


 ブロッサムドロップになって、わたしは確かに力を手に入れた。

 だけど、心の弱さは変わっていないままだから。樹くんは、わたしを支えたいって思ってしまうんだ。

 そんなの、私は望んでいないけれど。ハッキリ言ってしまえば、信用されていないんだ。わたしにも、どうにかできるってことを。


 仕方のないことだって、よく分かっているよ。だって、頼りになる姿なんて、きっと一度も見せていない。

 それなのに信じろなんて言われて、誰が従うんだろうね。わたしなら、無理だよ。きっと、樹くんも。


 だから、ほんの少しのピンチで樹くんは立ち上がってしまった。

 ゲドーレッドに、わたしの攻撃が通用しないって思われることで。

 なら、次はもっと素早く片付けるしかない。次にピンチになれば、樹くんはもっと無理をする。分かり切っているんだよ。


 わたしは樹くんが好き。誰よりも、何よりも。付き合いたいし、結ばれたいし、結婚したいよ。

 だけど、今のわたしじゃ樹くんにはふさわしくない。だって、守られるだけだもん。

 片方だけが頼り切りの関係なんて、夫婦失格でしかないよ。ちゃんと分かっているんだ。

 だから、この想いは胸に秘めておくんだ。いつか、隣に立てるようになるまでは。


 本当は手をつなぎたい。キスをしたい。もっと先のことだって。樹くんとなら、どんなことだってしたいよ。

 だけど、いま満足してしまったら、わたしは弱くなる。そんな気もしていたんだ。

 わたしの心の中心は、いつだって樹くんだから。届かない想いが、燃料になる。確信できたよ。


 ゲドーユニオンの全てを打ち破る日まで、我慢しないといけない。その感情が、力になってくれる。

 そして、樹くんを守ることができるんだ。きっと、いま結ばれたら守れなくなる。樹くんに頼ってしまう弱い心で、わたしが埋め尽くされてしまう。

 結果として、わたしは樹くんを失ってしまう。そんな未来は許せない。そんな自分も。


 だから、今だけは遠くても良い。樹くんとの、心の距離は。

 この先の未来にある、幸せな日々。それを期待することで、感情がエネルギーになる。

 ブロッサムドロップの力は、心によっても増す。そうリーベが言っていたからね。


 樹くんへの想いが、わたしの中で一番強い感情。それは間違いのない事実だから。

 この世の全てより、大切な存在なんだよ。樹くんは、気づいていないかもしれないけれど。

 わたしが戦うのは、何よりも樹くんを守りたいから。そう言ってしまえるのなら、どれほど楽だろう。

 きっと、失望されてしまう。それが怖くて、とても言葉にはできないけれど。


 わたしの想いが届く日は、まだまだ先だ。だから、それまで頑張ろう。

 そのためにも、ゲドーユニオンの幹部を倒すために、わたしは家でリーベと作戦を練っていた。


「やっぱり、セイントサンクチュアリが中心になるよね?」


 ゲドーレッドとの戦いでは、決め手となった技だった。実際、ブロッサムドロップとしての必殺技だからね。

 大技として、溜めが必要なのが欠点ではある。だけど、きっとゲドーレッドの炎ごと吹き飛ばせた。そんな自信があるよ。


「そうだろうね。魔法少女の力を一点に集中する。その火力で叩き伏せるのが基本だと言える」


「ゲドーレッドも、防御力が問題だったもんね。炎の壁を突破できれば、それで十分だったから」


「キミは正しいよ。攻撃が当たったところで、威力が足りなければ意味がないんだ」


 よく分かる話だ。ゲドーレッドとの戦いでは、まさに威力が足りなかったからね。

 ちゃんと敵を倒せる攻撃じゃなくちゃ、速くても多くても意味がない。とても理解できていたよ。

 そうなると、問題はチャージ時間だよね。そこを解決できる手段があれば、手っ取り早いんだけどね。


「だとすると、どうやってスキを作るのかが大事だよね?」


「そうだね。威力が足りても、当たらなければ意味がない。先程とは逆だけどね」


「うーん。溜めが簡単になる方法ってあるかな?」


「感情を爆発させれば、おのずと。でも、意識してどうにかなるものではないよ」


 わたしの感情は、樹くんを守りたいという気持ち、大好きだって想い。それだけ。

 戦いの最中に、考えている余裕がある気は、あんまりしないよね。

 そうなると、やっぱり相手のスキが重要なんだろう。でも、頭で考えてもどうにかならないんだよね。

 きっと、ゲドーレッドと他の幹部では、戦い方が違う。どんな敵でも通じる手段なんて、そうは無いはずだよ。


「難しいな。なかなか、すぐに強くはなれないね」


「当たり前のことだよ、このか。簡単に強くなれるのなら、ボクはそうしているよ」


 確かに、当たり前だ。簡単に強くなれるのなら、そもそも樹くんが戦っているだろう。

 そうならなかったのは、魔法少女の力はわたしだけのものだから。だけど、今の状況は良かったと思っているよ。

 樹くんが、わたしの知らないところでゲドーユニオンと戦う。厳しさを知っているからこそ、嫌だ。


 それに、わたしじゃない誰かのために戦う樹くんは見たくない。嫌な子だよね。悪い子だよね。

 でも、わたしは、樹くんがいてくれなきゃ、おかしくなっちゃうんだ。間違いなくね。


 結局、良い手段は思いつかないままリーベとの会議は終わった。

 仕方のないことなのは、分かるよ。でも、焦りもあったんだ。樹くんが、またわたしを守ろうとするかもしれないって。

 他の誰かが傷ついていても、正直に言ってしまえば気にしない。

 だけど、樹くんだけは無事でいてほしい。願っていても、遠いけれど。


 次の日は、樹くんが暁先生に呼び出されていた。

 理由は分からない。予想はつくような、つかないような。

 ブロッサムドロップとゲドーレッドの戦いで、ケガを負った姿。あれは誰かに間違いなく見られていた。

 それが原因だとすると、お説教されているのかな。褒められているのかな。


 わたしは、よくお説教されている。仕方ないとは分かっていても、悲しいよね。

 先生からすれば、ただ急にサボっているだけだもん。それは理解できるよ。

 ただ、樹くんには叱られていてほしくない。わたしのためなんだもん。

 そうじゃなくても、樹くんが悪く思われるのは、嫌な気分だな。

 わたしを何度も助けてくれた人だよ。とっても素敵な人なのに。


 そんなこんなを考えながら過ごしていると、樹くんが戻ってきた。なんだか嬉しそうな顔をして。

 同時に、ある考えが浮かんでしまったんだ。それは、樹くんは暁先生に好意を抱いているんじゃないかって。だから、呼び出されて喜んでいるんじゃないかって。

 これまでの樹くんを考えれば、ありえないって分かるよ。でも、心はついてこないんだ。


 わたしは、やっぱり醜い心の持ち主なんだ。そう思い知らされてしまう。

 だって、わたしのために戦った人を、つまらない嫉妬で疑っているんだから。

 暁先生は、それは美人だ。わたしだって憧れそうになるくらい。大人の魅力でいっぱい。

 だから、樹くんが奪われてしまうんじゃないかって、そんな風に考えてしまう。

 わたしのために命をかけている樹くんに、失礼だって分かっているよ。でも、どうしてもダメなんだ。


 もう、わたしは樹くんが居ないとおかしくなっちゃう。分かっていたけれど。

 改めて思い知らされるようで、心がぐちゃぐちゃになりそうだよ。

 樹くんが遠くに行っちゃう可能性だけで、許せないって思っちゃうんだ。わたしのものじゃないのにね。


 心の中から不満と疑いが消せないまま、放課後を迎えた。

 樹くんがわたし以外の人間を見る。それだけで、ビックリするくらい嫌になるんだ。

 大好きだからって、限度があるよね。知っている。分かっている。でも、納得はできないよ。


 そんな心が表に出ていたみたいで、樹くんが疑問を顔に浮かべていた。


「このか、何かあったのか?」


 なんて聞かれてしまう。わたしの気も知らずに。いや、理性では分かっていたよ。理不尽でしかないって。

 でも、ダメなんだ。樹くんが分かってくれないって思うだけで、心が暴走しちゃう。

 わたしはこんなに大好きなのに、樹くんはそうじゃないのかって。違うって、知っているのにね。


「あるに決まってるよ! 暁先生に呼び出されたのに、嬉しそうにしちゃって! 先生が美人だからって、教師と生徒なんだからね!」


 声を荒らげることを抑えきれなかった。迷惑だよね、樹くん。

 わたしは、樹くんに守られていただけ。肉体だけじゃなく、心でも。だって、こんなに感情をぶつけても、許してくれるって甘えちゃっているんだ。自分のことだから、分かっちゃう。


 樹くんから見れば、きっと訳の分からないことを言っているよ。

 だって、呼び出されているだけなのに、恋愛を疑われているんだから。

 ゴメンね。好きだってことは、言い訳にはならないのにね。


「先生は俺を心配してくれているだけだ。何があっても、付き合ったりなんてないよ」


 付き合うって発想が出るってことは、全く何も感じていない訳じゃないんだよね? 少しくらい、先生を意識していたんだよね?

 そんな考えが、頭を支配しそうになる。だけど、必死で我慢していたよ。いま怒りをぶつけてしまえば、もしかしたら嫌われるかも。そんな恐怖が、ふと浮かんだから。


 そもそも、わたしはワガママだ。守られているのに、好き勝手いうばかり。

 だから、呆れられたらどうしようって、急に考えちゃった。さっきまで、信じて甘えてたはずなのに。

 情緒不安定だよね。面倒くさいよね。でも、樹くんが大好きなんだよ。だから、お願い。ずっと一緒にいて。


「それなら、良いけど。樹くん、わたしから離れていったりしないよね?」


「当たり前だ。お前は大切な幼馴染なんだからな」


 幼馴染。もしかして、想い人じゃないのかな。照れてるだけだよね。そうだと言ってよ。

 先生が好きになったから、わたしは好きじゃなくなったの?

 そんな訳ないって分かっていても、疑う心を抑えられないよ。

 おかしいよね。樹くんは、命がけでわたしを守ってくれているのに。


「幼馴染、ね。樹くん。いや、何でもないよ。大切だって言ってくれて、嬉しい」


「だからこそ、無理はするなよ。お前が傷ついたら、俺は悲しいんだ」


 樹くんが傷ついたら、わたしはもっと苦しいよ。誰よりも好きな人なんだよ。ずっと一緒だったんだよ。

 分かってるよ。樹くんは、純粋にわたしを心配してくれているだけだって。

 でも、わたしの気持ちだって分かってくれて良いじゃん。

 樹くんが死んじゃったらっていう、わたしの想いは届かないのかな。

 そんな風に思うと、頭の中で何かが燃え上がっていった気がした。


「わたしだって同じだよ! この前、わたしがどんな気持ちだったか!」


「すまない。だが、俺は諦められないんだ」


 わたしを助けることを?

 そんなの、別にいい。樹くんが無事で居てくれるのなら、それだけで。

 でも、樹くんは分かってくれないんだろうな。わたしが弱かったから。頼りなかったから。

 自分が情けないという感情が、あふれ出てくる。そうだよね。ずっと守られ続けてきたんだもんね。


「知っているよ。でも、絶対に死なないで。樹くんが居てくれなきゃ、楽しくないよ」


「分かっている。このかを泣かせるやつは、誰だろうと許さない。俺だろうとな」


 嬉しいような、悲しいような。結局、今の樹くんの言葉が苦しいよ。

 わたしは、そんなに弱そうに見える? いや、答えなんて聞くまでもないよね。

 泣き虫で、頼りない。そんな相手だって思われているんだって、もう知っているよ。

 でも、違うんだ。ゲドーユニオンは、そんなことじゃ相手できないんだ。

 樹くんが死んじゃったら、わたしの人生に意味なんてないのに。


「お願いだよ、樹くん。ずっと、そばにいて。それだけでいいの」


「もちろんだ。このか、お前から離れたりしないよ」


 樹くんがいるから、わたしは楽しいんだ。嬉しいんだ。生きる元気がわいてくるんだ。

 だから、約束は絶対に守ってね。そうじゃないと、おかしくなっちゃうからね。

 わたしの、たったひとつの願い。それは、樹くんと一緒に生きることだから。


「ありがとう、樹くん。あなたが居てくれれば、どんな敵にも勝てる気がするんだ」


「なら、ずっと一緒に居ないとな」


 それだけのことで、何だってできるよ。たぶん、嫌われないのなら人殺しだって。

 わたしの全ては、樹くんでできているんだ。だから、居なくなったら体も心も失うようなものだよ。

 一緒に居たいのも、何かをしたいのも、樹くんだけだからね。それだけが、わたしなんだ。


「そうだよ! 樹くんはずっと私の隣に居ること!」


「分かった。約束だ」


 樹くんの目は、ちゃんと真剣。だから、本気で考えてくれているんだと思う。

 だからこそ、絶対に守られる約束であってほしいよ。

 樹くんが、わたしにウソをつくなんて信じたくないもん。

 何があったとしても、ずっと樹くんのことだけは信頼したいから。


 だから、私は樹くんを守りたいんだ。これから先も、ずっと一緒に居るために。

 もちろんだよね。恩返しだって大切だと思うところはある。でも、何よりも重要なのは、わたしが樹くんと居ると幸せだってこと。

 わたしの幸福を守るために、樹くんの命を守りたいんだよ。安全を保ちたいんだよ。


 樹くんと別れて、家に帰ろうとする。しばらくぶらついていると、やけにひとりが寂しくなったんだ。

 理由は、なんとなく察しがつく。樹くんと遠ざかる可能性を感じちゃったから。

 樹くんが死んじゃうかもしれないし、他の誰かを好きになるかもしれない。

 わたしは、これまでずっと、樹くんがいつまでも隣に居てくれるって信じてた。

 だけど、違うんだよね。樹くんを失う可能性は、どこにでも転がっている。


 例えば、もう二度と樹くんに会えないことすら、あり得るんだ。

 そんなこと、何があっても嫌だけど。でも、可能性はゼロじゃない。

 だから、今日みたいに機嫌を損ねる時間なんて、もったいなさすぎるよ。

 樹くんとの時間が何よりも大切なものだってことは、当然のことなんだから。


 そんな風にたそがれていると、リーベから声をかけられる。


「このか、ゲドーユニオンだよ。キミも知っている、ホームセンターだ」


「分かった、すぐに行くね!」


 急いで隠れて、変身して、ホームセンターへと向かう。

 そして、ガベージ達を倒していく。もう、ガベージならどれだけいても大丈夫。そう思えた。

 適当に流れ作業みたいにリボンを放っていても、それでどうにかなるから。


 だけど、ゲドーユニオンの幹部らしき人がやってきた。

 前に戦ったゲドーレッドの、色変えみたいな感じ。だから、きっと同じくらいの存在。

 そう考えていると、相手の方から話しかけてきたんだ。


「レッドの野郎がやられちまったから来てみれば、大した事なさそうだな。やっぱレッドは四天王最弱だな」


 ハッタリだろうか、それとも自惚れだろうか。事実という可能性も、想定しなくちゃいけないよね。

 わたしは絶対に勝つ。樹くんとの日常を取り戻すために。ただ笑い合える日々のために。

 この青い存在がどれほど強いかなんて、どうでもいい。わたし達の未来にとって、邪魔なんだよ。さっさと消えてほしいかな。


「あなたがどれほど強かろうと、正義の名のもとに、このブロッサムドロップがあなたを打ち破ります!」


「このゲドーブルー様が、ここでお前を終わりにしてやるよ! ブロッサムドロップ!」


 ゲドーブルーは、こちらに対して水を放ってくる。当たらないように、避けていく。

 わたしの方から、反撃としてリボンを発射していく。だけど、敵の体をまとう水に弾かれる。

 やっぱり、セイントサンクチュアリじゃないと通じないみたい。ゲドーレッドと同じだね。

 厄介ではあるけれど、敵の防御力は完全って感じはしないね。手応え的には、大技を当てればいけそう。


 だから、チャージの準備をするんだけど。そこに水を飛ばして邪魔をされてしまう。

 わたしはセイントサンクチュアリを撃ちたい。相手は食らいたくない。

 そこで、技を溜めようとするわたしと妨害するゲドーブルーの勝負になったよ。

 念のために、全部の攻撃を避けていたけれど。そろそろ一発くらいもらう覚悟をしようかな。

 そう考えた時だった。視界に、樹くんの姿が入る。


 どうして。いや、理由なんて考えるまでもないよ。わたしを助けるためだ。

 樹くんが走ってきた方を、つい見てしまう。そうしたら、暁先生もいた。

 もしかして、先生を守るために? 心に暗いものがよぎった気がした。

 ゲドーブルーなんて木っ端みじんにできそうな、強い感情があふれそうだったよ。


 樹くんは何かを構えている。そして、堂々とゲドーブルーに向き合うんだ。

 やめてよ。わたしを守るためだとしても、樹くんが傷つくのは怖いのに。

 先生のためだったら、わたしはどんな顔をすればいいの?

 悔しさのような、悲しさのような、よく分からない感情がある。

 ただ分かるのは、ちょうど良いやつあたりの相手がいるということだけ。それだけだったんだ。


 すぐに、セイントサンクチュアリのチャージをしていく。

 ゲドーブルー。あなたに恨みはないよ。いや、樹くんを巻き込んだよね。じゃあ、もう敵だ。

 魔法少女ブロッサムドロップのじゃない。棗このかが、全身全霊をかけて殺すべき相手なんだよ。


「おいおい。ただの人間が、俺の邪魔をしようってか? 身の程ってのは大事だぜ?」


 樹くんをバカにした。ただでさえ罪深いのに、もっと罪状が増えたね。

 もう跡形も残してあげないよ。もともと、怪人は消える運命なんだけどね。


「なら、俺に攻撃してみろよ。この液体窒素を受けても、水を動かせる自信があるのならな」


 液体窒素なんて、普通のホームセンターにあるとは思えない。持ち込んできたとも。

 つまり、これはハッタリ。ゲドーブルーが気づいたら、樹くんは危ない。

 なんでそんなこと。先生のため? 急がなくちゃ。樹くんが、傷つかないように。

 だけど、全力で。ゲドーブルーが、なるべく苦しんでくれるように。


「液体窒素? そんなものを用意するとはな。だが、どうやって」


「俺は理科の実験が大好きでね。せっかくだから、いろいろと凍らせてみたいじゃないか」


 理科の先生は、暁先生だったよね? やっぱり、どこかに想いがあるのかな?

 そんな気持ちと一緒に、セイントサンクチュアリの威力が膨れ上がっていく感覚がした。

 リーベは、感情で魔法少女の力が増すって言っていた。正しいよ。今のどろどろした感情が、ぜんぶ力に変わってくれるから。


「なら、その缶に当てなければいいだけの話だ! お前は終わり――」


「終わりなのはそちらです! セイントサンクチュアリ!」


 ゲドーブルーは倒れていく。でも、感情は収まりきらない。

 樹くんに守られたわたしにも、先生にも。

 少し、頭が冷えたから、樹くんの行動の理由は分かったんだ。


 きっと、セイントサンクチュアリのチャージ時間を稼いでくれたんだよね。

 そんなことなら、もっと早く攻撃を受ける覚悟をしておけば良かった。

 ちゃんとしていれば、順調に敵を倒して終わりだったのに。余計なことを考えなくて済んだのに。


「ちくしょう! つまらない相手に気を取られなければ……」


 そう言い残して、ゲドーブルーは消えていった。

 樹くんをつまらないなんて言うとか、もっと苦しむようにすれば良かったかな?

 いや、違うよ。もっと素早く倒していれば、樹くんは安心していられたんだ。


 樹くんは、こちらの方を向いている。感謝の言葉を言わないと。そう考えていたけれど。


「あなたのおかげで、セイントサンクチュアリを放てました。ありがとうございます。ですが、ゲドーユニオンは人に勝てる存在じゃない。再度、奇跡があるとは思わないでください」


 ただ、ありがとうと言うことはできなかったよ。先生への感情と、自分への不甲斐なさが邪魔をして。

 わたしの言葉で、樹くんは傷ついていく。だって、うつむいていたから。それを実感して、わたしまで苦しくなるような気がした。

 樹くんの体だけじゃなくて、心も守りたいはずなのに。わたしが感情を制御できないせいで、樹くんを追い詰めてしまう。


 どうしてなんだろう。ゲドーユニオンさえ居なければ、今でも樹くんと穏やかに過ごせていたはずなのに。

 他の誰かが魔法少女なら、樹くんは何もしなくて済んだのに。

 嫌な考えばかりが頭に浮かんで、樹くんの前には居られなかったんだ。


 結局、ひとりで家に帰って、リーベと話していた。

 本当は、樹くんと過ごしたかった時間を。ただのマスコットと。

 良くない考えだってことは、分かっているよ。でも、仕方ないじゃん。

 樹くんだけが、わたしの全てなんだ。それを理解してもらおうなんて思わないよ。

 これまでずっと幸せだったのに、急に変わった気持ちだって。


「このままだと、樹くんは……どうすれば、止められるんだろう」


「ボクとしては、痛い目を見るしかないと思う。でも、そんなことでは命が危ない。難しい問題だね」


 分かりきった答えだったよ。樹くんは、命をかけてしまえる人なんだ。わたしのために、誰かのために。

 きっと、わたしよりよっぽど主人公にふさわしい人。魔法少女に選ばれても、醜いままのわたしより。

 ただその場に居たから選ばれたのだろう、わたしよりも、ずっと。


「樹くんは、いま先生と一緒なのかな……」


「分からないとしか言えないね。樹はこのかを大事にしている。それはボクにも分かる。それ以上は、ボクには理解できないよ」


 当然だよね。リーベは樹くんと出会ったばかりだもん。

 知ったような口を利いていたなら、腹が立つなんてものじゃ済まなかったはずだよ。

 樹くんを誰よりも知っているのはわたし。それだけは、誰にも譲れないんだ。

 いや、樹くんの一番は、なんだって譲れないよ。樹くんは、わたしの物であってほしいよ。


 贅沢すぎるってことは、分かっている。樹くんに守られてきただけのわたしには。

 だけど、諦めきれないよ。ずっと助けてくれた人だもん。好きにならない方がおかしいよ。


「なら、樹くんに見て貰えるわたしになるしかないよね」


「どうだろうか。でも、想い人に振り向いてもらうための努力は、ボクは尊いと思うよ」


 醜かったら、わたしにはどうしようもないよ。

 でも、やるべきことは決まった気がする。魔法少女として、ゲドーユニオンを倒す。

 その中で、だんだん樹くんに好きになってもらう。それしかないよ。

 どうせ、ブロッサムドロップとしての活動はやめられない。

 それなら、全力で利用していくしかないんだ。


「今度こそ、今度こそしっかりと勝つよ。誰にも、苦戦したなんて思わせないくらい」


 そうすることで、樹くんだって無理をしないはず。わたしは大丈夫だって思ってもらえれば。

 ねえ、樹くん。わたしをこれまで守ってくれて、ありがとう。その気持ちは本物なんだ。

 だけど、わたしに任せてほしいんだ。だって、わたしの方が強いから。

 ゲドーユニオンなんかに、樹くんを奪われたくない。その思いで、どこまでだって強くなれるから。


 だから、お願いだよ。ただ、わたしの日常を守っていてほしい。

 そのために、次は完全な勝利を。心に誓うよ。絶対に、果たしてみせるからね。

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