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第3話 目の前の希望

 このかは、ゲドーレッドを倒してからも戦い続けるのだろう。

 いったい、幹部はどれほどの人数いるのだろうか。それが分かるだけでも、全然違うという気がするのだが。


 結局、俺は戦うことはできない。だから、せめて何か、このかの役に立ちたいんだ。

 ゲドーレッドの炎には、消火器が通じた。つまり、全く何もできないわけではない。

 科学技術を生かした道具で、少しは手段が増やせるのなら、それが良い。


 俺の目標は、このかの命を守ることだ。安全を保つことだ。

 そのためには、できるだけアイデアが多い方がいい。


 威力だけを考えたら、銃なんか有効そうではある。だが、どうやって入手するというのか。

 手に入ったとして、使って捕まるのがオチだろう。つまり、銃という選択肢は却下だ。


 そうなると、何がある? 消火器は、ゲドーレッドが炎だから通じていた。だから、他の幹部には通用しないだろう。

 なんだろうな。酸素ボンベとかあれば、水に溺れさせられても大丈夫か?

 というか、溺れる状況で悠長にボンベを装着できるのかという問題がある。やはり難しいな。


 すぐには回答が思いつかないな。俺自身が強くなるというのは、難しいだろうし。

 というか、ゲドーレッドの能力を考えると、格闘技のチャンピオンになったところで無意味に思える。

 普通に色々と燃やしていたからな。殴ったところで蹴ったところで組み付いたところで、火傷をして終わりだろう。下手したら死ぬかもしれない。


 そうなると、他の手段しかないよな。やはり、道具で何かできれば良いんだが。

 例えば、金属バットとかゴルフクラブを持ち歩くのはどうだろうか。

 いや、部活に入っていない俺が持っていたら、疑われるよな。犯罪に使うのかって。

 そもそも、リボンの威力を越えられるのだろうか。消火器で殴ってもあまり有効ではなかったのに、ブロッサムリボンは簡単にガベージを倒していた。


 本当に、良いアイデアが思い浮かばない。

 このかが傷つくかどうかの瀬戸際なのに、情けないことだ。

 やはり、俺は無力な一市民でしかない。それでも、何かないのか。


 このかを助けられるのなら、それで良いんだ。

 誰かの命を捨てさせるのは、きっとこのかが苦しむだけだろうが。

 それに、俺は人の命をなんとも思っていない訳じゃない。

 ゲドーユニオンを倒せるのなら何を犠牲にしてもいいなんて、そんなのおかしい。


 結局、時間をかけて考え続けても、有効な手段は思いつかなかった。

 次の日は、学校で暁先生に呼び出される。理由はいくつか思いつくが、なんだろうか。


 先生は難しそうな顔をしていたので、説教かと思える。正直、面倒だな。

 いや、嫌な先生だとは思っていないんだけどな。前に呼び出された時も、信頼は本物に感じた。

 俺なら悪いことをしないだろうって言葉も、きっと心からのものだろう。そう思える程度には信じている。


 それでも、叱られるのは気が重い。

 心配してくれているのは、伝わるんだけどな。俺の将来を、真剣に考えてくれているはずだ。


 重苦しそうな空気の中、先生はゆっくりと口を開いていく。


「東条、この前、ゲドーユニオンと戦ったそうだな」


 ああ、これは本当に心配をかけてしまったみたいだ。顔を見れば分かる。悲しそうな感じだから。

 それでも、やめろと言われても、俺はゲドーユニオンと戦うことを諦めたりしない。

 先生にはきっと、これからも不安にさせてしまうと思う。だとしても、このかのためなんだ。

 いや、俺自身のためなのだろうな。俺が、このかが傷つく姿を見たくないだけ。


 分かっているんだ。このかだって、俺が傷つけば悲しむことは。

 ブロッサムドロップの姿をしていても、泣きそうなのは明らかだった。

 だから、俺自身のエゴでしかない。それでも、そうだとしても。俺はこのかを守りたい。助けたいんだ。


「はい。そうですね。俺は、後悔していませんよ」


「やめてくれと言っても、お前は止まらないんだろうな。だが、お前が傷つけば悲しむ人間は、ここにも居る。それを忘れないでくれ」


 やはり、先生は優しい人だ。無理やり止めようとしても無駄だと分かって、それでも俺が立ち止まるように言葉を選んでくれている。

 だが、先生を悲しませてでも、俺は戦う。もう決めたことだ。


「もちろんです。わざわざ誰かを傷つけたいとは思っていません」


「そうだろうな。同様に、わざわざ他人を助けたいとも考えていないはずだ。ゲドーユニオンが現れても、お前の行動は避難誘導がせいぜいだと思っていたんだがな」


 避難誘導をすると思われる程度には、評価してくれているんだな。実際はどうだろうか。

 俺はこのか以外の人間がブロッサムドロップだったのなら、きっとリスクを背負わなかったはず。

 安全に手助けできるのなら、助けようとするだろうが。そこが限界だよな。

 他人のために命をかけようとするほど、お人よしのつもりではない。


「どうでしょうか。俺は先生が思うほど、善人ではないですよ」


「いや、私はお前を評価しているよ。だが、納得できないんだろう」


「そうですね。否定はしません」


 先生は、俺を信じてくれている。それは分かる。

 だが、そこまでの行動をした記憶がないんだよな。評価してくれる理由が分からない。

 それでも、先生の気持ちは嬉しくはある。あるいは、俺の感情を誘導するための行為なのだろうか。

 まあ、俺に悪意を持っていないことだけは分かる。だから、仮に演技でも構わない。


「まあいい。私が気にしているのは、お前がわざわざ戦おうとした理由だ。いや、察しはついているんだがな。言葉にできそうか?」


 このかがブロッサムドロップだと、気付かれているのだろうか。

 そうだとすると、少しまずいんだよな。魔法少女だと知られれば、面倒なことの方が多いだろう。


「何を言っているのか、分かりませんよ」


「お前が心配している内容も、分かっているつもりだ。だから、何も聞いたりはしない。安心してくれ」


 ここで直接言葉にしないあたりが、先生の良いところだって思える。

 誰かが聞き耳を立てていたら。そうでなくても、ちゃんと隠す意志を伝えてくれている。

 俺だって、何かを言葉にすることには抵抗がある。いくら先生が心配しているのだとしても。


「ありがとうございます、先生。助かります」


「こちらの方で、お前達の出席に関してはどうにかしておく。だから、必ず無事に帰ってこい」


 ああ、完全に理解されているな。それでも、ハッキリと内容は言わない。素晴らしい先生だよな。

 俺がこの人を信用するには、十分な言葉だ。きっと、普段の生活でなら何でも相談できそうだ。

 こうして誰かを信じて良いと思えるのは、ありがたいことだ。

 ブロッサムドロップの秘密は、きっと守られる。それなら、何も心配しなくて良い。


「もちろんです。先生にも、恩返しをしなくちゃいけないですからね」


「そんなこと、気にしなくて良い。当然のことを実行しているだけだからな」


 さっきまでの配慮を当然と言える。それだけで、頼れる大人として見ていい。

 この人が俺の先生で良かった。信じていい人間が、このか以外にいる。それがどれほどありがたいことか。

 暁先生は、これまでに出会った、どの先生よりも尊敬できるな。


「暁先生が、俺の先生でいてくれたこと。偶然に感謝したいです」


「褒め過ぎだぞ。悪い気分ではないがな。繰り返すようだが、命を大事にしろ。生きてさえいれば、案外どうにかなるものだからな」


「分かりました。もちろん、死ぬつもりはありませんよ。このかのためにも」


「それでいい。お前が生きているだけで、棗は救われるだろうからな。その事を頭においておけ」


 俺が気にしているのが、このかであるのをよく理解した言葉だ。

 どんな言葉だと通じるのか、よく考えた上で話してくれている。

 つまり、俺をよく見てくれているということ。そんな人に、信じていると言われたんだよな。

 本当に最高の先生だと言って良いんじゃないか? きっと、卒業してからも忘れないだろうな。


「当然です。自己犠牲ができるほどの善人ではないですから」


「自己犠牲は善性の行いではない。お前が死ねば、棗も私も悲しいんだ。だから、やめるべきことだ」


「分かりました。自己犠牲なんて実行しないって、約束します」


 実際、俺はこのかを守りたいんだ。命だけでなく、心も。

 そして、このかは俺を大切に思ってくれている。そのはずだ。だから、死ぬ訳にはいかない。

 先生だって、きっと本当に悲しんでくれる。

 それに、俺はこのかとの時間を大切にしたい。死んだら、俺は何もできなくなる。それは嫌だからな。


「ああ、頼むぞ。お前には期待しているんだからな、東条」


「ありがとうございます。先生の期待に応えられるように、頑張りますね」


「期待していると言った手前だが、自分の意志を優先しろよ。命に関わらない限りはな」


 そんなに無理をするように見えているだろうか。きっとそうなのだろうな。

 実際、先生の顔は心配そうだ。俺が期待に応えようとして、やりすぎそうだと思われている。

 そんな事はないだろう。俺は自分勝手な方だと、俺自身では認識しているぞ。

 現に、このかを悲しませてでも戦おうとしている訳だからな。


「大丈夫です。命をかけるほどの無茶はしませんから」


「ああ、信じているぞ。お前は、私の想いを大事にしてくれると」


 生徒の命が大切だという想いだよな。

 それは、大事にしたい。俺は、俺を信じてくれる人を裏切りたくないからな。


「もちろんです。先生の信頼は裏切りません」


「頼むぞ。さあ、これで話は終わりだ。状況が落ち着いたら、補習で忙しいぞ」


 わざわざ補習の時間まで用意してくれるんだから、ありがたい限りだ。

 どう考えても、俺が学業で遅れを取り戻せるようにだもんな。

 先生が俺を信じて、大切にしてくれる。その想いは切り捨てたりしない。


 改めて、しっかりやらないとな。

 このかを助けて、学生としての生活もしっかりこなして。

 大変だが、やりがいのあることだ。先生の期待に応えられるのなら、もっと勉強なんかも頑張って良いかもしれない。

 だが、まずはゲドーユニオンの問題を片付けないと。

 このかと俺が無事に乗り越えられたのなら、後はどうにでもなるはずだ。


 それから放課後、このかはちょっと不満そうだった。

 むくれているような雰囲気があり、なんとなく気になる。

 特に悪いことをした記憶はないんだがな。まあ、俺のせいじゃない可能性の方が大きいか。自意識過剰はダメだよな。


「このか、何かあったのか?」


「あるに決まってるよ! 暁先生に呼び出されたのに、嬉しそうにしちゃって! 先生が美人だからって、教師と生徒なんだからね!」


 まさか、俺が先生に惚れているとか思われているのか? 大変な誤解だぞ。

 尊敬できて信頼できる教師であることは間違いないし、それを確認できて嬉しかったのは確かだが。

 いくらなんでも、教師に惚れたりはしない。そもそも、このか以外の女の人とそこまで仲良くない。


 ところで、これは嫉妬と考えても良いのだろうか。

 このかが好きなのは、おそらく間違いないと思う。だから、好意を持たれているのなら嬉しい。

 まあ、先走りすぎても良くないよな。一歩一歩、ゆっくりと。

 そもそも、ゲドーユニオンの問題を抱えている限り、付き合うことは難しいだろうから。


 とはいえ、好意を持たれている前提で動くのもな。幼馴染として大切に思われていることくらいは分かるが。

 できれば、もう少し仲良くしたい思いもある。だが、相手の感情次第では押し付けだからな。

 関係が壊れるとは思っていないが、余計なことで傷つけるのは嫌だ。


「先生は俺を心配してくれているだけだ。何があっても、付き合ったりなんてないよ」


「それなら、良いけど。樹くん、わたしから離れていったりしないよね?」


「当たり前だ。お前は大切な幼馴染なんだからな」


「幼馴染、ね。樹くん。いや、何でもないよ。大切だって言ってくれて、嬉しい」


「だからこそ、無理はするなよ。お前が傷ついたら、俺は悲しいんだ」


「わたしだって同じだよ! この前、わたしがどんな気持ちだったか!」


 実際、泣かせてしまった訳だからな。反省すべきことではある。

 それでも、このかを一人で戦わせたくない。ただ傷つく姿を見ていたくない。

 やはり、俺は自分勝手だよな。暁先生に褒められるほどじゃない。


「すまない。だが、俺は諦められないんだ」


「知っているよ。でも、絶対に死なないで。樹くんが居てくれなきゃ、楽しくないよ」


 そこまで大事にされているのなら、死ねないよな。

 俺はこのかを傷つけたくないだけなんだ。俺が死んだ後、このかがどうなっても良いとは思わない。

 ちゃんと、笑顔で居てくれるのなら。その確信があるのなら。最悪死んでもいいのだが。


「分かっている。このかを泣かせるやつは、誰だろうと許さない。俺だろうとな」


「お願いだよ、樹くん。ずっと、そばにいて。それだけでいいの」


「もちろんだ。このか、お前から離れたりしないよ」


 この約束を破らないためにも、しっかりと策を練らないとな。

 ただ無鉄砲に挑んでも、ゲドーユニオンには勝てない。何の役にも立てやしない。

 だからこそ、全力で考えるんだ。全身全霊をかけて。


「ありがとう、樹くん。あなたが居てくれれば、どんな敵にも勝てる気がするんだ」


「なら、ずっと一緒に居ないとな」


「そうだよ! 樹くんはずっと私の隣に居ること!」


「分かった。約束だ」


 実際に、このかの隣に居るのは嬉しいことだからな。俺としても望むところだ。

 そうじゃなかったら、わざわざ戦おうとはしないのだから。

 俺はこのかが好きなんだと思う。心から実感しているほどではないが。

 全力で守りたいと思っているくらいだから、相当好きなはずではある。

 ただ、なんとなく分からない部分もあるんだよな。恋なのかどうかとか。


 まあ、恋か愛か、それ以外の感情なのか。このかを守りたいという思いにとっては重要ではない。

 俺の目標は、このかの日常を取り戻すこと。それができないなら、安全を保つこと。

 ハッキリしているのだから、行動は感情の中身で変わったりしないよな。


 何がどうあれ、このかのために、いや、俺自身のためにゲドーユニオンへの対抗手段を見つける。それでいい。

 世界の命運がどうとか、そんな事は考えない。ゲドーユニオンの目的が何であったとしても。


 このかとは別れて、俺はホームセンターに向かっていた。

 何か役に立つものがないか、適当に探したかったからな。

 頭だけで何かを考えるより、実際に物を見ていた方がアイデアが増えるだろう。そう思ってのことだ。


 ノコギリはどう考えても使えない。電動ノコギリだとして、持ち運びという大きな問題がある。

 まさか、いつでもどこでも持ち歩く訳にはいかないのだから。そんな事をしたら不審者どころか捕まりかねない。

 釘やハンマーも、似たような理由でダメだろうな。やはり、なかなか有効な手段はないな。


 まあ、当たり前か。ゲドーユニオンをどうにかできる手段が転がっているのなら、もっと犯罪に利用できる。

 そう考えると、簡単には何も思いつかないのは、もっと早く気づくべきことだよな。


 仕方ない。もともと手探りでやってきたことだ。

 少しでも前進している手応えがあればいいが、難しいよな。


 なんとなく、酸素ボンベを見つけて手に取ってみた。

 何かができるだろうか。思いつくのは、火をつけることくらいだが。どうやって酸素をうまく燃やせば良いのだろうか。

 ただライターなんかで加熱するだけでは、流石に燃えないと思うんだよな。それに、仮に火がついても爆発して自分が危ないだけだろう。


 まあ、後で酸素ボンベの可燃域なんかを調べるのは良いかもしれない。どれくらいの範囲に爆発が広がるのかも。

 一応、知識があるのと無いのとではぜんぜん違うからな。何かヒントになるかもしれない。


「東条、どうした。酸素ボンベなんか見つめて。スポーツにでも目覚めたのか?」


「暁先生、偶然ですね。先生は何を買いに来たんですか?」


「筆記用具なんかを見にな。念のために言っておくが、酸素ボンベで良からぬことを考えるなよ」


 当たり前だ。危険なことだからな。なにか良い手段を求めているのは事実だが、周囲を巻き込むつもりはない。

 そう考えると、酸素ボンベを使うのはあまり良くないよな。俺だけの危険では済まないのだから。


 先生は軽い口調で、冗談めかして言っているように見える。でも、本心でもあるのだろうな。

 俺の事情を知っているから、俺が力を求めていることも分かっているはずだ。そうなると、間違った道に進みかねないという心配は分かる。


 やはり、先生は俺のことを案じてくれているのだろう。優しい人だ。

 だからこそ、ゲドーユニオンとの戦いには関わってほしくない。自分から近づこうとする人ではないだろうが。

 暁先生ほど尊敬できる人は、初めて出会ったくらいだ。失いたくない相手なんだよな。


 だが、狙ってどうにかできる事ではないだろう。悔しいことにな。

 ゲドーユニオンの行動を俺が制御できると思うほど、思い上がってはいない。

 結局のところ、場当たり的に対処するのが限界だということは、よく理解できている。ただの無力な人間は、そんなものだろうさ。


 何なら、ゲドーユニオンに対策できるだけでも、出来すぎなくらいだろう。

 ブロッサムドロップがどれほど重要な存在なのか、また実感させられる。

 つまり、このかはゲドーユニオンが滅ぶまで戦い続けないといけない。だから、俺も。


 先生と軽く話をしていると、店で騒ぎが起き始めた。嫌な予感がするな。

 この感覚には覚えがある。以前のデパートでも、似たような空気感だった。

 つまり、きっとゲドーユニオンが現れたんだ。今からでも、先生に逃げてもらえないだろうか。


「先生、この店から出ていくことはできませんか?」


 なんて言っていたが、手遅れだったようだ。もう、ガベージが現れてしまった。

 ここから逃げようとしても、うまく行かないだろう。そうなると、どうにかして先生を守るしかない。

 だが、俺に何ができる。手段なんてあるのか? ガベージにすら勝てない俺に。


 それでも、希望は消えていないようだった。ブロッサムドロップが現れたからだ。

 嫌になるな。このかを助けると言っておきながら、結局は頼るだけか。

 だが、先生の安全はプライドなんかに代えて良いものじゃない。どれほど悔しくとも、耐えるしかないんだ。


 ガベージはブロッサムドロップのもとに向かっていき、リボンで倒されていく。

 やはり、ゲドーユニオンにとっての最大の脅威は、ブロッサムドロップなのだろう。

 そうなると、敵も本腰を入れてくるかもしれない。俺にできることはないのか。なにか、なんでも良い。


 だが、今の俺の手元には何もない。酸素ボンベを持っているが、これを攻撃に使ったらおしまいだ。

 先生の身を守るためにも、絶対に取れない手段だよな。そうなると、手詰まりかもしれない。

 このままでは、ブロッサムドロップが敵を打ち破るのを待つしかできない。正直、叫び出したいくらいだ。

 そんな事をすれば、先生にも危険が及ぶだろうから、あり得ない行動ではあるが。


 俺が悩んでいる間に、また幹部らしき敵が現れたようだ。

 青い格好をした、今回もマントを着ている怪人。なにか、衣装に統一感があるな。やはり、組織だということだろうか。


「レッドの野郎がやられちまったから来てみれば、大した事なさそうだな。やっぱレッドは四天王最弱だな」


 いい情報が手に入った。つまり、四天王という階級がある。そして、おそらく幹部のものだ。

 つまり、今の敵を含めて残り三体が厄介な敵なのだろう。最低限、道筋が見えたな。


「あなたがどれほど強かろうと、正義の名のもとに、このブロッサムドロップがあなたを打ち破ります!」


 声に力が入っているし、真剣ではあるのだろうが。正義の名のもとにってセリフはこのかには似合っていない。

 そもそも、戦いなんて向いている人じゃないんだ。なのに、俺は頼るしかない。

 どうにかして、俺が代わってやれたのなら。何度でも考えているが、また思うことだ。


「このゲドーブルー様が、ここでお前を終わりにしてやるよ! ブロッサムドロップ!」


 ゲドーブルーは、体に水をまとってから、それをブロッサムドロップに放っていく。

 ブロッサムドロップは避けながらリボンを発射するが、水に防がれる。

 やはり、四天王は相応に強い。ガベージとは大違いだ。


 何度か攻防を繰り返し、ブロッサムドロップは右手にリボンを集めようとする。大技の準備だ。確か、セイントサンクチュアリと言ったか。

 だが、ゲドーブルーは水を放つことでチャージさせない。水を避けていては、大技は撃てないようだ。


 そして、大技を放とうとするブロッサムドロップと、その邪魔をするゲドーブルーという構図が生まれた。

 ブロッサムドロップはただのリボンではゲドーブルーを倒せず、相手はセイントサンクチュアリの危険性を感じている。


 つまりは、大技を当てれば決着がつくと、どちらも認識しているのだろう。

 そうなれば、後の戦いの軸は決まった。

 俺の予想通り、ブロッサムドロップは相手のスキを生み出すための攻撃に移っている。

 そして、ゲドーブルーは素早く攻撃を連発してチャージを妨害する。


 問題になったのは、ゲドーブルーの技の連発で、こちらまで攻撃が飛んできそうになることだ。実際、水が当たって、いくつか棚が倒れている。先生に当たってしまったら。

 もちろん、ブロッサムドロップの苦戦だって大きな問題ではある。今のところは、お互いノーダメージとはいえ。


 できることならば、状況を改善したい。そう考えて、手元の酸素ボンベを捨てようとする。

 いや、これなら使えるんじゃないか? あるアイデアが浮かんだ。博打ではある。だが、そもそも賭けずして何もできないのが俺だろう。なら、やるしかない。


 俺はハンカチで酸素ボンベを覆い、酸素だという表示を隠す。そして、ゲドーブルーの前に躍り出た。

 敵の表情は見えない。だが、バカにしたような雰囲気を感じる。首をすくめている姿からも。


「おいおい。ただの人間が、俺の邪魔をしようってか? 身の程ってのは大事だぜ?」


「なら、俺に攻撃してみろよ。この液体窒素を受けても、水を動かせる自信があるのならな」


 完全にハッタリだ。通じなければ、俺は倒されるだろう。あるいは死ぬかもしれない。

 だが、ゲドーブルーを放置していれば、先生もこのかも危険だ。何が何でも、スキを作り出したい。

 頼むぞ、ブロッサムドロップ。俺に敵が注目している間に。


「液体窒素? そんなものを用意するとはな。だが、どうやって」


「俺は理科の実験が大好きでね。せっかくだから、いろいろと凍らせてみたいじゃないか」


 そもそも、ホームセンターに液体窒素が売っているかは怪しい。そこに気付かれたら終わりだ。完全に、分の悪い賭けでしかない。

 だとしても、先生もこのかも、俺も生き延びるための博打なんだ。頼む、通ってくれ。

 必死で自信満々な顔を取り繕っているが、正直に言って怖い。気付かれる前に、どうにかブロッサムドロップがチャージを終えてくれれば。


「なら、その缶に当てなければいいだけの話だ! お前は終わり――」


「終わりなのはそちらです! セイントサンクチュアリ!」


 こちらに敵が集中している間に、準備が終わったみたいだ。

 ブロッサムドロップの右手から、リボンの雨が降り注いでいく。そして、ゲドーブルーは倒れていった。


「ちくしょう! つまらない相手に気を取られなければ……」


 そのまま、ゲドーブルーは消え去っていく。つまり、ブロッサムドロップの勝ちだ。

 結局のところ、俺に何かできたのかは怪しい。ブロッサムドロップ一人でも、倒せたのかもしれない。

 それでも、みんなが無事でいるのなら十分だ。それに、ゲドーユニオンと戦うための道筋が見えた気がする。


「あなたのおかげで、セイントサンクチュアリを放てました。ありがとうございます。ですが、ゲドーユニオンは人に勝てる存在じゃない。再度、奇跡があるとは思わないでください」


 このかは厳しい言葉を投げかけてくる。俺を心配しているのは分かっていても、拳を握りたくなる。

 だが、可能性はあるって思える。ゲドーレッドも、ゲドーブルーも、分かりやすい弱点がある。

 ならば、これから先の四天王だって、どうにかできるかもしれない。俺の策しだいでは。そう思えた。


 ブロッサムドロップは、リーベを抱えて去っていった。今回は、リーベは特に話さなかったな。

 まあ、用件がないのに俺に話しかけても、関係性を疑われるだけか。そもそも、リーベが話すと知られたくないかもしれない。

 何でも良い。とにかく、今回は俺達の勝ち。それで良い。


 ようやく、ゲドーユニオンに対抗するための道筋が見えた。それだけで、今回の戦いの価値としては十分だよな。

 次から出てくるであろう四天王。そいつらを相手にしても、このかを支えられる。その可能性は十分だ。


 よし、やるぞ。やってやる。このかに戦わせるしかないのは、もうどうしようもない。

 それでも、少しでも楽をさせてやる。それが俺の役割だ。

 どんな敵が現れたとしても、必ずどうにかしてみせる。


 このかは、俺では難しいだろうと考えているようだ。

 だが、絶対に力になってみせる。そうしなければ、生きている意味がないのだから。

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