わたしがブロッサムドロップという魔法少女になったのは、樹くんを守りたかったから。
きっかけは、ゲドーユニオンの起こした事件に巻き込まれたこと。
下校中に、ちょっと寄り道をしてコンビニに向かった時、そこにガベージが居たことなんだ。
変なコスプレ集団かと思っていたけど、周りの客に暴力を振るっていて、危険だとは思っていたよ。だけど、流石にそれだけだとも感じていたんだ。
感覚が変わったのは、やってきた警察が倒されたこと。
ひとりがやられたのを見て、銃を撃ってすらいた。それなのに、通じていなくて。
だから、わたしはとても危険なことに巻き込まれたのかもしれない。そう思ったんだ。
逃げなきゃ。そう判断したけれど、出入り口は塞がれていて。
わたしの命もここまでなのかなって。最後に樹くんに会いたかったなって。そんな思いを抱いていたんだ。
だけど、わたしは助かる運命にあった。リーベに選ばれることで。
彼と言って良いのかわからないけれど、その子が現れたのは、わたしの目の前。
猫のぬいぐるみのような見た目のものが浮いていて、ついに幻覚を見たのかなって。
ぼーっとしている私に話しかけてくる言葉は、なのにすっと入ってきたんだ。
「君には、魔法少女になる素質がある。みんなを守るために、その力を貸してほしい」
わたしとしては、逃げられるのならそれでも良かった。
ゲドーユニオンは怖いし、みんなを守るってことにも興味がわかなかったから。
だけど、わたしは決断することになる。そのきっかけは、リーベの言葉。
「ゲドーユニオンは、この町を滅ぼすつもりだ。当然、住民も巻き込まれてしまうだろうね」
わたしの住む愛鐘町は、つまり樹くんの住む町でもある。
ゲドーユニオンが愛鐘町を滅ぼすつもりなら、樹くんも巻き込まれてしまう。死んでしまう。そんなことは、絶対に許せないんだ。
だから、心は決まった。樹くんのためだけに、ついでに愛鐘町も守ろうって。
「分かった。わたしにできることなら、やるよ」
「その言葉が聞きたかったんだ。じゃあ、ボクの力を受け入れて」
リーベから光が流れ込んできて、わたしの心に言葉が浮かんだ。
そのまま、浮かんだ言葉を口にしていく。それが正解だと感じて。
「この胸にある、幸せと笑顔を守るため。未来を紡いで! チェンジ・ブロッサムドロップ!」
その言葉と同時に、私は制服から、魔法少女じみた衣装に変わっていった。
同時に力が湧き出してきて、これなら誰にも負けないって思えた。つまり、樹くんを守ることもできる。
つい、大声で笑ってしまいそうになった。敵の前だというのに。
それくらい嬉しかったんだ。樹くんの力になれることが。
ガベージは特に話すこともせず、ゆっくりとこちらに向かってくる。
そこに向けて力を込めると、右手からピンクのリボンを放つことができた。
敵にリボンがぶつかると、倒れてからゆっくりと消えていく。
その感覚が、とても強大な力を感じさせた。もし樹くんがいなかったら、力に溺れたかもしれないくらいに。少し、興奮で震えるくらいに。もしかしたら、笑みを浮かべていたかもしれないくらいに。
「やったね、リーベくん!」
「リーベで構わないよ。キミとボクは、長い付き合いになるからね」
「わたしはこのか。よろしくね、リーベ」
「了解したよ、このか。キミのおかげで、ゲドーユニオンに対抗できる。感謝しよう」
それからの日々は、ゲドーユニオンが現れるたびに、ブロッサムドロップとして退治していく日々。
何度か繰り返していくうちに、ブロッサムドロップの名前は愛鐘町で知られるようになっていった。
同時に、わたしが授業から抜け出すことで、呼び出しを受けることも複数。
それで、ちょっと心配事が生まれたんだよね。樹くんに、変な目で見られていないかっていう。
もし不良少女だって思われているのなら、立ち直れないよ。
わたしは、樹くんにだけは嫌われたくないから。思い出の中にある、輝きを失いたくないから。
それは、いつの頃だったかな。小学校に入る前だったと思うけれど。
わたしは男の子にからかわれて、何度も泣いていた。
いま思えば、きっとわたしの気を引こうとしていたんだと思うよ。
自分で言うのも何だけど、わたしはとても可愛いから。樹くんも、よく褒めてくれたくらいには。
そんな時に、樹くんはわたしをかばってくれた。
先生にこっそり報告して、いつでも注意してくれるようにしてくれる形で。
今でも思うけれど、子供の発想じゃないよね。だけど、確かに救われたんだよ。
わたしが気づいたのは、先生が教えてくれたから。
「このかちゃん、樹くんには感謝してね。先生がこのかちゃんを守れたのは、樹くんがこのかちゃんを助けてって言ったからだから」
その言葉を聞いて、樹くんの優しさに触れた気がしたんだ。
自分でやったとも言わず、いつも通りにわたしと仲良くしてくれていた。
わたしは変な男の子から解放されて喜んでいたけれど、それを自慢するわけでもなく。
ただ、嬉しそうなわたしに寄り添ってくれるだけだったから。それが素敵だったんだ。
きっと、樹くんはわたしが救われれば、それで良かったんだ。
だから、こっそりと計画して、実行して、わたしには何も告げない。
そんな姿を見て、わたしも同じようになれたらって。そう思えたんだ。
当時は、他の誰かの力になりたいって、そう考えていたけれど。
他にも、樹くんとの思い出はいっぱいある。何度もわたしは助けられた。
そんな事を繰り返しているうちに、樹くんのことが大好きになっていったんだ。
他の誰かが目に入らないくらいに。ずっと一緒に居たいって思うくらいに。誰よりも信頼するくらいに。
だから、樹くんに嫌われる未来だけは、絶対に嫌だった。
他の誰にどう思われたって、別に構わない。だけど、樹くんにだけは。そんな思いでいっぱいだったんだ。
だから、誰かに押し付けられないかなって考える瞬間もあったよ。リーベに相談したこともあったかな。
「リーベ、他の魔法少女は増えたりしないの?」
「いま魔法少女としての力を与えられるのは、ボクだけだ。ブロッサムドロップの力の根源は、ボクの魂。つまり、他に魔法少女を増やしたければ……」
「他の誰かの魂を捧げる必要があるってこと? それって、どうなるの?」
「人間だったなら、死ぬことに等しい。だから、最後の手段だね」
流石に、わたしは他の人を殺してまで楽をしようと思えるほどの人でなしではないよ。
でも、少しだけ未練はあったかな。樹くんと過ごす日常が、遠くなっているような気がしたから。
それでも、正体を告げる勇気は出なかった。
魔法少女だって知られて、歳も考えずにって思われたら耐えられない。バケモノだって思われたら、泣いてしまう。
だけど、樹くんの目が不審をかかえているのに気づいて、心は決まった。
樹くんに、本当のことを話そうって。
きっと、樹くんなら信じてくれるし、変なふうに見たりもしない。そう信じていたから。
それに、わたしが樹くんを守っているんだって自慢できたら嬉しいなって。
なんてね。本当は、怖かっただけ。樹くんに嫌われるくらいなら、他の全部はどうでも良かった。
いや、樹くんを信頼しているのは、本当のことだけどね。でも、樹くんが遠くなる事に耐えるのは、わたしにはできない。だからだったんだよ。
そして、運命の日がやってくる。わたしが樹くんに真実を告げる日が。
緊張と、ワクワクと、ドキドキと、色んな感情がミキサーにかけられたみたいだった。
だって、樹くんに信じてもらえなかったらって思いも、樹くんが尊敬してくれたらって思いも、同時に持っていたからね。
樹くんに手紙を書いて、呼び出して。実は告白みたいだなって感じたりもして。
私の家にやってきた樹くんが緊張していたのを見て、もしかしたらって感情もあったよ。
わたしは樹くんに好かれているのかもしれないって。そんな風に。
そして、樹くんの顔を見ながら、息を吸い込んで。
隠していた秘密をさらけ出す瞬間がやってきたんだ。
「わたし、魔法少女なの!」
その時の樹くんの顔は、なんというか、ポカーンって感じだったね。
現状を受け入れられないと言うより、何を言っているんだろうこの人はって。
ちょっと、不安が再び襲いかかってきそうになるくらいには、なんとも言えない顔だった。
結局、すぐに感情を整理してくれたみたいなんだけどね。
優しそうな顔に変わって、心配そうな顔になって。そんな変化を見ていたらすぐに分かったよ。
樹くんは、間違いなくわたしの言葉を信じてくれている。そう確信できるくらいには。
実際、出てきた言葉が証明だよね。
「魔法少女になって、危なくはないのか?」
って言ってくれるんだもん。やっぱり、樹くんだけは信じて良い。そう思えるだけの言葉だよね。
わたしを疑うわけでもなく、すごいと褒めるわけでもなく、案じてくれる。
それだけで、胸が暖かくなるんだよ。いつも通り、わたしを助けてくれる樹くんだって。
まあ、本気でわたしを心配してくれるから、未来でわたしが苦しむことになるんだけど。
「信じてくれるんだね。やっぱり、樹くんに話して良かった」
実際、樹くん以外の誰にも、ブロッサムドロップの正体は知られたくない。
絶対に好奇の目で見られるって、分かり切っているから。
ゲドーユニオンってどれくらい強いんだよって、無責任に聞かれるから。
あるいは、どうしてもっとうまく助けないんだって、責めてくる可能性すらある。
だから、別に樹くん以外を守りたいとは思わないよ。正直なところ、誰かが傷ついても心は痛くないかな。
「まあ、嘘をついていたら分かるからな」
なんて言われたりして。樹くんがわたしを理解してくれている証だよね。ちょっと、にやけちゃいそうなくらい。
それだけ、ずっと私のことを見ていてくれたんだもん。わたしが樹くんになつくのも、当然だよね。
「ありがとう。嬉しいよ。樹くんなら、信じて良い。そう思ったのは正しかったよ」
「それはありがたいが。命の危険があったりしないよな?」
「魔法少女としての力があるから、大丈夫。リーベも協力してくれるから」
「リーベ? 言い方からするに、サポートしてくれる人か?」
わたしも緊張してたんだろうな。ちゃんと説明できていなかったもんね。
普通、新しい名前を出す時には説明するものだよ。樹くんの方から聞いてくれて、助かったな。
「ああ、ごめん。えっと、いわゆるマスコットだよ。魔法少女なら、定番だよね」
「ボクを紹介してくれるんだね。このか、よほど彼を信頼しているんだね」
樹くんを信頼するなんて、当たり前のこと。なんて、ちょっと疑ってたりしたけどね。
わたしは樹くんのためなら何だってできる。きっと、樹くんも同じ。そのくらいは、いつでも信じているけれど。
もしかしたら、魔法少女だって言った結果が悪いものじゃないかって、少し怖かったのも事実ではあるんだ。
まあ、第一の壁は乗り越えたから、リーベを紹介するくらい問題ないのは事実だよね。
魔法少女だって信じてくれるのなら、マスコット的な存在がいてもおかしくはないのだから。
「リーベ。このかだけが戦う理由は、なにかあるのか?」
やっぱり、樹くんはわたしを大切にしてくれている。
分かるんだ。自分でも戦えないかって感じてくれていることは。だから、話したことは失敗だったかもしれないなって。
もし、樹くんまで戦うことになるのなら、嫌で嫌で仕方がない。
「難しい質問だ。正確には、戦力を増やす手段はある。とはいえ、誰も賛成しないだろうね。仮にボクの知っているやり方を肯定するならば、このかも、君も、大きく失望するだろう」
樹くんは、他人の命を犠牲にするなんて許せないよね。
それに、わたしは樹くんに死んでほしくない。
少しだけ、光景が見える気がするんだ。わたしのために、命を使ってしまう樹くんの。
「例えば、俺が実行することはできるのか?」
「その質問には、イエスと答えるよ。ただ、君の覚悟が問われることになる」
「リーベ!」
樹くんを死なせるのなら、リーベのことは絶対に許さない。
どんな手を使っても復讐してみせる。それくらいには。
わたしにとっては、樹くんだけが人生なんだから。
たったひとり、そばに居てくれて嬉しい人なんだから。
方法を知っているのなら、樹くんは自分を犠牲にしてもおかしくはない。
彼の優しさと献身は、わたしが誰よりも知っている。だから分かるんだ。
これまでの日々でも、傷つきながら助けてくれたことはあった。ガラの悪い人から守ってもらったりとか。
「このか、質問がある。お前は、大丈夫なんだよな」
「わたし一人ならって感じかな。樹くん、これ以上は聞かないで」
樹くんが死んでしまったら、わたしの人生に意味はないよ。
だから、自分の命を捧げればなんて、可能性すら知ってほしくない。
もしかしたら、わたしが追い詰められた時に、つい実行してしまうかもしれない。そう思うんだ。
「リーベ、このかに問題はないんだよな?」
「そうだね。戦いに挑むという危険はあるとはいえ、それだけだ」
ああ、リーベの回答で分かった。
樹くんは、わたしが命を捧げたりしていないか心配してくれたんだ。
それは嬉しいけど、わたしは樹くんのほうが気になるよ。
本当に命を捧げそうな人は、わたしじゃなくて樹くんだから。
「もうひとつ質問がある。このかの代わりに俺が戦うことはできないのか?」
わたしが大事だってのは、顔を見なくても分かるよ。
これまで、ずっとわたしを守ってくれていたもんね。
だけど、無理なんだ。それに、樹くんを危険にさらしたくないよ。これまでの戦いは楽勝だったけど、いちおう悪の組織との戦いなんだから。
「それは無理と言って良いね。いや、正確には不可能ではないんだけど。このかも君も許さないだろう」
「当たり前だよ! 絶対にダメなんだからね!」
何も考えなくても言葉は出た。樹くんの命を捨てさせるなんて、許せない。
他の人が犠牲になるだけなら、最悪の場合は構わないけれど。
だけどきっと、樹くんは他人の命を対価にすることは望まない人だから。
つまり、樹くんが自分でどうにかしようとしてしまうってこと。ダメだよね。
「なら、戦いをやめられないのか? 他の手段で、ゲドーユニオンを倒せないのか?」
「難しいね。他に手段があるのなら、ボクだってどうにかしているんだ」
「わたしがみんなを守れるのなら、それで十分だよ」
なんてね。樹くんは、彼だけを守る人はきっと嫌い。それだけが、このセリフの理由なんだ。
本音のところでは、わたしが大事なのは樹くんだけなんだけどね。本人には言えないよ。
「ところで、俺になにかできそうな事はないか?」
「樹くんは、わたしを応援してくれるだけでいいよ。それだけで、どんな敵にも勝てるから」
「実際のところ、ゲドーユニオンは魔法少女でないと倒せない。その前提がある限り、できることは無いに等しいだろうね」
「ダメージを与えることすらできないのか?」
ああ、本当に言わなきゃ良かったかもしれない。すでに、若干後悔していたんだよね。
結局、わたしはわたし自身の弱さをずっと後悔し続けることになる。
樹くんに本当のことを教えようなんて、そんな弱さを。
「樹くん、やめて。わたしは、樹くんを巻き込みたくて本当のことを言ったわけじゃないから」
「全くゼロではないだろうけれど。トドメをさせるのは、魔法少女だけ。大差ないんじゃないかな」
「なら、諦めるしかないのか」
樹くんが諦めてくれたなら、わたしは何も考えなくて良かった。
これから先、樹くんが傷つき続ける未来を迎えなくて済んだ。
だけど、違うんだ。彼は本物の勇気を持っていたから。わたしにとっては、望ましくないことに。
分かってはいるよ。そんな人だったから、樹くんが大好きになったんだけどね。
「樹くん、安心して。私は大丈夫だから。絶対に負けたりしないから」
「魔法少女の力は、ただの人間を遥かに超えている。だから、確率的には民間人が巻き込まれるより安全だよ」
「そうだな。なら、このか。俺は応援しているから、何があっても無事で居てくれよ」
「もちろんだよ。樹くんが居てくれる限り、大丈夫だから」
「だったら安心だな。俺は何があってもお前から離れるつもりはない」
「それを聞けて良かった。ほんの少し、不安だったんだ。信じてもらえないのは良い。バケモノだって思われたら、わたしはダメになってたから」
ふふっ、本音ではあったんだけどね。でも、樹くんに肯定してほしくて言ったセリフなんだ。
可愛いって思ってもらいたいというのは、ちょっと違うけど。
樹くんなら、絶対にわたしを応援してくれるって信じていたから。
「あり得ない。このかがこのかであるかぎり、絶対にない」
こんな風にね。わたしは、分かっていて言ったよ。
樹くんなら、わたしを悲しませるようなことは言わないって。
わたしを喜ばせるために、言葉を選んでくれる人だって。
「うん。樹くんがそういう人だってことは、わたしが一番知っているよ。それでも、不安だったんだ」
「仕方のない事だね。怪人と戦える。それだけで、過去の魔法少女には排斥された存在も居た」
「ありがとう。怖かったのに、話してくれたんだな。俺はずっと、このかの味方だ」
この台詞が聞けただけで、とても嬉しかった。
味方というのが精神的なものであれば、もっと良かったんだけどね。
樹くんがどういう人なのか、分かっていたけど無視しちゃった。それがわたしの罪なんだろうな。
「こちらこそ、ありがとう。じゃあ、またね」
そして、わたしの後悔が始まったんだ。
次の日は、別にどうという事はなかったけどね。
学校から飛び出したわたしを、樹くんが追いかけてきた。それで、少し怖かったくらい。
それから樹くんと一緒に呼び出されて、責任を感じていたくらい。なんて楽観的だったんだろうって、笑っちゃうよね。
結局、樹くんは私のせいで傷つき続けるのに。
その一歩目は、デパートにゲドーユニオンが現れたこと。
わたしの知らない、ゲドーレッドという幹部が出てきたのがきっかけだったんだ。
「ゲドーユニオン、あなた達の悪事は許しません! このブロッサムドロップが、悔い改めさせてあげます!」
「くくっ、ブロッサムドロップか。ガベージ共が世話になったようだな。我はゲドーレッド。貴様を打ち破るものだ」
「そんな事はさせません! 私のブロッサムリボンで退治するんですから!」
なんてやり取りをして。その時は、まだ勝てると考えていた。
どうせ、ガベージには大して苦戦していなかったから。どうとでもなるとでも思っていたんだ。
ただ、ブロッサムリボンをぶつけても、敵の能力で燃やされてしまう。
それだけなら、別に良かった。もっと強い技をぶつけたら良いかもって思っていたから。
でも、全くの間違いだったよ。樹くんからどう見えるのか、まるで考えていなかった。
「こんなものか? ガベージ共が倒されていると聞いたから我が直々にやってきたが、その必要もなかったかもな」
そう言われても、別に苦しくはなかった。まだ全力を出していたわけじゃなかったから。
反論するつもりもないし、恐れる心もない。どうせ勝てるだろうって、楽観的に見ていた。
一歩一歩、弱点を確かめていって、最後に倒せればそれでいいって。
わたしが手探りで敵の性能を測っていこうとする姿は、きっと追い詰められているようだったんだと思う。
だから、樹くんはわたしのために策を考えた。ゲドーレッドを、わたしが倒しやすくするために。
それが、消火器でゲドーレッドの炎を消すという手段。
せっかく樹くんが作ってくれたスキだから、全力で攻撃した。
ブロッサムドロップとしての必殺技を使って、カッコよく倒そうって。
「これなら! 行きます! 応えて、聖なるリボン! セイントサンクチュアリ!」
なんて決めゼリフまで言ったりして。
わたしは、状況を軽く見すぎていた。周りがちゃんと見えていなかった。
樹くんが協力してくれるんだって、素直に喜んでいた。
どれだけバカだったのか、すぐさま思い知らされるとも知らずに。
「お、おのれ! ガベージ共! せめてそこの男だけでも!」
そんな敵のセリフを聞いたけど、すぐには動けなかったんだ。
わたしのセイントサンクチュアリは大技だから、相応のスキが生まれる。
その間に、樹くんに向けてガベージ達が移動していく。そして、樹くんは殴られたり蹴られたり。
とても苦しそうな姿を、ただ見ているだけで。
わたしは自分が情けなくて仕方なかった。同時に、ガベージを葬りたくて仕方がなかった。
もっと言えば、ゲドーレッドをもっと苦しめておけば良かったって。そう思ったんだ。
樹くんが受けた苦しみは、わたしには八つ当たり程度じゃ開放できないほどの怒りの燃料で。
だから、できるだけ素早く、同時にガベージが痛くなるように。全力でリボンをぶつけていったんだ。
すぐに樹くんは解放されたけど、痛そうな樹くんを見ているだけで、涙がこぼれそうだったよ。
わたしがもっと、ちゃんとしていればって。そもそも、ブロッサムドロップだって知られていなければって。
だって、きっと樹くんはわたしのためにゲドーレッドを弱らせようとしたから。
ブロッサムドロップの正体がわたしだって教えてしまったことが全ての原因なんだ。
つまり、樹くんが傷ついたのも、苦しんでいたのも、全部わたしのせい。
自分を殺してしまいたいくらいに、怒りでいっぱいだったよ。
わたしは樹くんに嫌われたくなかった。
それだけのために、危険なゲドーユニオンとの戦いに巻き込んでしまった。
分かっていたはずなんだ。樹くんなら、わたしを助けようとするって。
だけど、樹くんに変な目で見られる可能性に耐えきれなかった。
なんて愚かだったんだろう。自分を慰めるためだけに、誰よりも大好きな樹くんを傷つけて。
わたしなんかじゃ、魔法少女にはふさわしくなかったよ。樹くんのヒーローには、なれなかったよ。
知っていたよ。樹くんに守られるだけのわたしは、結局は弱いんだって。
でも、わたしの手で樹くんを助けられるって欲求に勝てなかった。
その結果が、樹くんがケガをすること。
わたしは、何のために。
でも、後悔しても過去には戻れない。ブロッサムドロップがこのかだって、もう知られている。
だから、きっとこれからも、樹くんはわたしを助けようとしてしまうんだ。
もっと、力があれば。ゲドーユニオンの誰も寄せ付けないくらい。
それなら、わたしは守られなくて済むのに。
「ブロッサムドロップ、ありがとう。おかげで命拾いしたよ」
「礼を言うのは、こちらの方です。あなたが居てくれなければ、私はゲドーレッドに倒されていたかもしれません」
樹くんの行動が必要ないなんて、とても言えなかった。
わざわざ傷を負わせてまで手に入れたものが何もないなんて、そんなの。
きっと、わたしがもっと全力だったら、樹くんが居なくても倒せたなんて。
「ブロッサムドロップ、癒やしの力を使おう。今の君なら、できるはずだ。リボンを彼に巻き付けて」
「分かりました。お願いします、ブロッサムリボン!」
「ブロッサムドロップのおかげだな。もう痛くないよ」
せめてもの救いは、樹くんのケガを治せたことだ。
そうじゃなかったら、もしかしたら傷跡だって残ったかもしれない。
わたしの大好きな樹くんに、わたしのせいで。
そうなっていたら、ゲドーユニオンを皆殺しにしていても足りなかったよ。
「それは良かったです。ですが、無理はしないでください。ゲドーユニオンは、バケモノです。あなたの命だって、危険なんですからね」
「ああ。だが、ブロッサムドロップこそ気をつけろよ。ゲドーユニオンの幹部は、強敵のようだからな」
「もちろんです。次は、あなたが協力しなくても済むように、もっと強くなってみせますから」
樹くんには、二度と傷ついてほしくなかった。
そのためなら、どんな手段を使ってもいいって思うくらいには。
わたしの命を捧げるくらいで強くなれるのなら、それでも良いって程度には。
無理なんだろうけどね。ゲドーユニオンをすべて倒すには、一回の命じゃ足りないだろうし。
それに、魔法少女が命を捨てるなんて、きっと機能として設定されていない。
リーベからの話を考える感じだと、魔法少女の力は、誰かの魂を借りているだけだから。
「頑張ってくれ。応援しているからな」
「ありがとうございます。あなたは次から、もっと安全なところに居てください」
それから、樹くんと別れて家に帰って。
わたしは涙をこらえきれなかった。わたしの弱さが、樹くんを傷つけてしまった事実に。
「ごめん、ごめんね、樹くん。わたしのせいで……わたしが、もっと強かったら……」
「キミが強くなりたいのなら、他の誰かの命を捧げるかい?」
本音のところでは、他人の命なら別に良かった。
でも、わたしは実行する気になれない。
その理由は、樹くんに嫌われたくなかっただけ。
だって、魔法少女が強くなるためには他の人の命が必要だって、樹くんは知っていたから。正確には、思い当たっていただろうから。
わたしが急激に強くなってしまえば、樹くんは可能性に思い至る。そうなってしまえば。
「そんな事できない。わたしは、そこまで堕ちたくない」
「それで良い。キミの心だって、力の燃料なんだ。今回感じた悔しさで、感情を燃やせば良い」
だったら、どれだけだって強くなれそうだ。
樹くんを守れなかった悔しさは、きっと誰にも理解できない。樹くん本人にだって。
だから、全身全霊を賭けるんだ。今度こそ、樹くんを傷つけなくて済むように。
ねえ、樹くん。絶対にあなたを守ってみせるから。
だから、ずっとそばに居てね。それだけで、どんな敵とも戦えるんだからね。