私にとって、優馬さんは輝ける人でした。
初めて出会った時には、それほどでもありませんでしたけど。
ダンジョンというものが現れて、スタンピードで両親が死んで。
私は復讐のためか、ダンジョンを攻略しようとしました。
Eランクダンジョン、Dランクダンジョンは順調に攻略できたんです。
ですが、Cランクダンジョンで自分の限界が見えました。
知性を持って立ち回る敵。それを相手に、ただ目が良いだけではどうにもできなくて。
私は敵の動きをしっかり見て、攻撃を避けるのは得意でした。
だけど、それだけでは足りなかった。急に不意打ちされたり、複数体で同時に襲われたり。
それで、命の危険を感じて諦めてしまったんです。
実際のところ、私は死に場所を探していたのかもしれません。
だけど、本当に死が目の前に見えると怖くなった。そんなところだと思います。
結局、ダンジョンを誰かが攻略してくれると期待するだけになっていったんです。
そんな時に、優馬さんと出会うことになった。
始めは名前も知らなくて、ただ挨拶するだけの関係でした。
彼は頼りなさそうな見た目をしていて、だから、Cランクダンジョンに挑むのも信じられなくて。
だけど、優馬さんは私の想像を超えていったんです。
確かに攻略には行き詰まっているようでしたけれど、ほとんど傷を負わずに帰ってくる。
それだけで、確かな実力を感じられました。
いえ、ダンジョンを覗いていくだけという可能性もあったんでしょうけどね。
ただ、優馬さんは帰りを待ってくれる人がいるらしかった。
少し羨ましいような、彼も私と同じでなくて良かったような。そんな複雑な気持ちでした。
優馬さんの名前に見合った優しい笑顔は、きっとまだ何も失っていないから。
そう思うと、彼は取りこぼさないでいてくれたらな。そう感じられました。
ある日から見せてくれた笑顔がけっこう可愛くて、それで私にもだんだん心を開いていく様子が感じられて。
私からも、優馬さんに親しみを覚えるようになっていきました。
そこでようやく気がついたんです。私は誰かとの交流を求めていたと。
自分の感情を自覚してから、少しだけ優馬さんの帰りを待つ人が邪魔になってしまいました。
というのも、私の居場所になってくれそうな優馬さんにとっての、心のすみかだったから。
私が欲しいのは、私とずっと一緒に居てくれる人。
だから、優馬さんが遠くなっていく、そのきっかけくらいにしか思えなかったんです。
それでも、優馬さんのダンジョン攻略は応援していました。
だって、死んでほしくなかったから。心温まる時間を失いたくなかったから。
たとえ優馬さんが離れて行ってしまうのだとしても、また無くしたくはなかった。ダンジョンに奪われたくなかった。
両親の命が奪われた時のような悲しみをもう一度味わうのだと思うと、胸が張り裂けそうで。
私と優馬さんが、ほんの少しだけ交わった時間。それを心の支えに生きていくのも良いと、そう考えていました。
だけど、それが変わったのは、優馬さんがCランクダンジョンを攻略したと知った時。
なんだかんだで、彼は弱い人に見えていました。
だから、ダンジョンに挑むことを諦めるんだろうなと、そう思っていたんです。
でも、違った。優馬さんは成し遂げた。
私が投げ捨てた未来を、ちゃんとつかみ取っていたんです。
それはつまり、臆病な心を持ちながらも、そこから勇気を絞り出したってこと。
自分が折れた側だからこそ、その素晴らしさは誰よりも理解できると思えました。
だって、優馬さんはずっと苦戦していた。
それなら、逃げ出したいと思うのが普通じゃないですか。少なくとも私はそうだった。
だけど、優馬さんは諦めなかった。なにか装備を手に入れていたけれど、その支えがあったとしても。
ちょっと強い武器を手に入れたくらいで攻略できる場所じゃない。私は実感していました。
だからこそ、本気で優馬さんのことを尊敬できたし、好きになれた。
きっと、その時にはまだ恋じゃなかったはずだけれど。
でも、優馬さんと離れたくないと思う程度の好意ではありました。
だから、一緒にいる時間を失いたくはなかったんです。
そのために、必死に情報を探して、集めて。
優馬さんの名前を知ったのも、その時でした。
彼には簡単に調べられたと言ったけれど、私は全力だった。
偶然が紡いだつながりを手放したくなくて、全てを尽くした。
優馬さんとの関係を保てるのなら、それだけで幸福だと信じていたんです。
実際に、彼との時間は私を癒やしてくれた。
両親を失った私にとって、ただひとり心を許せる人になった。
友達もろくに居なかった私を、素直に受け入れてくれる人。
その存在のありがたさがどれほどか、優馬さんには分からないのだろうと思います。
優馬さんには何でも話せた。両親を失ったことも、遺産がそれなりにあることも。
それは、彼が私を大事にしてくれることを実感できたから。
つまらない欲望で、私を振り回したりしないと信じられたから。
優馬さんが死んでしまったら、私は生きる希望を失ってしまう。
そう考える程度には、私の光と感じていたんです。
絶対に離れたくない。そう思うまでに大して時間は必要なかった。
優馬さんと出会えた幸運は、絶対に無くしたくなかった。
仮に両親と一緒に居た時間に戻れたとしても、もう一度死ぬのを見過ごすかもしれない程度には。
私は、人生で初めての憩いを手に入れていたんですから。
両親だって、大切な存在ではあった。今まで無事に育ててくれてはいましたから。
だけど、優馬さんとは比べることすら、する気はない。
私のことを温かい目で見守ってくれる姿からは、親以上の愛情を感じましたから。
出会ってわずかな時間でしかなかったけれど、彼はとても強い親しみを覚えてくれていたんです。
優馬さんは確かに強かった。だけど、それだけじゃなかった。
私を見つめる優しい瞳。幽霊を怖がるような可愛い姿。
強さと弱さと優しさと、全部を持ち合わせた人だったんですよ。
だから、誰よりも輝いて見えた。人間だと思えた。
そんな彼は、私をとても大切にしてくれている。
だけど、私よりも大切な存在が居る。
嫉妬の心が抑えきれそうになかった。まだ、恋していた訳でもないのに。
でも、たったひとりの友だちだと思えば、おかしな感情ではないですよね。
誰かに奪われたくない友情だって、きっとありますから。
そんな感情が、もっと大きく変わったきっかけがある。
スタンピード。私に襲いかかるモンスターが、たくさん出現した事件。
私は逃げながら、命を諦めそうになっていた。
だけど、優馬さんの悲しむ顔が思い浮かんだ。
それからは、優馬さんが助けに来ることを期待して、ずっと全力で走っていた。
疲れていたし、苦しかったし、全部投げ出したかった。
それでも生きようと思えたのは、優馬さんの存在があったから。
楽しかった時間を失いたくなかったし、彼を泣かせたくもなかったから。
優馬さんは、期待通りに私を助けに来てくれた。
そして、無事な私を確認してふにゃりと笑う。
危険な状態は変わらないのに、つい笑いそうになっちゃいました。
優馬さんが可愛らしくて、そして私への想いが伝わって。
だって、どう考えても全身全霊をかけて駆けてきたのは、見れば分かりましたから。
それほど必死になって私を救おうとしていたのだと思うと、つい嬉しくなっちゃいます。
にやけそうになりながらも、状況を考えて我慢する程度には。
だから、優馬さんは私にとってヒーローに変わったんです。
これまでも、大切な日常の象徴ではありましたけれど。
それで、私も彼を支えられる存在になれたらなって。そう考えたんです。
全力で私を守ってくれる優馬さんは、そのせいで苦戦していましたから。
だから、私が囮になることで、少しでも楽をさせられたのなら。そう感じたんです。
敵の前に躍り出るのは震えそうなくらい怖かったけれど、優馬さんが死ぬのはもっと嫌だったから。
私が死んだとしても、優馬さんはずっと私を覚えてくれる。
それが希望になって、ほんの少しの勇気を生み出してくれたんです。
もちろん、一緒に生きられる未来が一番良かったんですけどね。
Bランクダンジョンから敵が出現していると判明して、優馬さんは迷っているようでした。
私を見捨てたくない。それでも、問題を解決したい。
そんな心が目に見えるようで、だから私も手伝うと決めました。
直接戦おうとすれば足手まといになることは目に見えていました。
所詮は、私はCランクダンジョンで諦めた程度だから。
だけど、優馬さんは私をおいては行けないでしょう。
そんな考えはすぐに分かったから、優馬さんにすべてを託そうと決意したんです。
仮に優馬さんが私を守りきれないのだとしても、納得できたと思います。
だって、ただひとり信じられる相手でしたから。その人以外に命を預けようとは思えません。
全力で私を心配してくれて、命までかけてくれる。そんな人を信頼しないのならば、私は人でなしですから。
結局、優馬さんのおかげでスタンピードは乗り越えられました。
私は、私のために全力になってくれる優馬さんが、もっと好きになったんです。
誰かを信じる喜びを、私に教えてくれた人を。
ヒーローのような輝きを見せてくれた人を。
それからは、優馬さんのことがもっとカッコよく見えたんです。
顔の作り自体は良い方だったと思いますけど、そこまで気にしていませんでした。
だけど、見とれてしまいそうになる瞬間もあるくらいには、顔も好きになっていたんです。
これはきっと、惚れた弱みというものなんでしょうね。
だけど、優馬さんの幼馴染。愛梨さんが邪魔になってきました。
優馬さんのことが好きだからこそ、恋敵の存在が許せなかった。
にもかかわらず、優馬さんは愛梨さんのことで相談してくるんです。
もう、心に暗いものがいっぱいでした。
優馬さんの前でなければ、何かを殴っていたかもしれないくらい。
もちろん、優馬さんに嫌われないように、いい子を演じていたんですけど。
優馬さんと愛梨さんとの関係が悪くなった時、私は拳を握りそうにすらなった。
いわゆるガッツポーズですね。はしたないし、見られたら嫌われるでしょうから、我慢しましたけど。
私にとっては、優馬さんと近づくためのチャンスが巡ってきた喜びでいっぱいだったんです。
相談にかこつけて、優馬さんとの時間を増やすことを計画しました。
当たり前ですよね。恋は戦争なんです。手段を選んでいては、ただ負けるだけ。
優馬さんへの想いが本物だからこそ、妥協する訳にはいかなかった。
アクセサリーを仲直りの証として贈ることを提案して、私が付き合う。
優馬さんは純朴で、女の人の衣装に詳しいとは思えませんでしたから。
ちょうど、アドバイスを送るという体でデートができるんじゃないかなって。
その思惑通り、優馬さんは私の提案を受けてくれました。
だから、ついでに他の女の影を匂わせてあげようかなって。
そうすれば、愛梨さんとの関係がこじれて、私が慰めてあげられるかもしれない。そう考えたんです。
そして迎えたデート当日。
優馬さんはとても不安そうでした。だから、少しは罪悪感もあって。
でも、私の想いが叶ってほしいから。罪の意識にはフタをしたんです。
私と優馬さんが結ばれたなら、きっと慰められますから。
優馬さんのことを幸せにする自信は、強く抱いていました。
私のことを好きで居てくれるのを感じていましたし、それに優馬さんのことも理解できているはずですから。
愛梨さんが本当に大切なのは分かります。それでも、私ならもっと。そう思えたんです。
だから、優馬さんがアクセサリーに詳しくないのはちょうど良いって感じました。
それで、女の人の趣味を感じるように、ブレスレットを選んでいったんです。
仲直りのために、他の女の人の手を借りる。そんな人となら、きっとこじれてくれますよね?
私の選んだものを、すぐにそれと決めてくれる。
そんな姿勢には、ちょっと胸が温かいような、冷たいような気がしました。
嬉しさと罪悪感が混ざり合っていたんでしょうね。
だから、素直に喜ぶことができなかった。
他にも、優馬さんは自分の手でアクセサリーを選んでいました。
それで、計画に失敗してしまったかなって。そんな予感がありました。
優馬さんはロケットを2つ選んでいて、ハート型のものとただのロケット。
どちらを愛梨さんに渡すのか、心では理解できていました。
だけど、心は期待を抑えきれなかった。
それで、優馬さんがプレゼントしてくれたものに対して、少しがっかりした姿を見せちゃったんです。
本人は気にしていないようでしたけど、私の心には棘として残りました。
優馬さんは、真剣に私のことを考えてくれていたのに。
素敵な贈り物だって私の言葉は、確かに本心でした。
だけど、嫉妬心を抑えきることもできなくて、申し訳なかったと。
私の優馬さんへの想いは、俗っぽい物欲じゃないと信じたかったのに。
それでも、優馬さんは私を信じ続けてくれていた。
だから、少しくらいはふさわしい存在になれるように頑張ろうって、そう思ったんです。
それから、私達にとって運命の日がやってきました。
優馬さんから呼び出されたのが、その始まり。
実は、私に乗り換えてくれるんじゃないかって、ちょっと期待していました。
だけど、用件は私の望んでいたものではなかったんです。
とはいえ、優馬さんにとってはとても重要な内容でした。
愛梨さんが、ダンジョンを出現させた黒幕。
少なくとも優馬さんは、そう考えているようでした。
だったら優馬さんは愛梨さんを嫌うんじゃないかと、そんな希望を持ったりもして。
けれど、愛梨さんへの思いは消えていないようでした。
悲しくはあった。ちょっと、気分が悪くなりそうなくらいには。
同時に、今なら愛梨さんを排除できるんじゃないかという考えも思い浮かびました。
優馬さんの背中を押してやれば、黒幕である愛梨さんを殺してくれるんじゃないかって。
彼は私の両親のことを気にしていたようでしたけど、そんな事はどうでも良かった。
だって、ダンジョンがなければ優馬さんとは出会えなかった。好きになれなかった。
そちらの方が、私にとってはよほど大切なことだったんです。
だから、愛梨さんを消し去ってほしいという思いにはフタをして。
優馬さんが納得できる答えを出せたら良いなって、そう励ましたんです。
本音では、愛梨さんには亡くなってほしかった。
そして傷ついた優馬さんを、私が慰めてあげたかった。
だけど、優馬さんに気付かれないように、歯を食いしばって耐えたんです。
せめて私だけは、味方でいてあげようって。
だって、愛梨さんに裏切られて、彼は悲しんでいるはずだから。
そんな瞬間に追い詰めたって、私を好きになっては貰えないから。
つまり、結局のところは打算だったんです。
もし仮に、愛梨さんを殺せば優馬さんが私のものになるのなら。答えはきっとひとつだった。
それでも、優馬さんは輝ける人だから。人が死んで喜ぶような人じゃないから。
ただそれだけのことが、私が彼の味方でいる理由だったんです。
優馬さんは、何か決意を込めた瞳でダンジョンに向かっていきました。
だけど、私は祈っていたんです。愛梨さんが死んでくれたらなって。
そうすれば、優馬さんは私だけのものになってくれるのにって。
優馬さんみたいな素敵な人に、きっと私はふさわしくない。そう思えてはいた。
彼はいつでも誰かの幸せを祈っていて、私は誰かの不幸を願っているから。
優馬さんはただ顔を合わせるだけの関係だった私に、命をかけてくれる人なのに。
私はただ、自分の想いが届くかどうかだけを心配している。
自分のみにくさが嫌になりそうだ。
だけど、私は優馬さんと結ばれたい。
それだけを胸に、彼の帰りを待っていた。
結局、帰ってきた優馬さんの隣には愛梨さんらしき人は居なかった。目も赤い様子で。
それって、つまり。暗い喜びが胸を満たします。
思わず、笑みを浮かべてしまいそうな私がいました。
もちろん、我慢するんですけれどね。
優馬さんは悲しんでいるようでしたから、頑張って慰めました。
同時に、私の存在を刻みつけるための言葉を選んでいく。
私は優馬さんと離れたりしない。そんな言葉は、愛梨さんを失ったばかりの彼には響くでしょう。
冷徹な計算だなと自覚していましたけれど、止める気はありません。
これで、邪魔者は居なくなった。
優馬さんは、きっとしばらくは悲しみ続けるでしょう。
だけど、それでいい。ゆっくりと彼の心を埋めていって、いずれ結ばれれば良い。
今なら、どんな願いも叶うんじゃないかって予感がしました。
優馬さんの心が欲しいと願えば、手に入るんじゃないかって思えるくらい。
だけど、そんな力なんて必要ありません。
彼の心を塗りつぶしたって、私の大好きな優馬さんじゃなくなってしまうから。
たとえ、神様の奇跡があるのだとしても。私は頼ったりしません。
だって、必要ないですから。
愛梨さんが居なくなった今、急ぐ理由なんてどこにもない。
ゆっくりと静かに、彼の心を侵食していけば良いんです。
なんとなく、特別な力のようなものを感じるけれど。
私は、優馬さんを手に入れる道筋を生み出せましたから。
だから、もう大丈夫。
ねえ、優馬さん。
私はあなたに尽くします。幸せにします。
だから、私にあなたの全てをください。
それだけで、どんな力だって捨ててしまえる。
きっと、優馬さんは私を選んでくれるはずだから。
私の幸福は決まっているようなものなんですよ。
これからもずっと、よろしくお願いしますね。