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第13話 運命の決着

 愛梨はSランクダンジョンで待っているという。

 なら、急いで向かわなければならない。

 どんな真実が待っているにしろ、どんな未来が待っているにしろ。


 僕は愛梨と向き合う必要がある。

 ダンジョンという大問題を引き起こしたというのは本当なのか。

 本当だとして、僕を英雄にするためというのはどういう意味なのか。


 これまで僕は、愛梨を守るためだけに戦ってきた。

 その姿を見て、笑っていたのだろうか。

 僕がやるべきことは、ダンジョンを終わらせること。

 だけど、全部愛梨のためだったのに。結局、僕は踊っていただけなのだろうか。


 考えをまとめたいけれど、どうすれば良いのか分からない。

 今まで信じていたものが、全て壊れたような感覚だから。

 愛梨は、僕を英雄にしてどうしたかったんだろう。


 Sランクダンジョンで待っているのは、どれくらいの期間なのだろうか。

 そもそも、愛梨は人間なのだろうか。

 疑問ばかりが頭に浮かんで、まったく整理できない。


 1日かけて考えて、1人では無理だと判断した。

 それで、夏鈴さんに相談することに決めた。

 加藤さんも候補ではあったんだけど、警察として動く気がしたから。

 愛梨をどうにかしろと言われて、僕はどうするのか分からない。


 それで、夏鈴さんが良いだろうと。

 他に親しい人は居ないので、選択肢が少ないこともあるけれど。

 僕が相談できる相手は、夏鈴さんと加藤さんくらいだ。

 これまでは、愛梨に相談していたんだけどな。


 夏鈴さんに連絡して、僕の家に来てもらう。

 そして、悩み事を話していった。


「えっと、幼馴染がダンジョンを発生させたって分かったんだ。それで、どうしたら良いのかなって」


「それって、プレゼントを贈った人ですよね。その人が、黒幕だったってことですか? というか、なぜ分かったんですか?」


「うん。そういう話らしい。本当なのかも分かってないけれど、愛梨はSランクダンジョンで待ってるって書き置きを残していて」


「私にも、何が正しいのかなんて分かりません。優馬さんは、どうしたいんですか?」


 僕がやりたいこと。愛梨ともういちど笑い合いたい。

 だけど、ダンジョンの犠牲者や、真実を知った人が許すかどうか。

 それに、これから先、僕はこれまでのように愛梨と話せるのか。

 根本的な問題として、ダンジョンを攻略しても、愛梨は無事なのか。


 とにかく何も分からなくて、心の整理がつかない。

 分かっているんだ。愛梨を殺してでもダンジョンを終わらせるのが正しいって。

 それが、今までの被害に対する責任の取り方だって。


 でも、僕は愛梨と一緒にいる時間だけが幸せだったんだ。

 それを失ってまで、生きる意味はあるのだろうか。

 どうすれば良かったのだろう。愛梨ともっと話しておけば良かったのかな。


「本音では、愛梨ともういちど平和に過ごしたいよ。だけど、夏鈴さんだって、ダンジョンに両親を殺されている。だから、ワガママでしかないよね」


 夏鈴さんは、穏やかな顔で首を横に振る。

 その後、僕の手を取ってゆっくりと語りかけてきた。


「優馬さんは、もっとワガママになって良いんです。私のことを、命がけで助けてくれた。それだけで、あなたは幸せになる権利がある。幸福になってほしいんです」


「だけど、全部愛梨のせいで……」


「私は、優馬さんと出会えて良かった。だから、悪いことばかりじゃなかったんです。それに、真実は秘密にしておけば良いんですよっ」


 確かに、夏鈴さんが信じてくれたのが不思議なくらいには、荒唐無稽な話ではある。

 だから、隠しておけば誰にも気付かれはしないだろう。

 でも、それでいいのだろうか。罪ではないのだろうか。


「ありがとう。まだ答えは出ないけれど、少しは気が楽になったよ」


「それなら良かった。ねえ、優馬さん。あなたがどんな選択をしたとしても、私だけは味方ですからねっ」


 夏鈴さんの強い瞳を見ていると、本当のことだと思える。

 僕がこれからどうするにしろ、味方で居てくれる人か。ありがたいな。

 愛梨と僕がどうなったとしても、夏鈴さんにはお礼を言おう。

 きっと、喜んでくれると思えるから。


「決めた。僕はこれからSランクダンジョンに向かうよ。どんな結果になるとしても、決着を付けてくるから」


「はい。応援していますっ。必ず、無事に帰ってきてくださいねっ」


 僕が無事に帰ってくることを祈ってくれる人は、愛梨だけじゃない。

 それだけで、わずかに心が軽くなった。

 これからつらい現実に立ち向かうための勇気をもらえた。


 Sランクダンジョンへの門をくぐると、火狩町に似た景色があった。

 アスファルトの地面、見覚えのある建物、空気。

 僕と愛梨の全てに答えを出すための場所として、ふさわしいよね。

 まあいい。これからも、モンスターが襲いかかってくるはず。


 剣を構えながら、一歩一歩進んでいく。

 スライムが現れたり、ゴブリンが出てきたり、ゾンビがやってきたり。

 とにかく、これまでの敵の総決算のようであった。


 知っているはずの光景が、まるで違うものに思える。

 当たり前ではあるんだけどね。同じ景色だとしても、ダンジョンの中と外だ。

 こうして戦っていると、初めてのスタンピードを思い出すな。

 愛梨がスライムを発見して、僕は愛梨を守るために戦った。


 黒幕が愛梨だという前提だと、僕を戦わせるために用意されたのだろう。

 それでも、あのスタンピードでは大勢の犠牲が出た。

 ただ僕を戦いに挑ませるためだけに、沢山の人を殺す。


 愛梨がやったことは許せないという思いはある。

 それでも、ダンジョンを終わらせるために愛梨を殺せるのかというと、難しいだろう。

 愛梨を守るために武器をとって、愛梨を止めるために武器を振る。

 いま感じているものは、なんとも言葉にしがたい。


 結局のところ、僕はピエロでしかなかったのだろうか。

 愛梨を好きだという感情を、ただ利用されていただけなのだろうか。

 諦めている僕と、今でも信じたい僕がいる。


 モンスター達を倒しながら進んでいくと、よく知っている場所にたどり着いた。

 僕と愛梨が、犬に襲われた所。懐かしさを感じていると、結界に囲まれる。

 そして、景色が切り替わっていった。


 真っ白な空間に、ひとつだけ大きな試験管のようなものがある。

 その中に、真っ赤な塊が入っていた。なんだろうか。

 考え事をしていると、後ろから声が聞こえる。


「ねえ、優馬君。さっきの景色、よく覚えているよ。あなたが私を助けてくれたところだよね」


 覚えてくれているという嬉しさがある。

 そういえば、あの日から愛梨と仲良くなった記憶があるんだよね。

 当時の愛梨は、何を考えていたのだろう。


 生まれ変わったとして、記憶を持っていたのだろうか。

 そうだとして、僕をどう見ていたのだろう。助けたことを、どう思っていたのだろう。

 いったいいつから、ダンジョンを発生させることを計画していたのだろう。


 疑問ばかりが頭に浮かんで、だけど言葉が出てこない。

 愛梨は僕に何を望んでいるのだろうか。知りたいような、怖いような。

 英雄というのは、いったいなにを指すのだろう。


「優馬君が、私を犬からかばってくれた。自分だって怖いのに。だから、私はあなたを好きになったんだ」


 それで、好きな相手を英雄にするために、ダンジョンを生み出す。

 狂っているとしか言いようがない。僕は好きな相手に絶対に同じことをしない。

 どれだけの犠牲が出たと思っているのだろう。どれだけ僕が苦しんだと考えているのだろう。

 絶対におかしいとしか思えないのに、それでも愛梨を嫌いになれない。バカだな、僕は。


 だって、好きと言われて嬉しいと感じてしまうのだから。

 その言葉を出す時の笑顔に、見とれてしまっていたのだから。


「ねえ、優馬君。ダンジョンを終わらせる方法、教えてあげようか。私を殺せば良いんだよ」


 泣きそうな顔で愛梨は告げる。

 今の表情は、どこまで本当なのだろうか。そんな疑いがある。

 だって、初めてのスタンピードの時、愛梨はモンスターに怯えた顔をしていた。

 愛梨がダンジョンを発生させたのなら、恐れる理由なんてないはずなのに。


 これまでの愛梨のセリフは、敵と考えるには十分なもの。

 そのはずなのに、まだ殺す勇気が出てこない。

 全部ウソだったって愛梨が笑って、これまでの日々が戻ってくるという希望を捨てられない。


 そもそも、人を殺したくなんてないんだ。

 愛梨が悪だったとしても、知らない人だったとしても。

 かつて刀也が殺しにかかってきても、僕は殺せなかった。

 そんな僕に、最愛の人である愛梨を殺せるはずがない。


 だけど、ダンジョンという災害では犠牲者が出ている。

 これからもダンジョンが残ったままなら、危険だって消えない。

 僕の役目は、ダンジョンを終わらせること。

 だって、加藤さんに託されたから。僕だけが、Sランクダンジョンまでたどり着けたから。


 分かっているのに、どうしても武器を構えることができない。

 そんな僕に、愛梨は微笑んでくる。


「優馬君は、私を殺したくないと思っているんだね。嬉しいな。そんなあなただから、英雄にふさわしいと考えたんだよ」


「僕は英雄になんてなりたくなかった! ただ愛梨と一緒に過ごせていれば、それで良かったんだ!」


「私だって、本当の気持ちは同じだったよ。でも、もう戻れないんだ。私が一歩、踏み出してしまったから」


 だとすると、愛梨を殺さなければダンジョンは消えない。

 そんな事があってたまるか。なんのために、僕はこれまで戦ってきたんだ。

 愛梨を殺すため? そんなの、残酷すぎるじゃないか。

 どうすれば良いのか、分からない。なにも動けないでいる僕に、声が届いた。


「優馬さん、あなたの選択はふたつにひとつ。ダンジョンが存在することを受け入れるか、そこのコアに繋がっている愛梨を殺すか。どちらを選んでも、責めはしません」


 声の方を向くと、ディアフィレアの姿があった。

 つまり、愛梨の言葉は本当なのだろう。


 ダンジョンが存在するままなら、夏鈴さんの両親のような犠牲者が出る。

 愛梨を殺せば、僕は大好きな人を永遠に失う。

 こんなのってないよ。どちらを選んでも、何かを諦めるしかないなんて。


 いや、待って。そこのコアってのは、大きな試験管の中にある、赤いものだよね。

 だったら、コアを壊せば、愛梨は死ななくて済むかもしれない。

 わずかな希望でしかないけれど、せめてあがくことができたなら。


 愛梨も死んでしまうかもしれない。ダンジョンだって、壊れないかもしれない。

 それでも、どちらも救える可能性は、いま思いついた可能性だけだろう。

 なら、他の選択肢なんて無いのと同じだ。何もつかめないのだとしても、理想に向かって進みたいから。


 僕は剣を構えて、試験管へと駆けていく。


「よくぞ、その選択をしてくれました」


 女神の声が聞こえる。なら、間違っていないのかもしれない。そんな勇気が出た。

 そして、全力で剣を叩きつけた。もし間違っていたとしても、この選択を後悔しない。

 せめてもの、僕の希望だから。自分で考えた結果だから。


 コアは切り裂いただけなのに、粉々に砕け散っていった。

 そして、試験管ごと消え去っていく。


 愛梨はどうだろうか。そちらを見ると、胸を押さえて苦しんでいる様子だった。

 思わず駆け寄っていく。そして、愛梨の顔を覗き込む。


「あはは……優馬君は、私を殺せなかったんだね。でも、結果は同じ。私はダンジョンと命運をともにする。だから、せめて。キスしてくれないかな。そうすれば、私は満足して行けるから」


 迷いはしなかった。愛梨の望むままに、キスをする。

 涙であまり顔が見えなかったけれど、愛梨は笑ったような気がした。


「ありがとう。そして、サヨナラだね。優馬君と出会えて、私は幸せだったよ」


 その言葉を最後に、愛梨はモンスターのように消えていく。

 カランと音がして、そこには僕が贈ったハート型のロケットが残っていた。

 ああ、本当に大事にしてくれていたんだな。そう思えたけれど、悲しいだけだった。


「優馬さん、こちらに来てくれませんか……?」


 そう言われて振り向くと、ディアフィレアの姿も薄れていた。

 どういうことだ。女神だって、僕の選択を喜んでいたのに。

 ディアフィレアの元に向かうと、彼女は柔らかく微笑んだ。


「優馬さんなら、きっと最後まであがくと思っていました。あのコアは、私の力の根源。だから、私の力で生まれたダンジョンも愛梨も、そして私も消える」


「なら、どうして止めなかったんですか!」


「これが罰だからです。私は愛梨に力を与えたことで、多くの不幸を招いた。その責任を取っただけです」


「それで、この世界はどうなるんですか?」


「あなたは優しい子。巻き込まれる人を心配しているのですね。大丈夫。神がおらずとも、世界は回ります」


 そんな事を言いながら、ディアフィレアは僕の頭を撫でていく。

 全く嬉しくない。結局は、僕は全てに踊らされていただけ。

 そして、愛梨とディアフィレアを殺してしまっただけ。

 どうしてみんな、僕を選んだりなんてしたんだ。そうじゃなきゃ、もっと良い未来だったかもしれないのに。


「優馬さん、生きてください。あなたが覚えてくれているのなら、愛梨も私も報われる」


 愛梨と同じように、ディアフィレアも消えていく。

 そして、地震のような揺れが起こりだした。

 きっと、ダンジョンが消えていくのだろう。僕も脱出しないと。


 僕の手に残ったロケットを握りしめながら、全力で走っていく。

 そして脱出し終えた頃に、門が消えていった。


 その姿を見ていた門番と、少しだけ会話をして。

 門番がどこかへ報告するのを見てから、家へと帰る。


 そこでは夏鈴さんが待ってくれており、僕の顔を見て悲しそうにしていた。

 きっと、愛梨と一緒に帰ってこなかったことで、状況が理解できたのだろう。


「優馬さん、お疲れ様でした。ゆっくりと、休んでください。あなたは私のヒーローなんですよっ」


 慰めてくれているのだと思う。だけど、あまり反応する元気が出てこなかった。


「また、会いにきますねっ。悲しいでしょうけど、私はあなたの前から消えません。それだけは約束しますっ」


「ありがとう。夏鈴さんが居てくれたおかげで、だいぶ気分が楽になったよ」


「それは嬉しいですっ。優馬さんがもっと楽になれるように、頑張りますねっ」


 夏鈴さんと出会えたことは、せめてもの救いだったな。

 ただダンジョンを攻略していただけだったら、僕は失っていただけだった。

 それでも抑えきれない悲しみとともに、夏鈴さんが去った後は、涙を流しながら眠っていった。


 次の日には、ダンジョンが消えたとニュースになっていた。

 とある高校生によって攻略されたと解説されていて、名前が出なくて良かったと安心するばかり。

 愛梨を失ったばかりの僕は、周りが騒がしくなるなんてゴメンだったから。


 ただ、加藤さんはささやかな祝いの席を用意してくれるらしい。

 僕の知り合いを誘って良いから、少しくらいはねぎらいたいのだと。


 それで、夏鈴さんと向かうことにした。


 僕達三人だけで集まって、ダンジョンについて話していく会。

 変に持ち上げられもせず、騒がれもしない。心地よい空間ではあった。


「優馬君の活躍を祝して、乾杯だ」


 グラスを上げて、ゆっくりとジュースを飲み干していく。

 悲しみが消えたわけじゃないけれど、生きている実感は得られる。

 愛梨は居なくなったけれど、僕は生きていくことができる。そう思えた。


「優馬さんは、本当に頑張ってくれましたっ。誰がなんと言おうとも、最高のヒーローですよっ」


「今のところは、私達だけが知っている事実だな。優馬君とて騒がれたくないだろうから、配慮させてもらったよ」


「ありがとうございます。騒ぎになっていたら、うんざりだったでしょうね」


「それでも、君には名声を得る権利がある。望みさえすれば、いつでも真実を明かそう」


「いえ、大丈夫です。僕は、ただひとりの人として生きていく。それでいい」


 実際、僕の悲しみを知らない人に持ち上げられても、嬉しくはないだろう。

 加藤さんは、知り合いだから例外ではあるけれど。

 愛梨は行方不明ということになっているし、今のところは葬式も行われていない。

 だから、僕の心を理解してくれる可能性があるのは、夏鈴さんだけだ。


「なら、生活に困ったら、いつでも言ってくれ。それくらいは、私の権限でどうにでもなる。知られざる英雄が飢えるなんて、望むところではないからな」


「分かりました。ゆっくりと考えます。あまり頼りすぎると、堕落してしまいそうですから」


「君はえらいな。君に後を託したことは、確かに正解だったよ」


「ありがとうございます。これからも、たまには会いましょう」


「そうだな。夏鈴さんと言ったか。君も、よろしく頼むよ」


「はいっ。優馬さんは、私が支えますからっ」


 祝いの席は、少しだけ心を上向きにさせてくれた。

 しばらくして解散した後も、夏鈴さんは僕についてくる。

 そして、僕の家で話をしていた。


「ねえ、優馬さん。愛梨さんに手を合わせませんか? 私達だけでも、祈ってあげましょうっ」


「そうだね。本当のことを知っているのは、もう僕達だけだから」


 僕の写真が入っていたロケットを握って、愛梨に向けて祈る。

 ねえ、愛梨。僕はこれからも生きていくよ。愛梨との思い出を抱えながらね。


 夏鈴さんも、加藤さんも、きっと僕を支えてくれる。

 だから、愛梨の分まで幸せになってみせるよ。

 それが、せめてもの弔いになると信じているからね。

 僕を大好きだって言ってくれた愛梨への。


 さよなら、愛梨。これから先も、ずっと忘れないから。

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