Bランクダンジョンの攻略も順調に進んでいて、そろそろAランクダンジョンの攻略に移りたい。
ただ、気になっていることもある。愛梨が上の空な瞬間が増えた気がしていることだ。
仮にダンジョンを攻略したところで、愛梨が不幸であるのならば何の意味もない。
僕はどうするのが正解だろうか。悩みながらも日々を過ごしていた。
女の子の悩みを解決できるだけの経験は僕にはない。
そこで、僕の家にやってくる夏鈴さんに相談することにした。
きっと、夏鈴さんなら良い答えを返してくれるはず。
そう信じて、いつもの場所で待ってくれている夏鈴さんに話しかけた。
「夏鈴さん、こんにちは。ちょっと相談したいことがあるんだけど、良いかな?」
「はいっ。何でも相談してください。優馬さんなら、何だって歓迎ですっ」
「最近、幼馴染の元気がないみたいで。どうすれば良いのか、よく分からないんだ」
「幼馴染というのは、女の人ですか?」
「そうだね。ずっと、一緒に過ごしてきたんだ」
「帰りを待っている人というのは、その人ですか?」
「うん。僕の安全を祈ってくれて、支えてくれているんだ」
そう考えれば、僕が愛梨に返せているものは、とても少ない。
やっぱり、貰ってばかりだよね。ご飯を作ってもらったり、待っていてもらったり。
これまでの日々でだって、ずっと隣で支えてくれていた。
誰よりも大好きな人だって、胸を張って言えるんだ。
「……そうですか。なら、プレゼントなんてどうですか? アクセサリーなんて、きっと喜んでもらえると思いますっ」
なるほど。喜んでくれると良いな。
僕だけなら、きっと思いつかなかっただろう。
だから、夏鈴さんを助けられてよかったな。ちょっと、利益で人を見ているみたいな気もするけど。
いや、違うな。夏鈴さんが生きているという事実だけでも、間違いなく嬉しいから。
「夏鈴さんに相談して良かった。なら、頑張って選んでみるね」
「私も手伝いますよっ。女の子の好みなら、私の方が詳しいはずですからっ」
「ありがとう。なら、また今度、お願いするよ」
「次の休日はどうですか? たまの休みも兼ねて、ちょうど良いと思いますっ」
「分かった。じゃあ、よろしくね」
「はいっ。楽しみにしていますねっ」
そう言って夏鈴さんは去っていく。
愛梨が笑顔を見せてくれるなら、何だって買ってあげたいくらいだ。
まあ、僕のお金には限界があるけれどね。
今の沈んだ様子の愛梨を、少しでも元気づけてあげられたらな。
それから、家へと帰ると愛梨が出迎えてくれた。
「お帰り、優馬君。ご飯できてるよ」
「いつもありがとう。今日も楽しみだな」
ご飯を食べて、少しして、やはり愛梨には元気が無いように見えた。
僕は頼りにならないかもしれないけれど、それでも力になれたらな。
「何か悩みがあるのなら、言ってほしいよ。悲しそうな愛梨を見るのは、つらいから」
「ううん、大丈夫だよ。優馬君は自分の心配をしていて。死んじゃったら、元も子もないんだから」
「無事にダンジョンを攻略できても、愛梨が苦しんでいるのなら意味がないよ」
「良いから! 放っておいてよ! ……ごめんね。少し、頭を冷やしてくる。また、明日ね」
愛梨に拒絶されたような気がして、声をかけることも、手を伸ばすこともできなかった。
そのまま愛梨は去っていき、僕はひとり残される。
いつもなら、次に愛梨に出会う瞬間を楽しみにしていた。
だけど、明日が不安で仕方がない。このまま、関係が壊れてしまうのだろうか。
そんな不安を抱えながらも、夜を越えて。
愛梨とギクシャクした関係が続いていた。それからも、特に仲直りはできずにいて。
それから、夏鈴さんとアクセサリーを買いに行く日がやってきた。
今回でダメなら、もう愛梨とは離れ離れになってしまうかもしれない。そんな恐れを抱えたまま。
「優馬さん、不安そうですねっ。大丈夫ですよ。優馬さんの気持ちは伝わりますっ」
「本当かな? 仲直りできるかな? 情けないけど、怖くて仕方ないよ」
「ケンカしちゃったんですか? なら、想いを伝えちゃいましょう。仲直りしたいって、素直な気持ちを」
「そうだね。そうするしか無いと思う。他の手段は、思いつかないよ」
もしダメだったら。そんな不安が襲いかかってくるけれど。
でも、ここが正念場だ。ダンジョン攻略だってあるから、忙しくなってしまう。
その前に、しっかりと愛梨と仲直りしておかないと。もし死んじゃったとしても、後悔しないように。
アクセサリー屋に向かって、いろいろと眺めていく。
どんな物がいいかは、よく分からないな。やっぱり、僕には難しいかもしれない。
「何か気に入ったものはありますかっ?」
「うーん。女の子のアクセサリーって、よく分からないや」
「そうですかっ。なら、このブレスレットはどうですか?」
金と白が混ざりあったみたいに、金属と宝石っぽいものがくっついたブレスレット。
あまり派手ではなくて、愛梨のイメージにちょうど良いと思う。
値段からすると、本物の宝石ではないよね。手頃な価格だし、確かに良いかも。
「良いね。なら、それで行こうかな」
「もっと色々なものから選ばなくて良いんですか?」
「夏鈴さんを信じているから。きっと、大丈夫だよ」
それに、もうひとつだけ買いたいものもあった。
ロケットを買いたいんだよね。何か、思い出の品を入れられるような。
きっと、愛梨にとっての記憶に残るものがあるはずだから。
それを手元に持って置けるのなら、きっと良いと思う。
夏鈴さんにはひとつ選んでもらったから、ロケットは自分で選ぶつもりだ。
どういう物がいいかな。そう考えていると、ふとハート型のものが目についた。
言葉にはできないけれど、少しでも思いが伝わったら。そう考えて、すぐに選んだ。
ついでに、星型の模様がついたロケットを買う。
夏鈴さんへのお礼として、何かプレゼントをできたらなって。
本人に選んでもらうのも違う気がするし、これでいいよね。
会計を済ませて、店を出る。
ちゃんとお礼を言わないとね。僕だけだったら、そもそもアクセサリーを買おうとは思わなかった。
「ありがとう、夏鈴さん。おかげで、いい買い物ができたよ」
「ふたつロケットを買っているの、見ちゃいましたっ。期待して良いんですか?」
「もちろんだよ。これ、どうぞ」
「ありがとうございますっ。……こっちの方でしたかっ。大事にしますねっ」
両方どんなデザインか、しっかり見られちゃっていたんだな。
少し恥ずかしい気もするけれど、大事にしてくれるのなら嬉しいな。
まあ、お世辞かもしれないけれど。そこは気にしても仕方ないか。
「気に入ってくれたら嬉しいよ。でも、無理に使わなくてもいいからね」
「いえ、大切に使いますよっ。優馬さんからの贈り物ですからっ」
「ありがとう。夏鈴さんには、助けられてばかりだね」
「お礼を言うのはこっちの方ですよっ。素敵な贈り物、ありがとうございましたっ」
夏鈴さんは明るい笑顔をしてくれているから、本当だと思いたい。
まあ、いらないのなら捨ててくれても良いけどね。
お礼の気持ちなんだから、邪魔だと思われているのなら意味がないんだし。
夏鈴さんは一礼して去っていく。
さあ、ここからが本番だ。愛梨と仲直り、できると良いな。
家に帰ると、愛梨が出迎えてくれる。
当たり前のようになっているけど、途切れるかもしれないと意識してしまった。
だから、今この瞬間を大切にしないと。
僕にとっては、愛梨が居てくれることが幸せなんだから。
「お帰り、優馬君。今日はどこに出かけていたの?」
「ちょっとね。ねえ、愛梨。これ、受け取ってほしいな」
もうちょっと段階を踏んだほうが良かったかもしれない。
でも、僕がうまく渡せるイメージもできないから、これしかなかったのかも。
どちらにせよ、愛梨が喜んでくれたらそれでいい。
すぐに愛梨は開けていく。ブレスレットを軽く眺めた後、ロケットを嬉しそうに取った。
そのまま胸に抱えて、僕の方を向いて微笑んでくれる。
「この形は、優馬君の気持ちって事でいいんだよね。ありがとう」
「う、うん。自分で言うのは恥ずかしいね」
「そうかもね。でも、いつかちゃんと言葉にしてほしいな。待っているから」
その瞬間の愛梨の顔は、今までに見たことがないくらい綺麗だった。
きっと、想いが通じ合った瞬間は、もっといい顔を見れるはず。その時が楽しみだ。
愛梨に想いを伝えるためにも、頑張ってダンジョンを攻略していこう。
そう考えて、改めてSランクダンジョンへと向かう決意を固めた。
まずは、Aランクダンジョンだ。一歩一歩、しっかりとね。
次の日、僕は愛梨に見送られながらAランクダンジョンに向かった。
後もうちょっと。もうちょっとだ。だからこそ、油断はできない。
僕が入ったダンジョンは、SFじみた光景だった。
金属でできた壁、電光掲示板のように広がる謎の文字、大きな試験管といった様子の、謎のガラス。
ゲームでも見たことがある景色で、いよいよ終盤だと、見た目からも実感できた。
なんというか、終盤のダンジョンってイメージだよね。
やっぱり、ダンジョンという仕組みはゲームじみている。
何らかの意志を感じかねないほどに、しっかりと調整されているようだ。
出てくる敵も、ロボットといった感じの見た目。
四足歩行だったり、二足歩行だったり。
小さな戦車みたいだったり、ビット兵器みたいだったり。
様々なバリエーションがあったけど、剣を叩きつけるだけで切り裂かれていった。
本当に、いま僕が居るのはAランクダンジョンなんだろうか。
そんな疑問が浮かぶほど、あっけなく敵は倒れていく。
これまで、ずっと命の危機を感じてきた。
失敗すれば死ぬ場所だと、意識し続けてきた。
だけど、今は気が抜けてしまいそうなくらいだ。
このままじゃ、いざという時に油断から命を落とすかも。
そんな危機感も浮かんでくるほどに、ただ剣を振るだけでいいんだ。
「ダンジョンのランク設定を間違えたのかな? 他のAランクダンジョンは、どうなっているだろうか」
とにかく納得ができなくて、つい言葉がこぼれてしまった。
良くないよね。目の前のダンジョンや敵に集中しきれていない。
僕が死んだら悲しむ人は、愛梨だけじゃない。
夏鈴さんだって、加藤さんだって、きっと悲しんでくれる。
僕の命は僕だけのものじゃない。それが分かるんだから、気を抜いちゃダメだ。
もしかしたら、油断させておいて殺すための罠かもしれない。
ダンジョンの構成には、何らかの意図を感じるからね。
どう考えても、ただ自然に生まれただけではおかしいことがある。
もしかしたら、神のような存在は本当にいるのかもしれない。
そんな考えが思い浮かぶほど、ダンジョンはよくできていた。
まるでゲームのように、難易度が細かく設定されている。
ランクを付けたのは人間だけれど、それだけの問題じゃない。
だって、自然現象なら、順番に挑むだけで攻略できる方がおかしいんだから。
ダンジョンごとに、それぞれの強さの敵がいる。どう考えても変だ。
いま考えるべきではないと分かっていても、考察は進んでしまう。
何か、直感のようなものに後押しされているかのように。
僕の感覚が正しいとして、このダンジョンに何かが待っていることになる。
なぜ、Sランクダンジョンではなく、Aランクダンジョンで?
疑問が疑問を呼ぶばかりで、うまく集中できていない。
そんなざまでありながらも、モンスターは簡単に倒せてしまう。
何かがおかしいのだろうか。僕が強くなっただけだろうか。
よく分からないけれど、緊張感が抜けそうだ。
愛梨の顔を思い浮かべて、必死で油断しないように心に言い聞かせていく。
僕は愛梨に好きって言いたいんだ。これからも一緒に過ごしたいんだ。
だから、ここで立ち止まる訳にはいかない。
加藤さんは僕に希望を託してくれた。夏鈴さんは僕に命を預けてくれた。
そんな人達の期待に応えるためにも、心を強く持つんだ。
改めて気を引き締めて、ダンジョンを進んでいく。
相変わらず全てのモンスターが弱くて、順調ではあった。
だけど、心にのしかかるような不安がある。
今の順調さは、この先に待ち受ける試練の前兆ではないのかと、そんな予感が。
進み続けると、いつものように結界のようなものに囲まれる。つまりボスだ。
今回の敵は、大きな人型ロボット。10メートルくらいあるだろうか。
そこらの家よりも高くて、見上げてしまいそうだ。
さっそく敵は腕を振り下ろしてくる。
避けると、腕とぶつかった地面から爆音が響く。
当たったら危険なはずなのに、まるで脅威を感じなかった。
ただ切っていくだけで勝てる。そう確信できた。
思った通り、手の届く距離にまで降りてきた敵の腕は、簡単に切り裂ける。
相手はもう片方の腕で攻撃してくるけど、同様に切って終わり。
後は簡単だった。足に剣をぶつけて、切り裂いて。
動けなくなっていった敵を、適当に料理していくだけだった。
切り刻まれた敵は、ゆっくりと消えていく。
あっけなさと、わずかな達成感に包まれながら、足を戻そうとしたその時。
空間が光に包まれていった。そして、目の前に女が現れる。
髪や瞳孔、肌まで全てが純白の、見たことがないほどの美人。
そして、とても穏やかに微笑んでいる。
だけど、何かとても触れがたいものかのように感じた。
目の前にいる女は、僕に目を合わせてゆっくりと話し始める。
「こんにちは、笹木優馬さん。私は、女神と呼ぶべきもの。今日は、あなたに話したいことがあって来ました」
女神を名乗る女は、確かに神々しさのようなものがあるかもしれない。
それに、神の存在を信じるに足る理由はある。
だけど、まだ心の底から信じることはできていなかった。
「なるほど。話したいことというのは、なんですか?」
「その前に、まずは私を信じてもらわないといけません。ディアフィレアの名において命じます。優馬さん、息を止めてください」
その言葉と同時に、僕は呼吸ができなくなる。
思わず首元に手を寄せてもがくけれど、何の効果もない。
口を開いても、喉に力を入れても、全く息はできなくて。
確かに人知を超える力を持っていると、心の底から理解させられた。
「すみません、苦しめてしまって。ですが、これが手っ取り早かった。優馬さん、もう大丈夫ですよ」
言われてすぐに、呼吸は取り戻せた。
全く息ができなかった割に、むせることもなかった。
心底、人間から外れた存在なのだろう。女神というのも、信じて良いのかもしれない。
僕に信じさせるために取った手段には、ちょっと思うところがあるけれど。
「ディアフィレアさん、でいいですか? 伝えるのは、僕じゃないとダメなんですか?」
「どちらにもはいと答えます。あなたが全ての中心だからこそ、語るべきことなんです」
僕が全ての中心? どういう意味だろう。まあ、順番に説明してくれるだろう。
そうじゃなかったら、改めて質問をすれば良い。
さっきのように息を止められたらと思うと、ちょっと邪魔できない。
「分かりました。続けてください」
「可愛い子。あなたが選ばれるのも、納得ですね。愛梨の計画の、その中心に」
愛梨の計画? 一体何の話だ? 女神がわざわざ語るほどの計画を、愛梨が?
頭が追いついてこない。それでも、ディアフィレアは話を続けていく。
「愛梨の魂は、私がこの世界に呼び寄せました。あなたに伝わるように言うと、転生ですね」
つまり、愛梨には前世があったということなのか?
それが、計画とやらに何の関係が? 愛梨が転生者だとしても、僕の気持ちは変わらない。
僕にとって、愛梨だけが愛する人。ずっと、隣にいてくれた人だから。
「その際に、私はとある力を与えました。願いを叶える能力とでも呼べる力です」
願いを叶える能力で、愛梨が何かを計画した?
嫌な予感が、ふと頭に浮かんだ。考えるな。やめろ。話を聞くな。
必死に目をそらしていると、女神の声は直接頭に届きだした。
「私が与えた力で、愛梨はダンジョンという災害を引き起こしました。優馬さん、あなたを英雄にするために」
それが本当だというのなら、僕の決意は。苦労は。戦いは。すべて愛梨に仕組まれていたってこと?
信じたくない。だけど、辻褄が合うこともある。
弱かった僕が、あまりにも順調にダンジョン攻略を進めていること。
初めてのスタンピードの時、都合よくスライムだけが敵になっていたこと。
Eランクダンジョンと、唯一のSランクダンジョンが、僕の住む火狩町にあること。
全部、線で繋がってしまう。なら、本当に愛梨が?
そうだとするのなら、2回目のスタンピードで夏鈴さんが襲われていたのは。
本当に嫌な考えばかりが思い浮かんで、僕はうずくまってしまいたいくらいだった。
「Sランクダンジョンに向かってください。そこに、全てを終わらせる鍵があります」
全てが終わったら、僕は愛梨を失ってしまうのだろうか。
そもそも、愛梨は本当に僕を好きでいてくれたのだろうか。
何も分からない。僕はどうしたいのかも、どうすれば良いのかも。
それでも、もう知ってしまったから。戻ることはできない。
愛梨。どうしてダンジョンなんて。
僕は、ただ愛梨と過ごしていられたら、それだけで幸せだったのに。
「優馬さん、ゆっくりと考えてください。スタンピードは、私が起こさせませんから」
そう言って、ディアフィレアは去っていく。
正確には、僕には消えたように見えた。女神なのだから、おかしな話ではないだろう。
ダンジョンを攻略できた達成感なんて消えてしまって、足に力が入らない。
それでも、僕は家へと帰っていく。
愛梨が出迎えてくれることはなくて、嫌な予感とともに自室に向かう。
すると、机の上に一枚の手紙が置かれていた。
――Sランクダンジョンで待っています。愛梨より。
今日の話は事実なのだと、心から理解できた。
泣くことも笑うこともできないまま、Sランクダンジョンに向かわないとという義務感だけがあった。