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第11話 本当のこと

 Bランクダンジョンの攻略も順調に進んでいて、そろそろAランクダンジョンの攻略に移りたい。

 ただ、気になっていることもある。愛梨が上の空な瞬間が増えた気がしていることだ。

 仮にダンジョンを攻略したところで、愛梨が不幸であるのならば何の意味もない。


 僕はどうするのが正解だろうか。悩みながらも日々を過ごしていた。

 女の子の悩みを解決できるだけの経験は僕にはない。

 そこで、僕の家にやってくる夏鈴さんに相談することにした。


 きっと、夏鈴さんなら良い答えを返してくれるはず。

 そう信じて、いつもの場所で待ってくれている夏鈴さんに話しかけた。


「夏鈴さん、こんにちは。ちょっと相談したいことがあるんだけど、良いかな?」


「はいっ。何でも相談してください。優馬さんなら、何だって歓迎ですっ」


「最近、幼馴染の元気がないみたいで。どうすれば良いのか、よく分からないんだ」


「幼馴染というのは、女の人ですか?」


「そうだね。ずっと、一緒に過ごしてきたんだ」


「帰りを待っている人というのは、その人ですか?」


「うん。僕の安全を祈ってくれて、支えてくれているんだ」


 そう考えれば、僕が愛梨に返せているものは、とても少ない。

 やっぱり、貰ってばかりだよね。ご飯を作ってもらったり、待っていてもらったり。

 これまでの日々でだって、ずっと隣で支えてくれていた。

 誰よりも大好きな人だって、胸を張って言えるんだ。


「……そうですか。なら、プレゼントなんてどうですか? アクセサリーなんて、きっと喜んでもらえると思いますっ」


 なるほど。喜んでくれると良いな。

 僕だけなら、きっと思いつかなかっただろう。

 だから、夏鈴さんを助けられてよかったな。ちょっと、利益で人を見ているみたいな気もするけど。

 いや、違うな。夏鈴さんが生きているという事実だけでも、間違いなく嬉しいから。


「夏鈴さんに相談して良かった。なら、頑張って選んでみるね」


「私も手伝いますよっ。女の子の好みなら、私の方が詳しいはずですからっ」


「ありがとう。なら、また今度、お願いするよ」


「次の休日はどうですか? たまの休みも兼ねて、ちょうど良いと思いますっ」


「分かった。じゃあ、よろしくね」


「はいっ。楽しみにしていますねっ」


 そう言って夏鈴さんは去っていく。

 愛梨が笑顔を見せてくれるなら、何だって買ってあげたいくらいだ。

 まあ、僕のお金には限界があるけれどね。

 今の沈んだ様子の愛梨を、少しでも元気づけてあげられたらな。


 それから、家へと帰ると愛梨が出迎えてくれた。


「お帰り、優馬君。ご飯できてるよ」


「いつもありがとう。今日も楽しみだな」


 ご飯を食べて、少しして、やはり愛梨には元気が無いように見えた。

 僕は頼りにならないかもしれないけれど、それでも力になれたらな。


「何か悩みがあるのなら、言ってほしいよ。悲しそうな愛梨を見るのは、つらいから」


「ううん、大丈夫だよ。優馬君は自分の心配をしていて。死んじゃったら、元も子もないんだから」


「無事にダンジョンを攻略できても、愛梨が苦しんでいるのなら意味がないよ」


「良いから! 放っておいてよ! ……ごめんね。少し、頭を冷やしてくる。また、明日ね」


 愛梨に拒絶されたような気がして、声をかけることも、手を伸ばすこともできなかった。

 そのまま愛梨は去っていき、僕はひとり残される。

 いつもなら、次に愛梨に出会う瞬間を楽しみにしていた。

 だけど、明日が不安で仕方がない。このまま、関係が壊れてしまうのだろうか。


 そんな不安を抱えながらも、夜を越えて。

 愛梨とギクシャクした関係が続いていた。それからも、特に仲直りはできずにいて。


 それから、夏鈴さんとアクセサリーを買いに行く日がやってきた。

 今回でダメなら、もう愛梨とは離れ離れになってしまうかもしれない。そんな恐れを抱えたまま。


「優馬さん、不安そうですねっ。大丈夫ですよ。優馬さんの気持ちは伝わりますっ」


「本当かな? 仲直りできるかな? 情けないけど、怖くて仕方ないよ」


「ケンカしちゃったんですか? なら、想いを伝えちゃいましょう。仲直りしたいって、素直な気持ちを」


「そうだね。そうするしか無いと思う。他の手段は、思いつかないよ」


 もしダメだったら。そんな不安が襲いかかってくるけれど。

 でも、ここが正念場だ。ダンジョン攻略だってあるから、忙しくなってしまう。

 その前に、しっかりと愛梨と仲直りしておかないと。もし死んじゃったとしても、後悔しないように。


 アクセサリー屋に向かって、いろいろと眺めていく。

 どんな物がいいかは、よく分からないな。やっぱり、僕には難しいかもしれない。


「何か気に入ったものはありますかっ?」


「うーん。女の子のアクセサリーって、よく分からないや」


「そうですかっ。なら、このブレスレットはどうですか?」


 金と白が混ざりあったみたいに、金属と宝石っぽいものがくっついたブレスレット。

 あまり派手ではなくて、愛梨のイメージにちょうど良いと思う。

 値段からすると、本物の宝石ではないよね。手頃な価格だし、確かに良いかも。


「良いね。なら、それで行こうかな」


「もっと色々なものから選ばなくて良いんですか?」


「夏鈴さんを信じているから。きっと、大丈夫だよ」


 それに、もうひとつだけ買いたいものもあった。

 ロケットを買いたいんだよね。何か、思い出の品を入れられるような。

 きっと、愛梨にとっての記憶に残るものがあるはずだから。

 それを手元に持って置けるのなら、きっと良いと思う。


 夏鈴さんにはひとつ選んでもらったから、ロケットは自分で選ぶつもりだ。

 どういう物がいいかな。そう考えていると、ふとハート型のものが目についた。

 言葉にはできないけれど、少しでも思いが伝わったら。そう考えて、すぐに選んだ。


 ついでに、星型の模様がついたロケットを買う。

 夏鈴さんへのお礼として、何かプレゼントをできたらなって。

 本人に選んでもらうのも違う気がするし、これでいいよね。


 会計を済ませて、店を出る。

 ちゃんとお礼を言わないとね。僕だけだったら、そもそもアクセサリーを買おうとは思わなかった。


「ありがとう、夏鈴さん。おかげで、いい買い物ができたよ」


「ふたつロケットを買っているの、見ちゃいましたっ。期待して良いんですか?」


「もちろんだよ。これ、どうぞ」


「ありがとうございますっ。……こっちの方でしたかっ。大事にしますねっ」


 両方どんなデザインか、しっかり見られちゃっていたんだな。

 少し恥ずかしい気もするけれど、大事にしてくれるのなら嬉しいな。

 まあ、お世辞かもしれないけれど。そこは気にしても仕方ないか。


「気に入ってくれたら嬉しいよ。でも、無理に使わなくてもいいからね」


「いえ、大切に使いますよっ。優馬さんからの贈り物ですからっ」


「ありがとう。夏鈴さんには、助けられてばかりだね」


「お礼を言うのはこっちの方ですよっ。素敵な贈り物、ありがとうございましたっ」


 夏鈴さんは明るい笑顔をしてくれているから、本当だと思いたい。

 まあ、いらないのなら捨ててくれても良いけどね。

 お礼の気持ちなんだから、邪魔だと思われているのなら意味がないんだし。


 夏鈴さんは一礼して去っていく。

 さあ、ここからが本番だ。愛梨と仲直り、できると良いな。


 家に帰ると、愛梨が出迎えてくれる。

 当たり前のようになっているけど、途切れるかもしれないと意識してしまった。

 だから、今この瞬間を大切にしないと。

 僕にとっては、愛梨が居てくれることが幸せなんだから。


「お帰り、優馬君。今日はどこに出かけていたの?」


「ちょっとね。ねえ、愛梨。これ、受け取ってほしいな」


 もうちょっと段階を踏んだほうが良かったかもしれない。

 でも、僕がうまく渡せるイメージもできないから、これしかなかったのかも。

 どちらにせよ、愛梨が喜んでくれたらそれでいい。


 すぐに愛梨は開けていく。ブレスレットを軽く眺めた後、ロケットを嬉しそうに取った。

 そのまま胸に抱えて、僕の方を向いて微笑んでくれる。


「この形は、優馬君の気持ちって事でいいんだよね。ありがとう」


「う、うん。自分で言うのは恥ずかしいね」


「そうかもね。でも、いつかちゃんと言葉にしてほしいな。待っているから」


 その瞬間の愛梨の顔は、今までに見たことがないくらい綺麗だった。

 きっと、想いが通じ合った瞬間は、もっといい顔を見れるはず。その時が楽しみだ。


 愛梨に想いを伝えるためにも、頑張ってダンジョンを攻略していこう。

 そう考えて、改めてSランクダンジョンへと向かう決意を固めた。

 まずは、Aランクダンジョンだ。一歩一歩、しっかりとね。


 次の日、僕は愛梨に見送られながらAランクダンジョンに向かった。

 後もうちょっと。もうちょっとだ。だからこそ、油断はできない。


 僕が入ったダンジョンは、SFじみた光景だった。

 金属でできた壁、電光掲示板のように広がる謎の文字、大きな試験管といった様子の、謎のガラス。

 ゲームでも見たことがある景色で、いよいよ終盤だと、見た目からも実感できた。


 なんというか、終盤のダンジョンってイメージだよね。

 やっぱり、ダンジョンという仕組みはゲームじみている。

 何らかの意志を感じかねないほどに、しっかりと調整されているようだ。


 出てくる敵も、ロボットといった感じの見た目。

 四足歩行だったり、二足歩行だったり。

 小さな戦車みたいだったり、ビット兵器みたいだったり。

 様々なバリエーションがあったけど、剣を叩きつけるだけで切り裂かれていった。


 本当に、いま僕が居るのはAランクダンジョンなんだろうか。

 そんな疑問が浮かぶほど、あっけなく敵は倒れていく。

 これまで、ずっと命の危機を感じてきた。

 失敗すれば死ぬ場所だと、意識し続けてきた。


 だけど、今は気が抜けてしまいそうなくらいだ。

 このままじゃ、いざという時に油断から命を落とすかも。

 そんな危機感も浮かんでくるほどに、ただ剣を振るだけでいいんだ。


「ダンジョンのランク設定を間違えたのかな? 他のAランクダンジョンは、どうなっているだろうか」


 とにかく納得ができなくて、つい言葉がこぼれてしまった。

 良くないよね。目の前のダンジョンや敵に集中しきれていない。

 僕が死んだら悲しむ人は、愛梨だけじゃない。

 夏鈴さんだって、加藤さんだって、きっと悲しんでくれる。


 僕の命は僕だけのものじゃない。それが分かるんだから、気を抜いちゃダメだ。

 もしかしたら、油断させておいて殺すための罠かもしれない。

 ダンジョンの構成には、何らかの意図を感じるからね。

 どう考えても、ただ自然に生まれただけではおかしいことがある。


 もしかしたら、神のような存在は本当にいるのかもしれない。

 そんな考えが思い浮かぶほど、ダンジョンはよくできていた。

 まるでゲームのように、難易度が細かく設定されている。

 ランクを付けたのは人間だけれど、それだけの問題じゃない。


 だって、自然現象なら、順番に挑むだけで攻略できる方がおかしいんだから。

 ダンジョンごとに、それぞれの強さの敵がいる。どう考えても変だ。

 いま考えるべきではないと分かっていても、考察は進んでしまう。

 何か、直感のようなものに後押しされているかのように。


 僕の感覚が正しいとして、このダンジョンに何かが待っていることになる。

 なぜ、Sランクダンジョンではなく、Aランクダンジョンで?

 疑問が疑問を呼ぶばかりで、うまく集中できていない。

 そんなざまでありながらも、モンスターは簡単に倒せてしまう。


 何かがおかしいのだろうか。僕が強くなっただけだろうか。

 よく分からないけれど、緊張感が抜けそうだ。

 愛梨の顔を思い浮かべて、必死で油断しないように心に言い聞かせていく。


 僕は愛梨に好きって言いたいんだ。これからも一緒に過ごしたいんだ。

 だから、ここで立ち止まる訳にはいかない。

 加藤さんは僕に希望を託してくれた。夏鈴さんは僕に命を預けてくれた。

 そんな人達の期待に応えるためにも、心を強く持つんだ。


 改めて気を引き締めて、ダンジョンを進んでいく。

 相変わらず全てのモンスターが弱くて、順調ではあった。

 だけど、心にのしかかるような不安がある。

 今の順調さは、この先に待ち受ける試練の前兆ではないのかと、そんな予感が。


 進み続けると、いつものように結界のようなものに囲まれる。つまりボスだ。

 今回の敵は、大きな人型ロボット。10メートルくらいあるだろうか。

 そこらの家よりも高くて、見上げてしまいそうだ。


 さっそく敵は腕を振り下ろしてくる。

 避けると、腕とぶつかった地面から爆音が響く。

 当たったら危険なはずなのに、まるで脅威を感じなかった。

 ただ切っていくだけで勝てる。そう確信できた。


 思った通り、手の届く距離にまで降りてきた敵の腕は、簡単に切り裂ける。

 相手はもう片方の腕で攻撃してくるけど、同様に切って終わり。


 後は簡単だった。足に剣をぶつけて、切り裂いて。

 動けなくなっていった敵を、適当に料理していくだけだった。


 切り刻まれた敵は、ゆっくりと消えていく。

 あっけなさと、わずかな達成感に包まれながら、足を戻そうとしたその時。

 空間が光に包まれていった。そして、目の前に女が現れる。


 髪や瞳孔、肌まで全てが純白の、見たことがないほどの美人。

 そして、とても穏やかに微笑んでいる。

 だけど、何かとても触れがたいものかのように感じた。


 目の前にいる女は、僕に目を合わせてゆっくりと話し始める。


「こんにちは、笹木優馬さん。私は、女神と呼ぶべきもの。今日は、あなたに話したいことがあって来ました」


 女神を名乗る女は、確かに神々しさのようなものがあるかもしれない。

 それに、神の存在を信じるに足る理由はある。

 だけど、まだ心の底から信じることはできていなかった。


「なるほど。話したいことというのは、なんですか?」


「その前に、まずは私を信じてもらわないといけません。ディアフィレアの名において命じます。優馬さん、息を止めてください」


 その言葉と同時に、僕は呼吸ができなくなる。

 思わず首元に手を寄せてもがくけれど、何の効果もない。

 口を開いても、喉に力を入れても、全く息はできなくて。

 確かに人知を超える力を持っていると、心の底から理解させられた。


「すみません、苦しめてしまって。ですが、これが手っ取り早かった。優馬さん、もう大丈夫ですよ」


 言われてすぐに、呼吸は取り戻せた。

 全く息ができなかった割に、むせることもなかった。

 心底、人間から外れた存在なのだろう。女神というのも、信じて良いのかもしれない。

 僕に信じさせるために取った手段には、ちょっと思うところがあるけれど。


「ディアフィレアさん、でいいですか? 伝えるのは、僕じゃないとダメなんですか?」


「どちらにもはいと答えます。あなたが全ての中心だからこそ、語るべきことなんです」


 僕が全ての中心? どういう意味だろう。まあ、順番に説明してくれるだろう。

 そうじゃなかったら、改めて質問をすれば良い。

 さっきのように息を止められたらと思うと、ちょっと邪魔できない。


「分かりました。続けてください」


「可愛い子。あなたが選ばれるのも、納得ですね。愛梨の計画の、その中心に」


 愛梨の計画? 一体何の話だ? 女神がわざわざ語るほどの計画を、愛梨が?

 頭が追いついてこない。それでも、ディアフィレアは話を続けていく。


「愛梨の魂は、私がこの世界に呼び寄せました。あなたに伝わるように言うと、転生ですね」


 つまり、愛梨には前世があったということなのか?

 それが、計画とやらに何の関係が? 愛梨が転生者だとしても、僕の気持ちは変わらない。

 僕にとって、愛梨だけが愛する人。ずっと、隣にいてくれた人だから。


「その際に、私はとある力を与えました。願いを叶える能力とでも呼べる力です」


 願いを叶える能力で、愛梨が何かを計画した?

 嫌な予感が、ふと頭に浮かんだ。考えるな。やめろ。話を聞くな。

 必死に目をそらしていると、女神の声は直接頭に届きだした。


「私が与えた力で、愛梨はダンジョンという災害を引き起こしました。優馬さん、あなたを英雄にするために」


 それが本当だというのなら、僕の決意は。苦労は。戦いは。すべて愛梨に仕組まれていたってこと?

 信じたくない。だけど、辻褄が合うこともある。

 弱かった僕が、あまりにも順調にダンジョン攻略を進めていること。

 初めてのスタンピードの時、都合よくスライムだけが敵になっていたこと。

 Eランクダンジョンと、唯一のSランクダンジョンが、僕の住む火狩町にあること。


 全部、線で繋がってしまう。なら、本当に愛梨が?

 そうだとするのなら、2回目のスタンピードで夏鈴さんが襲われていたのは。

 本当に嫌な考えばかりが思い浮かんで、僕はうずくまってしまいたいくらいだった。


「Sランクダンジョンに向かってください。そこに、全てを終わらせる鍵があります」


 全てが終わったら、僕は愛梨を失ってしまうのだろうか。

 そもそも、愛梨は本当に僕を好きでいてくれたのだろうか。

 何も分からない。僕はどうしたいのかも、どうすれば良いのかも。

 それでも、もう知ってしまったから。戻ることはできない。


 愛梨。どうしてダンジョンなんて。

 僕は、ただ愛梨と過ごしていられたら、それだけで幸せだったのに。


「優馬さん、ゆっくりと考えてください。スタンピードは、私が起こさせませんから」


 そう言って、ディアフィレアは去っていく。

 正確には、僕には消えたように見えた。女神なのだから、おかしな話ではないだろう。


 ダンジョンを攻略できた達成感なんて消えてしまって、足に力が入らない。

 それでも、僕は家へと帰っていく。


 愛梨が出迎えてくれることはなくて、嫌な予感とともに自室に向かう。

 すると、机の上に一枚の手紙が置かれていた。


――Sランクダンジョンで待っています。愛梨より。


 今日の話は事実なのだと、心から理解できた。

 泣くことも笑うこともできないまま、Sランクダンジョンに向かわないとという義務感だけがあった。

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