ダンジョンに挑むと決めた僕だけれど、今日は学校に通うことになっている。
愛梨と相談した結果だ。ダンジョンを攻略する以外にも、僕にだって未来があるから。
そんな説得では、次のスタンピードへの焦りには勝てなかったけれど。
毎日ダンジョンに向かっていては、疲れから失敗してしまうかもしれない。
そう言われて、納得する部分があった。急ぎすぎて死んでしまっては、結局は愛梨を守れないからね。
「今日も迎えに来たよ、優馬君」
そう言いながら笑顔を見せてくれる愛梨。
今みたいな時間を守るために、僕は戦うんだ。
それを忘れないためにも、学校に通うことは必要かもね。
愛梨が居てくれるから、ダンジョンに挑む意味があるんだから。
いつも通りに学校へと向かう。そういえば、何人かは犠牲者が出たみたいだ。
悲しいけれど、愛梨ではなくて良かったという思いが拭えない。
愛梨が死んでいたら、僕が生きる理由がなくなってしまうから。
学校にたどり着くと、死んだ人以外にも見かけない顔があった。
「そういえば、刀也が居ないね」
「居なくてもいいと思うけどね。いくらなんでも、私は嫌いだよ」
そう言うのも納得してしまうくらいには、乱暴なやつだった。
本音のところでは、居ないほうが良いというのは同感だけど。
でも、流石に愛梨みたいに言葉にはできないかな。
「刀也のやつもバカよね。愛梨に嫌われてるの、気づいてないんだから」
「私が刀也を好きになることなんて、天地がひっくり返ってもありえないよ」
「だよなー。あいつ、ダンジョンに挑んでいるらしいぜ。モンスターにやられればいいのにな」
クラスメイトと話しているが、本気で嫌われている。
少しだけ気分がせいせいするけれど、僕だってダンジョンに挑むんだから。笑う訳にはいかない。
命をかけるんだから、他者の命だって雑に扱わないほうが良いはずだ。
「つまらない嫉妬で、優馬に突っかかるんだものね。余計に嫌われるだけなのに」
「そんなことにも気づかない頭なんだろうさ。俺だって、あいつは嫌いだよ」
「僕も嫌いだけど、死んでほしいとまでは言えないかな」
「優馬君は良い子ちゃんだよね。私は嫌いじゃないけどね」
愛梨から嫌われないのなら、どんな評価でも構わないけど。
結局のところ、僕にとって大切な存在は一人だけだからね。
「ダンジョンに挑むやつは、もう何人も死んだみたいだな。誰か攻略してくれればいいけど」
「そうなのよね。私達にとっても、他人事じゃないっていうか」
「きっと、大丈夫だよ。私達にはヒーローが現れるはずだから」
愛梨はちらりとこちらを見る。期待してくれるのは嬉しいけれど、重い気もする。
それでも、やることに変わりはない。愛梨が平和に過ごせるように、頑張るだけ。
「近場にSランクダンジョンがあるのが怖いんだよ。何でなんだろうな」
「言っても仕方ないわよ。幸い、Eランクダンジョンだって近くにある。誰かが慣れてくれるって、期待するしか無いわ」
「人手が足りないみたいだからね。なかなか難しいとは思うけど」
「私も、待っているしかできないからね。悲しいけれど」
僕は愛梨に戦ってほしくない。だからダンジョンに挑むんだ。
ただひとり大切だと思う人だから。
ずっと、幸せに生きていてほしい。できることならば、結ばれたい。
最低でも、ダンジョンなんかのせいで死ぬことのないように。
そのためならば、恐ろしいダンジョンに挑むことだってできる。
本当は、誰かに助けてほしい。でも、期待できる状況じゃないから。
クラスメイトに話したところで、バカにされて終わりだろう。
とてもじゃないけど、頼ることなんてできはしない。
愛梨を守れそうな人なんて、僕しか居ないんだ。
「愛梨に何かあったら、僕は泣いちゃうと思うよ」
「優馬君に何かあったら、私は死ぬよ」
「クッソ重いわね! いくらなんでも言いすぎよ」
「完全に脈がないのに、刀也のやつもよくやるよ」
愛梨を死なせないために、僕は生きなきゃいけない。大変だ。
誰かを守ったって満足感のもとで死ねるなら、悪くない気もしていた。
だけど、愛梨が死んでしまうのなら意味がない。
僕にとって、本当に全てと言える人だから。
「僕が死んでも、幸せになってくれたほうが嬉しいけど」
「優馬君だけが、私の幸せなんだよ。スタンピードの時にハッキリしたんだ」
「いや、優馬も優馬でおかしいわね。想い人に自分の居ないところで幸せになられてもいいなんて」
「まあ、割れ鍋に綴じ蓋って感じじゃないか? 良くも悪くもお似合いだよ」
酷いことを言われているはずなのに、お似合いだと言われるだけで嬉しくなる。僕も大概だな。
でも、それでいい。愛梨だけが、僕を慕ってくれていたから。
弱くて情けなくて頼りない僕を、たったひとりだけ肯定してくれていたから。
愛梨はどう思っているのだろうか。つい表情を見てしまう。
すると、ほんの僅かに頬を緩めていて。思わずにやけそうになった。
やっぱり、愛梨は僕に好意を持ってくれている。
さっきの言葉からも感じるけど、自然な動作からも伝わってくるようで。
ダンジョンに挑む時に頑張るための力をもらったような気がした。
「優馬君は、きっと何があっても私を助けてくれるからね」
「その期待に応えられるように、がんばるよ」
「お熱いことで。なにか進展でもあったの?」
「あまり茶化してやるなよ。俺が言うのも何だけどさ。こいつらなら、いずれくっつくって分かりきってただろ」
そんな風に思われていたのか。なら、もっと早く告白したほうが良かったかな。
いや、今更だ。ダンジョンを攻略してからだって決めたんだ。
愛梨の言いたいことを、しっかりと聞くって決めたんだ。
「じゃあね、しっかりやりなさいよ。私も、あんた達はお似合いだと思うわよ」
「もう授業か。またな。刀也なんかに邪魔されるなよ」
僕達の関係を応援してくれる人もいる。それはとても嬉しい事実だ。
だって、愛梨と僕とでは遠い存在かのように感じる瞬間もあったから。
なんだかんだで、愛梨はみんなから好かれている。僕はどうだろうか。
まあ、いいか。愛梨から大切に思われているのなら、それでいい。
これまでの人生で、僕という人間を大切にしてくれた人は愛梨だけだから。
他の友達は、僕が死んだとしても、知り合いの誰かが死んだくらいにしか悲しんでくれないはずだ。
人生において大事な存在だと感じてくれる人は、たったのひとり。でも、それでいい。
僕だって同じことだから。愛梨以外の人間は、ただの知り合い以上にはならないから。
それからの一日は、いつも通りに過ごして終わった。
愛梨との日常の大切さを実感できて、僕がどれだけ愛梨を好きなのかを理解できて、大切な日になった。
そして次の土曜日。愛梨が見送りに来てくれた。
「頑張って。逃げてもいいから、無事に帰ってきてね。ヘタレでも良いんだから」
「もちろんだよ。愛梨を死なせる訳にはいかないからね」
「なら、安心だね。優馬君は臆病だから、ちょうど良いよ」
これからダンジョンに向かう。最悪の場合、死んでしまうかもしれない。
だから、愛梨の顔を僕の瞳に焼き付けた。
穏やかで、清楚で、愛嬌のある大好きな顔を。
「じゃあ、行ってくるよ。必ず帰ってくるから」
「約束だよ。裏切ったら、死んだ後でも呪っちゃうんだからね」
怖いことだ。絶対に死ねないな。でも、脅しのような言葉も愛梨の優しさだよね。
本気で死んでほしくないと、全力で伝えてくれる言葉だから。
愛梨に手を振って出かけていき、この街にあるEランクダンジョンに向かう。
ダンジョンへとつながる門の前には警備員らしき人が居て、どうも入っていく人の確認をしているようだ。
何人かの順番待ちをして、僕の番がやってきた。
「子供か。名前は?」
「
「念のために確認しておく。ダンジョンで死んだ場合、死亡手当が発生する。名前を偽っていないな?」
学生証を提示すると、頷かれる。
「脅されていないな? 家族の許可は取ったか?」
など、いくつかの項目の確認を受けた後、ダンジョンへの侵入を許可される。
「すでに死人は複数出ている。気をつけるんだぞ」
もしかして、ぶっきらぼうなのにも理由があったりするのだろうか。
死んでも感情移入しないようにとか、態度に腹を立てないか見ているとか。
まあ、僕が気にするべきことじゃないな。さっさと進もう。
門の中に入っていくと、一瞬で景色が切り替わった。
先ほどまでは現代日本のアスファルトでできた町並みだったのに、今ではあたり一面に草原が広がっている。
まったく、不思議なものだ。科学的な説明はできるのだろうか。
とはいえ、理由を考えても分からないだろう。
僕がやるべきことは、ダンジョンの攻略。
ゲームみたいな仕組みだということは噂になっている。
だから、本当に攻略が鍵になる可能性は十分なはずだ。
今のところ、他の人とは出会っていない。
さっき侵入していった人の姿も見えない。何かあるのだろうか。
そう考えていると、悲鳴が聞こえる。
助けに行こうか悩んでいると、僕の前にスライムがあらわれた。前に出会った時と同じ、マスコット然とした見た目だ。
誰か知らないけど、助けは期待しないでくれ。
僕は自分のことで必死なんだ。誰かの手助けをする余裕はないみたいだ。
とりあえず、一体だけならば前回と同じやり方で倒せるかもしれない。
持ってきた鉄のバットで、スライムに攻撃を仕掛ける。
「当たってくれよ!」
スライムには、こちらに飛びかかって来ようとされた。だが、先手を打ってバットをぶつけられた。
やはり、前回の戦いでの経験は大きい。これが初めてだったら、もっと混乱していたと思う。
今回は、さほど手間取らずに倒せた。
成長したのか、単なる慣れなのか。他のモンスターだって居るに違いないのだから、慢心はできない。
そういえば、悲鳴はどうなったのだろうか。
音がした記憶のある方へ向かうと、すでにスライムに殺されている人が居た。
残念だけど、助けに行く余裕はなかった。スライムを倒して、少しだけ手を合わせて、次に向かう。
入り口から真っすぐ進んでいくことが、今の僕にできること。
ダンジョンの構成は未だによく分かっていないから。
限界になったら引き返せるように、だけど少しでも進めるように。
どうしてスタンピードなんてものが起こってしまったんだろう。
それがなければ、単にゆっくり進むだけで良かったのに。
次にスタンピードが起きて、愛梨が巻き込まれないように、ギリギリまで急がなくちゃいけない。
それでも、次がないなんて保証はされない。
諦めたら、どれだけ楽になれるだろうか。誰かに任せられたら。
でも、明らかにダンジョンを攻略する手は足りていない。
そうじゃなかったら、僕みたいなただの学生が参加できるわけ無いんだから。
「何をするのが正解なんだろうな……」
つい弱音が出てしまった。暗闇の中を歩いている感覚がある。
たったひとりで、誰の助けもなく戦う。ダンジョンには他の人も挑んでいる様子だけど。
とてもじゃないけど、信頼なんてできない。ピンチになったら見捨てられるだろう。
考え事をしていると、次のモンスターが現れた。
これは、ゴブリンで良いのだろうか。緑色の小人で、木の棒を持っている。どこで用意したんだろう。
小汚い感じが出ていて、あまり触れたいものではない。すえた匂いまでする。近づくのも、本音では嫌だ。
まあ、敵に触られることは好ましいことではない。なにかスキルがあるのかもしれないし。
ゲームじみたダンジョンだなというのは、全体的に感じる。
スライムは倒したら消えてしまうし、入り口として門から転移するというのもそれっぽい。
だとすると、僕の死体もいずれ消えてしまうのだろうか。それは嫌だな。
死んでしまったとしても、愛梨の元へ帰ることすらできないんだから。
まあ、考え事は後で良い。まずはゴブリンを倒さないと。
「さあ、行くぞ」
逃げ道だけは確保しておきたいけど、平原だし簡単か。
なら、危なくなるまでは戦おう。バットを構えて、敵の持っている木の棒をながめる。
こちらに振り下ろしてきたので、バットで受ける。
以前のスライムほど強い衝撃じゃなくて、なんとか耐えきれた。
受けたのは失敗だった気もするけど、うまく行ったからそれでいい。
反撃として、バットを振り下ろしていく。受けられる。
今度は横から振る。脇腹に当たる。
それでも、まだ倒れてはくれない。やっぱり、耐久力が高い。
スライムの時にも感じたけれど、簡単には死んでくれない。
モンスターという存在のイメージからすると、当たり前ではあるけれど。
ダンジョンでも、すでに死人はたくさんいるんだから。脅威に決まっているよね。
「何度でも、殴り続けるだけだ」
本当に大事なことだ。死ぬまで殴れば死ぬはず。
ダメージを受けている様子ではあるから。諦めるのが一番悪い。
次あたりに、変なところで油断することが続くだろう。
だから、しっかりと死ぬまで叩こう。
ゴブリンは怯んでいるので、続けて殴れる。
ゲームでのイメージ通り、弱いことだ。
それでも、死ぬまでは気を抜かない。
ゴブリンが倒れたのを確認して、構えを続けたまま様子を見る。
すると、ゆっくりと姿が薄れて、そのまま消えていった。
「よし、順調だ。でも、しっかりと気を張っておかないと。ちゃんと生きて帰るために」
愛梨が待っているんだ。俺が死んだら、死ぬとまで言われた。
だから、何があっても、絶対に帰るべきなんだ。
改めて決意を固めて、続けてモンスター達を倒していく。
すると、だんだん楽になっていくことに気がついた。
慣れもあるだろうけど、疲れを感じないんだ。
「まさか、ゲームみたいに敵を倒せば成長できるのか……?」
今の仮説が正しいとなると、どこまで急ぐのかが大事になる。
レベル上げに時間をかけるか、できるだけすぐにSランクダンジョンを目指すか。
愛梨がスタンピードで襲われる可能性がないのなら、ただ慎重で良かったんだけど。
僕の目標は愛梨を守ること。ダンジョンを攻略することじゃないから。
そこを見誤らないためにも、まずは生き延びることを優先しよう。
ある程度敵を倒し続けていると、レベル上げという仮説に確信が持てた。
どう考えても、僕の動きが早くなっているし、バットも軽くなっている。
つまり、ダンジョンの中でモンスターを倒すのは重要な手順になる。
そのままモンスター達を倒しながら進んでいくと、最奥らしき場所にたどり着く。すると、結界のようなものに囲まれた。
慌てて周りを見回すと、犬のようなモンスターがいた。額に角が生えている以外は、犬と変わらない。
というか、大きい犬だ。だから、すぐに逃げられないか確かめた。
一応、結界の外に出ることはできるらしい。そこから犬が出てくることはない。
感覚からすると、目の前にいる犬はいわゆるボスだろう。
どうする。犬と戦うか。逃げて体制を整えるか。
見た感じの動きだと、勝ち目は十分にある。
だけど、犬だ。あの牙を腕に突き立てられたときを思い出してしまう。
唸り声を上げている。怖い。怖い。変な汗が出てくる。飛び掛かられたら、どうしよう。
でも、ここで逃げて、愛梨が犬に襲われた時にまた逃げるのか?
そんな姿勢で良いのか? 弱いままの僕でいたら、結局愛梨を守れない。
勝ち目がない敵に挑むわけじゃないんだ。ただ、恐ろしい見た目をした敵に挑むだけのこと。
そんな状況で逃げ出すやつが、愛梨を守れるものか。
スタンピードが起きてしまえば、複数の敵に囲まれる可能性だってあるんだ。
さあ、気合を入れろ。心に火を灯せ。目の前に居るのは、勝てる相手なんだ。
「今ここで、犬は逃げなくて済む相手にするぞ!」
愛梨を助けられる人間になるんだ。ここで、自分の恐怖に打ち勝ってみせる。
自分自身のトラウマになんて、負けはしない。もう一度愛梨が犬に襲われたって、守りたいんだから!
結界の中に入っていき、犬に向けてバットを構える。
さあ、戦いの始まりだ。動きは十分に追いかけられる。なら、行ける。
犬は口を開いて、こちらに噛みついてくる。
そこにバットを差し込むと、噛みちぎれない様子。
すぐに犬は飛び下がって、こちらに唸り声を上げてくる。
犬に噛まれた過去が目の前に見える。
でも、そんな恐怖になんて負けてられない。愛梨のために、絶対に勝つんだ。
「行くぞ! お前を倒して、過去と決別する!」
犬に怯えるだけの自分とは、もうサヨナラだ。
また噛みつこうとされたので、今度は顔面にバットを合わせる。
すると、直撃して苦しんでいた。なら、やれるはず。
しっかりと敵の動きに警戒しながら、今度はバットを振り下ろしていく。直撃する。
キャンキャンと悲鳴を上げていて、少し高揚してしまいそうだった。
本物の犬だったら、心が傷んだかもしれないけれど。
でも、角が生えているようなバケモノなんだ。人を襲う怪物なんだ。
だから、さっさと殺してしまわないと。被害者を出さないためにも。
何度も殴り続けて、やがて犬は倒れる。
そして、他のモンスターと同じように消えていった。
同時に、僕の周りを囲んでいた結界も消え去っていく。
「とりあえず、ボスらしき敵は倒せた。まずは帰ってから、様子を見ようかな」
そのままダンジョンから脱出すると、同時に入り口の門が消えていった。
「何があったか知っているのか!?」
入り口を管理していた警備員らしき人に、すごい剣幕で問いかけられる。
「ボスらしきものを倒したので、そのせいかもしれません」
そう説明すると、話を聞かせてくれと連れて行かれた。
しばらく僕の経験したことを話すと、どこかに連絡し始めた。
会話を終えた警備員みたいな人は、お礼を言ってから僕を解放してくれた。
帰り道に着きながら、今日を振り返る。
なんだかとても疲れたな。犬とも戦うし、知らない人と話す羽目になるし。
でも、とても達成感がある。これで、まずは一歩だ。
愛梨との平和な生活のために、もっと頑張っていくぞ。
しばらくはEランクダンジョンでレベル上げをして、次はDランクダンジョンだ。